【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第83話「ドラゴンテイマーのなり方教えます」

「91、92、93……」

 

 ひゅんひゅんと剣が空を切り裂く音が庭に響く。

 秋も深まりゆき、いよいよ寒さが増す早朝の清冽な空気の中で、少年は一振りごとに数を数えながら剣を振っていた。

 

「97、98、99……ひゃーくっ!」

 

 100までカウントを終えたドラコは、横で見守っていたアミィに向かってふんっと鼻息を漏らす。

 

「おい、今日のノルマ終わったぞ」

 

「うむ。少々型が崩れていたがよしとしよう。明日からはもう少し脇を締めて剣を振ることを意識するといい」

 

「ふん……。どうせ僕が剣なんて振ることはないんだ。剣術なんて身に着けたって無意味だよ」

 

「そう言うな。若いうちから体を鍛えておくことは無駄にはなるまいよ」

 

 毒づいたドラコに苦笑を返しながら、アミィはゆっくりと首を振る。

 その内心で、確かにドラゴンに変化して炎でも吐いたほうが早いだろうなと密かに同意した。

 

「それよりノルマ終わらせたんだからスタンプくれよ」

 

「ああ、慌てるな。ちゃんと用意してある」

 

 ドラコが差し出したカードに、アミィはポケットからスタンプを取り出すとぽんっと判を押してやった。

 きっちりと正方形が並ぶ中の一番最後に、デフォルメされたアミィの顔のスタンプが加わる。

 

「では、明日も遅れずに来るようにな」

 

「うるさいな、わかってるよ!」

 

 用事を済ませるなりとっとと消えようとするドラコ。その背中に向かって、アミィが声を掛ける。

 

「それと、喉が渇いているのではないか? 山羊のミルクでも飲んでいけ。ちょうどここに冷えたのがあるぞ」

 

「ミルクぅ~?」

 

 ドラコはあからさまに嫌な顔をしながら振り向く。

 

「あのさぁ。ボクは誇り高きドライグだぞ。竜であるボクが山羊みたいな下等な生き物の乳なんて飲めるもんか。そういうのは下等な人間が飲むのがお似合いだね」

 

 ちなみにだが、この時代のミルクというのは基本的に生臭い。加熱殺菌がされておらず、酪酸菌が繁殖しやすいので、味覚が鋭敏な子供は特に嫌うことが多かった。

 要するにただの好き嫌いである。

 

「そうか。ユウジは運動した後にミルクを飲むと体にいいと言っていたがな」

 

「……」

 

「ユウジのような筋骨たくましい体になれるそうだぞ?」

 

「フン。早くよこせよ」

 

 ドラコは奪い取るように器を受け取ると、鼻の息を止めながらミルクを飲み干した。

 

「あーまず。こんなの喜んで飲む奴はどうかしてるよ。まったくこれだから人間は」

 

「ふふっ」

 

 アミィは顔をしかめるドラコに小さく笑みを漏らしながら、頭を撫でてやりたい衝動を我慢した。

 まったく、健気なものだ。

 

 

 

「おい、庭の水やり終わらせたぞ」

 

「お手伝いお疲れ様、ドラコ。じゃあスタンプ押してあげるね」

 

 呼び止められたアイリーンは、庭の草木が瑞々しい生気を取り戻しているのを一瞥すると、感心したように声を上げた。

 

「ドラコはすごいね。庭にだけ雨を降らせるなんて器用な魔術、なかなかできるものじゃないよ」

 

「ふん、お前たち人間が不器用すぎるんだ。この程度の精霊魔法なんて、ドライグなら誰でもできて当たり前だよ」

 

 そう言いながらも、ドラコはまんざらでもなさそうにフフンと鼻を鳴らす。

 実際ドラゴンにとって自然現象を操るのは得意中の得意であり、幼児でもできてしまうくらいの当たり前の技術だ。

 なんなら乳歯(牙)が抜けたら、それを風の精霊にお願いして遠く見えないところまで飛ばしてより強い歯が生えてくるように祈るという、傍から見たらわけのわからないおまじないが存在するくらいである。

 人間の村では時折竜の牙が畑に落ちてきたと騒ぎになるが、その正体がこれだ。

 

 そんなわけで最近のドラコは精霊魔法の器用さを買われて、夕方になったら庭の草木に雨を降らしてやるのが日課になっていた。

 アイリーンは仕事から帰ってくるとドラコがちゃんとお手伝いできたかをチェックして、スタンプを押してやる係を務めている。

 

「まったく、ドライグに草木の水やりなんてつまらないことをさせるのはお前たちくらいのものだぞ。ドライグの偉大な権能を使わせていただいていることに感謝することだな」

 

「うんうん。ドラコはえらいなー。すごいなー」

 

 アイリーンは若干棒読み口調でドラコを誉めそやしてやった。

 こんなことを言いながら、雨が降るとがっかりするのが最近のドラコだ。気落ちする理由は友達と外でサッカーして遊べないからだけではない。お手伝いできずに誉められないのがつまらなくて仕方ないのだった。

 

「あ、そうだ。さっき屋台でクッキー買ってきたの。お手伝いのご褒美にあげるね」

 

「……」

 

 ドラコは無言でアイリーンからお菓子を受け取ると、無造作に口に運んだ。

 

「雑な味! まったく人間のお菓子は下等だな。ドライグの美食を見習ってほしいもんだ」

 

「こらっ。人から何かをもらったら、ありがとうって言わなきゃだめでしょ!」

 

 腰に手を当てて、アイリーンはめっと叱る。

 ドラコは不服そうに唇を尖らせたが、反論の言葉を飲み込むと不承不承に口を開いた。

 

「……ありがとう」

 

「うん、よくできました!」

 

 ぽかぽかと温かなお日様のように屈託ない笑みを向けてくるアイリーンから目を逸らし、ドラコは気まずそうに頬を掻くのだった。

 

 

 

「今日が締め切りだが、課題の詩集は読んできたか?」

 

「読んだよ。つまらない本だった、もっと面白い本ないの?」

 

 ドラコの生意気な口応えをスルーして、ウルスナはふんと鼻を鳴らした。

 

「じゃあどの詩が一番心に残った? ちょっと暗唱してみろ」

 

「……えーと……『虎よ、虎よ、その猛々しく燃える両の目がこの暗闇の森で爛々と輝くとき……」

 

 ドラコが詩を(そら)んずるのを、ウルスナはうんうんと頷きながら聞いていた。

 やがて吟じ終わったドラコが、少し自信のなさそうな顔を浮かべる。

 

「……ところどころ間違ってるかもしれないけど」

 

「いや、構わない。大事なのは一言一句覚えることじゃない。じゃあ次はこの詩のどこが気に入ったのか語ってみろ。その後で一般的なこの詩の講釈を教えてやる」

 

「うん……」

 

 ドラコは言おうか言うまいかしばし迷った後で、意を決して口を開いた。

 

「……あのさ。お前みたいなだらしないチンピラが、なんで文学みたいな繊細なものを教えてるの?」

 

「仕方ねーだろうが! 他に教養を教えてやれる奴がこの屋敷にいねーんだよ! ナマ言ってるとスタンプ押してやんねーぞ!」

 

「わ、わかったよ」

 

 ドラコはそう言ってから、浮かんできた別の疑問を口にする。

 

「あのさ、こんな文学なんて勉強して何か役に立つことあるの?」

 

 ウルスナはかつての自分と同じようなことを言うな、と思いながら頬に指を置いた。

 

「こういうのは役に立つかどうかじゃねえんだよ。美しい詩を知っていれば心が豊かになる。ま、心を育てるトレーニングさ」

 

「でも、あいつだって読み書きできないんだろ? じゃあボクだって文学なんて学ぶ必要ないんじゃないの?」

 

「ふん」

 

 あいつというのが誰を指しているのか、言うまでもない。

 ウルスナはニヤリと笑みを返した。

 

「逆に考えろよ。ユージーンができないことをお前ができるようになれば、どうなる? たとえばあいつ、なんか図面とか書いてるんだろ? そこの注釈をお前が書いて手助けできるとなれば、どうだ? ワクワクしてこねえか?」

 

「…………」

 

 ドラコはフンっと鼻を鳴らすと、僅かに腰を浮かせてロングスカートの裾を据わりのいいように落ち着かせ、椅子に腰かけ直した。

 

「おい、感想を言うから講釈とやらを聞かせろよ」

 

「くくっ」

 

 お可愛いこと。

 ウルスナは笑みを噛み殺しながら、詩集を広げるのだった。

 

 

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「おい。スタンプたまったぞ」

 

 夕飯後、僕の書斎にやってきてどこかソワソワした態度でスタンプカードを差し出してきたドラコ。

 僕がお手製で作ってやったそれが、お嫁さんたちの顔を模したスタンプで埋まっているのを見て、僕は思わず目を細めた。

 

「お、よく頑張ったな。これで3枚目か、なかなか続くじゃないか」

 

「フン」

 

 僕が褒めてやると、ドラコは腕組みしながらツンッと顔をそむける。

 やれやれ、相変わらずこいつは反抗的だな……。

 とはいえこうしてスタンプが埋まっている以上、勉強やお手伝いはちゃんとこなしているとあの3人が認めたってことだからな。

 

 このスタンプカード制は、ドラコに教育を受けさせるために僕が提案したものだ。

 

 一応6000万円もの教育費をいただくことになっている以上、さすがにドラコを放置しておくのも気が引けるので、何か教えてやろうとは思ったんだけど。

 僕が教えてやれることって算数くらいしかなかったんだよね。なんせこの国の言葉の読み書きもできないほどに無教養な転移者が僕だ。なんなら僕が教えてほしいくらいだよ。

 

 そんなわけで早々に独力じゃ無理だと悟った僕は、お嫁さんたちに講師を依頼することにした。いや、改めてなんだけど、僕のお嫁さんってめちゃめちゃ頼もしいよね。

 

 アミィさんは体育担当。僕がブートキャンプ教えてやってもいいんだけど、毎朝の自主鍛錬のついでに武術の基礎を仕込んでくれるそうなので、遠慮なくお願いした。

 

 ウルスナは教養担当だ。正直体育担当の方が向いてるんじゃ?と思ったけど、ウルスナの教養の深さはガチだよ。文学も歴史もがっつりと仕込まれてる。伊達に高位貴族として厳しく育てられてないね。ドラゴンの王子様の家庭教師が務まる人材なんてそうはいないよ。

 

 アイリーンはお手伝いのチェック担当……とドラコには思わせているけど、実は一般常識担当だ。お嫁さん3人娘の中で一番子供の相手に向いてるのはアイリーンだからね。さすが孤児院でお姉さんやってただけのことはある。ドラコが反社会的な態度を取ったらすかさずお説教してマトモな道に引き戻してくれるよ。

 アイリーン本人も送り狼して男を襲うような反社会的な存在じゃないかっていう疑問はこの際胸の中にしまっておこう。

 

 この3人が代わる代わるドラコに教育を施して、及第点を取れたらスタンプを押してくれることになっている。ちなみに僕も算数の課題をこなしたらスタンプを押すよ。

 

 ドラコを引き取ったときは、デアボリカも教育を手伝うってことになってたけど……正直あいつをドラコに近づけたくないなって。おだてまくって余計なこと吹き込もうとするのが目に見えてるもん。

 いや、反面教師としては最高の人材なんだけどね。反面教師は遠くから眺めてああはなるなよってサンプルに使うのが正しい使い方なのであって、反面教師本人に語らせたところで意味がないんだよ。だって言動全てが参考にならないんだから。聞くだけ時間の無駄だ。

 

 しかしこのスタンプカード制は我ながらうまい考えなんじゃないかと思うよ。

 スタンプは先生から「よくできました」って認められた証だからね。それを集めるとなると、やっぱ本人のモチベも違ってくるでしょ。

 

「それより……ほら、スタンプたまったんだからさ」

 

 そう言ってチラチラ見てくるドラコに、僕は思わず苦笑を浮かべる。

 わかってるわかってる、ちゃんとご褒美は用意してあるとも。

 

 僕が箱から紙を取り出して机の上に広げると、ドラコは身を乗り出して視線を送った。

 そこに描かれているのは小型乗用車のスケッチだ。いわゆるコンパクトカーってやつだね。

 僕の従姉のひとりが乗り回してた、女性人気のある車種だ。丸っこくて、僕は密かにテントウムシみたいな形だなと思っていた、

 

「うわあ、可愛い……!」

 

 感嘆するように声を漏らし、食い入るようにスケッチを見つめてくるドラコに、僕はくすりと笑ってしまう。

 結構気に入ったみたいだね。

 

 これがスタンプを貯めたご褒美だ。

 スタンプカードがいっぱいになるたびに、僕は自動車のスケッチをあげることを約束していた。

 効果はてきめんで、最初は勉強させると聞いて嫌な顔をしていたドラコだが、ご褒美の内容を聞くや否やめちゃめちゃやる気を出し始めた。

 今ではスタンプがもらえるようなお手伝いや課題はないかと自主的に探して提案してくるほどだ。そんなスタンプもなんやかんやで3枚目。この2週間でスタンプ30個もためたのだからかなりのハイペースだよ。

 

「この前あげたクラシックカーとどっちが気に入った?」

 

 そんな質問をすると、ドラコは顔を赤らめてもじもじと腰をくねらせた。

 

「ええ……そんなの選べないよ。あっちはあっちで大女優みたいな格があるセクシーな大人って感じだし。この子は可愛くて、ボクにはこのくらいの子の方が合ってるとは思うけど……。でもあっちにも憧れちゃうし」

 

「ふふ、そうかそうか」

 

 こいつ、本当に自動車が好きだなあ。自動車なら何でもいいってくらい気に入るんだよね。

 しかしこのくらいの子が合ってるってことは、乗ってみたいってことかな。いつか現代日本に連れて行って乗せてやりたいけどなあ。さすがに免許取らせるのは無理かな。

 

 

≪説明しよう!

 ドラゴンにとってはコンパクトカーはジュニアアイドル、クラシックカーはハリウッドのベテラン女優のようなセクシーさをもつオナペットにあたる!

 思春期前の子供が勉強頑張ったらめっちゃエロい絵を描いてあげると餌を目の前に吊り下げられたら……そりゃ頑張るさ!

 

 なお、実車を目の前にしたら大惨事になることが予想されるので、その機会は永遠に訪れないのが世の中のためである!≫

 

 

「じゃあ今回はこれをやろう。引き続き、これからも勉強頑張るんだぞ」

 

「うん!」

 

 ドラコは満面の笑みでスケッチを巻き取ると、大事そうにぎゅっと両腕で抱きしめた。

 まあ描いた僕からしたら、そこまで大層なもんでもないんだけど……。描いたものを大事に扱われて悪い気はしないね。本人にとっては宝物なんだろうなあ。

 

「あ、えっと……」

 

 そのままいそいそと立ち去ろうとしたドラコは、ふと思い出したように振り返った。

 そして少し口ごもってから、小さく頭を下げる。

 

「……ありがとう、先生」

 

 僕はよほど意外そうな顔をしていたのだろう。

 ドラコは頬を僅かに膨らませて、僕の顔を睨んだ。

 僕は小さく首を振ると、笑みを作ってみせる。

 

「どういたしまして」

 

 その言葉をかけてやると、ドラコは少しだけ頬を赤く染めて、小走りに去っていった。

 

 ……少しずつ教育の効果も出てるのかね。

 ご褒美につられて形だけというだけでなく、しっかり実になっているようだ。

 そうなるとこっちも少しは可愛く思えてくるな。

 

 ここは自動車のスケッチ以外のご褒美も用意してやりますかね。

 さて、何がいいかな。

 

「……そういえば、さっき初めて『先生』って呼ばれたな」

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