【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
ドラゴンの里の大通りは、詰めかけた数多くのドラゴンたちでごった返していた。
彼女らの目当ては一か月ぶりに里に戻ってきたドラゴンの次期族長……雄士たちがドラコと呼んでいる少年だ。
彼は今、輿に乗せられ、パレードの中心にあった。
「若様のご帰還! 若様のご帰還だ! 皆の者、若様が人間の里からお戻りになられた!」
パレードの先頭を行くのは、帰還した彼を真っ先に出迎えた警備隊のエース。ピンク色の鱗を持つ女性である。今は人間の姿に戻り、声高に若様のご帰還を喧伝していた。
その声に誘われて、里中からドラゴンの女性たちが集まってきている。
ほんの一か月留守にしていただけで何を大層な……という感じだが、それだけ里のドラゴンたちは刺激に飢えていた。彼女らはあまりにも強大な力を持ち、外敵となる人間たちからここしばらく攻められることもなく、頼もしいリーダーの手腕により飢えとも無縁で、大いなる安寧の中にたゆたっていた。……要するに暇なのだ。
次期族長となることを運命づけられた赤竜の少年の成長を見守ることは彼女たちの数少ない楽しみであり、彼が不在の間は里も火が消えたようだった。そこに一か月ぶりに少年が帰還したというビッグイベントに、彼女たちは彼を一目見ようと大いに沸き立っていたのだ。
そんな彼の姿を一目見ての感想だが、ドラゴンの女性たちは少年のあまりの姿に言葉を失った。
「エッロ……!!」
これにつきた。
民衆の歓声に応え、輿の上からどこか浮かない顔で手を振り返す若様。
生脚の映えるサスペンダーつきの半ズボンに、きっちりとボタンを留めたやや袖余りのシャツ、丈の短い泥一つないピカピカの革靴。胸元にはリボンタイを結び、やや大きめのキャスケット帽を大切そうに胸元にぎゅっと抱きしめている。
この一式に身を包んだ少年を見たドラゴン女性たちは、かつてなく興奮した様子で顔を真っ赤に染まった顔を見合わせ、騒ぎ立てる。
「見た!? 見た!? 若様のあの服、何あれ! 超カワイイ! あんな服見たことない! すごくきっちりしてる! お人形さんみたい!」
「なんなのあの服は……!? 露出も少ないし淫猥ってこともないのに、見ているとすごくムラムラする! さらって私の家に閉じ込めて、椅子に縛り付けながらひと匙ずつスープを食べさせてあげたい……!」
「ああっ、母性が疼くぅ……! タマゴ産みそう……!」
≪説明しよう!
ショタ専門同人誌作家であった雄士のねーちゃんが自らの抱えるリビドーをつぎ込んでデザインした、渾身のおぼっちゃん系ショタ服である!
普段素朴な民族衣装しか見慣れていないドラゴン女性にとって、現代日本のショタ文化はあまりにも刺激の強すぎる猛毒であった!
雄士は女装姿でドラゴンの元に帰すのはあまりにも刺激が強いだろうと危惧してこの服を着せたが、はっきり言おう! まだ女装の方がマシだった!≫
「これが人間の服……!? 人間は子供にこんなスケベな服を着せて楽しんでいるというの!?」
「人間め! なんて卑猥な種族なんだ! 若様にこんなエッチな服を着せるなんて! ハァハァ……」
それについては返す言葉は一言もない。
まあ少年を見て性的に興奮しているドラゴン女性も人のことは言えないのだが。
若いドラゴン女性たちの反応はこんなもんだったが、見物人の中には結構な数の老人も混じっていた。彼女らの感想はどうだろうか。
「はえ~。人間の間ではあんな服が流行っとるんじゃのう」
「なんともめんこいのう。ワシら田舎モンにはあんな服考えもつかんで」
「ワシらの若様が、人間の文化に毒されてしもうた。さっさとあんなきらきらの服脱ぎ捨てて、昔ながらの素朴な服を着せなきゃあいかん」
ドラゴンの若者たちは決して認めようとしないが、歳を経たドラゴンにはいい加減自分を客観的に見ることができる者もいる。
ドラゴンの里はクッソド田舎であった。
そりゃそうだ、ロクに商人が行商に来れないような険しい山々の間でひっそりと暮らしている民族なのである。どこからも文化が流入してこないし、自分たちの間で独自の文化が発展するだけの活気も人口もない。
ちなみにドラゴンの里の総人口は約2000人である。
有事となれば2000体ものドラゴンが襲い掛かるとなれば人間の為政者は顔を真っ青にすることだろうが、独自の文化を生み出すには人口2000人はあまりにもか細い。
なお、ドラゴンの男性は見物人の中にはいない。
女性たちの手で、宝物のように家の中に閉じ込められているのだ。ああ、ドラゴンが宝物を巣にためこむ習性ってそういう……。
さて、ドラゴンの至宝たる若様にこんな劣情を誘う卑猥な服を着せた張本人である雄士はどうしたかというと。
パレードの最後尾を、妻たちと一緒にのんびりと歩いていた。
「へえ~。これがドラゴンの里かぁ。なんか普通っぽいね」
「普通というか……まあ本当にどこにでもある街だな。道行く人にツノと尻尾がある以外は人間の街と何も変わらなく見えるぞ」
「なんか拍子抜けだね。ドラコの話だともっとキラキラした立派な建物があちこちに立ち並んで、風光明媚な黄金郷って話だったのに」
「木造の建物が多いのはおもしれえな。ドラゴンの体躯があればもっとデカい建物も簡単に建てられそうだが……多分そこまでデカい建物を作っても、住む奴がいねえんだろうな。俺たちの住んでる城塞都市と違って土地を潤沢に使えるから、アパルトメントとかもねえんだろう。みんな平屋に住んでる感じだな」
思い思いのことを言いながら、キョロキョロと周囲を見回している。
実際にはアミィとウルスナはまるで油断しておらず、敵意を持つ者がいないか気を張って歩いてはいるのだが。
凱旋パレードの最後尾を徒歩で歩かされるというのは、戦に負けた捕虜が辱めを受けるときの扱いなのだ。それを知っている2人は内心不満を抱えているのだが、ドラゴン相手に暴れるほど命知らずでもないし、師としてドラコの面目を潰すのもよしとは思わない。
何より夫である雄士が楽しそうに観光しているので、内心の不満をおくびにも出さず、彼に付き合っていた。
そんな雄士たちを、ドラゴンの民衆は物珍しそうに指さす。
「あ、見て! 人間だよ! 若様が捕まえてきたんだ!」
「私は若様を人間の街にさらった奴らだって聞いたけど?」
「なんか角も尻尾もないんだね。それ以外はあたしたちとあんま変わんないのかな」
「ハッ! 魔力が全然違うだろ。生まれからしてか弱い劣等種族なんだぞ人間ってのは」
「そう? なんかあのオスはともかく、メスの魔力って私たちとあんま変わらなくない?」
「き、気のせいだろ……ウチらが竜の姿になればイチコロだよあんなの」
「それにしてもあのオス、本当に貧弱だな。そこらのモンスター以下だぞ。あれでよく生きていられるな」
「ほんとそれ。あんな弱そうな魔力してさあ、いっちょまえに筋肉だけはついてて、胸筋とかすごくて、脇見せて歩いてて……」
『うまそお……』
じゅるっとドラゴン女性たちが涎を垂らした。
なお、食欲的な意味ではない。ドラゴンにとって人肉食は忌避される行動である。
もちろん性的な意味でドラゴンたちは発情していた。
「はぁ……はぁ……。捕まえてベッドに縛り付けて、体中を舐め回しながら『こんなたくましい筋肉をしてるのに、上位存在のメスには手も足も出ないんじゃのう』ってニヤニヤしながらからかってやりたい……」
「パレードの最後尾を引き回されてるってことは捕虜でしょ? じゃあ何してもいいんだよね? 頼めば一発くらいヤらせてくれないかな」
そしてハッと我に返ったように隣のドラゴンと顔を見合わせる。
「は? 何アンタ、あんな弱そうな人間の種でもいいわけ? オスに相手にされないからって、見境ないにも程度ってもんがあるでしょ?(笑)」
「そっちこそ、若様の初搾りは自分がって普段言ってるくせに、何そのメス顔。鼻の下伸ばしちゃってさ、鏡とか見てみたら?(笑)」
「ああ? やんのかオイ? 一流のメスたるもの、相手にしていいオスは13歳までだよなあ! むしろ13歳が至高! 14歳以上はジジイ!」
「当然だろうが! それがドラゴンのメスの誇り!」
何が当然なんだよと言いたいところだが、ドラゴンのメスにとってはつがいになるオスは若いほどいいのだ。その方が精子のイキが良くて元気な子供を孕めるとされている。
それがドラゴンのメスにとっての一般的な価値観なのだ。
もっとも、雄士への反応を見るに本心では人間の細マッチョにも興奮するようだが、それを他のメスドラゴンに知られることは忌避されるべきことであった。
やめなよ、ドラゴンの里では人間細マッチョは恥ずかしい性癖なんだよ。
そんなイカれた文化を持つ種族だが、とりあえず雄士にとっては幸運である。
人間は脆弱な劣等種族で、こんなものに欲情するのはドラゴンとして恥ずべきことだと思われているから、たくましい雌ドラゴンによってたかって乱暴されて種を搾り取られることはない。
やはりドラゴンのメスは若々しい少年に欲情してこそ正常といえる。
そしてそんなドラゴンのメスどもの熱い視線を一身に受けるドラコは、非常にイライラした様子で頬杖をついていた。
「……おい。どうして先生がここにいない? 先生を同じ輿に乗せろと言ったはずだぞ」
「若様、ご無理をおっしゃらないでください」
そう応えるのは、輿のすぐ横をしずしずと歩いている女性だ。
宮廷の女官を統べる立ち位置にある女性で……といっても貞操逆転しているこの世界では宮廷に勤めている者は全員女官ということになるのだが。わかりやすくいえば内務大臣ということになる。
年の頃は40代に入ったばかりといったところ。知的な顔立ちの美人だが、それ以上に怜悧さを感じさせる。ドラゴンの女性は歳を重ねても若々しい姿を維持する者が多い中、乳も尻も優美な丸みを帯びており、熟した女性の色香を纏っていた。
……もっともどれだけフェロモンを放っていようが、社会に女しかいないこの世界ではそれに欲情する男などいない。口さがない若いメスは「あのババア、加齢臭きついんだよねー」などと陰口を叩いていた。
翌日黒焦げになって発見されたが、犯人捜索はされなかった。誰が犯人なのかは瞭然だったし、そもそも罪に問われない。ドラゴンの社会では強さこそが最大の法なのだ。大臣を務めるこのメスは、族長に次ぐ最強の個体なのである。
そんな恐ろしいドラゴンであったが、ドラコにとってはまだおしめもとれない頃からつきっきりで可愛がってくれる優しいおばさまである。
あれが食べたいといえば季節外れの果物だって持ってきてくれたし(新大陸まで飛んで探してきたらしい)、どんなわがままだって聞いてくれた。
そのおばさまが、今回に限ってはちっとも言うことを聞いてくれないのだ。
「何が無理なんだよ」
「若様と同じ輿に乗るということは、若様と同等の存在だと認めるということです。民の前でそんなことをしては、族長の名誉に傷がつきますよ。いけません」
「だからどうだっていうんだよ。先生はすごい人なんだ。ボクと同等だって認めて何が悪いのさ」
「人間ごときが誇りあるドライグの族長と同等などありえません」
その言葉に、ドラコは頬を膨らませる。
「先生はボクを負かせたんだぞ! ボクより上じゃないか、それの何が悪いんだよ」
「……許せぬ。人間ごときが、ドライグの至宝たる若様に土をつけるなど不遜な……」
「何か言った?」
ぼそりと呟かれた言葉を耳聡く聞きつけたドラコに、大臣は一瞬漏れ出た怒気を鋼鉄より硬い鱗の下に隠し、にこやかに微笑んだ。
「いいえ。それより若様、今宵はご馳走を用意しておきましょうね。若様の好きな果物をたくさん用意しておりますよ。いっぱい食べておねんねしましょうね」
「ああ、うん……。でもその前に詩集を読んでおかないと。詩作の課題を明後日までにしないといけないんだ」
「詩集?」
小首を傾げる大臣に、ドラコはニコニコと得意そうな笑みを浮かべた。
「うん! 人間の詩集を勉強してるんだ。最初はなんだこれって思ったけど、面白いんだよ。あとね、あとね、毎朝剣術の稽古もしてるんだ! 友達とのかけっこも少しずつ早くなったし! スカートが邪魔であまり速く走れないけど、だんだんコツがわかってきたんだよ! 昨日までできなかったことが、今日はできるようになるの、楽しいんだ! すごいでしょ!」
興奮したように息せき切って自慢を始めるドラコ。
ほめてほめて!と言わんばかりのキラキラした瞳で、彼は大好きな大臣を見つめた。
「若様」
「なに? あ、それからね! 精霊魔法も庭の草木に水やりできるくらい細かい調整ができるように……」
「低俗な人間の詩など、誇り高きドライグが読むものではありません」
きっぱりと否定する大臣の冷たい面持ちに、ドラコの言葉は勢いを失う。
「えっ……」
「剣術? かけっこ? 何を馬鹿な。誇りあるドライグの戦いとは吐息で敵対者を焼き尽くすこと。移動とは、両の翼で偉容を見せつけながら大空を征くことにあるのです。若様は、人間の街にいる間になんともくだらないことに染まってしまわれた」
はぁと深いため息を吐き、大臣は眉間に指を当てた。
「どうか速やかにそのようなものはお忘れください。先ほど、友達とおっしゃいましたか? まさか、下等な人間をそのように呼んでいるのではないでしょうね」
「……でも、みんないい奴で……」
「若様は遍く生物の頂たるドライグの族長になられるお方。群れるのは弱き者が浅ましく生き延びるためにすることです。覇者に友などいてはなりません。師も友も、貴方様にはまったく必要のないものです」
信頼している大臣から人間の街で学んだことを否定され、ドラコは俯いて唇を噛んだ。
そんな彼を元気づけるように、大臣はうって変わってにこやかな笑みを浮かべる。
「大丈夫です、若様にはわたくしどもがいるではありませんか。私たちは貴方が何をされようと、死ぬまで付き従いましょう。我々の血の一滴、毛の一本、鱗の一枚に至るまで、貴方の持ち物でございます。ささ、顔を上げて民どもに手を振り返してくださいませ。それだけで民は無上の喜びに打ち震えましょう。若様はただそこにおられるだけで貴いお方なのですから」