【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「外してやんの! 『貴方はドラゴンに転生したニホン人だ、そうですね?(キリッ)』だって! うぷぷぷぷーーーーっ!」
真っ赤になって顔を伏せる僕に、ここぞとばかりに指を突き付けてゲタゲタ笑うデボ子。
この野郎、たまたま居合わせただけのくせに鬼の首をとったみたいに……!
あとで絶対わからせると決意しつつ、僕は恥ずかしさのあまり顔を上げられずにいた。
マジかよ、ここで外すのか……。
いや、絶対転生者って思うじゃんこんなの。
だってドラゴンの権力者がフラットな視野を持ってて、人間の国と貿易して巨万の富を築き、とどめにまるで老けないアルピノのドラゴン美少女を嫁さんにしてるんだぜ?
そんなのドラゴンに転生したら絶対やりたいムーブじゃん。
いかにも『成り上がりドラゴンライフ~転生したらドラゴンだったので海外と空路貿易して純白の美少女竜と結婚します!~』とかのタイトルでありそうじゃない?
自動販売機のカタログからどこかに僕以外の転生者がいるって示唆もあったし、この人が転生者に間違いないって結論にたどり着くのは仕方ないじゃないか。
……いや、認めるよ。正直浮かれてた。
この人は日本からの転生者では?って考えに至ったとき、思わずその推論に飛び付いた。
同郷の士と日本の思い出話ができるかもという想いに我を忘れて口走っちゃったんだよね。日本での暮らしに未練はないと思ってたけど、僕の中で結構望郷の念が強くなっちゃってたみたいだ。
ドラパパが同郷の人だったらいいなって思いもあったしね。
「で、ニホンというのはお前の故郷か? どこにある? どうやったら行ける?」
「死ねばいいと思うよ」
ぐいぐいと顔を寄せて情報を聞き出そうとしてくるデアボリカの顔にアイアンクローを決めて、無理矢理引き剥がす。
この野郎、これまでことあるごとに大ブリシャブ帝国の文明は世界一ィィィィィ!みたいな自慢をしてたくせに、金になりそうな匂いを嗅ぎつけたのか急にすり寄ってきやがる。
ちなみにデボ子は僕が転生者ってことは知ってるはずだ。最初にギルドに行って「転生者なんですけどギルドに入れてください」ってウェズ君に頼んだとき、こいついたからね。
多分これまで与太話だと思ってたけど、僕がこんな場面で口にしたから急に信憑性が増したって感じかな。
くそっ、本当に浮かれてた。あとで変なトラブルの種にならなきゃいいけど。
あ、アミィさんがデアボリカを引き剥がしてくれながらも、何とも言えない目で僕の顔を見てる。ウルスナとアイリーンは顔を抑えて、やっちまったなコイツって顔してるね……。軽率で本当に申し訳ない。
そんな僕たちに目をやりながら、ドラパパはふぅむと唸りながら顎ひげを撫でた。
「転生というのは、先生は別の世界から来たということかな? とても信じられない……などとは言わんよ。先生はこの世界の男にしては賢すぎるからな」
マジかよ、これ信じるの? 嘘でしょ、逆の立場なら僕は絶対信じないよこんなたわごと。
「人間もドラゴンも、育った環境からは逃れられん。たとえどれだけ明晰な頭脳があっても、家の中に閉じ込められて何も考えないように育てられた男は、バカに育つものだよ。先生はナーロッパ世界の外から来たと言われると、吾輩は合点がいく」
「そういうドラパパこそ頭が柔らかすぎません? とてもドラゴンとは思えないよ」
まさにそこだよ、僕がドラパパは元日本人じゃないのって疑ったのは。
初対面のときこそ圧倒的強者ってムーブしてたけど、こうして話してみたら人間に対して全然驕ってないというか、むしろ人間を脅威ととらえてるくらいだもの。
するとドラパパは唇の端を吊り上げ、ガッハッハと豪快な笑みを返した。
「で、あろう。なんせ吾輩は純粋なドラゴン育ちではないからな。実は20代までは里の外で暮らしていたのだよ。当時は行商人などしておってな。まあ、昔のことだが……ときに先生はどうして今回ここに」
「待って、その話すっごい聞きたい!」
僕が食い下がると、ドラパパは「えー? こんなオッサンの経歴とか知りたい? 聞いたって面白くないと思うけどなあ」なんてぼやいた。
いや、めちゃめちゃ興味あるよ。どうやったらこういう紳士になれるのかすっごい知りたい。
僕が必死に拝み倒すと、ドラパパは渋々といった顔で話を聞かせてくれた。
吾輩が物心ついたときには、行商人の一家の中で旅暮らしをしておった。
一家といっても血はつながっておらん。吾輩を拾って育ててくれた母は人間であったよ。
実の母はドラゴンのはずだが、吾輩を産み落とした後で死に別れたのだろうな。
捨て子? 確かに幼い頃は吾輩も自分が親から捨てられたんじゃないかと悩んだこともあったが、今になって振り返るとそれはありえんな。
なんせドラゴンというのは個体数が少ない。人間は生涯に5人も6人も子を産むが、ドラゴンは頑張っても3人がせいぜいだ。
強い生き物ほど子供は生まれにくいようにできているという話を知っているかな? 吾輩も知人の学者からの受け売りなのだが、それを聞いたときなるほど自然というのはうまいことできていると思ったものだよ。強い生き物がたくさん子を産んでは、あっという間に世の中はその生き物で埋め尽くされてしまうからな。
しかも吾輩は男だ。オスのドラゴンというのはそりゃあもう貴重でな。
この里であれば産まれた時点でお祭り騒ぎ、将来は誰とつがわせて子を成すかというのが喧々諤々の議論、最終的には話し合いという名の一族殴り合いで決まるものさ。
だから捨てられたというのはありえんことだ。
そういう風潮を嫌った娘が里を飛び出して産んだか、もしくは元々はぐれ竜だったか……。ああ、はぐれ竜というのもいるのだ。この里、上下関係が激しくてな。強者には絶対服従で媚びへつらうのが嫌いな奴は、ひとりでひっそりと山奥で暮らしてたりする。
行商人の一家はいい人たちでな。拾い子の吾輩を人間の姉妹と隔てなく育ててくれた。
吾輩の人生もいろいろあったが、これだけは掛け値なしで幸運だったと言えるな。
大陸を回って、いろんなものを見たよ。
どこまでも広がる広大な麦畑を。
それを刈り取って税を納める村人を。
彼らが税として納めた麦を糧に戦争する兵士を。
それら兵士をまとめて粉砕する大砲を。
どんな痩せた土地にでも入り込む人間のしぶとさ、その繁栄ぶり、好戦性と技術への執着を吾輩は知った。
吾輩が独立を決めたのは、15歳の頃だったかな。
行商人の子というのはいずれ親から独立して自分で商売を始めるものだ。
両親はずっと一緒に暮らそうと言ってくれたし、吾輩も彼女らに愛着はあった。
それでも独立しようと思ったのは……まあカッコよく言えば自分のルーツを探して、的な?
言葉を飾らずに言えば、寂しくなったのだな。
親や姉妹は吾輩を家族として扱ってくれたが、吾輩はいつしか癒せない孤独を感じていた。所詮自分はドラゴン、人間とは相容れない別の生き物だ……と考えるようになっていた。
今から考えれば思春期の気の迷いだったのではないかとも思うが。
当時の吾輩は、どうしても同胞のドラゴンに会いたくて仕方なくなったのだ。
「その気持ち、わかるなあ……」
そうか。転生の真偽はともかく、先生も東洋人だからな。一人で異国で暮らすのに寂しさを感じることもあるだろうな。
……はは、君たちそう強く彼の腕を握るものではないよ。痛そうじゃないか。
まあともかく親元を離れた吾輩は、ドラゴンの里を探して諸国を回った。
あるときは歴史学者の元を訪ね、辺境の村にドラゴンの伝説を知る古老がいると聞けば数か月をかけてその村に赴き。本当にいろんな場所に行ったなあ。
「しかしアンタは男性だ。男の一人旅は随分危険だったんじゃないか?」
うむ……まあ男が一人でウロウロしたら、そりゃ野盗や奴隷狩りの格好の的だが。
そこはほら、吾輩もドラゴンだからね。
本能ってのは大したもんで、人間に育てられてもそのうち自分が竜に化身できることに気付くもんだ。図体まで竜にならなくても、ブレスを吐けば野盗なんぞイチコロよ。
とはいえ、それはあくまでも奥の手だ。
人間を襲うドラゴンがいると騒ぎになって、討伐隊でも差し向けられたらかなわん。
普段は帽子を被って角を隠して、ひっそりと旅していたものだ。子供の頃から親から絶対人前で帽子は脱ぐなと言いつけられていてな。
そのうちにいろんな帽子を持ち歩くようになった。
普段は被っておらんが実は吾輩、帽子を集めるのが趣味でな。
先生も帽子に詳しいんだって? 後で吾輩のコレクションを見せてやろう。
ときに我が息子が被っていたあの帽子、すごくいいね。あの丸みが気に入った。ドラゴンってずんぐりした四角いものが好きなんだよ。でかいと特にぐっとくる。
でさー、そのー。我が息子と先生の絆の証ということはわかってるんだけどさー、良かったら吾輩にもひとつあれがほしいなーなんて。
え? 話の続き? こんな身の上話より帽子の話の方が……。
話したら帽子作ってくれる? マジかよ、やったあ! じゃあ話すわ。
といってもここから十数年ほどは話に山も谷もないから飛ばすが。
ドラゴンの里探しに明け暮れるうちに、瞬くように年月は流れ、吾輩も20代の終わりに差し掛かっていた。
定住してる人間ならもういきおくれもいいところだな。
吾輩もぜひここに留まって婿に、と何度も人間からプロポーズされたのだが……それを受け入れては何のために十数年も旅を続けてきたのかわからん。
そもそもドラゴンのオスとしてはあがりを迎えていたしな。
あがりがわからん? ああ、そうか。人間のオスにはそういうのなかったか。
ドラゴンのオスって10代のうちにしか生殖できないんだよ。20代に入ったら生殖能力を失う……というか、ぶっちゃけ勃たなくなる。
さっきも言っただろう、ドラゴンは子供が少ないと。種族の枷だな。
ドラゴンはあまりにも個体が強すぎるから、生殖期間を極端に短くすることで増えすぎないようになっているのだろうな。
人間と違って、ドラゴンは20代以降はずっと賢者モードだよ。
ハハハ、性欲に振り回されることなくずっと頭がクリアでいられるから、これはこれで楽だぞ。
まあ結婚するかどうかはともかく、そろそろどこかに腰を落ち着けて商売するのもいいかな……と、そんなことを思っていたある日。
吾輩は見たのだ、遠くの空を征く優美な白い影を。
蒼穹の空の中に、太陽よりも鮮やかな輝きを放つあまりにも美しい純白の翼を。
一瞬でもその姿を瞳のうちに捉えれば心奪われるであろう、威風と美麗さを併せ持ったその竜体を。
それを見た瞬間、吾輩はそれまで命よりも大事にしていた商品をうち捨て、その影を追いかけて空へと舞い上がっていた……。
「うーんむにゃむにゃ、もう飲めなぁい……」
あ、はい。そんなに視線を集中させなくてもそうです。
そこで酒瓶抱えてヨダレ垂らしてるうちのかみさんが竜モードで空を散歩してたって話です。
まあそのときは探し求めた同胞に巡り合った嬉しさに、吾輩も我を忘れていてな。
それまであまり練習したこともなかった飛行魔術を必死に展開して、全力で追いすがったさ。
「うにゅ? あなた里で見たことないわね。その真っ黒な体、カッコいいじゃない。私とケンカしたいの? よーしバッチこい!」
などと気の抜けたことをのたまいながら臨戦態勢を取る白竜の誤解を必死に解いて、この里まで案内してもらったのだ。
まさか大陸ではなく、海峡を挟んだ島国の険しい山の中で暮らしているなどとは思っていなくてな。まあ大陸でどれだけ手掛かりを探しても見つからんわけだよ。
で、ようやく同胞と巡り合えたわけなのだが……。
まあここからが大変だったのだ。
吾輩も、まさかドラゴンが揃いも揃って脳みそツルッツルでプライドだけこじらせた田舎者だとは思ってなくてな。
ドラゴンは世界最強の種族、下等な人間なんてどれだけいてもドラゴンが本気になったらブレスのひと噴きで全滅だなどと上から下まで全員が信じ込んでおった。
里の外ではやれ旧大陸の覇権だ、新大陸だ、植民地だ、無敵艦隊撃沈だと大国がバチバチ大戦争をしておるというのにだぞ?
しかもまたこれが貧乏していてな。なんせ産業がだだっ広い高原で畜産して自給自足するくらいしかないのだ。当たり前だな、商人もロクに来ないのだから。どうしてもお腹空いたら人間の街でも襲って食料を奪えばいいなどとぬかしおる。
吾輩がこんな田舎に引きこもってる場合じゃない、世の中はすごいスピードで変わっていっているのだ、このままでは置いて行かれるとどれだけ主張しても聞きやしない。
どころか、予定外のオスが転がり込んできた! ラッキー! 早速誰の夫にするか決めよう!と未婚のメスどもが争奪戦して殴り合う始末だ。
炎やら吹雪やら雷霆やらで空を染めて争うメスどもを見て、吾輩は悟った。
この種族は、あと100年もせず滅びると。
ちなみにその争奪戦で勝ち抜いたのが、そこに転がってる酔っぱらいの白竜だ。
それからのこと?
まあ、知ってのとおり頑張って商売したよ。
里の若いもんを必死に説得して外に連れ出して、最初は行商人として培ったコネをフルに使って隊商を任せてもらってな。
ドラゴン運輸にお任せください、この世で唯一の空飛ぶ輸送で大陸の端から端までひとっとびで大事な商品をお運びします……なんてセールストークをしたもんさ。
「ねえ、本当に転生者じゃないの? それかなんか受信してない?」
転生……? 受信……? いや、何のことかわからんが。
だってこの巨体に飛行能力だぞ、商売人として使わないのはもったいないなってずっと思ってたんだよ。それまで正体を露見することなくドラゴンの里を探すのが第一目的だったから使わなかっただけでな。
そうして初期の資金を集めてからは、自分たちで商売を始めた。
東はインディスパイスから西は新大陸まで。
別の国に持っていけば売れそうなものを探しては、空を飛んで売りつけてな。
まあこれが儲かる儲かる。なんせ空を飛んで商売できる奴は我々だけだからな。
とはいえ、最初は言語を習得するのに苦労したよ。
あと、それ以上に若いもんが高圧的でな……。下等な人間と現地人を見下すわ、頭を下げて商品を譲ってもらうなんてドライグの誇りが汚れるなどとぬかすわ。矯正には本当に骨が折れた。
吾輩の部下についた数名は諸国で見識を深めるうちに人間やべーと気付いて態度を改めたのだが……大多数のドライグは今も変わらん。
吾輩たちが頑張って商売して裕福な暮らしをできるようになったのを、ドライグが偉大だから富が勝手に集まってきたと思っている。
んなわけねーだろうが! 俺たちがぺこぺこ頭下げて、ときにはハッタリかまして価格交渉して、汗水垂らして重い品物を運んだから飢えなくなったんだよ! それをあのメスどもはよー! 人の苦労も知らずに……!
「どうどう! ブレス出てるブレス!」
すまん。せっかく立てた屋敷を自分で火事にするところだったわ……。
ま、商売の愚痴などそれこそ聞きたくもないだろうし割愛するが。
こうして商売は軌道に乗り、ドラゴンは飢えなくなりましたとさ。めでたしめでたしってな。
どうしてここまで商売の手を広げたか?
財宝を集めるのがドラゴンの習性だからさ。
……というのは冗談としてな。
これからの時代、物を言うのはカネだと吾輩は睨んでいる。
そりゃもちろん不用意に金を持てば人間が奪おうと襲ってくるという危険もあるがね。
吾輩はこの集めた財貨を、人間の銀行に投資しようと考えているのだ。そうすればドラゴンを滅ぼすことに反対する人間が増える。出資者が滅びれば、そいつも破滅するからな。
そうして人間の中にドラゴンの味方を増やしていけば、ドラゴンは100年先も滅びない。カネの盾が、ドラゴンという種族を守ってくれるというわけだ。
それが商人として人間の中で生きてきた吾輩が見出した生存戦略なのだよ。
この戦略を、吾輩は息子に継がせさせたかった。
アガリを迎えた吾輩が、それでも万に一つの可能性に賭けて毎晩必死に妻を抱き続け、やっとできた息子だ。可愛い可愛い一粒種なんだ。
カネの力で同胞を守る、その考えこそを吾輩は息子に財産として継いでほしかった。
だが息子はメスどもの手で遠ざけられ、部屋に閉じ込められ甘やかされてばかり。
しまいには人間狩りなどとぬかして人をいたぶる遊びだと?
息子がそんな行為をしでかしたと聞いて、吾輩は目の前が真っ暗になったよ。
吾輩がこれまでしてきたことは、すべて無駄になった。
人間との信頼関係、余りある財貨。
息子に遺してやりたかったすべてが、他ならぬ息子の手でぶち壊されたと。
「だから先生。息子を殴ってくれたのが貴方であったことが、吾輩は心底嬉しいのだ。ありがとう。我が息子を殴ってくれて。我が息子の思い上がりを糺してくれて。本当に感謝に堪えない」
ドラパパは両手でこちらの手を握りながら、深々と頭を下げる。
尊敬に値する立派な男性に頭を下げられることに狼狽しながら、僕はぽたりとテーブルの上に零れる雫を、必死で見なかったことにした。
「願わくば、どうかこれからも我が息子の師であってほしい。この先何があっても、我が息子の味方であってくれませんか。それが成されるなら、吾輩は貴方のために何でもしよう。この命など投げ捨てても構わない」