【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「貴様ら、何のつもりだ! そこをどかぬか!」
離宮へと駆けつけた僕たちの前に立ちはだかったのは、ドラゴンの女性たちだった。
全員が黄色く染め上げられた着物を纏い、槍を手にしてこちらへ向けている。
おそらくだけど、宮中の警備兵の立ち位置にある人たちなんだろう。その割にはやたら軽装だけど、ドラゴンにとっては防具なんて意味がないんだろうね。だって本気出して戦うときは竜形態に変身するわけだし。
同じ色の着物を着ているのは、警備兵だと示すための一種の制服なのかな。
こういうところでもお国柄が出てちょっと面白いね。
いや、面白がってる場合じゃない。ドラコを助けなくては。
低い声で威嚇するドラパパに対して、ドラゴンの警備兵たちはキッと険しい目を向けている。
「何と言われようと、ここはお通しできません! お引き取りを」
「誰に槍を向けているのかわかっているのか貴様ら!」
「もちろんです。宮中はもはや我々の手に落ちた。投降するのは貴方がたの方です」
ドラパパの恫喝にも強気な態度を崩さないドラゴンの兵士。
あれ? これって……。
「まずいぞ。これ、クーデターだ……!」
ウルスナの呟きに、アミィさんが頷く。
「ああ。軍部の暴走ではないな。糸を引く誰かが族長夫妻にとって代わろうとしている」
誰か……といってもここに至っては犯人は明らかだよね。
状況的に大臣が犯人に決まってる。
僕にピンと来たのだから、ドラパパにわからないはずもない。
「ば……馬鹿どもが! 自分が何をやっているのかわかっているのか!?」
「無論! もう我々はたかが人間ごときに怯える、貴様のような弱いオスに大きな顔をされるのも、それを許す族長にもうんざりなんだよ! ドラゴンは力ある者に従うべき! 大臣こそ我々の真の族長にふさわしい! 今宵、若様を婿に迎えることで、ドラゴンの真の王が生まれるのだ!」
陣頭に立つ兵士は熱に浮かされたような顔で演説をぶちかまし、誰が首謀者なのかを暴露した。それに続いて、後ろに立つ兵士たちも声を張り上げる。
「我らがドラゴンの真の王者に忠誠を!」
「大臣万歳!」
こいつら……さてはアホだな?
ここでのらりくらりと嘘をつくなりなんなりすれば、ドラコをレイプして煙草を吹かすくらいの時間は稼げるだろうに。
ドラパパが言っていた通り、ドラゴンはみんな脳みそツルッツルのようだ。
力押しで何でも解決できてしまう種族の末路か……。.
「大臣が真の王者ねえ。あの子が私より強いように見えるんだ?」
ドラパパの陰からドラママが姿を現すと、兵士たちはびくりと肩を震わせて露骨にうろたえた。ガチガチと歯を鳴らしている者もいる。
腕を組んで静かに立っているドラママは僕にはただの女の子にしか見えないけど、ドラゴン的には迫力ある存在に感じられるんだろうか。
しかし、一度反旗を翻した以上は後には引けないのか、兵士は歯を食いしばってドラママに槍を突き付ける。
「黙れ! オスごときに好きにさせている貴様のような惰弱なメスより、あの方の方がよほどドラゴンの王者にふさわしいわ!」
「はぁ……。あなた歳はいくつ?」
「あ? 私の歳など、一体何の関係が」
「まだ20歳くらいかな? じゃあ知らないか。誰のおかげでドライグが贅沢できるようになったのか。その前はどれだけ貧しい生活をしていたのか。私がダーリンをお婿さんにしたとき、どれだけの同族を大地に墜としたのか。――たかが死にぞこなっただけのメスが、真の王者にふさわしい? そのジョーク最高だわ。まるで笑えない」
バチッと音を立てて、夜の闇を白光が照らす。
白い少女の周囲に無数の雷球が浮かび上がっていた。雷球同士の間には時折稲光のように激しい電流が流れており、それはまるで噛みつく相手を探して喉を鳴らす猛獣の顎のように思える。
あれはちょっとシャレにならない。
思わず一歩下がる僕の盾になるように、アイリーンとウルスナが前に出る。
もっとも、あの雷球に触れて一瞬で黒焦げになるのは僕も彼女たちも同じだろうけど。
「確かにドライグは惰弱になったわね。昔じゃ考えられないわ、貴方みたいな弱いメスが大きな顔をできるなんて。これもダーリンが富を運んできてくれた功罪か……」
ドラママは白い髪をかき上げると、夫に目配せを送った。
「あなた、ベビーちゃんのことはお願いね。私はちょっとこの子たちをわからせておくから」
「ああ、頼まれた」
ひっ、と兵士が声にならない叫びを漏らす。
しかしそれでもその場に踏みとどまった彼女は、喉も枯れんばかりに叫んだ。
「で、出会え、出会え! 数の力を見せろ! たとえ族長といえど、我ら全員に勝てるわけがない! 真の王者の旗の元に集うのだ!」
直後、鼓膜が破れそうな方向と共に無数の影が上空へと飛び上がる。
10メートルを超える巨体へと変化したドラゴンが戦うには、この地上は狭すぎるのだ。
そもそもこの宮殿はクーデターが成功した暁には大臣の居城となるわけで、それを傷つけるような度胸は兵士である彼女たちにはなかったというのもあるだろう。
空はあっという間に様々な体色のドラゴンで埋め尽くされ、噴き上がるブレスで赤く染まった。まるで世界の終わりの日みたいな光景だ。
騒ぎを知った兵士が竜に変じて駆けつけているのか、空を舞うドラゴンの数はどんどん増えていく。
その先頭を飛ぶのは、白亜の威容。他のドラゴンと大きさは変わらないのに、明らかに存在感が違う。まるで満月がもうひとつ現れたかのように光り輝き、その翼は闇を切り裂いていく。
他のドラゴンはそれに追いすがって後ろからブレスを吐きかけているが、まるで当たっていない。炎だけでなく氷や雷光を放っている者もいるようだが、やはり結果は同じだった。
あの有象無象どもでは、決して白亜の威光に触れられまい。
「行くぞ」
ドラパパの言葉に、僕は頷いた。
戦闘に加わらずこの場に残った兵士もいるが、ドラパパがじろりと視線を送ると無言で槍を落とし、顔を背ける。
一応道を塞ぐために残ったのだろうが、ドラママがあまりにも奮闘しているので負ける可能性があるとみて投降したのだろう。本当に強い奴には逆らわないんだな、こいつら……。どっかの誰かさんみたいだ。
あれ? そういえばそのデボ子はどうしたっけ? アミィさんが締め落とした後、ベッドに寝かせておいたような……。まあいいか、今はあんなのどうでもいい。それよりドラコだ!
「どきなさい! 今通せば、反逆は不問に付す! 命が惜しければ道を開けろ!」
離宮には先ほどの部隊とは別の兵士が詰めていたが、駆けつけてきたドラパパの部下だという女性が追い払ってくれた。
この人はデキる女性秘書みたいなスマートな顔立ちをしているけど、ドラゴンの中でもかなりの実力者なのか、明らかに兵士への恫喝がよく通る。というか、明らかにドラパパよりも恐れられていた。
僕的にはドラパパみたいなコワモテの男性に凄まれた方がおっかなく感じるけど、彼女たちにとっては違うらしい。ドラパパが堂々とした態度をしていたからわからなかったけど、男性というだけでこの世界では相当低く見られるようだ。
それでも通してくれない兵士はドラパパの部下たちが殴り倒していく。
相手も槍や剣で武装しているけど、ほぼ威嚇用の飾りだ。膨大な魔力を持つドラゴンには、竜化していない状態でも通常の武器ではかすり傷ひとつつけられないらしい。そんなドラゴン同士の小競り合いでモノを言うのは拳だ。魔力を乗せた拳でなら、相手にダメージを通せる。
幸いなことに死んでも徹底抗戦する!ってほどのガッツがある奴はおらず、鼻息が荒い数名を叩き伏せたら残りは降参してくれた。大臣に命を懸けるほどの人望がないのか、生まれ持った力に胡坐をかいているだけの根性なしばかりなのか。あるいは自分より強そうな相手には逆らわないことが本能に刻まれているのかもしれない。
「しかし……大臣の実力は本物です。彼女には私でも敵わない。若様を一体どうやってお救いすればいいか……」
ドラコの部屋を目指して廊下を進みながら、ドラパパの秘書は悔しそうに歯噛みする。
「そんなに?」
「ああ。大臣はこの里で2番目に強いメスだ。だからこそ大臣というポストを与えられている……。もちろん内務処理に秀でているというのもあるが」
僕の言葉に、ドラパパが頷く。なるほど、力こそ
そんなドラパパに、秘書さんは悲壮な表情を浮かべた。
「……私が命を賭して吶喊を仕掛け、隙を作ります。黒王様はその間に若様を助けてください」
「待て。死ぬ気か?」
「貴方様のためでしたら、この命は惜しくありません」
そう言って、秘書はどこか微笑みにも似た澄んだ表情を返す。
「貴方は私に外の世界を教えてくれた。人間がどれほど恐ろしく、私たちがどれだけ無知で愚かなのか。海はどこまでも広がり、その果てには異なる言葉を話す人々がいた。こんなちっぽけな里にいては想像もつかないほど、世界が広大で美しいことを貴方は教えてくれた。
貴方が里を豊かにしてくれたから、私の弟も飢えて死なずに済んだ。貴方にいただいた数え切れぬ恩、それを返すときが来たのです。そのためでしたら、どうして私の命を惜しむことがありましょう。貴方がた親子は、ドライグの未来なのです。未来のために死なせてください」
「すまん……」
「いえ」
……この秘書さん、絶対ドラパパに横恋慕してるでしょ。
まあ仕方ないね、ドラパパは男が惚れるほどいい男だし。
それにしても、さっきからこの秘書さんずっと一番前を歩いてるし、僕たちのことを見もしないな。完全にアウトオブ眼中というか、戦力として数えてないというか。
最初に僕を見て一礼してたから人間相手にも敬意は払うつもりはあるみたいだけど、このドラゴン同士の鉄火場で人間ができることなんか何一つないって考えてるのか。
まあそりゃそうだわな。正直足手まといだろうなとは思う。だってあまりにも魔力量に差がありすぎるもん。ありんこと象より戦力差があるよ。
だけど僕たちだってドラコを助けたいという気持ちはある。ドラパパはそれを汲んで同行を許してくれてるし、上司がそういう意向なら秘書さんも何も言わないって感じか。
「いや……ドラパパと秘書さん2人がかりで攻撃してもらうのはどうだろう。僕たちは確かにドラゴンに比べれば無力かもしれないけど、人間体のドラコを抱えることくらいはできるよ。秘書さんとドラパパが大臣の注意を引いたら、僕がドラコをさらって逃げる。だから秘書さんも命を粗末にせずに、いいところで引いてくれ」
僕の言葉に、はっとしたようにドラパパと秘書さんは瞳を見開く。
「先生……すまん。頼めるだろうか」
「もちろん。少しでも勝算がある方に賭けるべきだよ」
頭を下げるドラパパに、僕は頷いた。
まあね。正直怖くないわけじゃないけども、何もせずについてきてるだけじゃ、何しに来たのかわからないし。
それに完全に眼中に置かれないのも悔しいじゃないか、ありんこなりに象さんに目にもの見せてやりたい。
すまないなみんな。危険に晒してしまうことになるが……。
そう思ってお嫁さんたちの顔を見ると、3人とも不敵に笑い返してくれた。
「しょうがねえな。俺がアシストしてやるぜ」
「ドラコはあたしたちの手で絶対に助けようね!」
「任せてくれ。私も腕っぷしには少々自信があるから、時間を稼いでみせよう」
現役冒険者と衛兵さんの心強い言葉を受けて、僕は頷く。
「よし……突入するぞ!」
そしてドラコの部屋に踏み入った僕たちが見たのは……。
ベッドの上で裸に剥かれたドラコと、その上に跨る妖艶な美女だった。
まだ挿入はさせられていないようだが、合体寸前という感じ。
まあ酸鼻を極める光景というか、正直心底胸糞悪いね。
特に腹が立つのは、ドラコの四肢を寄ってたかって押さえつけている侍女たちだ。
こいつらが子供の頃からドラコを蝶よ花よと甘やかしたという連中だろう。
それがドラコを裏切ってレイプに加担しているのだから、まあ人品を疑う。
僕の教え子に何をする、と飛びかかりたいのはやまやまだけど、僕程度が襲い掛かってもおそらく一瞬で八つ裂きにされるだろう。
「我が息子よ、無事か!?」
とにかくドラパパと秘書さんが隙を作ってくれるのを待つしかない。機をうかがうんだ……!
そう思いながら、僕は扉の陰に潜んで状況の推移を見守る。
「おっと、動くなよ。既に私は宮中すべてを掌握している。貴様に味方する者など、ここには誰一人おらぬわ!」
くっ……侍女たちが武器を手に身構えている。
どころか、廊下の向こうからはバタバタとこちらに駆けつけてくる気配も感じられるぞ。
これは袋のネズミってやつじゃ……!?
「ククク……そこで息子が私の卵に種付けするところを指を咥えて見ているがいい。おっと竜化などするなよ、息子の命が惜しければな。こんな細い首、折り取るなど私には造作もないぞ?」
「…………」
歯噛みするドラパパに得意げな笑みを浮かべ、大臣はじゅるりと舌なめずりした。
「フフフ、ハハハハハハ! 最強の竜が形無しだな。竜化できない貴様など、恐れるに足りん……! さあ若様♥ パパの目の前で、私の卵におちんぽでぶちゅーっとキスしちゃいましょうね~っ♥♥♥」
「いやああああああああっ!」
ドラコの悲鳴が響き渡ったとき……。
「私の教え子に汚い手で触るな、クソババアがーーーーーッ!!」
僕の背後からアミィさんが飛び出し、一陣の突風のような勢いで大臣に肉薄するとその顎を打ち抜いていた。
綺麗なアッパーカットを喰らった大臣は、ドラコを押さえつけていた侍女たちを巻き込みながら軽々と宙を舞い、頭から壁に打ち付けられて動かなくなる。
うっお、すっげ……カンフー映画なら視点変えながらスローモーションで3回くらい流れてるでしょ。
「え……ええ?」
ドラパパと秘書さんが、顎が外れるほどぽかんとした顔で立ち尽くしている。
まあ秘書さんはあんな死亡フラグ立てといて、戦力外と見なしていた人間に見せ場とられてるからね。ねえ今どんな気持ち? クソ雑魚人間に仇敵倒されて今どんな気持ち?
……なんて訊けないくらい、僕もぽかんとしてるよ。
ウルスナとアイリーンも同じく目を丸くしてアミィさんを見ている。
「来てくれたんだね、先生!」
固まっていると、瞳からぽろぽろと涙を零しながらすっぱだかのドラコが駆け寄り、ひしっと僕に抱き着いてきた。
いや……その。フルチンの裸のガキに抱き着かれても、全然嬉しくないんだけど!?
≪説明しよう!
変態中年にレイプされそうになっていたお姫様が、助けに来てくれたヒーローに裸で抱き着く感動のクライマックスシーンである!≫
えぐっえぐっと泣きじゃくりながら僕に顔を擦りつけてくるドラコ。
念のために股間を見てみるけど……くそっ、やっぱついてるじゃねえか。女の子みたいな可愛い顔してるからワンチャンあるかと思ったけど、普通にオスだわこいつ。
ええい、裸の男に抱き着かれてもまったく嬉しくねえよ!
とはいえレイプ被害者に辛くあたるのもなんなのでハンカチで涙を拭いてやったら、チーンッと洟までかまれた。こいつぅ……。
いや、それよりも。
僕はしがみついて離れないドラコの相手もそこそこに、とんでもない偉業を成したヒーローへと目を向けた。
「アミィさん……すごく強いんだね」
「ああ。腕っぷしには自信があるって言っただろ?」
僕の言葉に、アミィさんは何でもないように肩をぐるぐると回した。
「倒してしまっても構わんのだろう?」みたいなこと言って本当に倒す奴がいるか。
「だ、大臣が……!」
「い、命ばかりはお助けを……!」
本人は平然としてるけど、ドラゴンの侍女たちの怯えようからいかに異常なことなのかがわかる。というか全員仰向けになってお腹を出してるんだけど、これ全面降伏のサインなの? 正直エロいんだけど。
「いや、腕っぷしに自信があるってレベルじゃねーだろ……。なんでお前みたいなのがド田舎で衛兵なんかやってんだよ」
むしろ呆れたと言わんばかりの視線を向けるウルスナに、アミィさんはじっと視線を一点に注いだまま応える。
「大したことはないぞ。ドラコに指導をつけてわかったが、人間体のドラゴンの体の構造はただの人間と変わらん。顎を打ち抜いて脳を揺らしてやれば昏倒すると読んだ。防御力は高いから、拳に魔力を一点集中させる必要があるがな。ウルスナもやろうと思えばできると思うぞ」
「いや、ドラゴン相手にやろうと思うか普通……?」
「まあ、運が良かった。相手も完全に油断していたからな。まさか脆弱な人間ごときが自分を殴り倒せるとは思っていなかったんだろう」
「お前すげーよ。今日から
ぽんと肩を叩くウルスナに、アミィさんはゆっくりと首を振る。
その視線はぴくりとも動かない大臣に注がれたままだ。
「いや……殺すつもりで魔力炉を回したのだが、顎のひとつも砕けなかった。これは良くないな」
「良くないっていうと?」
「勝てないということだ。逃げよう」
「ふざけるなよクソ雑魚種族がああああああーーーーーーーーッ!!」
アミィさんがそう言うと同時に、大臣ががばりと立ち上がって絶叫を上げた。
「この私にッ! 地上最強の種族の最強の王によくもこんな屈辱をッ!!! 踏み潰してやる! 粉々にしてやるぞ羽虫どもがーーーーッ!!」
その姿はみるみるうちに膨れ上がり、やがて天井を突き破ってひとつの山となる。
建物を内側から破壊した巨竜は、身の毛もよだつ咆哮をあげて夜の空気を震わせた。
『……どこだっ!? どこ行った貴様らーーーッ!』
大臣ドラゴンは首を回して僕たちを探しているが……。
バカじゃねえの? ヤバくなったらドラゴンに変身するとわかってるヤツを相手に、変身が終わるまでぼーっと待ってるわけないでしょ。
とっくの昔にすたこらさっさだぜぇ。
僕たちは落ちてくる瓦礫をかわしながら、離宮の外へ向かって一目散に駆け出していた。
「でもどうするの!? どこに逃げる!?」
裸のドラコをおんぶしながら、僕の隣でアイリーンが叫ぶ。
ドラコは僕にしがみついて離れたがらなかったけど、子供とはいえ人間ひとり抱えて走るの大変だからね。アイリーンは平然とおんぶしてるけど、やっぱこの世界の女性って力持ちすぎるだろ。
で、どこに逃げるかだけど……。
「いや、全然ノープランだ。そもそもこの里の地理とか全然詳しくないし、どこに向かったらいいかもわからない」
「……だよね」
そもそもこの事態をどう決着させればいいものかなあ。
あの大臣を倒せば事態は収まるか……と言われても無理だよね。
だってこれ、クーデターだもの。
ドラパパ夫妻に対してドラゴンが抱いていた不満が、大臣という扇動者が焚き付けたことで噴出したのが今回の事件なわけで。
大臣を倒したところで、一度反乱者として牙を剥いたドラゴンたちがおとなしくなるとは思えない。
一応大臣や反逆者を無力化する方法自体はあるんだよ。
かつてドラコにやったように、【インフルエンサー】で力を封じてやればいい。
そう思って振り返ろうとする僕の腕をウルスナが掴み、僕と視線を合わせながら首を横に振った。
「その力は使うなよ」
「……わかった」
もう使わないって約束したからね。
そもそもドラゴンの反乱者がどれだけいるかもわからないし、ドラゴン全員に【インフルエンサー】をかけるわけにもいかない。
それに、人間の貴族だって危険視して殺しに来るくらいだよ? 力こそ権力と考えてるドラゴンに【インフルエンサー】を知られたら、間違いなく暗殺しにくる。
冷静に考えれば考えるほど、【インフルエンサー】に頼るのは悪手だな。
うん、やっぱりウルスナは頭がいい。
だけどそれならどうしたらいいか……。
悩む僕に、ドラパパが声を掛けてくる。
「先生。我が息子を連れて里から逃げてくれ。今回の件は我々の問題だ、反逆者を倒すのはこちらでやる」
「……わかった」
まあそれしかないか。
そもそも僕がどうにかできる問題じゃないよね、これ。
ドラパパ夫妻の統治に不満があって謀反が起きたわけだから、ドラパパ夫妻の手で収めるのがスジだ。
僕ができるのは事態が鎮静化するまで里の外でドラコを匿うことくらいだろう。
……ドラパパのために積極的に何か手伝ってあげたいという思いはあるけどね。
それはドラパパも望んではいないだろう。
「さあ、行ってくれ先生! ……大臣、吾輩が相手だッ!!」
漆黒の巨竜となって大臣ドラゴンへと飛びかかるドラパパ。
耳をつんざく咆哮を背に、僕たちは一路庭園へと向かう。
目的地は庭園の一角に鎮座するゴンドラだ。
あれに乗り込まないと僕たちは逃げようがないからね。
幸い、反乱兵に見つかることもなく、僕たちはゴンドラまでたどり着くことができた。
どうやらゴンドラはノーマークだったらしい。人間が移動するためにはこれに乗り込まないといけないという発想がドラゴンにはなかったのかもしれないね。アミィさんのホウキもゴンドラの近くに置かれている。
ええと、置いていって困るものはないだろうか。
僕にとって一番重要なのは、そう……。
不安そうに僕にしがみついているアイリーン。
アイリーンの頭を撫でながら、油断なく周囲に視線を巡らせているウルスナ。
ホウキに跨って不敵な笑みを向けているアミィさん。
ドラゴン形態になってゴンドラの取っ手に手をかけているドラコ。
うん、忘れ物なし! 僕の家族は全員揃ってるな!
「人員確認ヨシ!」
作業用ツナギを着た猫のように指差し確認をすると、僕はゴンドラに飛び乗った。
「さあ、こんな因習村からは脱出だ! 行くぞ、ドラコ!」
「アイアイサー!」
僕の言葉と共に、ドラコは赤い翼をはためかせて大空へと飛び上がった!
しかしそんな僕たちに向かって、遠くの空から多数の影が迫る。
『逃がすか人間ども! 若様、お戻りください!』
ちっ、ただでは逃げられないか……!