【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第96話「鋼メンタルでドラゴンの追撃から逃げ抜く」

「若様、止まってください! 今戻ってきてくだされば、悪いようにはしません!」

 

 追手の先頭に立って声を張り上げるのは例のピンクドラゴンの警備兵だ。略してピンドラ。 大臣の懐刀か何かなんだろうけど、あいつともよくよく縁があるね。

 そんなこと言われて待つ奴がいるわけないだろ。

 

「悪いようにしないって、どうするつもりさ?」

 

「今なら大臣の……いえ、新王のお婿さんになれます!」

 

「悪いようにされてるでしょそれは!? 誰が止まるもんか!」

 

 まったくもって同感でしかない捨て台詞を吐いて、ドラコは一目散に翼を広げる。

 いやまあ、性奴隷とかにされるよりは王配になった方が扱いとしてはマシなんだろうけどね。結局種馬扱いされることには変わりがないし、従っちゃダメだよこんなの。

 

「いいぞドラコ、逃げろ逃げろ! あんな連中の言う通りになってやるこたぁない!」

 

 ゴンドラの中からドラコに声援を送ると、ドラコはゴンドラの取っ手を握る手にぎゅっと力を込めたようだった。

 

 そんなドラコに業を煮やしたか、追手のうちの一頭が大きく口を開くのが見える。

 

「ドラコ、背後からブレス来るぞ! FOX1、ブレイク! ブレイク!」

 

(フォックス)がなんだって!? 避けろってことだよね!?」

 

 おっと、つい状況的に戦闘機で鬼ごっこするゲームのオペレーターの気分になってしまった。

 

 警告を受けたドラコが大きく軌道を横に逸らすと、その数瞬後に巨大な火の玉がドラコのいた場所を通過する。

 マジかよ、本当に撃って来たぞ!?

 いくら頑丈なドラゴンとはいえ、あんな魔力の塊が直撃したらタダではすまないはず。その証拠に、遠くの山に着弾した火の玉が大爆発を起こして岩肌を大きく削っているのが見える。

 まさかここでドラコを葬るつもりなのか……!?

 

 そう思って背後の追手に注目していると、ピンドラが大慌てで喚く声が聞こえてきた。

 

「バ、ババババ馬鹿野郎! なんで撃った!? 若様に当たったらどうするつもりだ!」

 

「えー、でもー。ここで若様をやっちゃった方が新王様が王座乗っ取るの楽じゃないッスか? 族長一家まとめて始末しちゃいましょうよー」

 

「支配には正当性ってもんが必要なんだよ! 若様を婿にして血縁を結んだ方がみんな納得するでしょ!? そんなこともわからないからお前らはバカなんだよっ! ともかく若様を殺すのは絶対に禁止だ、いいな!」

 

「へーい」

 

 向こうは向こうで苦労してるようだ。いっそ完全なバカなら楽だろうに、中途半端に頭が回るバカが一番生きづらそうだな。

 なんだろう、あのピンクドラゴンを見ていると何か忘れていることを思い出しそうな……。いや、思い出せないなら大したことじゃないな。ヨシ!

 

 しかしこれはしめたぞ。

 向こうはドラコに手を出せないとなれば、逃げきるチャンスも生まれるかもしれない。

 

「じゃあどうするんですかー。威嚇ブレスも撃てないんじゃ止められませんよー」

 

「……よし、じゃああのゴンドラに当てろ!」

 

 げっ。

 ピンドラはナイスアイデアと思ったのか、明るい声で追手全員に命令を繰り出す。

 

「あの人間どもが若様に妙なことを吹き込んだから、若様は我々の言うことを聞かなくなったんだ! あいつらさえいなくなれば、元の素直で可愛い若様に戻ってくださるに違いない! いいな、ゴンドラだけを狙えよ! くれぐれも若様には攻撃を当てるな!」

 

「はーい!」

 

「うっひょー楽しくなってきた! 射的ゲームの始まりだぜェーーー!!」

 

 冗談じゃないぞオイ!

 追手たちが次々に口を開き、キュイイイイ……と高音をあげながら口の中にブレスを溜め込んでいるのが見える。

 

「そんなことさせるもんか!」

 

 ドラコはゴンドラを持ち上げてぎゅっと胸にかき抱こうとしたようだが、重くてそうはできなかったようだ。ただ、心なしか飛ぶ速度が上がったように見える。

 

殿(しんがり)は私が務めよう! 行け、ドラコ!」

 

 そんな言葉を残して、ドラコに並走していたホウキが追手のドラゴンたちに向かっていく。ホウキに乗っているのは……いわずもがな、アミィさんだ。

 

「無茶だアミィさん! 相手が悪すぎる!」

 

 1体が10メートルを超える巨獣が十数体も群れを成して編隊飛行する姿は、まるで空を覆いつくさんばかり。

 それに比べれば、ホウキという名のエアバイクに跨ったアミィさんなんてちっぽけな豆粒ほどの存在でしかない。ドラゴンが軽く握り潰せる程度の小兵だ。

 

 しかし、そんな死地に向かうアミィさんの横顔は、どこか愉しそうに笑っているように見えた。

 

「ふっ……。空の王者と呼ばれるドラゴンに挑める日が来るとはな。ホウキ乗り冥利に尽きる!」

 

 そこからのアミィさんの動きは神がかっていた。

 ドラゴンの巨体の間を縫って飛び、噴きつけられるブレスをかわし、ときにはギリギリまで引きつけてから別のドラゴンにぶつけて同士討ちを誘発する。

 本気を出したドラゴンのブレスはレーザービームのような速さと威力だけど、当たらなければどうということはないと言わんばかりの機動力でことごとくをかわしていく。

 

 外れたブレスは地表に命中し、シン・ゴ〇ラのビームのように一瞬遅れて大爆発を起こしている。それが十数本一気に起きているから、もう眼下の山肌はズタズタだけど、アミィさんは一向に健在だ。

 

「さあどうしたドラゴンども! 図体がデカいだけか? こっちは有難くもドラゴンブレイカーなんて名を頂戴したんだ、そうそう簡単には焼かれてはやらないぞ!」

 

 そう叫びながらアミィさんが片手を振りかざすと、そこからは氷の飛礫(つぶて)が放たれた。

 ドラゴンを相手にするにはあまりにもか細い攻撃に見えたが、ドラゴンたちの間をかいくぐって放たれた氷の魔法は的確にドラゴンの顔に……より正確に言えば瞳に命中する。

 

「ぐぎゃああああああああああああ!?」

 

「目が……目がーーーーーーーーっ!!」

 

 氷を目に受けたドラゴンたちは、空中でのたうち回って苦しんだ。

 中には地面へと突っ込んでいってる個体もいる。

 

 想像してほしいんだけど、害虫を瞬間冷凍して殺す殺虫スプレーってあるよね。あれを不意に自分の目に噴きつけられたらどうなると思う?

 おそらくそれと同じことがドラゴンの身に起きている。

 

「な、なんだこいつは!? たかが人間のくせに我々ドライグと五分に渡り合うだと!?」

 

 ピンドラが焦ったように叫ぶのが聞こえてくる。

 いや、五分どころじゃなくて圧倒してるように見えるんだけど。

 僕の横でウルスナがヒュウ♪と口笛を吹く。

 

「やるなあ、アミィ。ここまでやるとは想像してなかったぜ」

 

 いや、本当に想像してもないよこんな強さ。

 そりゃサウザンドリーブズの衛兵は冒険者が歯向かおうと思わないほど強いと聞いてはいたけども。ドラゴンを相手にするには全然火力が足りないと思ったが、柔よく剛を制すというか、相手の弱点を的確に突いて渡り合っている。

 ただ惜しむらくは、まさにその火力が足りないという点か。

 

「ええい、お前ら! こんな羽虫は相手にするな! 所詮周囲を飛び回って目を狙うしか能がない雑魚だ! 若様を追え、ゴンドラを落とせ! それで我々の勝利だ!」

 

 それまでむきーと叫びながらアミィさんを叩き落そうとやっきになっていたドラゴンたちは、ピンドラの号令を受けてまっすぐにこちらに向かってくる。

 

 アミィさんはドラゴンたちを足止めしようと氷の飛礫を投げつけているが、一度に足止めできるのは1体のみ。それも腕で顔をガードされてしまっており、効果がないようだ。

 せめてアミィさんにもっと有効な攻撃手段があれば別だろうが、生憎アミィさんはボウガンくらいしか武器を持ってきていない。ワイバーン程度のモンスターならともかく、ドラゴンというガチの怪獣にはあまりにも力不足すぎる。

 

「……こりゃ俺も本気出すしかねえな」

 

 ウルスナはゴンドラの中で立ち上がり、追手のドラゴンたちに向かって両手を突き出す。

 そのままブツブツと口の中で何やら呟くと、言葉を重ねるとともに手の間に眩しい光が集まっていくのがわかった。

 これは見たことがある……大魔術だ。

 確かアイリーンのパーティリーダーのリイダさんが同じようなことをしていたはず。

 ただ、明らかに魔力の“格”が違う。質・量ともに圧倒的に今のウルスナの方が上だ。

 リイダさんは道具を使って足元に魔方陣を展開していたが、この狭いゴンドラではそんなものは用意できない。にもかかわらず、ウルスナは自前の魔力だけであのときのリイダさんを軽く超える魔術を展開していた。

 

 しかし……間に合うか!?

 ウルスナは強力な魔術をぶつけようとしているようだが、追手のドラゴンたちがドラゴンブレスを繰り出す方が圧倒的に早い。何せあちらは口を開いて狙いをつけるだけでいいのだから。

 

「食らえ!」

 

 ハラハラしながら動向を見守っていると、追ってくるドラゴンのうちの1体がこちらに巨大な火の玉をぶつけようとしているのが見えた。

 ……まずい。この角度、直撃コースだ。

 閃光と共に巨大な熱の塊がみるみるうちに僕たちに迫る。

 

 僕は咄嗟に腕の中に近くにいたアイリーンを庇おうとして……そのアイリーンに突き飛ばされた。彼女は僕を守るように仁王立ちになると、両手を大きく掲げて叫ぶ。

 

「“月影の盾(ぼよよんシールド)”!」

 

 その瞬間、ゴンドラの後方を囲むように光の構造体が顕現した。

 1枚1枚が五角形になった光の盾がハニカム状に弧を描いて球面を形作っている。

 飛来した火の玉は、その球面に添うように空中を走り明後日の方向へと抜け、遠くの地表に接触して大爆発を起こした。

 

「フゥー、フゥー……!」

 

 アイリーンはガチガチと奥歯を鳴らして震えながら、それでもキッと攻撃してきたドラゴンを見据えて仁王立ちの姿勢を崩さない。

 

「す……すごいよアイリーン! こんなことができたの!?」

 

「お前、そんな奥の手を持ってたのかよ!」

 

 僕とウルスナに視線を注がれたアイリーンは、まだ体を震わせながら小さな笑みを返してくる。

 

「えっとね、ユージィがドラコにサッカーボールってのを作ってあげてたでしょ? 五角形の革を張り合わせて、丈夫な丸い球にするやつ。あれを真似したら敵の攻撃を逸らせないかなって、リイダさんと特訓してたの」

 

 いつの間にそんなことを……。

 僕はアイリーンの発想力に密かに舌を巻いた。

 

 要するにハニカム構造が強度に優れた構造体だって気付いたってことだよね。

 ハニカム構造っていうのは、ミツバチの巣のように正六角形を並べた構造体のことだ。こうすることで最小限の材料で強度の高い構造物を作れる。

 

 サッカーボールは正確には五角形と六角形の組み合わせからなる32面体だから、厳密にはハニカムではないけれど似たようなものだ。そしてそれがどの方向から見ても均等な構造となっているため、とても軌道を予測しやすい。慣れたサッカープレイヤーなら思い通りの方向に飛ばすことができる。

 

 これに気が付いたアイリーンは、原理を取り入れたオリジナルの魔術を編み出したのだ。

 敵の攻撃を受け止めるのではなく、逸らすことに特化した防御魔術として。

 

 アイリーンは「ユージィが作ったボールがぼよよんとしてて狙った方向に飛ぶから、あれを真似して敵の攻撃をぼよよんと弾こうと思ったの!」と極めて直感的な説明をしてくれたけど、直感でサッカーボールの長所を見抜いて魔法を編み出したって時点ですごいことだよ。

 少なくとも僕はサッカーボールの原理もハニカム構造も知ってるけど、それを利用すれば防御魔術ができるなんて思いもしなかった。

 

 確かに興味津々でサッカーボールに触れてたし、いつの間にかぽんぽんとリフティングできるようになっていて器用な子だなあとは思ってたが……。

 

 アイリーンの生み出したこの魔術の長所は、「受け止める」のではなく「逸らす」というところだ。光の盾の強度自体は大したことがないが、逸らすことに特化することでドラゴンのブレスや精霊魔法からも身を守ることができる。

 

「よっしゃアイリーン、防御はお前に任せた! このまま敵の攻撃全部弾いてやれ!」

 

「ウルスナ、気軽に言わないでよっ! これめちゃめちゃ集中力使うんだよ!?」

 

「ごちゃごちゃ言うなよ、今ユージーンを守れるのはお前だけだぞ!」

 

「あたし、頑張る! 見ててねユージィ!」

 

 ウルスナに発破をかけられたアイリーンは、ふんすっと鼻を鳴らしてシールドを展開した。単純な子だけど、今は彼女がとんでもなく心強い。

 そしてその意気込みに違わず、彼女はサッカーボールバリアでドラゴンの攻撃を次々と弾き返していく。物質ではなく光の盾なのがミソなのか、レーザービームのようなブレスも逸らせているね。精霊魔法による氷や雷撃も飛んできているけど、それも防げている。

 

 すごいぞアイリーン!

 ここに来て秘められた才能を開花させた感がある。

 

「アミィとアイリーンだけにいいカッコをさせるわけにはいかねえな……」

 

 ウルスナは左手でバンダナを解くと、鮮やかな金髪を風に躍らせた。

 かつて大陸で姫騎士であった彼女は、その血に宿る力を解き放つ。それは貴族が貴族である所以となるもの。只人と貴族を種として分かつもの。魔力と呼ばれる巨大な力。

 

「アイリーンとユージーンは目をつぶれ! アミィ、絶対にかわせよ! “陽熱無尽光(プロミネンスフレア)――!!”」

 

 その瞬間、小さな太陽が顕現した。

 ドラゴンたちですらそう錯覚せざるを得ないほどの膨大な魔力が一点に凝縮され、指向性の熱波となって解き放たれる。

 

 絶対にこの魔法を直視してはならない。間違いなく失明する。

 そんな予感と共に、僕は腕で両目を庇った。

 だからこの魔法によってどれだけの被害がもたらされたのか、その瞬間を見ていない。

 

 光と熱が収まり、僕が目を見開いたとき、大地には直線状に大きな傷跡が刻まれていた。

 木々は焼き尽くされ、あまりの高熱に地面は溶けてガラス状に隆起している。

 これを1人の人間がやったことだとは到底信じられない光景だった。あまりにも現実離れしている。

 

 いつの間にか空中で静止していたドラコが、背後に広がる光景に唾を飲むのが聞こえた。

 

「う、嘘だろ……。人間がこれを……? 並みのドラゴン以上の魔力量だ……」

 

 ふうむ。ドラゴンとしてもびっくりの現象なのか。

 ウルスナは辺境伯家の出身だし、王侯に迫るほどの高位貴族ならこれくらい当然なのかな。いや、でも養子で本当は滅亡した家の子なんだっけ?

 

 いや、そんなことは後回しだ。

 

「アミィさんは!?」

 

 まさか今の魔術に巻き込まれてやしないかとハラハラしながら遠くの空を見ると、小さな影が飛んでいるのが見えた。うまいこと避けてくれたようだ。

 

 だが、無事なのはアミィさんだけじゃなかった。

 ドラゴンたちが巨体を地に晒して倒れ伏す中、ぶすぶすと黒焦げになったピンドラが身を起こして翼をはためかせる。

 その体にキラキラと光が舞うと、大やけどを負った体はみるみるうちに癒えていく。

 治癒魔法を使えるのか、あいつ……!

 

 ピンドラは口からブスッと煤を吐き出すと、怒りに満ちた瞳でこちらを見据える。

 

「よ、よくもこんな……人間風情が……!」

 

「くそっ……仕留め損ねたか」

 

 肩を息をするウルスナが、青ざめた顔で口元を歪めた。

 顔色が青いのは……魔力欠乏症だろう。今の一撃で魔力のほとんどを消費してしまったらしい。

 仕留め損ねたことを情けないなどとは思わない。十数体のドラゴンを一瞬で撃墜せしめたのだから、それは人間としては誇るべき偉業だろう。

 

 しかしこの状況にあって、仕留めきれなかった個体がいるのはまずい。

 疲弊したウルスナは次弾を撃てず、有効打がない。

 

 ドラコが逆襲すればもしかしたら……とも思うが、そもそも僕はドラコの戦闘力にあまり期待はしていない。

 だって考えてもみてよ、僕たちの世界でいえばドラコは10歳の女の子、相手は20代の逞しい男兵士だよ。いくら相手が手負いでも、幼女が軍人に勝てるわけがないでしょ。

 そしておそらくあのピンドラ、言動に反して相当に強い。さっきのウルスナの魔術も際どいところで直撃を避けた。もしかしたら部下を盾にしたのかもしれない。人としては最低だが、兵士としてはそれは有能さの表れだ。たった一人でも生き残ってドラコを捕獲すれば、反乱軍の勝ちなのだから。

 

「く……ククク……。若様、お遊びは終わりです。その人間ももはや魔力はからっけつのようで。こちらの攻撃を防ぎながら逃げようなどと思っていますか? 不可能です。所詮ガキでしかない貴方より、私の方がずっと速く長く飛べますよ。絶対に逃がしません。なんなら海の果て、新大陸まで逃げてみますか? どこまで逃げてもケツにピッタリとついていきますがね」

 

「……っ」

 

 余裕の笑みを浮かべるピンドラに、ドラコが歯噛みする。

 相手も決して無傷じゃない、治癒魔法の傷の再生にはかなりの魔力を使ったはずだ。

 それでも彼我の差は決して埋められない。相手は大人の軍人、こちらは子供。そのスペックにはどうあがいても埋められない差があるんだ。

 

「くそ……あいつ、勝ち筋がわかってやがる」

 

 ウルスナが悔しそうに歯噛みする。

 たかが人間と侮っている存在が繰り出す、必殺の陽光。その一撃を耐えしのがれた時点で、僕たちは敗北していた。

 

 ドラゴンの里ではドラパパ夫妻がまだ戦っているはずだが、ピンドラがドラコを人質にすればそれで終わってしまう。

 ここで僕ができることは……そう、【インフルエンサー】でピンドラを無力化してしまえば、まだ逃げ切るチャンスがある……。

 

 そう思って一歩踏み出す僕の腕をウルスナが掴み、ゆっくりと首を振る。

 

 ウルスナの言いたいことはわかる。【インフルエンサー】を使ってこの場を逃げ切ったとしても、一時しのぎにしかならない。

 ドラパパは僕が魔力封じの力を持っていることを知っていて見逃してくれているけど、反乱軍はそうしないだろう。ドラパパを捕らえて拷問にかけ、どうやって追手から逃げたかを吐かせる。そして僕を危険視して、何が何でも殺しにくるはずだ。

 

 ならば今から里に戻って、片っ端から【インフルエンサー】をかけて回り、ドラゴン全員を無力化するか? それも現実的ではない。そんなことをしたらドラゴン全体から狙われる身になる。

 

 この場面では【インフルエンサー】は正解ではないのだ。

 でも、だからといってどうする? おとなしくドラコを差し出すか? そんなことするくらいなら死んだ方がマシだ。

 くそっ、なんて使い勝手の悪い能力だ。何がチートだ。お嫁さんの後ろで震えているだけで、僕にできることは何一つないっていうのか。

 

 なんて情けない男だ。

 ドラパパはメスより力が劣るオスでも、自分にできることをやってみせた。

 僕ではあんな男にはなれないのか。あまりの不甲斐なさに目が眩みそう――。

 

「……いや」

 

 待てよ。オスにしかできないことがあるぞ。

 

 相手を無力化して対抗する? バカだなあ、僕は。それじゃ力づくでなんでも解決しようとするメスドラゴンと何も変わらない。もっと冴えた方法があるじゃないか。

 

「ドラコ! 方向を変更だ、里の方向へ向かって引き返せ!」

 

「え!? で、でも……」

 

「いいから、行くんだ!」

 

 戸惑うドラコに言葉を重ね、来た方向へと引き返させる。

 

「ははははは! おとなしく投降する気になったか! 最初からそうしていればよかったのだ!」

 

「うるさいな。お前は黙って後ろからついてこいよ。それともそこで焦げてる仲間の介抱でもしてやるか?」

 

 僕が声を掛けると、ピンドラはぐっと口元を引き結んで無言でドラコの後ろについた。

 どうやら仲間を助ける気はないらしい。

 

「ひ、ひどいよたいちょー……」

 

「うるさいっ! 力ある者が成り上がるのだッ!」

 

 ……まあ、ぴくぴく動いてるドラゴンもいるみたいだし、自力で蘇生するか。ウルスナも命までは奪わなかったみたいだね。よく手加減できたもんだ。

 

「ユージィ……」

 

「まあ見てろって」

 

 不安そうな顔で見上げてくるアイリーンの髪をくしゃりとかき回し、僕はウインクしてみせる。ウルスナも、ドラコに並走してくるアミィさんも、何も言わずに僕にすべてを委ねてくれていた。

 

 やがて里が遠くに見えてくる。

 

『フハハハハハハ! 新王様、見ておられますか! 私! 私! このコモモめが単身で、若様を捕らえて参りましたぞーーーー! 私こそ貴方様の忠実なる股肱の臣でございます、今後ともなにとぞお引き立てのほどをーーーっ!』

 

 そう僕の頭に直接声を叩き込んで勝ち誇るピンドラ。

 うん、やっぱりそうか。ドラゴンって相手の精神に声を送り込む能力があるんだね。最初に出会ったときにドラコがひれ伏せって威嚇してきたみたいに。一種のテレパシーかな。

 

「ドラコ、僕の声を里のドラゴンたちに届けることはできる?」

 

「う、うん……そりゃできるけど?」

 

「よし、頼むぞ」

 

 ドラコの爪をぽんと叩いて中継を依頼すると、僕はすうっと深呼吸してから声を張り上げた。

 

「ドラゴンの里の諸君! 僕は族長の息子の先生をしている者だ!」

 

 僕の呼びかけに、なんだなんだとメスドラゴンたちが顔を上げる。家の中からわざわざ出てきたのもいるね。

 クーデターが起きて我関せずと家の中に避難してたけど、興味に釣られて出てきたってところかな。

 

 僕は彼女たちの注目を一身に浴びながら、胸を張って宣言する。

 

「第三者の視点から君たちの里を見せてもらったが、実にひどい! 淫辣極まる、子供の教育には最低の環境と言わざるを得ない! こんなところに僕の可愛い教え子をおいてはおけないね! そんなわけだから、君たちの若様は僕が手元において大人になるまで養育することにしたよ!」

 

『あ゛?』

 

 メスたちの視線が、一斉に殺意を帯びて突き刺さってきた。




実際サッカーボール型なら弾きやすいかどうかは不明。
細かいこと考えずに、アイリーンがサッカーボールを見て閃いた弾きやすい防御魔法だと思ってください。科学的にどうかとか無粋だよ、だって魔法だぜ?
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