ステラはとても優秀だった。
入社して1年も経たぬ間に頭角を現し、精力的に業務をこなしていた。
彼女の境遇もそうだが、30代という年齢的に周りに溶け込めるか心配だった。
しかし、それは杞憂に終わった。
ユナは最初の数ヶ月で、カノンが彼女を気に入っていた理由がよくわかった。
彼女は元の世界の長男の嫁に似ている。
しっかり自分を持っており、そのうえで周りに気を配れる。
とても気の利く良い子なのだ。
もっとも、こちらでは彼女の方が年上なのだが…。
彼女は多くの成果を上げて、役職をどんどん上げていく。
入社3年になる頃には大きなプロジェクトを複数抱えるまでに成長していた。
彼女を慕う者も増え、いよいよその時がやってきた。
「エンターテイメント…ですか?」
「ええ。娯楽業界に本格参入しようと思ってね。それであなたに白羽の矢が立ったってわけ。芸能部門の立ち上げを担当してもらおうかと思ってるんだけど…。やる気、ある?」
私の話を聞きながら、彼女は目を輝かせていた。
やる気があるかなんて、聞くまでもない。
「はい、是非とも私にやらせてください!」
彼女の顔が上気していた。
~ ~ ~ ~ ~
『―レースは中盤!一位のホワイトジャックを、残る三台が猛烈に追いかけるゥ!』
「フハハハ…!何っ!?」
ホワイトジャック医師は、何が起こったの分からなかった。
先頭を快走していた彼の車は、巨大なタイヤに踏み潰されてしまった。
『あーっ、ここでホワイトジャック、コースアウト!ケント・ビーフ・ジュニアだ!すさまじいパワー…いや!そのスキに
目まぐるしく順位が変わる。
角兜を被ったケント・ビーフ・ジュニアの大型ピックアップカメ車が、ホワイトジャック医師を潰そうと幅寄せした時、その空いたインコースをリアウイングを付けたレース仕様のカメ車 ― タイムズ伯爵が
コースはトンネル区間へ。さらに追走する<麦わら>チームの車が肉薄する。
「こっちが先だ…やれ、ポーク!」
「ウモォ…ッ!」
荷台に居たケント・ビーフ・ジュニアの相棒牛ポークが、一抱えはあるワラ束を担いで、ブン投げた。
<麦わら>チームはワラまみれになってしまう。
「ぺっぺ…」
口や鼻に入って、かゆいやら痛いやら。
<麦わら>チームがようやく目を開けると、そこは―
『トンネルを抜けると、いきなりダート!曲がりきれるか~!』
「ぎゃああああああああァ!」
曲がれるわけがない。<麦わら>チームはコースアウト、数十メートルを真っ逆さまだ。
下はーーー緑の、ゴルフ場。
ナイスショット!
どこぞの羽振りの良い海軍コートの男が、キャディの美女をはべらかせて楽しんでいる。
その上から、
「ぎゃああああああああァ!」
ドーーーーーン!
フェアウェイにナイスオンしたカメ車は、なんとか着地成功。
レースは、まだこれからだ。後部座席のルフィは、高架になったレースの縁を掴んだ。
「ゴムゴムのォ~~~~~“ロケット”!」
伸ばした腕を伸ばす。
ゴムのパワーで、車体は
中継スクリーンでレースを見守っていたナミ達は、頭を抱えた。
「もう、アイツら、何やってんのよ!」
無様にコースアウトしてしまった。これで登録料の百万ベリーが丸損だ。
『―さァ、レースも終盤!残るは二台!先頭はタイムズ伯爵、追うケント・ビーフ・ジュニア…ん?あ~っ、これは、何だ!』
最終コーナー、最後の直線に向かう直前、空からカメ車が降って来たのだ。
『あーっ!リタイヤしたと思われた<麦わら>チームが、戻って来たー!』
実況が声をひっくり返した。
ゴムの腕で空を飛んだカメ車が、土壇場でコースに復帰した。
最終コーナーを立ち上がった三台のカメ車がスタンドからも見えた。
差は、ほとんどない。横並びだ。
「行っけェ~~~~~!」
ナミがが叫する。一千万!一千万!一千万!
『デッドヒート!勝つのは誰だァ~~~~~~~~~!』
…
**-**-**-**
麦わらの一味はツキまくった。
カメ車レースの優勝賞金一千万ベリーを景気づけに、仲間たちはカジノに散らばった。
ナミはルーレト、サンジは闘技場、チョッパーとキャロットはスロットマシン、エルはブラックジャック、ブルックとジンベエはピンボールに競馬に宝くじと、それぞれ気の向いたギャンブルに興じた。
そして、勝ちに勝った。
「ウフフ」
ホールの休憩所のテーブルに麦わらの一味のが集まっていた。
皆の真ん中の机の上には山のように積み上げられたチップを前に、ナミはほくそ笑んだ。
借りたのは一億ベリー。それが今や、二億ベリー以上にはなっている。
「流石ですわ、皆様」
案内係の美女が、一味の所に現れた。
「バカラさん」
「では、そろそろVIPルームへ行きませんか」
<THE・REORO>は高級エリアの七ツ星カジノホテルだ。そのVIPルームとは?
「―ハイリスク・ハイリターン…勝てば億万長者の、スペシャルギャンブルです」
要するに超ハイレートの賭場らしい。
一勝負で、人生がひっくり返る。
「どうするの?」
「…今のメンバーだと選択権は、ナミにあるから…ね?ナミ…?」
キャロットが仲間たちの顔色を伺うように問いかけ、エルがナミに尋ねるように答えた。
ここで降りても一億ベリー以上が残る。
でも、イオリが居ない今、お金に関してはナミがリーダーなのだ。
「もちろん…ここは…勝負よっ!」
「
肯くと、バカラは一味をエレベーターに案内した。
**-**-**-**
チンッ、とベルが鳴る。
随分上まで登った後、エレベーターの現在位置を示す矢印が『VIP』と書かれた階で止まった。
「着いたのか?」
ルフィはバカラに尋ねた。エレーベーターの扉がいっこうに開かない。
一味が少しばかり警戒した時、バカラはおもむろに扉をノックした。
―するるるる~~~。
奇妙な息を吐きながら、ニュッとドでかい黒頭巾の顔が現れた。
エレーベーターの扉は開いていない。壁をスリ抜けて…!
「うわっ?ビックリした!!」
「当カジノの警備主任、タナカさんです」
バカラが黒頭巾を紹介した。
スポンッ、と扉をスリ抜けて
「ようこそ」
掴み所のない感じで、タナカさんはデカイ頭を垂れた。
「驚かせましたか。彼は『ヌケヌケの実』の能力者で―」
海の秘宝、悪魔の実。
それを口にした者は、不思議なチカラを得ることが出来る。
能力は種類によって様々だが ― 『ゴムゴムの実』を食べたルフィであればゴム人間に。
『ヒトヒトの実』を食べたチョッパーであれば人間の能力を得たトナカイに。
といった具合だ。
「ささっ…皆さん。どうぞ。お手を繋いで下さい」
タナカさんが一番近くに居たエルの手を取った。エルは言われるままにルフィの手を、ルフィはキャロットの…そうして一味は手を繋いで一列になった。
「するるるる……」
タナカさんが扉をスリ抜けると、なんとルフィ達も一緒にエレベーターの外に出てしまった。
「なるほど…開かずのエレベーター。セキュリティって事ね」
エルが理解した。
このVIPエリアには選ばれた客しか入る事が出来ない。
エレベーターの扉はこの階は開かず、警備主任のタナカさんの能力がなければ降りられない。
そして、そこには―
その手前では、金粉をまとった踊り子たちが艶やかにポールを滑り降りる。
甘い葉巻の香りが漂い、客の数は下の階よりもずっと少ない。
― ここは、選ばれた者だけが許される空間だ。
選ばれたVIPのための空間には、微睡みのような退廃的な時間が流れていた。
― さァ、張った!張った!
正面の、広いスペースがとられたゴザ敷きのフロアから声が上がった。
座布団に腰を落ち着かせたVIPた達は、思い思いにチップを賭けている。
下の階とはレートが違う。
ここに居るのは百万、千万の金をサイコロ一振りに賭けられる人種だけだ。
「なるほどのう…スペシャルというのは、丁半か」
「はい」
バカラがジンベエに肯く。
「…ん?おい、海軍もいるのか!」
サンジが気づいた。“正義”のマントを羽織った海兵が客に混ざっていた。
「ご安心を。申上げました通り、グラン・テゾーロは世界政府に認められた特別中立区。この
だから賞金首の手配書も、この国では一枚も張られていないのだ。
バカラの説明を聞いて一味は納得した。海兵であればこそ、世界政府のルールは守ると言うものだろう。
「なァ、ちょうはんって、どうやるんだ?」
「サイコロを二つ振って、出目の合計が、奇数か偶数かを当てるだけよ」
ナミがチョッパーに答えた。
「へェ~~~!」
ツボ振り役が、茶碗ほどの壷にサイコロを二つ入れて振る。
客は、出目の和がグ数か奇数かを予想して張る。偶数なら丁、奇数なら半だ。
「ええ…でも、ここ丁半は、一味違います」
ドスンッ!ドスンッ!
ゴザの上に置かれたのは、巨大すぎるサイコロだった。
「よーござんすね?それでは、始めます」
客に確認すると、ツボ振りの男が左右にそれぞれの手でサイコロを掴んだ。
「あの大きな人は…?」
「彼はダイス」
バカラが紹介した。
「元は裏世界一、
黒服にチャンピオンベルトを巻いた髭の巨漢は、両手に掴んだ二つのサイコロを高々と放り投げた。
「ふんっ!」
さらに背後に置かれていたツボを手にする。ただのツボではない。お寺の鐘よりもはるかに大きな純金のツボだ。
「オオッ!」
ひっくり返して抱えたツボで、落ちてきたサイコロを受け止める。
ゴォオオン、オォーーン
と、まさに鐘が割れるような音が響き渡った。
「オオオオオッ!イエス!」
巨大ツボをぶん回したダイスは、最後はプロレス技のバックドロップの要領で、ドーンとツボをゴザの上に伏せた。
さァ、張った張った。
丁方ナイカ、ナイカ。半方ナイカナイカ。
客達はチップを賭けていく。
「コマ揃いました」
ダイスは、何故か斧を握った。
「ヨホホホ!あのオノで、金のツボを割る気ですよ…!」
ブルックがうなる。
「勝負!」
ダイスがジャンプした。空中で、斧を構え猛回転を始める。
「飛んでるーーー!」
「回っているーーー!」
「…かなりの怪力ね。」
ブルックも仲間達もビックリだ。怪力と言い、なんという身体能力だ。
「ォオ!イエス!」
ゴォオ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンッ!
叫ぶや、ダイスはぐんしんの頭突きをぶちかました。
巨大ツボがバラバラに砕け散る。
「斧、意味な~~~し!」
ブルックはズッコケた。やっている事は意味不明だが、とにかく度肝を抜かれた。
「グッ…ググッ」
ダイスは顔をしかめた。
「グ…き、
変態っぽい声を漏らしてツボの中のサイコロを確かめる。客達は身を乗り出した。
二・六の丁!
ああー、という空気が賭場に流れた。
「…このようにエキサイティングな丁半なのです」
「気色悪いのはともかく…すごいタフネスなのはわかった。」
バカラの言葉に、エルが少し引きながら言った。
「さァ!皆様にチップを四億ほど、お貸ししましょう」
「よ、よんおく~~~!?」
ルフィたちは声をひっくり返した。
「これは…一気に、お金持ちになるチャンス!」
「(なるほどね…合計で、私の懸賞金と同額か…)」
ナミはすっかりギャンブルにのめりこんでしまい、目を血走らせている。
その後ろで、エルは注意深くバカラを見つめた。
「流石に、ここは慎重に…!」
ブルックは四億と聞いただけで人生が守りに入っていた。
このVIPエリアにいるのは、百万千万など、おカネとも思わない連中ばかり。
そんなみみっちい根性ではカモにされてしまう事だろう。
人間は、全力勝負をした瞬間、心がまともでいられなくなる。
一枚の十万ベリーチップを鼻クソみたいに捨てられる人間と、汗ばんだ手で握り締める人間とでは、賭ける前から勝負は決まっているようなもの。貧乏人は平常心を保てないのだ。
「よーし、全部丁で」
「いやいや、さすがにそれは無いでしょ?」
六億ベリーのチップを、麦わらの船長は勝手にサイコロを振る前から賭けてしまった。
「イエス!
ダイスは、再びサイコロを投げ上げると新しい巨大ツボをブン回した。
ピンゾロの丁!
出目は1と1。合計は偶数だ。
「よーし、ナハハ!」
「スッゲェー!」
「ヒヤヒヤしたけど、当たったわね…」
「六億が…倍よ、倍!」
ルフィ達は絶好調。もう怖いものなしだ。
次に当たったらいくらになるのか計算しかしなくなった。
「流石ルフィ様!素晴らしい強運です」
バカラが褒め称える。
「(やっぱり、嫌な予感がする…)」
「いける!私達は億万長者…!」
「落ち着けナミ!」
年長者のジンベエがたしなめるが、もうナミの瞳にはウン億の金額しか映ってない。
― ザワッ
滅多な事では動じない、超セレブ客が集まったVIPエリアの空気がザワついた。
― おい…!
フロアのあちこちからヒソッと声が漏れる。
「これはこれは、グラン・テゾーロへようこそ!楽しんでもらえていますか」
二階へと続く大階段を降りて来た男こそ、
「誰だ、お前?」
「初めまして。私は当カジノのオーナー、ギルド・テゾーロ」
賓客に対して、そう遜って挨拶するのが国王たる彼流の礼儀らしい。
「あ!お前か、カジノ王ってのは!」
ルフィは応じた。
「…」
「おれは、海賊王になる男だ!」
ルフィはひるまず胸を張った。
「それは大きな夢だ。」
テゾーロは寛大に応じた。
「未来の海賊王にお越し頂けるとは光栄至極!」
フロアにいる海軍将校らは、とっくに<麦わらのルフィ>の存在に気づいていた。
だが、この特別中立区では賞金首の海賊を捕らえようとはしなかっただけの事。
「…そうだ! どうです、私と一勝負しませんか?」
テゾーロはサングラスを額に上げた。
存外に若い。まだ三十代と言ったところの色男だ。
「勝負?」
ルフィが首を傾げる。
「こういうルールはどうでしょう?」
テゾーロは賭場の座布団に腰を下ろした。
「貴方が勝ったら、掛け金の十倍をお支払いしましょう」
「じゅ…じゅうばい~~~!?」
ナミが声をひっくり返した。百億を超える途方もない金額がチラ付いた。
「もちろん負けたら十倍払えとは言いませんよ。私はカネなら腐るほど持っていましてね。このくらいじゃないと興奮しないのです…さぁ、どうします?」
「良いぞ!俺は負けねェ!」
ルフィは、ヤル気だ。
「大丈夫なの…?」
いざ勝負と決まった途端、キャロットは不安を口にする。
「今は流れが来てる…!ルフィの運を信じるのよ!!]」
ナミは、もう興奮を抑えきれない。
「決めた!全部半!」
ルフィは札を全部張った。
十倍、十倍、十倍…!
「流石はルフィ様…」
何気なく手袋を外したバカラが、ルフィの背中から歩み寄った。
その行動を見たエルが、ハッと気づく。
「なるほどね…」
「え…?」
仲間達がエルを振り返った時には、もう遅かった。
「このバカラ、感動いたしました」
彼女はルフィの肩に手を置いた。それは案内係として酷く不自然な行為だった。
「ん?」
「オオオオオッ!勝負!」
ディーラーのダイスがサイコロを放り、巨大ツボを持ち上げた。
半だ、半だ、半だ、きっと半が来る。
そうに決まっている―
二・六の丁!
麦わらの一味は、シーンと静まり返った。