記憶も定かではない。たしか十五年くらい前…
魚人島の英雄・冒険家、フィッシャータイガーによって、聖地マリージョアが急襲されるという大事件があった。
このとき解放された大勢の奴隷には、かの海賊女帝ボア・ハンコックとゴルゴン姉妹、革命軍のコアラもいた。
フィッシャータイガー自身も天竜人の奴隷だった。
彼は奴隷のしるしである”天翔ける竜の蹄”の焼印を、別のシンボルで上書きし、名高いタイヨウの海賊団を結成する。
そしてグラン・テゾーロの黄金帝、ギルド・テゾーロもまた解放奴隷だった。
このことを知る者は極めて少数に限られる。
テゾーロは、ただ、歌が好きな少年だった。
― おれはスターになるんだ!
生まれ育った街に来たアーティストのステージを見て、少年は夢見た。
いつかあのステージに自分が立つ。
この歌でスポットライトを浴びる。
― そのくだらない歌をやめて。
母親は、心ない笑顔で夢を否定した。
働け、まっとうに働けと強いた。
いつもチカラなく笑っていた父親は病気で死んだ。
― お金さえあれば…!
母が必要としていたのは息子ではなく、息子が稼ぐカネだった。
家庭は立ちゆかなくなった。
そうして少年は、悪い友人と誘惑に負けて、街の不良になる。
そのあと母親がどうなったかは知らない。
興味もない。
― 仲間だろ。
へらへら笑って、いきがっていた不良グループは、カネで繋がっているだけの半端者の集まりだった。
上納金が回収できなかった彼は、仲間と呼んでいた相手にボコボコにされ、ついにはその体で支払わされる事になる。
― 奴隷屋
海軍本部も黙認の”職業安定所”だ。
人攫いに売られた彼は、犯罪者と世界政府非加盟国民を商品にしたオークションにかけられることになる。
処分される野良犬みたいに檻に入れられ、自暴自棄になった。
とうに忘れかけていた夢…
あこがれだったスターの歌を、牢から見上げた灰色の天井に口ずさんでいると、思いがけず声をかけられた。
― すてきね、その歌。
となりの独房からだ。若い女の声だった。
ふたりは壁越しに話した。
女の名はステラ。
彼女はいつも彼に歌をねだった。
彼は歌った。だれかの為に歌う事は初めてだった。
自分の歌が誰かをよろこばせている。
奴隷となり売られる運命の女を。
― わたしは、いつか買われてしまうけど…
心まで買われてしまうのかな?
と、ステラは言った。
― 大丈夫だ!おれが…おまえを買ってやる!
ステラとの未来だって買える。
カネさえあれば、そのときカネさえあったなら……
その時には、もう彼はステラを愛してしまっていた。
牢の壁越しに、かけがえのない絶対の愛をむけて。
― ステラ、ステラ、ステラ……。
生まれて初めて、自分の歌を褒めてくれた女だ。
鉄格子ごしに手をのばすと、ほんのわずか指先だけがふれあった。
彼女は確かにそこにいた。
そして確実に訪れる、その日。
ステラはオークションにかけられ、牢から引き出される。
― その手を……放せ!
彼は、鎖につながれて惹かれていく彼女の名を叫び、泣きわめくことしかできなかった。
― ありがとう。あなたの気持ちがなによりうれしかった。
あなたの歌を聴けて幸せだった。
別れの言葉だ。
その時ステラはたぶん笑顔だったのだろう。
壁越に夢見た未来はチカラに引き裂かれる。
愛を叫ぶ歌では愛する女を守れなかった。
― カネさえあれば、なんでも買える……んだえ~。
ステラは天竜人に落札された。
ただの人間としては破格の数百万ベリーの値がついたという。
いっぽう彼は、何の芸もない人間としてひと山いくらの値段で売られた。
たとえ自分の命を犠牲にしても、彼はステラを買う事などできなかったのだ。
天竜人の奴隷となった彼は、マリージョアに送られた。
背中に”竜の蹄”の烙印を捺され…
彼は生きた。おなじ街のどこかにステラがいるかもしれない。
それだけを心の支えに。
そして、ほんの十数日という短い期間だったが、ステラと言葉を交わす事が出来た。
生きる希望が見えた。…気がしただけだった。
ステラは別の場所に行ってしまった。地獄の日々が返ってきた。
― 誰が笑っていいと言った。
天竜人は彼を痛めつけた。彼はそのために買われたのだ。
治療など受けられるはずもなく、体が腐りかけるほどの虐待。
もしフィッシャータイガーがいなければ、彼は生きてはいなかった。
そんなこともあって、テゾーロは魚人を差別しない。
奴隷解放
― 大混乱になった聖都マリージョアで、彼は逃げた。
しかし、ステラは見つからなかった。
解放されたからといって、夢も、愛も、チカラも、どこにもない。
あるのは滾々と湧き続ける絶望だけ…
いや…希望があった。彼女だ!
彼女は見つからなかったが、亡くなったという情報も得られなかった。
ならば、必ず生きている!!
彼女が生きているならば…おれは、チカラを手に入れる!
彼は、炎上するオークション会場で出品予定の商品に手をつけた。悪魔の実だ。
これまでの自分では手が届かない…
だれかと同じ夢を見て、だれかを愛するチカラを。
自由を……
***
笑顔は親を殺し。 笑顔は裏切り。 笑顔は愛した女を奪った。
彼、ギルド・テゾーロという男にとって、笑顔はあらゆる困苦の記憶になっていておかしくないものだ。
しかし…
彼には
ステラを探す事。ステラを見つける事。ステラを救い出す事。ステラを手にする事。
それが、テゾーロの望みだった。
彼女を見つけた時、全てが報われたと思った。
しかし…
彼女を手に入れることが叶わないと告げられた。
― 今のままでは…
その時、思い知らされた。自分が
カネのチカラで奪ったモノを…
カネのチカラでなんでも意のままにして来た事を…
だれかの笑顔を意のままにすることこそ、この世でもっともすばらしいチカラだ、
と、思ってしまっていたことを…。
償いたいと思い、いろいろやったがそれはそれ。
今までの自分を演じ続ける事を決めた。
表舞台から退場するその日まで…
不本意でも『ギルド・テゾーロ』を演じ続けると決めた。
この国で、なにがおもしろいかを決めるのは
『ギルド・テゾーロ』は、笑顔という絶望をみなに与える者でなければならない。
このゴルゴルの実の能力で!!
ゆえに彼の意図せぬことで笑う者を許さなかった。
そして、ようやく
待ち望んだ日
自らが
***
背中の星が疼く。
四つの指の爪で、生皮を剥がされたように。
ギルド・テゾーロは、その手を掲げるとステージを殴りつけた。
「行くぞ、麦わらァァァ!」
拳がフロアにめりこむ。
バリバリと空気が破れ、プラズマのごとき火花がほとばしった。
衝撃もろとも天空劇場は光の奔流に覆われる。
振動と轟音。黄金の塔はついに崩壊をはじめた。
ステージの亀裂はあちこちから黄金の塔が立ち上がった。柱は溶け、液状化して観客席に襲い掛かる。
逃げ惑う観客たちは、悲鳴をあげながら黄金の濁流に飲み込まれる。
「海水で金粉の呪縛が解けたから、なんだというんだ?解けたなら、また縛ればいいだけだ!」
テゾーロはありったけの能力を込めた。
麦わらの一味は翻弄される。
「まずいっ!みんなおれの背に乗れ!!ギヤ4!バウンドマン!!」
ルフィがギヤ4を発動して、ジンベエとブルックを乗せて飛び上がった。
サンジは
「この街はすべておれの意のまま!何がおもしろいかは、おれが!決める!!」
ついにテゾーロ自身も黄金の塔にとりこまれた。
黄金の塔はバターのように溶けて、そのまま甲板の下に沈んでいく。
麦わらの一味は高級エリアに着地した。
黄金の塔があった場所に走って戻る。だが、そこにあったのは大穴だけだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……………!
巨大双胴船が鳴動する。
大穴の奥からニュッとつきだされたのは、巨大な腕だった。
「あ…あ………」
カリーナは声を失う。
それは…黄金の巨人。
あの伝説の巨人族オーズにも比肩するかという、あまりにも巨大な―ギルド・テゾーロを模した、動く黄金の彫像だった。
「ハハハハ……!わかるか、麦わら!」
増幅されたテゾーロの声が像から響く。テゾーロはあの黄金巨神の内部にいてあやつっているのだ。
「……!」
「これが天さえ意のままにする、黄金の神の姿……!」
天竜人であっても黄金のチカラには抗えない。のこのこやってきてはカネをたかり、ねだる。
その天上金は、世界中の欲ボケたちが自分からすすんでテゾーロに届けに来る。
家族も、夢も、愛も、チカラも、自由も、命さえ……!すべてをテゾーロに捧げるために。
そうだ、希望さえも…!
「この街では、おまえたち全員!支配されるだけのゴミだ!」
「うるせェ!」
ルフィは吠えた。絶対そんなことは認めない。
心に”自由”があるかぎり!
地面を蹴る。黄金巨神テゾーロの頭の高さまでジャンプすると、ルフィは、
「ギヤ3!」
骨風船によって空気を吹き込み巨大化した自らの腕に、武装色の覇気を纏う。
「ゴムゴムのォ…
「図に乗るなァ!」
黒と黄金、ふたつの巨拳が激突する。
吹き飛んだのはルフィだった。
「……ッ!?」
圧倒的な質量。ただの巨人サイズではない。重い黄金の拳だ。
ホテルの看板をぶち抜いて、さらに街区をまたいでぶっ飛ばされたゴム人間は、路上に停められていた車に突っ込んでようやく止まった。
***
騒ぎはダウンタウンエリアにも広がっていた。
海水の雨が降り、金粉の呪縛が解かれたらしいと噂が広まっていた。
そんなところにテゾーロに挑んでいた麦わらのルフィが落ちてきた。
観光客も従業員たちもどうしたものかとうろたえている。
「あいつ…」
そこにはリッカとテンポの兄妹もいた。
そしてもう一人。
棘の鎖をジャラリとひきずり、あの男が動けぬルフィに近づきつつあった。
***
黄金巨神テゾーロの破壊力に、仲間たちは息を飲んだ。
「ルフィの武装硬化が……!」
覇気を帯びた拳は、打撃無効の自然系の能力者さえとらえることができる。
だが、今のは完全にチカラ負けだ。
「くっ」
黄金巨神に対して身構えたエルの側方から、いきなり殺気のカタマリが襲い掛かった。
ギィンッ!
「…あんたはっ!」
「やるなァ」
ダイスだった。叩き落された大斧を、エルは槍の柄で受けた。
はじき合い、いったん距離をとった両者は、間髪入れず激突した。
「大旋風!」
槍を高速で回転させ巨漢のディーラーに斬りかかる。
振りぬいた槍を額に受けて、ダイスはたたらを踏んだ。しかし、倒れない。
「うぅ…ふィ~、気持ィ~…ほら、もっとすごいのくれよ」
圧倒的なタフネス。彼にとって苦痛は快感なのだ。
「なによ、その金ピカの鎧は…」
構えなおし、エルは敵を値踏みした。
ダイスは黄金の全身鎧を装備していた。
「するるるる~…ただの鎧じゃないですよ?テゾーロ様の能力によってつくられた、このゴールドアーマーは」
「各段にパワーアップしたということよ」
タナカさん、そして褐色の肌に鎧をまとったバカラもまた女戦士さながらの姿で片手剣を抜いた。
「ハハハ…!さァ、おまえたち…カネが欲しいだろう?」
黄金巨神テゾーロの言葉に、カジノの黒服、用心棒たちが集まって来た。
みな手に手に武器を持って、麦わらの一味を包囲する。
「海賊の首をとったやつには特別ボーナスをやろう。」
テゾーロは、部下たちにハッパをかける
「さァ、ショーの続きだ!しっかり、盛り上げろ!」
***
「痛ッ……? なんだ、このトゲトゲ!」
ダウンタウンエリア。
車に墜落して動けなくなっていたルフィの体に、突然、棘のついた鎖が巻きついた。
鋭い棘がゴムの体に突き刺さり、海楼石の冷たい感触がルフィの力を奪っていく。
「へへ……油断したな、麦わらのルフィ。そいつは能力者封じの特注品だ」
姿を現したのは、テゾーロの部下の一人。
細身でいやらしい笑みを浮かべた男が、鎖を引きながらルフィを見下ろしていた。
「動けねェだろ?四皇の幹部を倒したとか言われても、能力者なんざ海楼石の前じゃこんなもんだ」
男は剣を抜き、ルフィの首元へとゆっくり刃を向ける。
ガキッ!
横合いから小さな影が飛び込んだ。
振り下ろされた剣は、鉄パイプに弾かれ、男はバランスを崩してのけぞった。
「な……なんだァ、おまえ……?」
鉄パイプを握りしめ、震えながらも男に立ち向かう少年――リッカだった。
「おれ……決めたんだ……! 戦う……おれ、自由がいい!」
鼻水をすすりながら叫ぶリッカを見て、男は鼻で笑った。
「自由? ガキが夢みてんじゃねェよ。見ろよ、この数を」
ダウンタウンエリアのメインストリートに、テゾーロの部下たちが数百人規模で集結していた。
リッカの膝が震える。
見知った顔もいる。いつも自分や妹をゴミのように扱っていた連中だ。
「この世界はなァ、カネがすべてだ。権力者が勝ち、虫けらは一生、虫けらのまま生きて死ぬんだよ!」
「……そいつは、どうかな」
土煙が上がった。
部下たちの一角が崩れ、十数人がまとめて吹き飛ばされる。
「な、なんだァ!?」
驚愕する男の前に、一人の男が歩み出た。
ルフィを縛る棘鎖に手をかけ、リッカへと視線を向ける。
「おい、小僧。この賭け、おれも乗った。勝つか負けるか……いや、絶対に勝てる。おれを信じろ」
「おっさん……?」
「おれの名はレイズ・マックスだ!」
伝説のギャンブラー。
ともに脱出した囚人たちも背後に並び、声を上げる。
「………! うん!」
リッカは力強くうなずいた。
海楼石の棘鎖が外される。
「さァ、麦わら小僧……自由を勝ち取るぞ!」
囚人たちが雄叫びを上げる。
「おっさん」
ルフィは立ち上がり、軽く笑った。
「助かった」
次の瞬間、ルフィの姿は敵のど真ん中――先ほどリッカを嘲笑った男の眼前にあった。
「は? ぶべっ……!」
「ジャマだ」
一撃。
男の顎を砕き、ルフィはそのまま地面へ叩きつけた。