アテナ……KOF'94出場前、
シャンプー……らんまに負ける前、
となっております。
暗雲立ち込める空の下、拳法着に身を包んだ二人の少女が拳を交えていた。
勇猛果敢に攻めるお団子頭の少女の名はシャンプー。中国奥地で暮らす女性を中心とした武闘民族、女傑族の娘である。
女傑族総帥コロンの曾孫にして、村では無敗を誇るほどの実力者だ。
彼女の猛攻を辛うじて凌いでいるのは、この村の者ではない。
星飾り付きのヘアバンドをした少女の名は麻宮アテナ。
武術修業のためにはるばる日本から海を渡り、修業仲間の椎拳崇と共にこの女傑族の村を訪れたのはつい昨日のことであった。
女傑族きっての実力者であるシャンプーを相手に、粘り強く食い下がるのは並大抵ではない。二人の戦いを見守るギャラリーもざわついていた。
だが、それも長くはもたない。
二人の顔と顔が迫る。息が吹きかかる密着の間合いから、シャンプーの蹴りがアテナの顎を蹴り上げた。
驚異的柔軟性で死角から打ち込まれた蹴りに、アテナの意識が飛びかける。
恐るべし、中国武術。
恐るべし、女傑族。
膝から崩れ落ちるアテナの耳に、自分の名を呼ぶ声がぼやけて聞こえる。
やけに遠く聞こえる修業仲間の声に耳を傾けながら、少女は事の顛末を思い返していた。
THE KING OF FIGHTERS'94 × らんま1/2
女傑族の誇り! アテナ対シャンプー
麻宮アテナは超能力者である。
彼女は自身の持つ不思議な力を制御するために、同じような力を持った少年、椎拳崇の紹介で彼と共に中国の鎮老師の下で修業に励んでいた。
その身に秘められし強大な力は、使い方を誤れば多くの悲劇を生む。しかし、正しい心を持って使えば多くの悲劇を回避することができる。
そのためには心身ともに鍛え、健全な心と体を養うことが大切だ。
師・鎮元斎の指導により、中国拳法を学んだアテナは見聞を広めるべく、中国全土を渡り歩く武者修行の旅に出ることとなったのだ。
「お客さん、ここよ! 女傑族(ニィチェズゥ)の村! ここの娘たち皆とても強いね!」
人民服を着た小太りの案内人に連れられて訪れたのは、中国奥地に住むという武闘民族、女傑族の村だった。
三千年の歴史を持つとも、始皇帝も恐れたとも噂される神秘のアマゾネス。今まさにその実態に迫ろうとしているのだ。評判を耳にしていた拳崇も、期待に胸を膨らませずにはいられない。
古式ゆかしい家々が立ち並ぶ景色を歩いていくと、彼らは人集りに遭遇した。
「ちょうど腕比べの最中ね!」
人集りを掻き分けていくと、広場の中心に巨大な丸太を吊り下げた武舞台が設置されていた。
いよいよ憧れの女傑族の戦士との対面だ。目を輝かせた拳崇が舞台の上を見上げると、
「あれが娘かいな?」
一瞬でその瞳を曇らせた。
武舞台で腕比べをしているのは、男も顔負けのいかつい強面の怪力女だった。
互いに武器を持ち、激しい攻防を繰り広げる二人の女戦士。
怪力娘は先端に金属を取り付けた柄の長い棍棒を持ち前のパワーで振り回し、相手を圧倒している。すでに勝負は見えたも同然だ。
傷心の拳崇は肩を落としながらも、机に並べられた料理から好物の肉まんを一つ手に取り、試合を眺めつつ口に運んだ。
しかし、かぶりつく直前で肉まんが消失。拳崇は歯と歯をカチンと鳴らして手元に視線を向けた。
「もうっ、拳崇。勝手に食べちゃ駄目でしょ?」
拳崇の手から肉まんを掠め取ったアテナが嗜めるように人差し指を立てる。
「かまへんやろ、一個ぐらい。堅いこと言いっこなしやでー」
懲りもせず肉まんをせがむ拳崇に、しかしアテナは断固として譲らない。
そんなやり取りを交わす二人の前に、試合を終えて武舞台から降りてきた怪力娘が現れた。
何やら物凄い剣幕で捲し立てている。
癖の強い中国語で迫られ、アテナが聞き取れずに困惑していると、横からガイドが通訳をしてくれた。
「その食べ物は腕比べの賞品と言てるね」
「あっ」
確かに机の前には賞品と書かれた看板が立てられていた。
賞品を横取りされたと勘違いしているらしい。
「ごめんなさ―――」
思わず謝ろうとしたアテナは、しかし、ふと思いとどまると言葉を止めて、
「私が勝てば文句はないですよね?」
あまつさえ、とんでもない提案を差し出した。
「ちょと! お客さん、なに言てるね!?」
「せや! アテナ、一体どういうつもりやねん!?」
ガイドと拳崇が息を合わせてアテナに詰め寄った。
武闘民族と名高い女傑族の村で問題を起こすのは、非常に危険なことである。
「せっかくここまで足を運んだんですもの。腕試しのいい機会でしょ?」
手にした肉まんを拳崇に預けると、アテナは可愛らしくウインクをして空高くジャンプ。軽やかに身を翻し、武舞台に着地する。
なるほど。言うだけのことはあって腕に覚えはあるようだ、とギャラリー一同も感心している。
こうまでされては黙ってはいられない。怪力娘もまた豪快にジャンプし、武舞台へと舞い戻った。
武舞台で女傑族の戦士と向かい合うアテナ。
その体格差は圧倒的だった。腕比べをするまでもなく、結果は火を見るより明らかだろう。
「よろしくお願いします!」
掌と拳を合わせて一礼するアテナ。
試合開始を告げるドラが鳴った。
それと同時に、怪力娘は手にした棍棒を投げ捨てた。
明らかな体格差に加えて、素手の相手に武器まで使ったとあっては女傑族の名折れ。
女傑族の戦士としての誇りと、絶対的自信の表れであった。
投げ捨てた棍棒が地面に落ちると同時、怪力娘は突進した。
「あいいいやあああ!」
猪突猛進。見かけの通り、力任せの猛攻がアテナを襲う。
この足場の狭い武舞台ではスピードで撹乱するのは難しい。足の動きをできるだけ最小限に、アテナは上半身のスウェーで攻撃をかわし続ける。
反撃のチャンスはすぐにやってきた。
大振りの一撃を鼻先でかわし、懐に入って肩口から体重を乗せた体当たりをぶちかます。
カウンターでふっ飛ばされる怪力娘。武舞台から転落しそうになるも、咄嗟に丸太にしがみついて、あたふたとよじ登り場外を免れる。
予想外の展開に、怪力娘の頬に汗が伝う。
もはや、なりふり構ってなどいられない。かくなる上は力尽くだ。掴まえてしまえば腕力でどうとでもなる。
意を決して再び突撃する怪力娘。対するアテナは呼吸を深くし、じっと身構えて迎撃の姿勢をとっている。
両者が接触しようかという瞬間、
「それまで!」
突如、空から降ってきた『何か』が武舞台をかち割った。
木片を飛び散らせて崩れ落ちる武舞台。足場を失った二人は地面に落下する。
足を止めていたアテナは辛うじて着地できたが、怪力娘はそうはいかなかった。前のめりに地面に倒れ、ピクピクと痙攣している。
「だ、大丈夫……ですか?」
おずおずと尋ねるアテナ。
心配には及ばず、怪力娘はくわっと目を見開いて立ち上がった。
娘はキョロキョロと辺りを見回し、武舞台を破壊したであろう物体を発見した。
ぼんぼりのような形をした棍棒。先端に重しをつけた、中国では錘(すい)と呼ばれる得物である。
錘は武舞台を破壊するだけにとどまらず、地面をも深く抉っていた。
一体どんな投げ方をすれば、そんな芸当ができるのか。アテナも思わず生唾を飲んだ。
地面を抉った際に巻き上がった土煙の向こうから、先程の声の主が現れた。
アテナとそう年齢の変わらない、美しい少女だった。
「珊璞(シャンプー)!」
シャンプーと呼ばれた少女は錘を片手で軽々と持ち上げ、名前を呼んだ怪力娘の前まで歩いてくると、
「女傑族の掟、忘れたか?」
冷たい眼差しで睨みつけた。
「うぐぐっ」
その圧力にたじろいだ怪力娘は踵を返し、投げ捨てた棍棒を回収して足早に去っていった。
(この人、強い……!)
たったひと睨みであの娘を退散させてしまうほどの気迫。ざわついていたギャラリーにも緊張が走っているのが伝わってくる。
その美貌に思わず目を奪われてしまっていたアテナの方へと歩いてきた少女は、しかしアテナのことなど目もくれず、
「命拾いしたね?」
すれ違いざま、それだけを告げて通り過ぎていった。
「それって、どういう……?」
言葉の意味を問おうとするアテナ。
シャンプーは答えるどころか足を止めようともしない。
代わりに答えたのは、彼女の後を付いてきた幼い二人の少女だった。
「あのまま続けてたら、お前、殺されるところだたね!」
「大々的幸運! シャンプー姉御に感謝するね!」
少女らは双子らしく、息もぴったり小生意気にふんぞり返っている。
「殺されてって……」
いきなり飛び出した不穏な単語に戸惑うアテナ。
確かに油断は禁物だが、かといって負ける気は一切しなかった。
それなのに、どうすれば殺されるなどという事態に結びつくのか。アテナには到底理解できない何かがあるとでもいうのだろうか。
もし、そうだとしたら――、
「あのっ!」
アテナは去りゆく少女を呼び止めた。
もし、そうだとしたら、彼女と戦えば、それがわかるのだろうか。
「私と、手合わせしてもらえませんか?」
「……!?」
ぴくっ、シャンプーの足が止まる。
「お、お前、本気か!? 姉御と戦うなんて無謀よ!」
「自殺的行為! 悪いこと言わない! やめとくね!」
妹分の双子が必死に思いとどまるように説得を試みようとするが、
「リンリン! ランラン! うるさいね」
振り返ったシャンプーの一喝で黙らされてしまった。
「私と戦うつもりか?」
不敵に目を細め、冷たくも美しい笑みを浮かべるシャンプー。
「お願い……できますか?」
その圧力を正面からひしひしと感じながら、気後れしないように全力で立ち向かうアテナ。
「面白い客人ね」
決して退こうとしないアテナに呼応するように、シャンプーの闘志に火がつく。
「おやめ、シャンプー!」
しかし、それを制するように現れたのは長い杖を持った髪の長い老婆だった。
「……猿の干物?」
「誰が猿の干物じゃ!」
拳崇が思わず漏らした無礼な言葉に、老婆はすかさず杖の先で拳崇の頭を叩いた。
「ひいばあちゃん」
そう、この老婆こそシャンプーの曾祖母にして女傑族総帥その人である。
齢100歳を優に超えてなお衰えを知らぬ妖怪オババ。コロンの登場に村の者達も騒然としている。
「今日のところはこれまでとする! 皆、明日に備えて英気を養っとくれ」
コロンの号令で村の者達は解散。何名かがその場に残り、後片付けに取り掛かり始めた。
その様子を確認したコロンはアテナと拳崇へと振り返り、にやりと目を細めた。
「さて、二人とも付いておいで。おヌシらを客人としてもてなしてやろう。鎮どのの弟子とあっては無下にはできんでのう」
「なんやバアちゃん、師匠のこと知っとるんか?」
頭のたんこぶをさすり、目に涙を浮かべながら尋ねる拳崇。
どうやら二人を鎮元斎の弟子と知っての申し出のようだ。
確かに鎮は顔の広い人物である。長生きしていれば色々な知り合いもいるだろう。
「ホッホッホ、何を隠そう、あやつのおしめを取り替えてやったこともあるわい」
「師匠のおしめて……。想像もできんわ。てか、何歳やねん、このバアちゃん……」
妖怪じみた師匠の更に上を行く妖怪ぶりに、さすがの拳崇も恐縮している。
自分の身長より長い杖を器用に操り、足を地面につけることなくホッピングの要領で去っていくコロン。
シャンプーもまた何事もなかったかのように、涼しい顔でその後を追っていった。
「ご馳走してくれるみたいやし、ほな行こか。腹ペコで敵わんわー」
結局肉まんには手を付けなかった拳崇が、腹を擦りながら二人の後に続く。
その間もアテナはシャンプーから一度も目を離すことはなかった。
その晩、コロンの屋敷で食べきれない量のご馳走を振る舞われ、手厚い歓迎を受けたアテナと拳崇。
美味なる料理の数々に拳崇が舌鼓を打つ。アテナも愛想よく笑顔を振りまいてはいたが、その意識は常にシャンプーに向いていた。
同じ食卓を囲む間も彼女の挙動を気にかけるアテナに、しかしシャンプーはまるで意に介する様子もなかった。
夜も更け、シャンプーとの親睦を深めようとアテナは彼女の姿を探していた。
「おまち」
そんなアテナを呼び止めたのはコロンだった。
「シャンプーを探しておるようじゃの?」
「えっ、あ、はい。せっかくだし、仲良くなりたいと」
手合わせしたいのも事実だが、友達になりたいというのも偽らざる本心である。
年も近い女の子同士、武術を通して理解を深めることもできるだろう。
コロンもかわいい曾孫に友人ができることを決して悪いこととは思うまい。
だが、返ってきた答えはアテナの予想とは違っていた。
「悪いことは言わん。あの子には関わるな」
「それは……、どういうことでしょうか?」
予期せぬ言葉に戸惑いながら聞き返すアテナ。
「おヌシのためじゃ。よいな? 決してシャンプーに関わるでないぞ!」
そう言い残して去ってゆくコロン。
アテナはぽかんとその後ろ姿を見送るしかなかった。
次の日、催事を知らせる花火が上がる。
昨日に続き、本日も腕試しの催し物が開かれていた。
今にも降り出しそうな生憎の空模様であったが、中止することなく決行されたところから察するに、この村の者達は勝負事が好きなのだろう。流石は武闘民族といったところか。
「おっ、やっとるなー」
世話になったコロンの屋敷を出た二人は、昨日と同じ広場に人集りを見つけた。
壊された武舞台は撤去されたため、今日の腕比べは平地で行われているらしい。
歓声を上げる人の波を掻き分けて、最前列へと躍り出た二人の目に飛び込んできたのは、腕比べに興じる若い娘達の姿だった。
アテナは思わず息を呑んだ。
すらりと伸びた手足。色鮮やかな青紫の長い髪をなびかせ、華麗に舞い踊る抜群のプロポーション。
今まさに腕比べをしているのは、他ならぬシャンプーだった。
「はぁー、やっぱ大したもんやなー」
屋敷を後にする際、渡された紙袋から取り出した肉まんを頬張りながら感嘆する拳崇。
昨日の一件で只者ではないとわかってはいたが、戦ってる姿を実際目の当たりにするとその実力に圧巻する。
相手をまるで寄せ付けない。
相手の娘も決して弱くはない。女傑族の娘だけのことはあり、なかなかに腕が立つ。
いかんせんシャンプーが強すぎるのだ。
息も吐かせぬ猛攻を軽々とあしらい、たった一撃で勝負を決してしまった。
「姉御ー!」
きゃいきゃいと黄色い歓声が上がる。
強さと美しさを兼ね揃えたシャンプーは、村でも男女問わず絶大な支持を誇っているようだ。
「次! 我こそはという者いないか?」
すでに何人もの挑戦者を退けていたにもかかわらず、シャンプーは息一つ乱してはいなかった。
そればかりか次に名乗りを挙げる者を待っていた。
腕に覚えのある者はすでに敗れた後である。もはや彼女に挑もうとする娘はいまい。
誰もがそう思った矢先、
「やります!」
手を上げたのはアテナだった。
昨日に続き、飛び入りで参加してきたアテナに、シャンプーが眉をひそめる。
「客人。ひいばあちゃんに何か言われてなかたか?」
昨晩のコロンとの会話をどこかで聞いていたのだろう。シャンプーは素っ気なくアテナを追い払おうとした。
「はい。でも、関係ありません。私は貴方と戦ってみたい。初めて会った時から、その気持ちは変わってませんから!」
真剣な眼差しで訴えるアテナに、シャンプーの表情が僅かに和らいだ。
「そうか。……実はな、私もお前とやりたかたね」
「シャンプーさん」
彼女も同じ気持ちだったのだと知り、アテナも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
が、それは勘違いだったとすぐに知ることとなる。
「女傑族が見くびられたまま、お前を帰すのは気が引けたある」
シャンプーから凄まじい殺気が放たれた。
ぞわり、一瞬で空気が変わる。
肌を切り裂くような殺気を受けて、アテナは咄嗟に身構えていた。
構えたのではない。構えさせられたのだ。
獰猛な獣を前にしたような威圧感に、アテナの全身が総毛立つ。
シャンプーが気のない素振りをしていたのは、アテナへの殺気を抑えていたからに過ぎない。
闘気を向けられたまま大人しく引き下がれるほど、彼女はお淑やかではないのだ。
アテナ対シャンプー。
戦いの幕開けを告げるドラが高く響いた。