女傑族の誇り! アテナ対シャンプー   作:イナ乙

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後編

 

 

 

 

 暗雲立ち込める空の下で繰り広げられた二人の少女の戦いは、ほぼ一方的な展開で幕を下ろそうとしていた。

 結果だけ見ればシャンプーの圧勝。

 実際拳を交えたアテナ自身が誰より痛感したことだろう。いかんともしがたい実力の差を。

 その五体で味わわされたシャンプーの技の冴えを、アテナは朦朧とする意識の中で噛み締める。

 先日手合わせした怪力娘をも凌駕するパワーと、猫のようにしなやかな身のこなし。

 力も技もスピードも、アテナに勝てる要素は一つとしてなかった。

 顎を蹴り上げられ、くもり空を見上げたまま膝から崩れ落ちるアテナ。

 雌雄を決する一撃に、ギャラリーから歓声が上がる。

 しかし、アテナを卑しめる声はない。むしろシャンプーを相手によく戦ったと感心するばかりだった。

 流石は中国にその名を知られる鎮老師の弟子なだけのことはある、と皆が口を揃えていた。一部の例外を除いて。

「姉御の実力、思い知たかー!」

「圧倒的格差! おととい来るよろし!」

 周囲の空気を読まずに野次を飛ばすリンリンとランラン。

「アテナー! しっかりしぃやー!」

 拳崇も負けじと声援を送る。

 その声援にアテナの飛びかけていた意識が呼び戻される。

「まだ、まだ……!」

 膝を震わせながらも立ち上がり、試合続行の意思表示を見せる。

 身構えるアテナに対し、シャンプーは呆れたようにため息をこぼした。

「続けるだけ無駄ね。お前、私に勝てない。勝つべきないね」

「そんなこと、やってみないとわからないわ!」

 すでに勝負は決したと諭すシャンプーに、アテナはそれでも食い下がる。

 例え勝てなくとも、全力で戦うことは決して無意味ではないはずだ。

「一つ教える。女傑族の掟。よそ者に負けた時、相手が女だったら、地獄の果てまで追いかけてでも殺すべし。お前に、その覚悟あるか?」

「――っ!?」

 アテナの全身に衝撃が走り抜ける。

 自分を負かした相手は殺す、と。武闘民族、女傑族の厳しさ、恐ろしさが込められた非情の掟に、アテナは愕然とするばかりだった。

「そんな、それじゃあ……」

 万が一勝てたとしても、その瞬間から命を狙われることとなる。

 こんな強い人に四六時中付け狙われるなんて、命がいくつあっても足りるものではない。

「……」

 アテナは言葉を失っていた。

 自分の軽率さに悔いるばかりだ。勝負を挑むこと自体がおこがましい。女傑族総帥の曾孫として生まれ、強くあることを義務付けられた彼女とでは覚悟も実力も違いすぎたのだ。

 構えを解き、力なく腕を下ろす。

 たかが腕比べ。命を賭けるようなことではない。

「お利口さんね。そのまま大人しくしていれば、痛みを感じる間もないある」

 ようやく観念したと見てシャンプーが拳を握る。

 戦意喪失したアテナは俯き、自ら敗北を受け入れる以外になかった。

「おしまいね!」

 地を蹴り、駆け出すシャンプー。

 無防備に立ち尽くすアテナへと繰り出された崩拳は、しかし、空を切った。

 中段突きが当たる寸前、アテナは半身になってかわしながら懐に踏み込み、カウンターの頂心肘を打ち込んだのだ。

「っ!?」

 吹っ飛ぶシャンプー。

 突然のことにギャラリーから驚きの声が上がる。

 一番驚いているのはアテナ本人だった。

 彼女は確かに負けるつもりでいた。だが、意思とは裏腹に身体が勝手に反撃していた。

 心は折れても、鍛錬を積んできた身体が簡単に勝負を諦めてはくれなかったのだ。

「そうだ。やっぱり私、投げ出したくない!」

 勝てる勝てないの問題ではない。覚悟の是非もどうだっていい。

 ここで退いたら、きっと前に進めなくなる。

 今はただ何も考えず、ありったけの全力でぶつかりたい。

 後のことはその時考えればいい。

 アテナの瞳に闘志が戻る。

 一方、シャンプーはというと、

「……ふっ、ふふ、ふふふふふ―――」

 様子がおかしい。

 思いがけない反撃を受けてダウンしたシャンプーは、何がおかしいのか声ならぬ声で不気味に笑っている。

「不意打ちとは、よくもやてくれたな。見かけによらず、したたかな女……」

 ゆらり、緩慢な動作で起き上がる。

 周囲の気温が一気に下がったかのような悪寒に、アテナは思わず身震いする。

「大激怒! もう容赦しないある。二度と私の前に立てないようギタギタにするね! 覚悟するよろし!」

 まさに怒髪天を衝く。怒り心頭のシャンプーに妹分達も恐怖で青ざめていた。

「な、なんや? 急に雰囲気が変わりよったで」

 それまでクールに振る舞っていたシャンプーの豹変に、拳崇も戸惑いを隠せなかった。

「むう、遅かったか!」

 空から降ってきたコロンが拳崇の隣に着地する。

 騒ぎを聞いて駆け付けてきたらしい。

「バアちゃん、どないなっとんねん?」

「シャンプーの逆鱗に触れおった。ああなっては手が付けられん。だから関わるなと言ったんじゃ」

 コロンの言いつけで大人しくしていたが、本来シャンプーの気性は激烈そのもの。

 シャンプーを怒らせたらどうなるか、この村で知らぬ者はいない。10年ほど前、よその村の子が彼女にいたずらをしたことで、会うたびに100回殴られたという逸話もある。シャンプーは心が狭いのだ!

「ワシャ知らんぞ」

 渋い顔をしたコロンのシワが一層増える。

「雅典娜(アテナ)、殺す!」

 シャンプー怒りの猛攻がアテナに牙を剥く―――!

 

 

 

 

 

 目にも留まらぬとはまさにこのこと。

 堰を切ったかのように怒りを爆発させたシャンプーの猛攻は、もはや人間業ではなかった。

 烈火の如く放たれる連撃の激しさたるや、今までの比ではない。

 今までは客人として手心を加えられていたということを、アテナは改めて思い知った。

 防戦一方。息つく暇もない怒涛の攻めを辛うじて凌ぎながら、それでもアテナは反撃の機会を窺っていた。

 激情に身を任せたシャンプーの攻撃は、次第に単調になってきている。

 猛攻の隙をついてアテナはバックステップで大きく距離を取った。

「逃がすないね!」

 追撃を仕掛けんと駆け出すシャンプー。

 その瞬間、攻撃に移るまでの僅かな隙が生じたのをアテナは見逃さなかった。

「サイコ、ボール!」

 両手を広げ、精神を集中させる。

 突き出したアテナの掌がまばゆい光を放ち、力の塊となってシャンプーを襲った。

「っ!?」

 ドンピシャのタイミングで撃たれたサイコボールがシャンプーにヒットし、その身体を大きく後退させた。

 直撃かに思われたが、すんでのところでガードを間に合わせていたようだ。

「ほぉ、気を使った技……、いや、少し違うようじゃな」

 コロンが感心した様子で目を細めた。

「鎮どのに弟子入りしているとなれば、普通の子ではないと思ってはいたが、類まれな力を持っておるようじゃな。しかし、その力が果たしてどこまでシャンプーに通用するかな?」

 アテナの隠された力を目の当たりにしてもなお、コロンは動じてはいなかった。

 その落ち着きようからは、曾孫であるシャンプーの力量に対する信頼が垣間見えるようだ。

「私を相手に出し惜しみしてたか。見くびられたものね」

 当のシャンプーはというと、怒りの火に油を注ぐかと思いきや、予想外に落ち着いていた。

 窮鼠猫を噛む。追い詰められた鼠の牙が、却って冷静さを取り戻させたようだ。

「奇々怪々。おかしな術を使うね。それなら私も、遠慮しないある」

 シャンプーが自身の長い後ろ髪に両手をすっぽり入れる。

 絹のような髪の隙間から取り出したるは、ぼんぼりに似た形の双錘だった。

「いや、どんな原理や!」

 おかしいのはどっちやねんと、すかさずツッコミを入れる拳崇。

 愛用の武器を取り出し、いよいよ本領発揮となったシャンプーに、アテナの緊張が高まる。

「はぁっ!」

 接近戦では勝ち目はない。アテナは近づかせまいと先手を取ってサイコボールを次から次に連射。

 矢継ぎ早に放たれる光弾をシャンプーは双錘を薙ぎ払い、一発二発と打ち消しながらあっという間に接近を果たした。

「くっ!」

 危険を感じたアテナは両手を上下に大きく広げ、超能力で光の盾を発生させる。

 だが、シャンプーの突きはリフレクターをいともたやすく貫通し、アテナの腹部にめり込んだ。

「カハッ!」

 突き刺さった一撃が胃と肝臓を押し上げ、肺を圧迫させて呼吸ができなくなる。

 苦痛に顔を歪ませるアテナ。

 更にシャンプーはアテナごと錘を持ち上げ、放物線を描いて背後の地面へと叩きつけた。

「~~~~ッ!」

 悶絶。

 アテナの意識がぐにゃりと闇に沈みかける。

「アテナー! 上やー!」

 拳崇の声ではっとなったアテナが飛び起きた。

 上空から振り下ろされる錘の一撃を、アテナは飛び退いて間一髪で回避する。

 抉られる地面。粉塵が舞う。

 シャンプーは地に立てた錘を軸に、コマのように回転。逃げるアテナを旋風脚で刈り取った。

 鋭い回転蹴りを、アテナは辛うじて両腕でガード。しかし、ガードの上からでもその威力は凄まじく、アテナの身体をボールのように跳ね飛ばした。

 風を切るアテナは、ギャラリーの目と鼻の先まで蹴り飛ばされ、背中から地面にダウン。

「ぅ……っ……!」

 よろめきながらも立ち上がるアテナは、自身の首飾りがなくなっていることに気がついた。

 見ればシャンプーの足元に、紫色の水晶玉が散乱しているではないか。

 さっきの蹴りを防御した拍子に、水晶玉を繋いでいた首飾りの糸が切れたのだろう。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 呼吸が荒い。肌に汗が浮かび、髪が頬に貼り付く。

 いよいよ追い詰められたアテナへと、シャンプーはずんずんと一定の歩調で近づいてくる。

 ぴしゃん、ゴロゴロゴロ……!

 シャンプーの背後、山の向こうで雷が落ちる。

 落雷にも動じることなく一直線にこちらに向かってくる様は、さながら女版ターミネーターの威風であった。

(強い。桁違いに……!)

 アテナは乱れた呼吸を整えて決戦に備える。

 消耗は激しく、気力体力ともに限界を迎えようとしていた。

 一か八か。最後の賭けに出るしかない。

 アテナは深く息を吸い、精神を研ぎ澄ませる。

 果たして成功するかどうか。最後の攻防を前に、アテナは緊張に喉を鳴らした。

 頬を伝う汗が、滴となって顎から零れ落ちる。その水滴が地面に吸い込まれると同時に、シャンプーは駆け出した。

 戦いの巻き添えを食わぬようギャラリーが大慌てで左右に散る。

 猛然と迫るシャンプーの突進に、しかし、アテナは逃げるどころか前に出た。

 突き出される錘をギリギリでかわしながら、シャンプーの懐へと潜り込む。

 密着状態でアテナはシャンプーの胸に手を添えた。

 寸勁? いや、そんな高等技術を使うには功夫が足りない。

 超能力を発動させ、シャンプーの身体を軽々持ち上げると、遠くに投げ飛ばした。

「なにするかと思えば、とんだ苦し紛れね!」

 身体を翻し、足から着地しようとするシャンプーに、

「はああああああああ!」

 アテナの長い髪が逆立つ。

 目を閉じ、残された力を全部ここで出し切る。

 投げ飛ばされたシャンプーの足元には、先程の攻防で飛び散った水晶玉が転がっている。

 それが、アテナの超能力で牙を向いた。

「しまっ―――」

 念動力で操られた無数の水晶玉が、シャンプーの頬に、背中に、腹部へと突き刺さる。

 まさに起死回生。

 シャンプーの身体が跳ね飛ばされ、頭から地面へと落ちていく。

「やっ――」

 やった。

 アテナが手応えを感じた瞬間、

「甘いねっ」

 シャンプーは地面に手をついて軽業師のように逆立ちし、ひょいと飛んで足から着地した。

「今のが奥の手か。残念だたね」

「そ、そん……な――」

 浅かった。

 アテナの最後の策さえもシャンプーを倒すには至らなかった。

「くっ、まだ――!」

 水晶玉に掛けた最後の念動力はまだ消えてはいない。

 今一度、水晶玉を操作し、全方位からシャンプーを強襲する。

 が、シャンプーは双錘を手放すや否や、

 バババババババ――――ッ!

 目にも留まらぬ手さばきでその全てを掴まえ、自身の髪の毛を一本抜いて首飾りを元通りに修復してしまった。

 その間わずか5、6秒―――!

「あ……ああ……」

 あまりの早業にアテナは呆気にとられてしまう。

「手品はもうしまいか?」

 ふふん、と首飾りを指先に引っ掛け、得意げにくるくる回して弄ぶシャンプー。

 念動力の効力は完全に消えてしまっていた。

 水晶玉から動こうとする気配がしないことに気付くと、シャンプーは首飾りをアテナに投げて返した。

「礼はいらないね」

 首飾りを受け取り、じっと見つめるアテナ。

 もはや万策尽きた。

 勝機はない。いや、初めから勝てる見込みなどなかったのかもしれない。

 しかし、アテナの胸には不思議と悔しさはなかった。

 この気持ちを言葉にするなら、なんと言うのだろう。

 圧巻。その一言に尽きる。

 こんなにもすごい人がいるのだと、ただただ感動に打ち震えていた。

 だからこそ。――そう、だからこそ、だ。

 最後の一瞬まで全力でぶつかりたい。

 受け取った首飾りを首に下げ、アテナの目に闘志が宿る。

「行きます!」

「ひねり潰してやるね」

 アテナは振り絞った力で空高く跳躍。見上げるシャンプーは双錘を持ち直し、万全の態勢で迎撃用意を整える。

 その瞬間、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

 ピカッ、ゴロゴロゴロ……!

 再び稲妻が天を裂き、雷鳴が轟く。

 雨に濡れたアテナの姿が稲光に照らされ、一瞬その輪郭を失い――、次の瞬間、彼女の姿は大きな火の鳥と化していた。

「え゛っ!?」

 シャンプーが驚きのあまり目を見開く。

 突然の変身に我を忘れるシャンプー目掛けて、火の鳥は光の矢となって急降下。

 

 ちゅど~ん!

 

「あいやー!」

 大爆発。

 親指と小指と人差し指を立てて、シャンプーはふっ飛ばされた。

「なっ、なんと!? これは一体……」

 思いがけない展開に仰天するコロン。

 一体何が起こったのか。顔を一層シワだらけにしながら頭を悩ませるコロンは、視界の隅にギャラリーに紛れる人民服の男性を見つけてハッとなった。

「あの男、確か……。まさか……!?」

 アテナと拳崇をこの村まで案内してきたガイドの男は、あの伝説の修行場の案内人ではなかったか。

 まさに、そう。コロンの推察は的中していた。

 

 

 

 

 

 それは今から遡ること一週間前。

 アテナと拳崇は青海省バヤンカラ山脈の拳精山にあるという伝説の修行場、呪泉郷を訪れていた。

 ガイドの説明を聞き終える前に、拳崇が我先にと修行場へと乗り込んだのが悲劇の始まりだった。

 100を超える泉に立てられた長い竹の棒を足場にして組手に励む二人。

 空中戦は身軽なアテナに分があり、バランスを崩した拳崇は泉に落ちてしまった。

 舞い上がる水飛沫。水面に広がる波紋。しかし、一向に浮かび上がってこない拳崇を、アテナは竹の上から心配げに覗き込んでいた。

 程なくして、泉から飛び出してきたのは巨大な龍だった。

「えっ!?」

 ガイドがなにか叫んでいるが、それを聞いている余裕はなかった。

 空へと舞い上がる昇り龍に驚き、足を踏み外したアテナもまた別の泉へと真っ逆さま。

 そして、彼女は拳崇の身に何が起こったのかを、身をもって知るのだった。

 呪泉郷のガイド、曰く、

「アイヤー! 鳳凰溺泉(フンフォアン・ニーチュアン)に落ちてしまた! 鳳凰溺泉は3000年前鳳凰が溺れたという悲劇的伝説があるのだよ! 以来そこで溺れた者、みな鳳凰になてしまう呪い的泉! ほら見ろ、鳳凰になてしまた!」

 

 それからというもの、アテナは水をかぶると鳳凰になる変身体質となってしまったのだ。

 とはいえ、これも貴重な体験。日本へ帰国する前にもう一度、呪泉郷に立ち寄って娘溺泉(ニャン・ニーチュアン)で元に戻れば済む話である。しばらくはこの体質をエンジョイすることとしたのだが、まさかこんなことになろうとは……。

 

 

 

 

 

 地面に倒れて動かなくなったシャンプーを、地に降り立った巨大な火の鳥が見下ろしている。

 その身に燃え盛る炎の熱気が降りしきる雨粒を熱湯へと変え、火の鳥を元の少女の姿へと戻す頃には、すでに雨は上がっていた。

 ギャラリーは一様に傘を差しながら、理解が追いつかない状況にどよめくばかりだ。

「シャンプー姉御……! そんな……!?」

「絶対的悪夢! 姉御が負けるはずない!」

 双子が目に涙を浮かべて訴えている。

 そんな双子の悲痛な声を耳に、アテナも胸を痛めていた。

 彼女達の言う通りだ。アテナは断じて勝ったなどとは思っていない。

 呪泉郷の呪いが勝負に水を差したのだ。

 不運にも雨さえ降らなければ、こんなことにはならなかったろうに。

 やりきれない歯痒さを噛み締めるアテナ。

「……」

 シャンプーがむくりと起き上がる。

「シャンプーさん……」

 なんと声を掛けていいのか。アテナは言葉が見つからず、ただただ立ち尽くすしかなかった。

 そんなアテナへとシャンプーは俯きながら、一歩また一歩と重い足取りで近づいてくる。

「こ、これは、死の接吻……!?」

 ギャラリーがざわめき出した。

 死の接吻。相手を地獄の果てまで追いかけてでも必ず殺すという誓い的儀式。

 動くことのできないアテナへとシャンプーがゆっくりと顔を近づけて、そして―――、

 べしっ!

 アテナの額を指で弾いた。

 デコピンである。

「え……? え……?」

 突然のことにアテナは尻餅をついて、じんじん痛む額を両手で抑えていた。

「あれっ!? えっ!? なん、えぇっ……?」

 アテナが困惑するのも無理はない。身体がまるで言うことを聞かないのだから。

 それもそのはず。ダメージの蓄積が限界を超え、立ち上がることすらままならない有様なのだ。

「これでおあいこね」

 にっこりと笑うシャンプー。

 勝負ありだ。精根尽き果てて動けないアテナに対し、シャンプーはまだ余力を残している。

 どちらが勝ったかなど論ずるまでもない。

「姉御ー!」

 大はしゃぎで駆け付けてくる双子。

「さすがシャンプー姉御ね!」

「劇的大勝利! やっぱり姉御は強いね! わたし達、どこまでもついていくね!」

 双子の妹分達は目を輝かせてシャンプーの勝利を祝福する。

「当然ねっ」

 双子の太鼓持ちに気を良くしたシャンプーは、腕組みしながら鼻を高くする。

 戦っている時とはまるで別人のよう。年相応の愛嬌を見せるシャンプーに、アテナはきょとんと目を丸くするばかりだった。

「とはいえ、お前も、なかなかだたある。私の妹分にしてやてもよいな」

 呆然とするアテナに手を差し伸べるシャンプー。

 アテナはその手を握り返すと、少しだけ体の疲れが和らいだような気がした。

 シャンプーに引っ張られて立ち上がるアテナを、両脇から双子が取り囲んだ。

「姉御の新しい妹分なら、わたし達の妹分でもあるね!」

「それいいね! 画期的発想! わたし達を姉御と呼んで敬うよろし!」

 火の鳥への変身が解けて一糸まとわぬ姿のアテナに大きめの布を掛けてやると、双子はその腕に抱きついてきた。

 和気あいあいとじゃれ合う娘達。その様子を遠巻きにして眺めるコロンは、人知れず胸を撫で下ろしていた。

「どうやら丸く収まったようじゃな。一時はどうなることかと思ったわい」

 これにて一件落着。誰もが安心しきっていた時、それは起こった。

 談笑するアテナの背後に忍び寄る大きな黒い影。

 それは昨日の腕試しでアテナに不覚を取るところだった、あの怪力娘だった。

 恥をかかされた仕返しであろう。長い棍棒を頭上に掲げ、疲弊しきったアテナへと振り下ろす。

 激闘を終えて緊張の糸が切れた今、誰もが動くこともできず唖然としていた。

 まさに絶体絶命。だがしかし、怪力娘の棍棒がアテナの頭上に到達することはなかった。

「させへんで!」

 咄嗟にアテナの下に駆け付けた拳崇が、必殺の龍顎砕で棍棒を弾き、怪力娘を返り討ちにしたのだ。

 山のような身体が豪快にひっくり返る。

「アテナ! 大丈夫やったか!?」

「うん、ありがと――、拳崇! 後ろ!」

 間一髪で窮地を救われたアテナは、しかし、拳崇の背後でよろめきながらも起き上がる怪力娘を見て叫んだ。

「なんてタフな奴や! けどな。アテナに手出しはさせへんで!」

 き、決まった。

 好意を寄せる相手にかっこいい姿を見せられたことで、じぃ~んと感動に浸っている拳崇。

 一見隙だらけの拳崇に対し、しかし怪力娘は再び襲い掛かろうとはしなかった。

 それどころか、

「我愛你(ウォーアイニー)」

 ポッと頬を赤らめて拳崇に抱きついてきたのだった。

「な、なんやこれ!? どないなっとんねん!?」

 突然のことに混乱する拳崇に、シャンプーは人差し指を立てて神妙に答えるのだった。

「女傑族の掟。よそ者に負けた時、相手が男だったら、夫とすべし」

「拳崇……。お幸せにね」

 アテナも拳崇の肩をポンと叩いて、彼の新しい門出を祝福した。

「なっ、なんでやね~ん!」

 拳崇の悲しい叫びが天高く響き渡る。

 いつの間にか暗雲は通り過ぎ、空は抜けるように晴れ渡っていた。

 悲劇的幕引きに嘆く拳崇をよそに、アテナはシャンプーと笑い合い、大輪の花を咲かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 劇終

 

 

 

 

 




 あとがき

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 シャンプーを描く上で女傑族の掟は欠かせない重要なファクターであるため、死の接吻が話のカギになるような落としどころを目指しました。
 原作でシャンプーに負けてた娘を話に絡めたり、リンリンランランも出してわちゃわちゃさせるのが楽しかったです。

 クロスオーバー要素として呪泉郷の変身体質をアテナ(と拳崇)に付与しつつ、サイコソルジャーでの変身を踏襲する形に収めたのは我ながらいい塩梅だったのではなかろうかと自負しております(自画自賛)

 感想など貰えたらやる気に繋がります。ではまた。
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