転生者たちの終末事件簿~クトゥルフ・ファイル~ 作:どくいも
今回は掲示板パート無いよ
ごめんね!
――小さく、そして、とても儚い。
初めに抱いたのはそんな感想であった。
今回の召還は十全でなく、この体もそれに対応する物―すなわち、とても矮小―なもののはずである。
しかし、それでもなお、それでも彼らは小さすぎだ。
実際に、目が覚めた時、すでに私の腹の中に太陽は収まり、体内をすり抜ける小さな星―すなわち、土星と木星―の存在に気が付くのに、わずかな時間を有したほどだ。
私が呼び出されたことに気が付くのに、わずかな時間がかかった。
遠くから呼ばれた、懐かしい声。
声というよりは光の震えだったかもしれない。
ああそうだ、あの同胞たちが、自分を呼んだのだと。
私はまだ、人の心を持っているつもりだ。
かつての人だったころの名残が、思い出が、わずかに私の理性を繋ぎとめていた。
そして、その心と記憶が、私をここに来るのを是としたのだ。
彼らを助けるために。
争いと崩壊、何か……騒乱の中にいる彼らを救うために。
だから、私は彼らの場所を探すことにした。
初めは首を動かそうとした。
しかし、ガス状の私の首が土星の表面をなでた時、その星の質量幾分かと特徴的な環が消え、冥王星もその軌道を止めてしまった。
今度はわずかに腕を動かそうとしたが、火星がつぶれてしまった。
気が付かなかった。
――どうやら、ここは思った以上に脆いようだ。
そう判断した私は、何物も壊さぬ、静かな目を飛ばすことにした。
同胞たちのわずかな気配と、同類たちの匂いを頼りに。
瞬き一つせず、せめて、今度こそなにも壊さない様に……。
――そんなものは無意味なのに……
―――――――――――
【かつてサラリーマンだった男の言葉】
朝だった。
けれど、少しだけ空が暗かった。
曇っているわけではない。雨の気配もない。
光はあるのに、色が抜けたみたいに世界がうすぼんやりとしていた。
駅前には、いつもと同じ光景があった。
行き交う人々、スマホの画面を覗く若者、朝の情報番組を映すビジョン。
けれど、何人かが足を止めて、上を見上げていた。
空に──目が浮かんでいた。
黒くて、丸くて、瞬きもしない。
ちょうど太陽の位置に重なるようにして、それはそこに在った。
誰かが言った。
「……目、だよな、あれ」
確かに見える。
でも、スマホのカメラには映らない。
画面越しに見ようとすると、ただの曇り空だ。
それでも、“それ”は確かに存在していた。
目だった。
こちらを見ているようでいて、通り過ぎる風景を眺めるだけのような無関心。
だが、視線の届く範囲すべてが、微かに“滲んで”いた。
あたりの音が、わずかに遠くなっていく。
電車の走行音が、耳の奥で響くようになり。
アナウンスが雑音に変わり。
テレビのキャスターが、口を開いたまま止まっていた。
視界の隅で、何かが変だと思った。
歩道にいたカップルが、いつの間にか片方だけになっていた。
傘を差していたはずの女性が、傘だけを残して消えている。
……ただ、誰も気づいていない。
いや、気づいていても、それを声に出せない。
まるで“今ここで起きていること”を言葉にすることが、何か、取り返しのつかないことに触れてしまうような……そんな恐ろしさがあった。
消えていくものに、悲鳴はなかった。
振り返ったとき、すでに跡形もない。
風も吹かない。時間も流れない。
ただ、輪郭だけが少しずつ、音もなく削れていく。
誰も走らない。叫ばない。
それが異常だと、どこかでわかっているのに、世界そのものが“沈黙”を強制してくるようだった。
そして──空には、まだ、目があった。
ただ見ている。
その黒い虹彩の奥に、わたしたちの存在は映っていないのかもしれない。
……なぜか、涙が出た。
理由はわからなかった。
けれど、そのとき、ふと理解した気がした。
「そうか、俺は……見るに値しなかったんだな」
そう思った瞬間、今まで見ていた街が私ごとすうっと薄れて──朝霧と共に消えた。
―――――――――――
――見つけた。
幾何かの間の後で、ようやく私は目的の
いくらかの同類、名も知らぬ信者、さらにはごまかせぬ天敵の匂いがそこにはあった。
幸い同胞たちは、すでに回収した後のようでほっと胸をなでおろした。
吐息で水星が溶けた、気を付けなければ。
――小さな声が、届いた気がした。
音ではない。
色でもなく、形でもない。
ただ、何かがこちらを見上げている気配。
高い建物の影の下、まだ名前も成していないような、小さな存在がそこにいた。
私には、もう彼らの輪郭がよく見えない。
けれど、この声だけは少しだけ強かった。
「おめめだ」
言葉の意味はあいまいなのに、なぜか、それだけははっきりと聞こえた。
――そうか。もう、私の目が見えているのか。
私は何も返せない。
この世界に声を出す方法も忘れてしまったが、その意味は理解しているからだ。
だから、私は少しだけ、視線をとどめた。
それがせめてもの、返事のようなものだったから……。
――――――――――
【・とある才ある子どものことば】
あしたは、えんそくだった。
だから、今日はてるてるぼうずを作ってた。
おかあさんは、おべんとうのおはなしをしてて、
ぼくは、かべにクレヨンで「おひさまマーク」をかいた。
せんせいには、あとでおこられるかもしれないけど、だいじょうぶ。
でも──
おそとを見たら、おひさまじゃなくて「おめめ」になってた。
まんまるで、くろくて、すごくおおきくて、
でも、こわくはなかった。
こわくないけど、うごかない。ぱちぱちもしない。
ずっと、こっちを見てる。
「おめめのひとがいる」って言ったけど、せんせいはこたえなかった。
おかあさんに言おうとしたけど、いつのまにか、そこにいなかった。
さがしても、どこにもいない。
でも、へんなきもちにはならなかった。
さびしいけど、いたくはない。
さがすのをやめたら、すこしだけ、なみだが出た。
ともだちが、ぼくの手をにぎってくれた。
「こわくないよ」って言った。
でも、ぼくはなにも言ってないのに、その子は、ぼくのきもちがわかったみたいだった。
その子の手が、ぬるくなって、すーって、いなくなった。
ふしぎなことは、たくさんあったけど、
どれも、うまく言えなかった。
うまく言えないまま、みんなの声が、すこしずついなくなっちゃった。
空のおめめは、ずっと、そこにいた。
なにもしない。
うごかない。
でも、ちゃんと、こっちを見てた。
おもちゃも、ぼうしも、木も、犬も。
すこしずつ、もとからなかったみたいになっていった。
でも、こわくはなかった。
なんとなく、そうなるって、わかってた。
だから、さいごに言った。
「おやすみなさい。おめめのひと」
そしたら、おめめのひとが、頭を撫ででくれた気がした。
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