「蒲柳」
「うわっ萃香!?」
「…お前、母親が一人増えたって聞いたんだが」
「ぇあっ」
息を詰めて、走り出す。経験から言おう。萃香のこう言うところはかなり面倒臭い。どうしてかって?俺の覚える限りでは、萃香の嫉妬は本当に面倒で。過去に二度嫉妬されたが、その度に二年ほどの拘束を食らった。文字通りの拘束で、デカい萃香に抱きしめられたままの生活だ。適度な運動はできるが、逆にいえばそれ以外は何もできない。飯も口移しだった。きつかったよぉ…
「足で私より早く動けるわけないだろ」
「ぅげっ!?」
「何、昔みたいに甘やかそうってわけじゃないんだ。な?」
「お前そう言って何年甘やかしてきやがったよ!」
「…別に、その母親にやったことを私にもやれってだけだよ」
なんでお前が俺に甘えるんだよ。頭おかしいんか?まあ良いが…抱きついたり、それこそ腹やら胸に頭を埋めたり。ただ…テンションが上がってる時以外でやりたくねえんだよ。恥ずかしいから。そんでもってやりたくない理由としてもう一つ。多分だがその理由は今弓を携えている頃だ。まあ、永琳のことだし多分事情は汲み取ってくれるだろうが…頼みたいこととして、牽制のような感じで俺の見える範囲に矢を降らさないでほしい。
「ぐぎゃっ」
「なんだいお前、随分と甘えてんだねぇ!!」
「いだだだ!?っの、ぁ!?」
「次は胸に頭を埋めるんだったか?いやらしくなったよなお前!」
「ぅぐっ…ぅ…!」
「あーとあと…膝枕って、なんだ?」
「んなお前…」
膝枕をさせながら屠自古さんとの思い出を語る。と言ってもそんなにあるわけではない。育ててもらったことと、俺が棺に死体を入れたくらいしかないのだ。その後?棺の前で死んだわ。衰弱死な?衰弱死でも三百年戻ることに驚いたよ。死ぬ間際に感じた五感は腐敗臭だったよ。棺から漏れ出てた腐敗臭な。母親代わりの死体の臭いはキツかった。精神的に。
「…立派なマザコンじゃないか…」
「萃香!?」
「そうね。そんなこと私もされてないのよ」
「嫁さんは別だよな」
「んだんだ」
「え、なんで方言?」
永琳が弓を構えるのをやめて会話に参加してきた。つまりは俺の知る限り最大の危機。もしも永琳が母とか言い出したのなら、もはや何もできないぞ。かなり無理がある。嫁と母は違うんだよなほんとに。萃香も母かと聞かれたら…少なくとも即答はできない。俺に世話を焼こうとした妖怪は基本世話焼きで終わったり拗れたりしているんだ。前者は寅丸、後者は萃香。
「そういや萃香、ここどこだ?」
「んぁー?…あれ、どこ?」
「永琳!?」
「さぁ…私と蒲柳とで量子で線引いて、それたどってきてるから」
「ごめんお前今なんつった?」
「え?あ、理屈?まずは空間を完全に理解した後の話になるんだけど」
違えよ。なんで第三章とかの区切りを口で言うんだお前は。今なんつった?何の定理つった?あー言うな。言わなくて良い。もし萃香が実践できるようになって面倒なのが増えたらどうするんだ。そんで持ってお前のそのやり方を応用して鈴仙あたりの場所に連れて行ってくれ。頼む。できるだろ?出来ない!?マジ!?…なあ永琳、萃香消えたんだけど。てかお前、さっき矢飛ばしてたよな?どうやって飛ばしてた?
「さっき言ったでしょ。量子で結んで」
「そう言う話が聞きたいんじゃないんだ。なあ、マジで。帰り方は?」
「それこそ鈴仙がどこにいるかわかってようやく移動できるのよ?今どこにいるか…」
「多分今あいつ甘味処にいるぞ。ほれ、寺子屋のとこの道曲がってすぐある人気のないところ。行ったことあったろ?」
「…なんでわかるの?」
「俺あいつのこと結界で位置把握してるから」
もちろん毎朝つけないといけないのだが、これまたたまに忘れる。その位置情報曰くだが…甘味処だな。寺子屋すぐ近くの。うん、何度確認してもそうだ。鈴仙が結界に気付いてない限り。な?わかったろ?じゃあ行けるよな。つーかお前萃香をどっかに飛ばしたよな?お前以外にいないだろ、あいつをどうこうできる奴なんて今この場に…二人もいるわ!あれ、俺も容疑者じゃないか!
「ぅへぇ…」
「全く…ほら、くっついて。その状態で計算するから少しくっつきっぱなしなのは勘弁して」
「こうか?」
「そ…いや、もっと密着…」
「それならお前の背中にくっついた方が良くない?」
「私が計算しにくいのよ」
こいつ、理由をつけてくっつきたいだけじゃないだろうな…違うか…流石に永琳でも…いや待てよ。そもそも萃香を飛ばせたんなら計算する必要あるのか?俺だけ飛ばして、その後に永琳が俺に飛ぶんじゃダメなのか?ダメらしい。萃香はなんで消えたんだろ…わかんね…さてそのまま永琳がカウントダウンを始める。どうなっても良いように永琳を強く抱きしめる。
「到着、ね」
「これ誤解を生むな?」
「ええ、そうでしょうね」
「そうでしょうね??」
「…あの、流石にこれは怒りますよ」
「ごめん鈴仙」
「あら、貴女が怒ったところで何もならないわよ。」
「後私の甘味はどうしてくれるんですか?」
「…ごめん…」
本当にごめん。土下座する。永琳は…あいつ帰りやがった。何やってんのあいつ…でもまあ良いか。鈴仙に甘味を2個奢る。ちなみに俺の持っていた寅丸からもらった金の余りは尽きた。またどっかで慰謝料って…いや流石にダメだな。そろそろ本気でダメだ。このままだとここら辺の甘味処に『取っ替え引っ替えしてる女に奢られて甘味を食べてる男』として見られかねん。なんなら今のでもうそうなっただろ。最悪だ。
「…やっぱり美味いなぁ」
「そうですよねぇ」
「…いややっぱり、味は多彩な方がいいわ。」
屠自古「蒲柳が死に行くまで、ずっと見てたぜ!」