最も大切なものを賭けた、禁断の魔法儀式の行方——。

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 遥か昔、「エクリプス学院」と呼ばれる学校があった。その学院では、魔法を使うための知識や技術だけでなく、魔法の「心」を学ぶ場所でもあった。

 エクリプス学院の学生たちは、魔法がどのように世界と繋がっているかを理解するために、選ばれた者だけが「エクリプス」と呼ばれる特別な儀式を行っていた。

 エクリプスの日、それは太陽と月が完全に重なり、世界が一瞬だけ暗くなる特別な日。学院の生徒たちは、その日に魔法の中でも「最も強力な呪文」を唱えると伝えられていた。しかし、呪文を唱えるためには一つの条件があった──その呪文を唱える者は、最も大切なものを失う覚悟を持たなければならない。

 

 

 リリーは、魔法において才能に恵まれた子で、ずっとエクリプスで呪文を唱えることを心待ちにしていた。だからこそ、選ばれた時は最高の気分だったが、そんなリリーであっても、「最も大切なもの」を失うことは恐れていた。

 

 そして、ついに儀式の日がやって来た。リリーは、学院にある塔の頂上で呪文を唱えようと決心した。呪文を唱える瞬間、不意に心の中で大切なものが思い浮かんだ。それは、親友であるエリオットの姿。エリオットは、リリーが学院に入学して以来ずっと一緒に学び、共に成長してきた仲間だった。

 

「もし呪文を唱えてエリオットを失ったら、私はどうなってしまうんだろう?」

 

 リリーは呪文を口にする直前、ふとその問いが頭をよぎった。すると、突然、エリオットがリリーの背後に現れた。

 

「リリー、心配しなくていい。エクリプスの呪文は、失うことがすべてではないんだ」とエリオットが言った。「呪文は、君が一番大切にしているものを試すんだ。でも、試すことで得るものもある。」

 

 リリーは驚いた。エリオットが呪文の秘密を知っていたなんて、全く思ってもみなかった。エリオットは続けた。

 

「リリー、君の最も大切なものは、僕たちの絆だよ。僕らの友情は、魔法よりも強いんだって証明してやろう。」

 

 リリーはその言葉を胸に刻み、呪文を唱えた。その瞬間、世界は一瞬暗くなり、彼女の周りに光が差し込んだ。そして、呪文が完成すると、リリーの心の中で何かが解き放たれた。

 

 呪文の力は、リリーに新たな魔法の力を授け、後に最も偉大な魔法使いの一人に選ばれた。彼女が得たものは、魔法だけではなかった。リリーとエリオットの絆はさらに深まり、二人は共に世界を旅し、数々の冒険を繰り広げることになった。......そうなることを夢見てた。

 

 

 リリーとエリオットが呪文を唱えたあの日から、学院の空気は変わり始めた。何も知らずに呪文を唱えたとき、リリーはその力を感じたはずだった。しかし、数ヶ月後、リリーは異常に気づく。何かがずっと足りない気がしていた。エリオットはリリーに気づいてほしくなかったのかもしれないが、彼の目にも何か冷たい光が宿り始めていた。

 

「リリー、少し休んだほうがいい。君の力が強くなりすぎてる。」

 

 でも、リリーはそれを信じたくなかった。彼女の力は、呪文を唱えることによって増大し、魔法の世界でも次第に名を馳せるほど強力になっていた。だが、その力が与えたものは、強さだけではなかった。

 

 ある晩、学院の地下室で奇妙な声を聞いた。リリーは無意識にその声に引き寄せられ、地下へと足を踏み入れる。そこには、過去に「エクリプス」に選ばれた者たちの記録が眠っていた。記録には、奇怪な符号と破滅的な結果が書かれていた。

 

「呪文を唱えし者、力を得る代償として、魂を失う」

 

 その言葉が、リリーの心に重くのしかかった。呪文の真の力、そしてそれがもたらす代償は、彼女が考えていた以上に恐ろしいものだった。学院で得た名声や力も、最終的にはその代償として、魂を差し出さなければならないということを意味していたのだ。

 

 リリーはエリオットを探し、彼に問いただした。

 

「エリオット、これが本当なのか?私の力、私の魂…それを犠牲にすることで手に入れたのは、こんなにも恐ろしいものだったの?」

 

 エリオットは黙っていた。そしてようやく、重い口を開いた。

 

「リリー、君だって薄々わかっていたはずだろう?エクリプスの呪文は、ただの呪文じゃない。これを唱える者は、魔法の世界の根本を変える力を持つ。それは、別の世界から力を引き寄せるものだ。」

 

「エリオット、あなたは最初から本当のことを知っていたのね。」リリーの声には、怒りと恐怖が混じっていた。「あなたが隠していたこと、全部知ってしまったわ。」

 

 エリオットは目を伏せ、しばらく黙った後、呟いた。

 

「リリー、実は僕も完全には知らなかったんだ。でも、エクリプスの日に唱えた者たちはみんな、何かを引き寄せる。それがどんな形であれ、必ずその力に対する『代償』を払うことになる。」

 

 

 そのとき、学院の空が急に暗くなり、風が強く吹き荒れた。リリーの目の前で、闇のような物体が浮かび上がる。それは、呪文の力が呼び寄せたもの、異世界の魔物のようだった。

 

「これは…?」

 

「リリー、気をつけろ!」

 

 エリオットがリリーを庇った瞬間、彼の身体は異世界の力に引き寄せられ、消えてしまった。リリーの目の前で、彼の姿は薄れ、無音の世界が広がった。

 

 リリーは声が枯れるほど何度もエリオットを呼んだが、答えはなかった。彼はリリーの代わりに消え、リリーだけがその場に残された。

 

「エリオット…どうして…」

 

 リリーは深い絶望に襲われた。その力を手に入れたことが、最も大切なものを失う運命だったと気づいたとき、彼女の心は完全に闇に囚われてしまった。

 

 

 エリオットが消えてから、リリーは何も感じなくなった。学院の誰も彼のことを覚えていなかった。彼の机も、持ち物も、記録さえも、すべてが最初から存在しなかったかのように消え去っていた。

 

「こんなの…嘘よ。」

 

 呟いた声は誰にも届かない。学院の生徒たちは、以前と変わらぬ日常を送っているようだった。しかし、リリーの中では何かが狂い始めていた。

 

 彼女の魔法は日に日に強くなった。以前は何時間もかかっていた呪文が、一瞬で発動するようになった。周囲は彼女を「学院史上最も優れた魔法使い」と称賛したが、リリーの心の空白は埋まらなかった。

 

──エリオットを取り戻さなきゃ。

 

 リリーは学院の禁忌の書庫へ向かった。そこには、古い時代の魔法書が眠っているはずだった。

 

 やがて彼女は、一冊の埃をかぶった書物を見つけた。タイトルは消えていたが、表紙にかすかにこう記されていた。

 

「失われし魂を取り戻す術」

 

 リリーの心臓が高鳴った。震える指でページをめくる。

 

──「異界の門を開け。代償は、術者の半身なり。」

 

「半身…?」

 

 リリーは一瞬ためらったが、すぐに考えを振り払った。エリオットがいない世界で生きるくらいなら、何を失ってもいい。

 

 次のエクリプスの日、リリーは学院の最も高い塔に立った。月が太陽を覆い、世界が闇に沈む。彼女は呪文を唱え始めた。

 

「──開け、異界の門よ。我が代償を捧げる。」

 

 その瞬間、空間がねじれ、黒い裂け目が現れた。そこから冷たい風が吹きつけ、リリーの肌を刺した。

 

 裂け目の向こうに、人影が揺らめいていた。

 

「エリオット…?」

 

 彼の顔が見えた。その瞳には、かつての温もりはなく、虚ろな光だけが揺らめいていた。

 

「リリー…?」

 

 エリオットの声は遠く、どこか異質だった。

 

 彼を取り戻せる…そう思った瞬間、リリーの体が鋭い痛みに襲われた。

 

「ぐっ…!」

 

 全身が引き裂かれるような感覚。力が流れ出し、自分の何かが欠けていくのを感じた。

 

 代償。それは、彼女の「記憶」だった。

 

──リリーは、エリオットを取り戻す代わりに、彼と過ごしたすべての記憶を失った。

 

 裂け目が閉じる。彼女の目の前に、エリオットが立っていた。

 

「……あなたは?」

 

 リリーは、エリオットを見上げた。名前も、顔も、何もかもがわからなかった。

 

「僕は…エリオットだよ。」

 

「エリオット…?」

 

 響きだけが、どこか懐かしい気がした。でも、それ以上のことは何も思い出せない。

 

 エリオットの目に、一瞬だけ悲しみが宿った。しかし、彼は微笑んで言った。

 

「……はじめまして、リリー。」

 

 リリーも、微笑んだ。

 

「……はじめまして。」

 

 彼女は、大切な人を取り戻した。けれど、その人を愛した記憶はもうどこにもなかった。

 

 それでも、世界は静かに続いていく。


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