Vampire lord   作:野衾

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――夜落ちる。赤き月が沈む時、滅びの鐘は鳴る。

人間至上の王が吠え、異端は焼かれ、血は地に還る。
かつての王都は灰燼と化し、運命はただ一つの道を示す。

これは、一人の亡国の王子の物語。
血と復讐に彩られた、吸血鬼の王の旅路である。

――「Vanpaia lord」、始まる。



第1話 ――最後の吸血鬼――

「境界」──世界のどこかにあると語られる、神々に見放された大陸。

 

 

 

 そこには、人間、亜人、獣人、吸血鬼という四つの種族が交わり、生きてきた。

 

 果てなき荒野と深き森、氷に閉ざされた北方と、熱砂に揺らぐ南部──

 

 異なる大地の上で、それぞれの種は、それぞれの理を持ち、血を継ぎ、歴史を紡いできた。

 

 

 

 境界の地では、血こそが神聖なるもの。

 

 血は命の証であり、魂の器であり、時に契約の象徴ともなる。

 

 

 

 人間にとって、血とは神の祝福に等しい存在。

 

 神々が地に降ろした恩寵の証として、血を掲げ、その流れの中に理を見出す。

 

 彼らの宗教では、血を捧げることで神へと近づくことができるとされる。

 

 

 

 一方で、亜人や獣人にとって、血は自然の循環の一部に過ぎない。

 

 狩るものと狩られるもの、命の移ろいの中にある単なる流動。

 

 彼らは血を畏れず、それをただ生命の理として受け入れていた。

 

 

 

 だが、吸血鬼にとって、血は「関係の証」だった。

 

 血を分け与えることは、ただの施しではない。

 

 それは深い信頼の証であり、時に交わりに等しい神聖なる契約だった。

 

 彼らは血を通じて絆を結び、血によって支え合い、血の中に生きてきた。

 

 

 

 ──それこそが、彼らが異端とされた理由。

 

 

 

 血を神とする人間たちにとって、血と共に生きる吸血鬼は、穢れし存在だった。

 

 神聖なるものを飲み、分け与え、契りを交わす。

 

 それは敬虔なる信徒にとって、最大の冒涜であり、最も忌むべき罪であった。

 

 

 

 こうして吸血鬼たちは、不敬なる者として追われ、狩られ、葬られていった。

 

 

 

 そして、この世界の覇者は、ただ一つ──人間である。

 

 

 

 彼らは火を操り、鉄を鍛え、理を紡ぎ、幾千の歴史を築いた。

 

 そして、支配を正義とし、異端を闇へと葬る。

 

 

 

 人間至上の王、ルキウス・アークレイド。

 

 彼は宣言した。

 

 

 

「吸血鬼こそ穢れた血の徒。悪魔の手先たる禍根」と。

 

 

 

 銀の剣を携えし聖騎士たちは、その言葉を神託だと信じ、闇に潜む影を次々と狩り尽くしていった。

 

 

 

 ──東の王都、ブラッドハイム。

 

 

 

 燃える王都の空は、血の色に染まっていた。

 

 火の粉が降り注ぎ、崩れ落ちた尖塔の影が、ひしゃげた柱の間に長く伸びる。

 

 風が吹くたびに、炎の唸りと瓦礫の軋む音が響き、それに混じって、人々の叫びが絶え間なく響いていた。

 

 

 

 この地を統べていた者たちの末路は、すでに決していた。

 

 人間の王は命じ、銀の刃を持つ者たちは従った。そして、異端は灰となり、血は大地に吸われた。

 

 

 

 この世の理は残酷にして単純。

 

 人間は生き、異端は滅ぶ。

 

 

 

 誰もが、それを疑わなかった。

 

 まるで、それがこの世界の自然法則であるかのように。

 

 

 

 オズワルドは、ただ立ち尽くしていた。

 

 瞳に映る光景は、悪夢のようにゆっくりと進んでいた。

 

 焼け焦げた城壁、砕かれた石畳、炎に包まれた屋敷。かつてここが、彼の家だったなどとは、もはや思えないほどに。

 

 

 

 この場所は、城の"大広間"だった。

 

 王座の間へと続く空間は今やすでに炎に包まれ、天井を支える柱もまた、崩壊の兆しを見せている。

 

 

 

 野火のごとく燃える大広間の中心、一際目立つ大きな影が聳《そび》え立っている。

 

 

 

 黒き甲冑に包まれた巨躯。

 

 その影は、炎の輝きをも呑み込むかのように、夜の闇と一つになっていた。

 

 彼の背には、一振りの剣があった。

 

 

 

 異様なまでに長大な剣。

 

 他の騎士たちが振るう剣とは、一線を画すほどに。

 

 銀で鍛えられたその刃は、まるで落ちゆく白銀の月のように、夜空に不吉な弧を描いていた。

 

 

 

 その剣は、ただの武器ではなかった。

 

 それは、「断罪」の象徴だった。

 

 

 

 その刃に触れた吸血鬼は、二度と蘇らない。

 

 傷を癒やすことも、血を吸って力を取り戻すこともできない。

 

 たとえどれほどの王族であろうと、どれほどの力を持っていようと、この剣の前では、すべてが等しく灰燼に帰す。

 

 

 

 そして今、その銀の裁きが向けられていたのは──

 

 

 

 吸血鬼の国。東の王都ブラッドハイム領主、フリードリヒ・ブラッドと、その妻。

 

 

 

 二人の吸血鬼が、膝をついたまま沈黙していた。

 

 かつての領主は背筋を伸ばしながらも、肩で息をするほどに傷つき、流れた血が地を赤く染めていた。

 

 

 

 隣にいる母の手は、小さく、ただ目の前の恐怖に震えていた。その仕草が、何よりも雄弁に、彼らの行く末を物語っていた。

 

 

 

「穢れし血族よ、汝らに裁きを」

 

 

 

 聖騎士は、静かに告げた。まるで神託を告げるかのような、冷たい声音だった。

 

 そこには怒りも憎しみもない。

 

 ただそこにあるのは、執行者としての確信。

 

 迷いもなく、戸惑いもなく。

 

 それは、世界の理を遂行する人形のようだった。

 

 

 

 オズワルドは、息を呑んだ。

 

 その瞬間、何かが崩れる音がした。

 

 

 

「──やめろ!」

 

 

 

 叫んだ。

 

 だが、その声は届かない。

 

 聖騎士の腕が、わずかに動く。

 

 

 

 その瞬間、夜が裂けた。

 

 

 

 長大な銀の剣が、空を裂く。

 

 まるで静寂そのものが斬り伏せられたかのように、世界が凍りつく。

 

 

 

 風が、鳴いた。

 

 

 

 断末魔すら許さぬ一閃が、二人を貫く。刃が父の胸を貫き、母の身体を断ち切った。

 

 

 

 そして──

 

 

 

 灰が舞った。

 

 

 

 風が吹く。

 

 父の姿が、母の影が、すべてが宙に溶ける。

 

 声も、温もりも、最期の言葉すらもなく、

 

 ただひらひらと、赤い月に吸い込まれていく。

 

 

 

 オズワルドの手が、無意識に宙を彷徨う。

 

 何かを掴もうとする。しかし、それは叶わぬ願い。

 

 指の間を、砂のようにすり抜ける冷たい感触だけが、残されたすべて。

 

 

 

「……違う、こんなはずじゃ……」

 

 

 

 膝が震える。

 

 怒りか、悲しみか、それすらも分からぬまま、ただ歯を食いしばる。

 

 そうするしか、心を保つ術がなかった。

 

 

 

 聖騎士が、ゆっくりと剣を持ち上げる。

 

 刃に絡みついた灰が、まるで新たな獲物を求めるかのように蠢く。

 

 

 

「──最後の一匹か」

 

 

 

 オズワルドの視界が、揺れる。

 

 銀の剣を掲げる無数の影が、彼を見下ろしている。

 

 彼らは笑っていた。

 

 異端が滅びることを、祝福するかのように。

 

 

 

「穢れた血族の幼子よ、貴様で最後だ」

 

 

 

 長大な剣が振り上げられる。銀の閃光が、ゆっくりと空を裂く。

 

 そして、振り下ろされ──

 

 

 

 轟音とともに、天井の梁が崩れ落ちた。

 

 

 

 熱風が吹き荒れる。

 

 灰と火の粉が舞い、赤黒い世界が煙に霞む。

 

 

 

「──今だ!」

 

 

 

 迷いはなかった。

 

 オズワルドは、本能のままに身を投じた。

 

 焼け付く喉、裂けた頬、傷ついた四肢──

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 

 

 足が、勝手に動いていた。

 

 崩れ落ちる天井、爆ぜる炎、迫りくる死の足音──

 

 そのすべてが、彼の背を押していた。

 

 逃げなければならない。

 

 ここで立ち止まれば、すべてが終わる。

 

 だが、それは恐怖のためではなかった。

 

 彼の中で、亡き者たちが囁いていたのだ。

 

 

 

「生きろ」

 

 

 

「まだ終わらせるな」

 

 

 

 父の声が、母の願いが、灰となり風とともにそう聞こえた。気がする。

 

 

 

 彼は、運命を振りほどくように駆けた。

 

 熱に焼かれ、灰にまみれ、傷ついた身体を引きずりながらも、ただ前へと。

 

 この夜を生き延びることに、意味がある。

 

 この地獄を抜けることこそが、亡き者たちへの応えとなる。

 

 

 

 ──復讐のために。

 

 ──血の名にかけて。

 

 

 

 こうして、彼は命を拾った。だが ──失われたものは、あまりにも大きすぎた。 

 

 

 

 闇の底で、ひとり震えていた。

 

 冷えた石壁に背を預け、震える手で口を塞ぐ。

 

 嗚咽を漏らせば、それは死の呼び声となるから。

 

 

 

 遠く、炎に焼かれた国から、断末魔が響く。悲鳴、咆哮、絶望の叫び──

 

 それらは次第に途切れ、やがて沈黙が訪れた。

 

 

 

 代わりに残ったのは、人間たちの嘲笑と足音。鋼の鎧がぶつかり合う音、鈍く響く剣の鞘音、勝者の宴を思わせる、乾いた笑い声。

 

 

 

 ──すべてが終わったのだろう。

 

 

 

 静寂が戻るまで、ただ息を殺した。

 

 影に溶け、闇の一部となるように。

 

 

 

 そして、足音が消えたとき、オズワルドは歩き出した。

 

 崩れた城門をくぐり、灰に埋もれた祖国へと足を踏み入れる。

 

 瓦礫の下に埋もれた者たちを掘り起こし、その灰を、できる限り丁重に埋めた。

 

 

 

 墓標のない墓を、ひとつ、またひとつと築く。

 

 風が吹けば、積み上げた灰が揺らぎ、まるで亡き者たちが、別れの言葉を囁いているようだった。

 

 

 

 最後に、家族の眠る場所を作った。

 

 そこに、父のマントと、母のローブをかける。

 

 それは、二度と帰らぬ者たちへの、せめてもの弔い。

 

 

 

 そして、オズワルドは立ち上がる。

 

 燃え残った空の下、死者たちの沈黙が、彼の心を締めつける。

 

 

 

「……父上は言っていた。他の血族も、他の種族も、すでに没落したと。人間どもが生きる限り、この暴虐は終わらない。ならば、僕が王となろう。血の名のもとに統べるために」

 

 

 

 ──最後の吸血鬼は、そう胸に誓う。

 

 

 

 

 

 ──to be continued──




――灰の中で、少年は誓う。

「血の名にかけて、王となる」と。

かつての吸血鬼の国は滅び、王家は潰えた。
だが、それで終わりではない。
血は、消えぬ。炎が尽きようとも、復讐の灯火は消えぬ。

次回――「血と陰謀と目的」。
滅びの先に待つものは、過去か、それとも未来か。

――夜は、まだ終わらない。
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