アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
近くのビルからは爆発音。巨大な蛇型の式神が、多くのNPCに集られて食いつぶされている様子が、窓越しに分かる。
展開された領域を、外殻から砕こうとしているNPCたち。
NPCを殺戮し続けるも、その物量に押される術師。
様々な戦場があり、それらはたった一時間もの間に全て収まった。
当然、圧倒的な物量を誇る
あまりにもあっけなく全てが終わり、コガネが現れる。
「西東南路を除く、第三十回の結界内全
コガネは、キラキラと黄金色に輝く。あっけなく、何が起こったのかも明瞭には判らず、僕は勝者の名誉を手に入れた。
「優勝者には、『任意の日本国民に、この一覧の中から任意の術式を刻む権利』が与えられます」
黄金色のコガネがトロフィーということだろうか。消えろと命じればその黄金色のコガネも、通常のコガネと同様に消えた。
屋内から出て、周囲を見渡す。父さんが呼び出したのであろうNPCは掻き消え、無人の廃墟が並ぶ廃都市が広がっていた。
呪力感知を鋭敏にして――あそこか。南東に向けてバイク、"青弐才"を走らせる。
そこには、父さん――と、妙に見覚えのある、しかし出会った記憶のない一体の呪霊がいた。
「アア、アア、エイジ、エイジ。早ク、ムコウに行クゾ?」
「北美――少し、待ってくれ」
そう言って、父は僕に振り向く。
「南路――お前の奮闘は、ずっと見ていたぞ。まずは、優勝おめでとう。と言っても実感はないか? 死滅回游の本戦の結界は、予戦と違って、参加を経験しているなら出入りは自由――というのは知っているよな?」
マイナーな知識だが、知ってはいた。死滅回游で出会った仲間が、脱出した後本戦に援護に来るという展開も、たしか数年前にあった気がする。
「だからといって、こんな過保護な――」
「過保護にもなるさ。愛すべき息子を、失うところだったんだ。――お前に、伝えなければいけないことがある。私――俺は、西東詠児は、今から死ぬ」
「――え?」
「命を賭けた縛りだよ。お前はカラスに強要したものと同じだ。それによって、俺は彼女の力を借りることが出来た――お前の母、志知北美だ」
「エイジ、エイジ……」
「え、母って……呪霊だよ? 僕、人間だけど」
目の前の、全長三メートルほどの呪霊の姿は悍ましく。三つの瞳がある顔に口はなく、顎の部分に舌が生えている。胴体には乱雑に七本ほど手足が生えているが、左右前後非対称だ。
到底、自分の母とは思えなかった。
「術師が、呪霊に転ずることもある。俺は、死滅回游の優勝権を使って、彼女を蘇生するための術式を選び――失敗した。その結果、お前の母は呪霊となり――それを十八年間、ずっと封じ込めてきた。そして、お前を生かすために戦力として解放した。それが今だったんだ」
「え、それって、それって――なんで。僕のために死ぬみたいじゃないか。僕は父さんのために生きていたかったのに」
「すまない。俺のエゴだ。お前が、お前の術式が、他の
「今から、生き延びられる方法はないの!? 何か、父さんと僕が一緒に暮らせる未来が――」
「それは――北美が、頷いてくれれば」
志知北美、あの悍ましい呪霊が、自分の母の成れの果てだという。アレを、説得しなければならない。
北美に向き合い、柄に手を掛け。
問う。
「母さん――なんて、呼びたくはないけど。お前が僕の母親か」
「アア――、ナンジ、ナンジィ」
「母さん。頼む、父さんと暮らしていたいんだ。父さんに掛けた呪いを、解いてくれ」
「ダメ、ダメ、ダメ。オマエタチフタリ、シアワセ、ユルサナイ。ワタシヒトリ、フコウ、ユルサナイ。――ホントハ、ナンジとワタシ、イッショがタダシイ」
「――なら。僕に勝てれば、僕を殺して向こうに連れて行っても構わない。その代わり、父さんには手を出すな」
すると、呪霊は叫び、三つの瞳から涙を流し始めた。
「おお、オオオオオオオ! ヤ゛ッバリ゛、ナ゛ン゛ジヅレ゛テ゛イ゛ク゛」
簡易領域を展開し、構える。
「待て、南路! 俺のために、お前が死ぬのか!? 頼む、やめてくれ! 俺はお前の死ぬ様を見たくない、
蒼ざめた顔で父さんは叫ぶ。僕は父さんに笑顔で振り返り。
「大丈夫、死なないよ。死滅回游で、ちゃんと強くなったから。僕は――たかが十八年来の宿怨になんて、負けない」
敵は呪霊。正のエネルギーが効くはずだ。先手必勝。
「"
全力で駆動させると、おそらく一分も持たないほどに呪力消費の激しい"白無垢"。その威力は死滅回游の前に実証済みだ。
「グォォオウゥォオアア、ナンジ、ナンジィ!」
焦点から中心に全身が溶解し始める北美。しかし、その呪力はまだ顕在。
瞬殺とまでは行かなかったようだ。おそらく、これだけでは削り切れない。
「なら、"
"白無垢"を置いたまま背後に周り、"赤提灯を呼び出してポンプから火炎放射。ホースを支えるのは"
炎と正のエネルギー。この二つで、おそらく削り切れる――この呪霊が、大人しくしてくれるという仮定が成り立てば。
当然、成り立たない。目ざわりな音を鳴らしたてる救急車を破壊しに掛かるはずだ。
「"
霊柩車を召喚。結界内に自然生息するカラス――二羽しかいなかった――を呼び寄せ、必要に応じて"ばぁどすとらいく"を放つ弾丸とする。
父さんの中で、この術式は呪霊北美も知っているはずだ。カラスを警戒し、遠距離からの呪力砲撃で撃ち落とそうとしているが、それはカラスの翼に取り付けたジェットエンジンで急加速急制動を行い、躱す。
カラスに取り付けたジェットエンジン。それは"
「さぁ、僕の術式はこれで全てだ。あとは出力を上げていくだけで――ッ!?」
「オオオオェアオアアアイイアアイアア!!!!!!」
北美の咆哮に、四つの式神が一瞬動きを停止する。
そんな馬鹿な。機械の性質を持つ式神がたかが咆哮で怯える訳が――違う。
「
父さんの叫びと同時に気が付いた。ただの咆哮ではなく、強烈な電波を載せたソレは、如何に呪力で出来ているとはいえ、電子回路に類似した構造も持つ式神たちをショートさせた。
もっとも、本物の機械ではないため、すぐに動きは元に戻るが――一瞬が、命取りだった。
主火力である"白無垢"に、呪霊北美は急接近し、頭から体当たり。完全に破壊した。
炎は浴び続けているが、それでも炎のみで呪霊北美を削り切ることは不可能に近い。
術式のタネは既に尽きた。仕方ない。
「とりあえず、一発、"ばぁどすとらいく"」
"白無垢"に頭をぶつけた衝撃だろうか、少しフラついていた様子の呪霊北美に全力の"ばぁどすとらいく"。霊柩車の中身、名もなき呪霊から借用した術式を全力で叩き込む。
頭に狙いを付けたのだが、直前で躱された。しかし胴体の半分を削る。
胴体は即座に再生するが、それでも呪力を僅かに削ることができた。
「うん。――なら、切り刻む」
どの程度の欠損を再生すると、どの程度呪力を消耗するか。その目安は付いた。
「"
日の出から漏れる一筋の光の如く、直線的に呪霊にすり寄り、一閃。
小指のみ切り落とす。まだまだ。
「"端金"、"夕月"」
先端のみに呪力を集中させた、鞭打に近い一撃を首に叩き込む。それに呻きつつも相手が腕の一つを肥大化させ、拳を握って殴り掛かってくる。
そこから膝を折り、相手の視線から外れて、攻撃をすり抜けるような姿勢で脚部に一閃。
「"
刀に仕舞うひと手間が惜しい。湾曲した排気筒を鞘替わりに具現化し、爆発的排気から放つ疑似"抜刀"。顔面に刃を叩きつけるが、浅く傷ができるばかり。やはり頭は堅いか。
呪力強化を筋肉よりも骨と腱に分配し、強度を高める。頭の強度がバレた呪霊は、むしろそれを生かすように頭突きを叩きつけるが、僕は紙一重でそれを躱す。
そして。
「"捨骨三連"」
身体強度を無視した三連突きを
無呼吸でここまでの連撃をこなし、一端すり足で引いて一息つく。
「グゥウウウウ、ナンジイイィィイイ」
呪霊は、まだ、消防車が放つ炎に焼かれている。先ほどの咆哮は連発できないようだ。
「これで、四割、というところかな」
先ほどの剣舞で一割、"白無垢"が削ってくれたのが三割程度。まだ遠い。まだ、もっと高効率に。
死線を潜り抜けることに、快感を覚えていた。ああ、歴代勝者の中に、狂う者もいるのが納得だ。闘争心が強い者は、この快楽に飲まれてしまう者もいるに違いない。
だが、僕は闘争欲よりも性欲派だ。タナトスよりもエロスなのだよ。快楽に飲まれず、精神を集中する。
研ぎ澄ませろ。父を思い出せ、師匠を思い出せ、黒い閃光を放った二体の木偶を思い出せ。あの滑らかな呪力の流れ、黒い火花に抱きしめられれば、僕はもっと上に行けるはずだ。
ならばどうする。父と一週間で捻り出した、独自の闘法をより洗練させる。
身は捨てても命は捨てない。だからこその捨て身の活殺法。
「
筋肉繊維がみちみちと千切れる音を骨伝いに聴きながら、自分の長髪を巻き込むのを気にせず舞う。
七つの斬撃で、七つの手足を全てそぎ落とす。
相手の七肢を封じた上で、大上段に構える。
「"瀉血……一刀"」
呪力によって、血液の半分以上を両腕に集める。両腕からは血が噴き出し、それでも手にも刀身にも一切の震えはなく。
関節、筋肉、骨髄、彼らの限界を無理にでも超えさせ、振り下ろす。
黒い火花が、瞬いた。
「オッガアォアアアアォイア……アアアアア!」
呪霊の額は割れ、その罅の奥には脳漿が。隙間はすぐに塞がるが、その衝撃で動きが止まる。大きく削るチャンス、と思い、剣を強く握るが、ビシリと嫌な音。こちらの腕の骨にも罅が生まれたようだ。数歩引いて距離をとる。
周囲の流れが緩やかだ。自分の周囲を流れる自他の呪力が手に取るようにわかる。これが黒閃によるゾーンか。
この状態なら。今まで何度試してもできなかったアレが、できるかもしれない。
脳というフィルタを通し、呪力の性質を
コンピュータに依らない全マニュアルの超複素数演算よりも遥かに難しいソレは、しかし黒い閃光がもたらした集中によって可能になった。
「反転術式――、これなら」
術式、反転さえも。だが、正のエネルギーを術式に流し込み何が起こるかは未知数だった。今やるべきことではない。
正のエネルギーを全身に流し込み、失血を癒し、骨肉の治癒を促進する。
反転術式、かなり呪力を消費するが、それを全方位にばら撒く"白無垢"ほどではない。
――そして、この正のエネルギーを呪霊にぶつければ。
「反転アウトプット――やってみせる」
右手で持つ刀には燃える呪力を纏わせ、火を点ける。
もう片手には正のエネルギーを。
互いに、呪力は消耗している。だが、肉体は治癒した。
「オオオオェアオアアアイイアアイアア!!!!!!」
再度の電磁パルス。式神はまた動きを停止するが、その時間は先ほどの半分以下。呪力で電子回路部分を覆って防護するだけでここまで影響が軽減できたか。
式神が動き出すまでの一瞬で、呪霊は僕との距離を詰めた。
そして、瞳の一つを紅く変じさせると、異様な呪力が眼球に集まり始める。
嫌な予感。"夕月"の姿勢を取って相手の視界から自分を外そうとするが、外し切れなかったみたいだ。髪の一部と額の右側が、ボウと炎で包まれる。
「っつ、"赤提灯"」
動き出した"赤提灯"に指示を出し、火炎放射を消火用水に切り替える。ゲリラ豪雨のように水が降り、炎はすぐに鎮まった。
しかしその一瞬での熱傷で、頭蓋表面は炭化、前頭葉の一部も熱変性したようで思考が回らない。
ゾーンにまだ入っていた故だろうか、なんとか反射的に反転術式を回し、正のエネルギーで脳を治癒する。
思考が止まり、治癒に費やした時間。その隙は大きかった。
呪霊は掌印を結び――合掌し、呪力を練り切っていた。
「リョ、リョウイキテンカイィ」