アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
「リョ、リョウイキテンカイィ」
そこには、布団が敷いてあった。
夜空の下、無限に広いクッション。地平線の向こうに、木で出来た檻が。
そして、空には太陽の代わりに吊るされたぬいぐるみが複数、いわゆるベッドメリーだ。
「――ベビーベッド?」
檻の外側、あまりにも、あまりにも巨大な呪霊が。
姿は先ほどよりやや人間に近づいている。七本の肢は四つの手足になり、顔は長い黒髪で隠されている。
おそらく、この領域の必中効果は『対象の極小化』。なら――。
シン・陰流、"簡易領域"を発動する。だが、お互いのサイズ差は変化しない。
「――何?」
呪霊の、あまりにも巨大な掌が、ゆっくりとこちらに迫る。紙一重で避け、次の策を練る。
呪霊の動きは、巨大化していることを計算に入れても、あまりにも遅い。おそらくコレが領域を成り立たせている縛りの一つ。
もう一つ、感じたことがある。僕の内側にある、枯渇しかけていた呪力が、どんどん膨れ上がっているということ。回復とは違う感覚。まるで、成長期がもう一度来たかのようだ。
「対象の呪力の増加と、自分の速度の鈍化」
それによって、この異常な現象を正当化している。簡易領域で何も起こらなかったということは、おそらく必中効果の切り捨ても縛りに含まれているだろう。もしくは必中効果を自身のみに適応しているか。
「
こちらも、掌印を組む。黒い閃光を放っても、僕には領域展開が可能とは思えない。あと数度、黒い火花に抱きしめられなければいけないだろう。
ならば。
「動機工術。極の番」
死滅回游が始まる少し前から。生得領域内で、ちまちまと設計図を引きつづけていた。
赤く、黒く、白く、青い、僕の写し身。煙る鏡に照らされたそれは、骨子を変え、材質を代え、理念を換え、技法を替えた。
骨子は炎。赤く光るそれは、山の心臓と、それに連なる血脈の如く。神から盗み取った呪いである。
材質は鋼。黒く煌めくそれは、煙る鏡と、それを縁取る額縁の如く。大地から掘り起こした呪いである。
理念は愛。白く照るそれは、二つの葦の、風に揺れて重なる穂の如く。人が自らの内側から生みだした呪いである。
技法は機械。青く輝くそれは、夜の風、それ越しに見た小さな一等星の如く。宇宙から見出した呪いである。
「貌は青く、若い弐才。胴体は赤く、太い提灯。腕は白く、清い無垢。脚は黒く、幸せな夢見。解体し、組立られるは四機合神」
それはかつてこの国で七番目に人を殺していた自動機械である。
それは内側にいるものの脚となり、腕となり、体となり、貌となる。
人なしでは動けないが、人もすでにそれなしでは生きられないものである。
「"
巨神を、喚び出す。
動機工術がそもそも持つ、"同じ機体は一機しか喚び出せない"という制約。それも、バイク、消防車、救急車、霊柩車に分類しなければならない。
それぞれの機体は元々の
ならば、それぞれの機体に分離-合体機構を与えて、一つとすれば。
より自由度の高い機体が造れるのではないか。最初のアイデアはそれだった。
結果として完成した製図が
機体高十六メートル。重量二五トン。僕は内部におり、機神と半ば融合している。
黒烏操術の持ち主である女呪霊が合体機構には邪魔だったので封印を解いた。そのため、彼女は幸せな夢から醒めつつある。
「ン、ウイウイ、ドコ……?」
目覚めて敵となったら厄介だ。指に反転エネルギーを流し、彼女に触れることで昇天させる。
「アア……夢か……憂々、そっちに行くよ」
最期だけ、我に返ったのか。彼女の術式には随分助けてもらった。
「ありがとう」
それだけ礼を言って、母の呪霊、北美に振り返る。機神はそれでも北美の四分の一程度の身長だ。今までは羽虫と巨人、程度の体格差だったのが、小人と巨人になったに過ぎない。
だが、それでも十分。"赤提灯"に搭載していた巨大工業刀を背から抜刀し、手の"白無垢"が放つ振動を伝える。それによって、反転された正のエネルギーも伝達される。
そのまま跳躍、木の柵を飛び出し、ベビーベッドの上から降りる。
「アアアアア、オッキクナッタネェ、ナンジ」
「死ね」
反抗期の息子のように。それでいて、母を殺す猟奇殺人鬼のように。刀を振るい、まるで枝を鉈で払うかのように、迫る手首を切り落とす。
抵抗は少ない。胴体や頭蓋はまた硬度が違うだろうが、端から切り落とすのは容易い。
だが、呪力消費もかなり大きい。維持するだけでも、母の領域によって生まれた呪力の殆どを消費している。跳躍し、刀を振動させて軽く振るった。これだけでも息絶え絶えだ。
あとは、三、四動作で呪力が尽きる。最短で殺すには、どうする。
「首を、落とす!」
まずは足首を断ち、相手の姿勢を崩す。二撃目で股から丹田までを裂き、呪力の練成を阻害。ここまではうまく行った。
三度目、こちらに倒れてくる首を断とうとして――長い髪に、刃が、いや、腕全体が絡まった。
機械の隙間に長髪が侵入してくる。機神の動きがひどく鈍くなり――髪の奥から見えた、紅い瞳。
不味い、アレは僕を灼くものだ。眼が大きくなった故に、焦点は合わせやすいはず。関節のモーターに絡まった髪を力で無理やり引き千切りながら、機神の頭内部にいる僕を、機神の腕で庇わせる。
これで四動作目。呪力は殆ど尽きた。あとはあの魔眼に耐えられるか。
腕が熱で熔解する感覚。比熱の低い鋼鉄は僕にも温度を伝え、かいた汗はすぐに蒸発していく。体表が熱変性するのを感じながら、反転術式を回し続けて耐える。
そうして――僕のいままでの人生のうちで、一番長く感じた数秒が経過した。
「っ、耐え、切った!」
腕の熔解が止まる。機神に再生機構は搭載していない。もっとも、呪力がほぼ尽きた今、そんな機構があっても再生はできないだろうが。
機神への呪力の供給を止める。機神の消失が始まる。
これで死ねば、僕と共に母は昇天してくれる、そういう縛りだ。父は生き残る。悔いはあるが、問題はない。
それでも、この腹の煮えたぎり様は何だ。
決まっている、怒りだ。父と僕を引き離す、この世一切に対しての。
「
腰の鞘に手を添え、残り少ない呪力を籠め、加速させる。
"抜刀"。生得領域による全自動の
これは僕自身による、忿怒の一刀だった。
刀は、触手のように僕に迫る髪を切り落とし、母の呪いの喉笛に到達し――その肌に一本の痕を残して、折れていった。
「――終わりか」
落下する。地面は布団ではなく、その外側だ。
死因、落下死。
「恋に落ち、愛で落ちて死ぬ。まあ、良いか」
地面が迫る、眼を瞑る。
そして、バキリ、何かが割れる音がした。それは、僕の頭蓋ではなかったようだ。
音に反応して、眼を開くと。
結界を砕いて、天から父が現れた。
結界の内側に落下し、僕に手を伸ばしながら、片手で父は掌印――施無畏印を組む。
「"奇晒戯囚点"ッ!!!」
領域が埋め尽くされる。必中効果が術式情報の開示のみである父の領域は。
綱引きに、極度に強い。一瞬で母の領域を呑み込み。
僕の体は、髪の長い誰かに受け止められた。