アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜   作:砂漠谷

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独自解釈があります。


心の痛みと心臓の痛み

 父の領域は、母の領域を呑み込み。

 

 僕の体は、長い黒髪の少年に受け止められた。

 黒髪の少年は、にこりと笑い、僕を地面に置いて、地下鉄の列車に乗る。

 そのまま、列車のドアは閉じた。

 

「あ……」

 

 誰かに、似ていた気がする。その誰かは思い出せない。

 いや、今はそんな時間ではない。

 

「父さん、なんで来たんだっ!」

 

「南路が……お前が危険に陥って、助けに行かないなら、俺は父と呼ばれる資格がない。それは、耐えられない」

 

 母の領域の効果は切れ、その全長は三メートルほどにまで縮んでいる。

 父は、僕を守るように立ち塞がり、棍を構える。

 僕は、死の恐怖を振り払うように立ち上がる。

 

 生得術式は使えない。呪力はほぼ尽きたからだ。使えるのは一部のシン・陰流のみ。

 それでも、肉体は反転術式によって、なんとか立ち上がれるまでには回復していた。

 

「父さん、僕も戦う。僕、もう十八だよ? 守ってばかりじゃ、いられない。それも、好きな人に」

 

「そうか――そうだな。お前も十八の男か。大きく、なったな」

 

 父の背中は大きく見えた。

 それは、僕が父さんに近づいたからだった。

 もう、父の背中は見ない。僕は、彼の横顔を見る。

 

「行くよ、父さん」

 父は黙って頷き、棍を呪力で刺激し、棍自身に呪力を発させる。

 僕は折れた刀を抜き、"朧月"。刀身の先端を呪力で形作る。

 

「オオオオ、ナンジ、エイジィイイイ!」

 

 甲高い声で絶叫しながら、母は僕ら二人へと近づく。

 

 父の術式は、木偶(NPC)を殺さない限りの無敵化。

 彼女はそれを知っているはずだ。だが、母は一人も殺さず、僕らだけを狙って攻撃を繰り出し続けた。

 それを、黙って防ぐ父、相手の動きを見極めるためか、最初のうちは攻撃には転じなかった。

 

 母の攻撃を防ぎながら、父は呟く。

 

「北美、そうか。お前は、かつての記憶の中にある人たちを殺したくないのか。なら、どうして南路を生かしたまま消えてくれないんだ――!」

 

 棍を思い切り振り切り、母の頭蓋を殴る。罅の入った頭蓋の隙間に差し込むように、僕は"朧月"の刀身を伸ばす。

 あれほど硬かった母の呪霊の、頭蓋が割れる。大気に露出する脳髄。

 その上半分を、僕が一閃して、切り飛ばした。

 

 ビクリ、ビクリと痙攣しつつ、僕に手を伸ばす呪霊。

 これでも、動くのか。

 

「だけど、もう終わりだ。――母さん」

 

 父を制止する。とどめは僕が。

 察していた。父が母を愛していることなど。

 父は、母の存在に今でも囚われていることなど。

 だから僕が。そう、拳を握り。

 いつの間にか、顎の部分の舌に、知らない呪印が刻まれていることに気が付いた。

 

 一瞬、手が止まる。その隙に、呪霊が呟いた。

 

「"()()()()()()()()()"」

 

 咄嗟に呪力で耳と脳を守った僕は良かった。

 

 木偶(NPC)たちは、全て何らかの方法によって――多くは懐から鍵やペンを出して喉を切り裂いて――自死した。

 

 僕が制止したことによって舌の呪印が見えなかった、父は――!

 呪霊の脳髄を蹴り潰し、父の元へと駆ける。

 領域が解除される。自死の強制。木偶(NPC)が生きていれば耐えられるはずだった。

 だが、NPCは全て死んでいる。

 父は、その呪樹棍を自らの喉笛に叩き込む瞬間だった。父の領域は維持を止め、解除される。

 その棍を蹴とばした。父を羽交い締めにする。

 

「南路、俺、死、死ななきゃ」

「父さん! 目を覚ましてくれ、父さん!」

「でも、北美が、北美が」

 

 ビンタをしても。気絶するほど強く頭を殴っても、我に返る様子はなく、父は自らを殺そうと暴れ続ける。

 どうにか、どうにかしないと――手段が分からない。

 そんな時、脳裏に師匠の言葉が蘇る。

 

『記録された術式の中にはの。『自己隷化』というものがある』

 

「そ、そうだ! コガネ! 『自己隷化』を父さんに刻め!」

 

 黄金色に輝くコガネが現れ、指示をくり返す。

 

「対象、西東詠児――保有術式数二――に術式『自己隷化』を刻みます。よろしいですか?」

 

「早くしろ!」

 

「承知しました。三、二」

 

 カウントダウンが始まる。これで、呪霊の最期の呪言を上書きできるはずだ。僕が『生きろ』と命ずるだけでいい。

 

 これで、父と二人で暮らす、幸せな日常が――。

 

「一、零」

 

 ぼん。

 

 羽交い絞めにしていた感覚が、無くなった。

 

「え?」

 

 暴れている父は、どこに行った。周囲には、血と、肉片と、骨片だけ。

 

 掌にあった眼球は、ひどく濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、父さん。どこに行ったの? どこに消えたの?」

 

 血塗れの体で徘徊する。呪力は殆ど底を付き、疲労もあって頭が回らない。

 

 それでも、父を捜さなければ。思い出した、師匠からの手紙。

 

「どうしようもなくなった時に、開けって」

 

 存在をすっかり忘れていた。懐から取り出し、封を切る。

 

 直後、ギョロリと巨大な眼球に翼の生えた式神が手紙の中から膨れ上がるように現れた。

 

「し、師匠?」

 

「ぎゃははは! ようやってくれたのう、南路よ! 貴様、愛する男を、父を殺しおったか! ぎゃはははは、はぁ、はぁ。笑いつかれたわ」

 

 式神は、師匠の声でよくわからない内容の言葉を喋る。

 

 この、式神は、何を言ったんだ? まるで理解できない。日本語で話しているはずなのに、内容が入ってこない。

 

「師匠、父さんは、どこ?」

 

「だから、お主が殺したんじゃって。ほら、術式を父親に刻んだんじゃろ?」

 

「アレは、父さんを助けるために――父さん、父さん、え?」

 

「もう一度言うぞー。お、ぬ、し、が、こ、ろ、し、た」

 

 一音ずつ言う、師の言葉を一句一句復唱する。

 

「お、ぬ、し、が、こ、ろ、し、た。お主が殺した……?」

 

「そうそう。人間に持てる術式って、原則として二つまでなんじゃよ。不死の術式があるなら古い術式が消えるだけで死にはせんし、『術式を複製する術式』やら、結界術による外部保存とか色々抜け道はあるがの。そういうの無しで三つ以上の術式を保有しようとすると、術式同士が反発して肉体が爆発。そら死ぬわ」

 

 そんなことは知らない。そんな事実は、聞いたことがない。

 

「……それは、僕が、父さんを、殺したって、なんで、どうして」

 

「うん? そりゃ、三つ目の術式を不死者じゃない父親に刻んだからじゃよ。死ぬわそりゃ」

 

「なんで、ししょ、師匠、それ教えて、教えてくれない、なかったんですか」

 

 訳が分からない。混乱で脳が煮えたぎっている。

 

「えー? そりゃなんでって、そっちの方が面白くなりそうだったから?」

 

 ああ、つまり。

 

 僕は。

 

 騙されたのだと、その時、悟ったんだ。

 

 

 

 

 

 

「うー、うー、うー」

 

「やっぱり、若いもんが絶望に狂う様は好いのう。ほれ、儂の元にくればこの肉体で慰めてやるぞ――と思ったが、お主、女は趣味ではなかったか」

 

「うー、うー。……しね、しね、しね」

 

「おっほっほ。今のお主なら儂を殺しうるよ。もっとも、いつどこにいるか分かればの話じゃがの」

 

「しね、しね、しね――」

 

 その時。心臓に、痛みが走った。

 

「いたい……しね、しね、し、痛ッ」

 

 心の痛みが、肉体の痛みで紛れる。それと同時に、思考の靄が少し晴れた。

 

 痛みは、断続的に。短く、短く、短く。長く、長く、長く。短く、短く、短く。この繰り返し。

 

「――S、O、S。でも、誰が、どうやって?」

 

「お? 我に返ったか? じゃあ儂は退散するとするかの」

 

 かき消えた単眼の式神。首だけ動かし、空を見上げる。

 

 もう、夜だ。あの日父と見上げたオリオン座は、見えないが。

 

 それでも、星空は綺麗だった。

 

「S、O、S。S、O、S。――釘崎?」

 

 これが、極微弱な"共鳴り"だとしたら。

 モールス信号として、使っている?

 

「――助けに、行かなきゃ」

 

 ただ唯一、死線を共に潜り抜けた戦友。

 この手が父殺しの、汚れた手だとしても。

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