アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
汚れた手。汚れた脚。汚い体。曇った貌。
「――父さん」
ペロリと、唇の血を舐めとる。
血の味だ。全然、甘くはないや。
父さんの血なんだし、ビターチョコレートみたいな味がすると思っていたのに。
「そんな訳、ないよね。――行くか」
釘崎。戦場の中で寄り添ってくれた、戦友。彼女を助けに。
「だけど、頭が回らない。せめて、呪力を練るための栄養を――」
ふらふらと西に向かう。東京第一結界から抜ける。
すると、僕を迎えたのは――声援。
「三十代目の
声援が、正直耳障りだ。だが、使えるものは使おう。
手を掲げ、数秒、声援に応える――ふりをして、握る。
シン――と。軍事訓練を小学校の頃からやっている共和帝国民らしい、勝者への従順さ。
「伏黒陛下は、今どこに」
おそらく、釘崎も。そして、裏梅も。多分、彼を捜している。
普段、彼は新新宿御苑で暮らしている。だが、例外は幾つかある。
特に、今のような死滅回游開催期は、浄界の整備に行くと言って姿を眩ますのだとか。
だから、どこにいるのかは分からない。
だが、犬の遠吠え、そして蛙の鳴き声がどこからか聞こえ、影が、液状となって人型を象る。
人々は、これから何が起こるか察してすぐに道の端に寄る。
そして頭を伏せ、彼の姿を見ないようにする。
黒い人型は、白い布で梱包された人型に姿を変え、その布は周囲の黒い犬、白い犬、そして蛙によって解かれる。
布の奥から現れたのは、黒づくめの服に身を纏った、黒い髪と黒い瞳の青年。
髪は僕と違い、はねているというべきか、尖っているというべきか。頭上には、後光のように法輪を携え、犬たちと蛙たちを従えて、そこに降り立った。
彼は、鋭い瞳で、僕を見つめる。
「――ここだ」
第一声は、先ほどの僕の問いに答えるものだった。
これが、日本の象徴にして、枢軸。呪いの力によって、全国民を守護するもの。
この姿が、真の伏黒恵なのか。
「死滅回游による極度の疲労のため、無礼を謝罪致し」「前口上はいい。釘崎はこっちで保護している。――問題は裏梅だ」
全て、理解しているかのように。コガネでの中継では音声は伝達されないはずだが。どこからか音声も入手しているのか、それとも読唇術か。
「裏梅がどうかいたしましたか」
「奴は、俺の内側に眠っている、両面宿儺という鬼神を目覚めさせようとしている。それが目覚めれば、この国は最大の危機に陥る――意味は分かるな?」
神君が、僕に問うている。僕は伏黒恵を心の底から崇敬している訳ではない。
しかし、それでも。呪力を超えた、覇気、否神気ともいうべきオーラには圧倒される。
話している内容は、両面宿儺に関して。おそらく裏梅が崇敬している相手だ。
「意味は、分かるな?」
「は、はい。承知しました。ですが、わたくしにできることは御身に比べれば小さく」
「裏梅は不死だ。だが、受肉による変身を完了した奴は、もう一度輸血式"浴"により沈めれば魂は砕ける。問題は、
「―どういうことでしょう」
訳が分からない。神君の呪力ならば、蝋燭の命を吹き消すように裏梅の魂を砕くことも不可能ではないはずだ。
「両面宿儺は眠っているが、これは自主的な睡眠だ。覚醒条件は二つ。"五条悟以上の呪力の持ち主"の呪力に、俺の呪力が触れること。もしくは、裏梅の呪力に俺の呪力が触れること。この二つだ。つまり、この国に散らばらせている玉兎犬に、裏梅が攻撃すればアウト、ということだ。裏梅の覚醒を確認してから、全力で東京から玉兎犬を各浄界に退避、送還させているが、いずれ追いつかれる。……その前に、お前に頼みがある」
「――それは?」
「俺を封印しろ。ただし、俺の内側にいる宿儺を封印せず、
「それは――」
可能なのだろうか。
「可能だ。何故なら、宿儺の魂は薨星宮最深部に存在する、俺の本体の中にある。今の俺は魔虚羅の肉体に俺の魂を降ろしたもの。国民の崇敬の90%以上は、肉体ではなく俺の魂に向けられている。そう仕向けた。つまり、この俺を封印すれば、魂に紐づけられた俺の術式と呪力を、宿儺は使えなくなる。――ただし、俺の呪力という布団が剝がされた宿儺は目覚める。それは覚悟してくれ」
重要な話をまくしたてられるが、言っていることの内容は大学院試レベルの降霊術・封印術だ。進学校で発展的な呪術の授業を受けていた程度の僕でも、理屈はギリギリ理解はできる。
宿儺が目覚める? それを倒せ、ということだろうか。
僕に、それをする義理はない。父が死んだ今、日本が崩壊しようがしなかろうが、どうだっていい。釘崎さえ、助けられれば。
――そう思ったが。父ならこの話を承るハズで。釘崎も伏黒に協力するだろう。
なら、僕もそれに倣おう。そう思った。
「俺を封印できる封印術の持ち主。それも、完全な封印が可能な術式の理解度。俺はお前を待っていた」
「――承知いたしました。ちょうど、"
"
伏黒恵の、その魂を意識して術式対象に設定し、後部座席のドアを開く。
「――虎杖、五条先生、津美紀。東堂、乙骨先輩、狗巻先輩、パンダ先輩……! いや、幻。幻だ。これは」
伏黒恵が、空である後部座席の内部を見て涙を流し。
そして、霊柩車に足を掛け。
最後に、僕に振り返る。
「宿儺は蘇るが、この国の国民はほぼ不死身だ。被害は抑えられる。それに、死滅回游の勝者たちがいる。きっと、今度こそ。勝てるはずだ、勝ってくれ、俺の、俺たちの――」
そう言って、後部座席の扉は閉じ。
それと同時に、国中に分散した伏黒恵の呪力が、台風のように渦を巻いて霊柩車に吸い込まれる。
数分ほど、呪力の吸収は続き。
神君は、僕の術式の内側に封じ込められた。
直後。西の方角で、爆発的な呪力が起きる。
母のなれ果て。志知北美に伍する――いや、それを優に上回る。二倍か? 三倍にすら思えてくる。
先ほどの伏黒恵の降霊体より、呪力の質は遥か下――神々しさはない――が、量で言えば同程度はありそうだと感じられた。
「嘘だろ――これで、勝てるはず、って?」
――――――
凍結したあるビルの屋上では。
「宿儺様!」
目を輝かせ、復活を喝采する少年が。
ある蛙の口の中では。
「りょうっめん、宿儺ァ!?」
目を剥き、復活に驚愕する隻眼の女が。
ある草原の上では。
「ん……いやな呪力だな。刀が共振している、両面宿儺か?」
素振りしていた刀の刃紋を見つめ、地平線に視線をやる女が。
ある地下室では。
「カカカ! 両面宿儺か! 伏黒陛下もようやったもんじゃのぉ、戦力と条件が集まった時に、
監視カメラの映像を見つめる童女が。
ある森の中では。
「逃げましょう、逃げましょう!? あの呪いに遭遇でもしたら――」
「大丈夫、母ちゃん。天元様の代わりに、この森は伏黒の兄ちゃんが守ってるよ。兄ちゃんに言われた通りに、ユージを、起こさなきゃ」
白髪の老女と、その介護をする人間大の二足歩行の狼が。
他にも、数多くの強者が、特異点が、その反応を両面宿儺に向けていた。
そして、当の両面宿儺は。
「――つまらん、と眠りについた時には思ったが。随分面白い国になっているようではないか。伏黒、恵よ」
口角を上げ、その呪力を昂らせていた。
この後主人公の早飯描写を挟む予定でしたが、リズム感を失うので省略。脳内補完しておいてください。