アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
東京都立呪術高等専門学校、跡地。
山奥にあるその廃墟の入り口に当たるだろう門。そこに捧げられていた大量の献花を、四腕の怪傑は、邪魔だと言わんばかりに蹴とばし、そのまま都心へと足を進める。
そこに立ちはだかるのは、一人の青年。青い髪に輝く瞳を持つ美麗な青年だった。
「我こそは第二十七代目死滅回游
青年の体が、右肩から左腰にかけて両断される。
「邪魔だ……ん?」
だが、上半身のみで彼は腕を動かし、印を結んだ。
「りょ、領域展開……」
「なるほど、これが不死か……踏み潰す虫が、芋虫から甲虫に変わっただけだな」
ミラーボールに照明が当てられ、そこから散乱した光が舞う領域に、宿儺はしかし、腹部の口に呪詞を詠唱させ、指を振るうだけでそこを突破した。
『"龍鱗"、"反発"、"番いの流星"』
"解"。一撃で、青年の脳髄ごと領域を斬り飛ばした。ミラーボールは崩れ、太陽が代わりに梯子の如き光明を垂直に差しこませ、宿儺を照らした。
「眩いな――」
宿儺は、天上の太陽から目を逸らす。
その動作が、初撃を分けた。
「"旭"」
背にジェットエンジンを装備した奇怪な術師。長い黒髪は、ジェットエンジンに巻き込まれないようにショートヘアになっており、額には青い宝石を飾られたサークレットを被っていた。
高々空から、簡易領域に消音・消気配・消姿効果を付与して無音で落下するのは、西東南路。三十代目、死滅回游勝者。そして、この国の神君、伏黒恵の術式を運用できる、現在唯一の者。
その一刀が、両面宿儺の首筋に叩き込まれ――。
はらりと短髪が舞い、だが首筋には届かず。
右上腕で防いだ宿儺は、小さい"解"を掌に纏い続け、刃への対処としていた。
「――誰だ、貴様は」
「一国民だ、名乗る名はないっ!」
南路は刀を手放し、ジェットエンジンを全力で起動し、即座に退避。両面宿儺は"解"を飛ばすが、ひらりと回避してそのまま都心へと逃亡する。
「ふむ、
宿儺は掌印――閻魔天印を組む。
「"伏魔御廚子"――ほう」
魔の寝殿が宿儺の背後に顕現する。それは、南路を粉微塵に還らすかに思えた。
南路は、宿儺に接近してから逃亡するまで、一瞬たりとも簡易領域を欠かしていなかった。
故、宿儺の領域の起こりに反応できなくとも、死を免れた。
だが、南路が如何に天才とはいえ、六ヶ月の付け焼刃。応用技の数は多くとも、簡易領域の精度は、宿儺の領域を防ぎ切るのは難しかった。
結果として、五秒の猶予の後、南路の体は微塵に砕け散る――かに思えた。
宿儺の肉体に、内側から衝撃が走る。
「――ッ、あの女、生きていたのか!」
衝撃により、領域の術式効果が一瞬のみ解ける。その隙に、南路はジェットエンジンに呪力出力を全て回し、領域の範囲外まで逃げ切った。
「フ、ハハハ! ――三十年経っても、呪力の質は変わらんな、釘の女! 俺をここまで虚仮にした報いは、誰に与えてやろうか?」
宿儺は思索を練る。縁ある者はほぼ全て殺したはずだが、ああ、禪院真希は殺し損ねたな、と三十年前の戦闘を思い出す。
敵が眼前からいなくなり、思考が明後日の方向に向き始めた。
「それにしても。裏梅も五条悟以上の呪力にも触れた感触はないが――何故俺は起きている?」
「宿儺様。ようやくお起きになりましたか!」
両面宿儺の背後に現れたのは、白髪の少年。宿儺に跪く彼の声色からは喜色が隠せない。
「裏梅か――三十年前は、女の体ではなかったか?」
裏梅の方に視線もやらず、裏梅の性別を当てる。
「はい、残念ですが、完全受肉する必要性が生じまして」
両面宿儺は首を傾げる。
「ん? 女の体に心残りなどあったのか。意外だな」
「ああ、いえ、滅相もありません! 宿儺様のお子を、など、あっいえ今のは無かった事に」
赤面して裏梅は失言を否定する。
「――裏梅よ。仮に俺が子を育てることがあったとして、果ては喰らうか殺すかだろう。そのような無為なことにお前の胎を使う気はない」
「す、宿儺様――」
そこに、足音が響く。ざっ、ざっと。森の土石を踏みしめ、力強く歩む音。
「待て――見覚えのある呪力だ」
森を歩く、一人の男の姿。
全身に縫い目を施された肌。
ピンクに近い短髪に、茶の瞳が右目、青の瞳が左目。
赤いフードに黒い服。かつてあった、呪術高専の制服。
「ク」「ハ」
裏梅と宿儺。二人が笑うように息を吐く。
いや、事実笑っているのだ。
ソレは、かつて二人に嗤われていた。だが、今はどうなのだろう。
同じように、嗤われただけなのか。それとも。
「クハハハハハハ! まるで彼の呪霊のようではないか、小僧!」
「虎杖悠仁、どこまで我々を面白がらせるのだ、アハハハ!」
「――そんなに面白いのか?
ソレは、首をかしてて嘲笑を受け止めていた。
「生まれた時から言われてるんだ、"両面宿儺を殺せ"って。だから、最初に言っておく。――ごめん」
ぞわり。ソレが臨戦態勢に立った時、宿儺すらごく僅かに慄いた。
「よっと」
ソレの拳が大地を捉え。
威力は、直径十メートル以上のクレーターを、拳のみで生むほどだった。
小さく大地は揺れ、直近でその様を目にしていた宿儺と裏梅は、姿勢が揺らぐ。
揺らいだ隙に、宿儺すら致命の可能性が過る拳が、彼に迫る。
大きく後退し、さらに牽制として"解"を放つことで距離を取るが、"解"は如何なる原理か拳で弾かれる。
「……ク、どこでそんな芸当を覚えた、小僧!」
「別に、生まれた時から」
ヒトガタの肉体に本来載るものではない膂力、そしてそれに耐えうる強度。不可視の斬撃を見る眼に、斬撃を弾く何らかの術式。
宿儺は分析を重ねる。かつて受肉していた宿主に酷似したソレ。その本性を見抜くために。
おおよその予想はついていた。だが、確信は未だ持てず。
一歩、ソレは宿儺に近づく。それに応じて、一歩宿儺は引きかけ――その足を止め、強く踏み出す。
「イヤ、攻めながら行こう。裏梅!」
「はい、出力最大――"霜凪"!」
凍気の息吹によって森の広い範囲が氷で覆われる。当然、ソレも同様に動きを止めた。
だが、それは一瞬。ユージは肉体から蒸気を噴き出し、溶けて罅が入った氷を砕き、さらに一歩。
『"龍鱗"、"反発"、"番いの流星"』
そこに、詠唱が籠められた、世界を断つ"解"が同時に数発放たれる。
明らかに見えているように、ひらりと躱すソレ。だが、弾かなかった、その一点だけで殺し方は視えた。
「やはり! 魂ごと裂いても回復するが、世界ごと断てば防御も治癒も不可能と見た! ――なら」
削り合いだ。そう言わんばかりに、両の手で掌印を組んで不敵な笑みを浮かべる。
「"領域展開"」
"伏魔御廚子"、その象徴たる魔の鳥居と牛魔の頭蓋の山。それと共に、斬撃の嵐が山の一帯を埋め尽くす。
裏梅を術式対象として除外したそれは、裏梅を傷つけず、ソレのみを微塵にするかと思えた。
だが、斬撃の嵐の中で、平気なように、ソレは立っていた。
「簡易領域――
ソレが生む簡易領域を、宿儺は御廚子によって削っていった。ダイヤモンド切削のように、遅々として進む破壊。だが、確実に宿儺はソレを追い詰めていた。
その状況で、一歩。宿儺とソレは距離を縮める。そして、互いに駆けだす。
(六分で削り切る。それまであの膂力を往なして殺す!)
(六分で削られる。それまでに全力の拳を当てて殺す!)
地面を砕くソレの右ストレートを、横からいなし、宿儺は合気の技法でそのまま投げる。威力が凄まじい分、合気も成功すればかなりの隙を生む。空で姿勢を整えようとするソレの脇腹に掌を当て、"捌"の斬撃を叩き込む。
(っ、かなり硬い!)
(っ、なんて鋭さ!)
筋肉を裂き、
しかし、その内臓にまで、詰まっていたのは筋肉だった。
「――やはり。呪骸か!」
虎杖悠仁は死んだ。三十年前に死んだ。
それは覆せない事実だ。神君、伏黒恵にとっても。
だからこそ。伏黒恵は、夜蛾正道の遺した完全自立呪骸の作成法と、天元から継承した結界術の知識を使い、禁忌を犯した。
すなわち、魂ごと分割され死亡した虎杖悠仁の死骸と魂の情報、それを用いて、三つの魂を持つ完全独立呪骸、"ユージ"を造り出した。
だが、死んだ虎杖とそっくりの姿に耐えられず、伏黒はユージを眠らせた。対宿儺の兵器として特化させるために幾つかの改造を施し。
そして、今。ソレは目覚め、その呪力を昂らせている。