アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、何だよアレ」
ジェットエンジンを全力で回し、ひたすら距離を取る。
彼の超越者、伏黒恵が残した戦力は幾つかあった。
その中でも最大のものが、今両面宿儺と交差しては距離を取り、距離を取っては交差するあの強烈な質の呪力。どのような怪物なのだろうか、恐ろしくて振り返っていない。
そして、もう一つが――『西東! 領域最大範囲から出た! そのまま開けた場所に着地!』――無線通信を受信する。二週間の間で聴きなじんだ声。
釘崎野薔薇だ。
釘崎は、伏黒恵が保存していた六眼という魔眼に加工を施したものや、最後の宿儺の指などを渡され、それと共に"他の戦力と共に、宿儺と戦ってくれ"というメッセージを受け取っていた。
彼女は、死亡直後の状況で安置されており、天元の超重複同化の恩恵を以てしても、"不死"と"復活"は等価ではない故に、生死不明の状態でいたのだという。
結果、死滅回游システムによる呪力の増強を行って、ようやく三十年越しに復活を成し遂げた。
六眼は彼女のために渡されたということだが――、彼女曰く、『ゴジョセンの眼球嵌めるとか気色悪い』と僕に放り投げる。そのため、僕はこのサークレットを急造で作り上げた。
このお陰であの四腕二口の怪物の斬撃を回避できたのだが――閑話休題。今はそんな話をしている場合ではない。
釘崎の指示に従い、近くの開けた土地に着地する。そのままバイク"青弐才"に乗り換え、釘崎の元へと向かう。
掌に握った数本の髪を、落とさないようにして。
鉄筋ビル地下にある駐車場、そこで釘崎と合流する。
「よし、まずはよく生きて帰ってこれたわね。それで、収穫は?」
「これだけだ」
バイクを停め、数本の髪を渡す。それを見て、渋い顔をする釘崎。
「髪の毛、数本、しかも短髪――しょっぺぇー!」
「しかし、アレ相手にこの戦果は仕方ないだろ?」
「まぁ、責める気はないけど。指も初撃でバレたし、術式辿られて呪物化切られて魂の欠片がないただの指になってる。それでも"共鳴り"に使えなくはないけど、威力はかなり下がるわ」
そう説明しつつ、地面に藁人形と共に置かれている指に視線を向ける。その指は半ば液状化し、ヘドロのようにぐずぐずに溶解しかけていた。
「主戦力――虎杖零式が時間稼ぎしてるから、その間に策を練らないと」
「そうだね。釘崎の"共鳴り"、呪力を遠隔で流し込んで攻撃するって言ってたけど、それって自分の呪力じゃないとダメなのか?」
釘崎は手を頬に当てて少し考え、答える。
「そうね。試したことないけど、工夫して幾つか"縛り"を設ければ行けない事はないと思うわ。でも私の呪力に余裕がある限りそんなことする必要は――」
「それって、どうしても"呪力じゃなきゃダメ"なのか? たとえば――コレは?」
"黒夢見"。伏黒恵が封印された霊柩車を喚び出し、その内部から"影"を引き出す。
「"輻射――
影は霊柩車の周囲に広がる。そこに足を突っ込むと、沼に足を突っ込んだように沈んだ。
それを見た釘崎は、コペルニクスの転回の如く、もししくはエウレーカと言わんばかりに眼を見開く。そして、頷いた。
「――イケる、かも。伏黒の影も、元は呪力。縛りはかなり多く定める必要があるけど。それを宿儺の体内に転送して、そのまま式神を召喚すれば」
「ボン、だな」
二人での悪だくみが煮詰まってきた。
「問題は、媒介の少なさ。もう少し、多くの血肉を拾ってきてほしい。頼める?」
「ああ。たとえ死んだって、持ってきてやる」
「それはだめ。生きて帰ってきなさい」
まるで母親のように窘める。ちゃんと生きていた年齢ではこちらの方が上なのだが。彼女も、眠っていた三十年間で、精神的に成長していたのだろうか。
まあ、良いか。
「分かったよ。じゃあ、行ってくる」
「準備して待ってるわよ」
釘崎はそっけなく。しかし、その言葉を信頼を込めて言ったのだろう。
そう、思いたい。
"青弐才"に跨り、自動運転の"黒夢見"と共に道路を駆ける。
そして、開いた領域から百メートルほど離れた場所に到着した。
前回のような奇襲は通じないだろう。しかし、虎杖零式という呪骸と戦闘しているらしき宿儺は、血や肉を周囲に撒き散らしているはずだ。
ならば、真正面から行って、堂々とそれを拾って返ってこよう。
「"輻射――簡易領域"」
伏黒恵を封じたことで、生得術式ではなく、結界術の技能も僕は継承した。
伏黒恵は、天元の超重複同化の発動者。その生得術式は全人類に配られたが、結界術の技能は配られなかった。
なぜか。全て伏黒恵が継承したからだ。伏黒恵に受肉していた宿儺がそれを持っていないのは不思議だが、天元の意志か何かが関係しているのだろう。
伏黒恵は、十種影法術と結界術を駆使してこの国全土に影響力を広げ、国民からの信仰と畏怖を以てして神君へと昇華された。――というのが、伏黒恵を封印して分かった事実だ。
そして、その手段は、今全て僕の手の中にある――使いこなせるかどうかは別として。
伏黒恵の技能に基づく簡易領域は、僕の簡易領域より遥かに剥がされにくい。消費呪力はやや大きいが、効果を考えれば気にならない範囲だ。
一歩、宿儺の領域の中に入り、自身の無事を確認する。うん、行ける。
"黒夢見"はその場に置いておき、"青弐才"のエンジンを再度吹かし、宿儺の領域内部を駆けていった。
―――――――
"伏魔御廚子"内での両面宿儺と呪骸ユージの戦闘は、熾烈を極めていた。
戦局は、両面宿儺の終始優位。だが、殴られても蹴られても"捌"によって刻んでも、痛痒を感じずに、反撃を試みる呪骸ユージに、両面宿儺は手を焼いていた。
(かつての小僧を思わせる、否超えつつある徒手格闘! そしてなんという硬さと重さ、まるで鉄砂袋だ。特筆すべきは膂力だけではない、学習速度と痛覚で怯まぬ刺激耐性! ――羂索があしらえた基本理念を継承し、それを極点まで窮めた呪骸! 奴が生きていれば泣いて喜んだだろうにな!)
唯一、かつての虎杖悠仁から劣ることがあるとすれば。
呪骸故に、細胞の再生――反転術式が使えないこと。
それも、肉体に刻まれた赤血操術によって、内蔵した糸を用いた血染糸縫合を行うことで問題ないとしていた。
(だが、それでも!)
「刻めば刻むほど、脆くなっているなァ!」
呪骸ユージに不死が搭載されていないことを、戦闘の途中で両面宿儺は確認していた。
簡易領域を削り切り、"伏魔御廚子"に数秒晒せばそれだけで粉微塵になると宿儺は確信している。
――簡易領域を削り終えるまでに、一分を切っていた。
その時、場違いにも思えるバイクのエンジン音が響き渡る。
「虎杖零式、宿儺の腕を!」
青いバイクの乗り手、西東南路は、呪骸ユージにも聞こえるように斬撃の嵐の中で大声を張り上げた。
「何? ――飛行機の餓鬼か!」
「何? 南路の声……?」
宿儺と裏梅は、違う意味で驚愕を覚える。
宿儺はその時、拳の間合いによる大威力を避け、小さな"解"を全身に纏いながらの取っ組み合いを選択していた。
その時。今まで使っていなかった呪骸ユージのもう一つの術式が、密かに励起する。
「"解"」
宿儺の腕を握っていたユージは、乱入者による意識の隙を突き、宿儺の腕を切断する。
宿儺の上右腕が、切り飛ばされていた。
「――なっ」
切り飛ばされた上右腕を、バイクに乗り簡易領域に覆われた西東南路がキャッチして去る。
「裏梅、追え!」
「はっ、はい!」
氷の上を滑る独特な走法で駆ける裏梅だが、バイクとの距離は引き離されていく。
腕を切り飛ばされた宿儺は反転術式による即座の再生を選択するが。腕を一つ失ったことで、柔術においても不利に働く。
ユージは、絞め技に移行し、あわよくば首を圧断しようと試みていた。
領域が解除され、宿儺は意識が遠のき――かつて褒め称えた敵の手法が、脳裏に過る。
(右脳の前頭前野、だったか)
領域により焼き切れた術式を、強制的に修復する。
鼻血が滴るが、それでも、"伏魔御廚子"によって領域全土に分配されていた術式強度が一つに戻る。
すなわち、ユージを解体するのに、十分な威力の"捌"が、かつて呪いの王だった術師の手に戻ったということ。
(この姿勢ならなら躱されることも防がれることもない! "捌"!)
うなじから宿儺が放つ術式。それはユージの両上腕の尺骨橈骨を切り刻み、胸骨の前部も微塵へと変えた。
「っ――――!」
手が緩むユージ。その間に宿儺はユージの拘束から逃れ、その額を足で踏みつけ。
「これで終わりだ、小僧の骸。"
呪詞の詠唱。だが、重ねるように、ささやくように。どこからか、もう一つの
「"龍鱗"、"反発"、"番いの流星"」
その
「"解"」
「"
世界を断つ小さな斬撃が、宿儺の下両腕に直撃した。
炎は放たれず、切り飛ばされて粉微塵になった木屑の山に激突し、ソレを消し炭に変える。
宿儺は斬撃が飛んできた方向に視線をやるが、そこには残像のみが在った。
痣の女の、残像のみが。
「宿儺様!」
両腕を切り飛ばされた宿儺の後頭部に迫る大太刀。それを腰を捻って躱すも、更なる追撃を仕掛ける痣の女――禪院真希。
両面宿儺を守ろうと、西東南路を追うのを早々に切り上げた裏梅が、宿儺のいる地点を除く周囲一帯に凍気を撒き散らす。
刀の対象を切り替え、禪院真希は刀を振り回して凍気を散らす。その間に宿儺は失っていない左上腕のみで掌印――帝釈天印を結ぶ。
「"伏魔御廚子"、――禪院真希、生きていたか!」
喜色を隠さない宿儺と、不安げな顔を浮かべその側に寄る裏梅。
天与呪縛のフィジカルギフテッドに対する防御策としての"伏魔御廚子"を切らされた宿儺。
一方、禪院真希はその脚力によってユージを回収し、掌印を結ぶ一瞬で領域範囲外まで出ていた。
領域を展開しながら、反転術式によって三つの腕を治癒。そのまま、"伏魔御廚子"の範囲である半球型の形状を、体積はそのままに
――すなわち、領域範囲外の禪院真希に、
領域が迫る気配を感じた呪骸ユージが簡易領域で二人を覆うが――0.01秒、宿儺の領域の方が早かった。
その間に禪院真希が浴びた"解"は五撃。右手小指、左足の脛、右乳房、右肘――そして左目。
脛と乳房に関しては浅かったが、小指は完全に切断され、肘も関節の軟骨が切られ動かすのが困難と判断。釈魂刀を左手に持ち替える。
さらに問題なのは、左目。かつての戦いで、目に負傷を追い、未だ快復はしていない真希にとって、左目の負傷は戦力外通告を意味した。
「おい、悠仁……いやお前悠仁じゃねぇな。何
ぼやけた右目のみを開き、真希は呪骸ユージを抱えて森を駆ける。魂を観る眼は失っても、肌ざわりだけで彼女はそう判断した。
「ああ、禪院真希って人か。創造主からは聞いてるよ。一緒に宿儺を殺してくれると、嬉しい」
「――そうか。虎杖は死んだか。まあ、超重複同化が為された時点でそうかとは思ったが」
それでも俯かず。前を見て、走り続ける真希。
「宿儺を一緒に殺してくれるか?」
「すまん、私は使い物になりそうもない。反転術式で私を治せる人がいれば話は別だが。家入さんも亡くなっただろうし、そうそう都合のいい人間は――」
「いるよ!」
背後から、バイクの音。
西東南路が、後ろから追ってきた。
「――味方、でいいんだな」
「うん、大丈夫。勝ち目はあるから」