アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
「うん、大丈夫。勝ち目はあるから」
バイクで走り、延びた宿儺の領域を抜ける。見まごうことのないヒット・アンド・アウェイ戦法だ。
だが、今度は一人ではなく三人。全身に痣のある女性、僕、そして虎杖零式――釘崎命名――だ。
彼女の名は禪院真希。身体能力は僕のバイクと同等以上の走力を持っている程度には高いが、呪力を持たない関係上防御力は低い。現在負傷中。
虎杖零式はユージと名乗った。身体能力は真希さん以上で六眼持ち。ただしその筋肉は走力よりも格闘術に特化された配置をされているようで、走る速度はそこまでではないらしい。あと呪骸らしい。――呪骸!?
僕は四つの乗り物を呼び出せる普通の不死身じゃない術師とだけ自己紹介し、釘崎の場所まで案内した。
地下駐車場では、白装束に蝋燭冠を付けた釘崎が、金槌を手にゆっくりと舞いながら、ぶつぶつと呪詞を唱えて呪力を練り上げていた。その側には五芒星が血でコンクリの地面に描かれ、五芒星の中心には藁人形が。
第一声は、真希によるものだった。
「よう、野薔薇――久しぶりだな」
走行中に癒した両目は、薄っすらと涙ぐんでいた。
釘崎は、練り上げた呪力はそのまま儀式を中断し、金槌を床に放り投げて真希さんに抱きつく。
「――真希先輩! 生きてたんですね!」
「ああ、お前もな。生きててよかったよ、本当に」
感動の再開、と言ったところ失礼なのだが。
「そろそろ宿儺戦、終わらせよう」
駐車場に黒い霊柩車が進入する。"黒夢見"、今は伏黒恵の寝台車である。
「伏黒も、こうして生きてるし。虎杖は死んじゃったけど、アイツなら天国でうまくやってるでしょ。私たちは現世で、さっさと宿儺ぶっ潰しましょ!」
「そうだな。こうして再開できたことが、きっと何かの奇跡だ。やろうか」
釘崎に、宿儺の腕を渡す。釘崎はそれを確かめて、五芒星の中心に置き藁人形と共に釘で固定する。
僕は、釘崎の周囲に"黒夢見"から引き出した"影"を配置し、釘崎に操作権を共有する。
「"
釘崎は影を纏い、厳かに舞い、金槌が静かに、しかし素早く、藁人形と宿儺の腕に叩き込まれた。
その瞬間、僕は掌印を組む。領域ではなく、影絵として。
「"満象"」
最も体積の大きい式神。山奥からこちらに迫る宿儺の体内に流し込まれた"影"を通じ、召喚を試みる。――だが。
「ダメだ、宿儺の体内呪力濃度が高すぎて!」
式神の基となる設計図が流し込めない、と発言しようとして。
金槌を持つ釘崎の片手が、細切れにされていた。
「ッがぁ、逆流! 二度目となるとやらせねぇか!」
「釘崎、治癒」「後にしろ! 宿儺の体内に何でもいいから流し込め!」
流し込む――水でも何でも。掌印を変えず、消えかけている影を通じ、"満象"の水のみを体内に流し込む――!
「――やった、通った!」
しかし、真希さんは首を振った。
「宿儺の呪力は消えてねぇ。かなり近づいてきてる。あの楕円の領域の範囲にあと数分で入る。――失敗だ、逃げるぞ」
呪力がない故に鋭敏な感知能力を持つ真希が察し、複雑骨折をした腕を縫合し終わっていない虎杖零式を抱える。
「お前らは二ケツで来い」
そのまま、駐車場の裏口を抜けて逃走する。僕もそれに倣おうと、釘崎の手を引き、反転術式によって正のエネルギーを流し込みながら背負う。
そのまま、"青弐才"を具現化し、駐車場の出口から"黒夢見"を連れて出ようとして――出口が、氷で封鎖された。
氷の前には、おかっぱの少年。
裏梅が立っていた。
「――何故、宿儺様の邪魔をする。コガネの実況で目にしたぞ。貴様、愛する男を手に掛けたな。――何故、宿儺様を殺そうとする。恨むべき自らの師を殺す前に。――何故、宿儺様を弑そうとする。貴様はこの世に、不死蔓延るこの国への執着を失ったはずだろう」
三つの問い。それが意味するのは、僕への同情だろうか。
「別に。父さんなら、そうするだろうなって、思っただけ。父さんが、愛した国だから。今まで当たり前だと思っていた、この国を守ろうと思って」
「この、不死の病が蔓延る、醜い国をか!? 呪霊が減ったなど嘘だ、強い術師が増えただけで、負の情念は悍ましく増えてきている! 人が死なないことをいいことに、遊び半分で人間を傷つけ、いたぶる人間も多い!! 犯罪者は廃人に堕とされ、挙句の果てに、貧しいもの、心を病んだものは死すら許されず、呪樹になり呪術資材としてバラバラになって生き続ける! これのどこが当たり前だ! 氷見汐梨の記憶を読んで理解した。この国は、滅ぼすべき邪悪だ」
「は、はぁ!? 伏黒が、そんなことを!?」
背中の釘崎は、その言葉を聞き驚愕の言葉を口にする。
伏黒がそのような国の頂点に位置していると聞き、耳を疑っているのか。
「たしかに、そうかもしれない。でも、伏黒恵はそれを改善しようとしている。だから司法権と行政権の力の根源となり、人々を救い続け、どうしようもない人間も完全には"堕と"さず復活の余地を残している。それに、人々が隣人を助けられるように、彼らの善性を信じて立法権を国民に委託している。――僕は父からそう教わったし、それを信じたい」
「貴様も、気色の悪い伏黒信者か……そうか、そうだな。頭を冷やそう。貴様は父と伏黒を尊く思っているし、私は宿儺様を尊く思っている。なら、やることは一つだな」
「ああ、裏梅」
"青弐才"をいったん解除。中距離タイプの釘崎に距離を取らせ、手刀を構える。
「「殺し合いだ(殺しあおう)」」
その言葉が、死合いの始まりを告げる笛だった。
――――――
裏口から出た禪院真紀は、駐車場の車両出口に裏梅の呪力を察し、舌打ちをしながら救出を諦める。あの二人なら何とかなるだろうと願い、治癒した眼で周囲を見渡す。
胸部の穴から水を垂れ流しながら走り寄る宿儺が、視界に入った。
「ッチ」
宿儺は何度か斬撃を遠距離から飛ばす。それを躱し、逃げの一手を取る真希。
宿儺の足では、禪院真希には追いつけない。宿儺自身もそう思っていた。
だが、それは呪骸ユージを抱えていないという前提の話である。
宿儺と真希は距離を縮め――半径三百メートル。楕円形の"伏魔御廚子"によって切り刻める範囲に入った。
「――"領域展開"」
下腕の閻魔印による"伏魔御廚子"。牛魔の頭骨の山とその上の鳥居が宿儺の背後に現れる。
さらに、閻魔印を解けば即座に領域が終了する"縛り"で、数秒の術式使用不可時間を短縮。
斬撃の嵐は、呪骸ユージによる"簡易領域"で防がれる。ここまでは想定の範囲内。
無論それに留まらず、楕円球内の人々を切り刻み、死なずとも一瞬の苦痛と蘇生までの意識喪失を与える。
周囲のコンクリートや土石、木々は粉微塵になってゆく。
(――だが、少しでも二人を引き離せば真希は殺せる。そしてその後に、釘崎と自動二輪の男を殺した裏梅と合流し、二対一で小僧の骸をゆっくりといたぶり殺す)
だが、呪骸ユージは、何かを口から吐き出して禪院真希に手渡し、耳打ちをする。
そして、ユージは簡易領域の外に飛び出た。
「――何?」
迫るユージに注意を向けつつ、一つの眼では禪院真希の動きを追う。彼女は簡易領域に包まれたまま、高速で宿儺の背後に迫る。
「見え見えだ」
右上腕に"解"を纏って真希の背からの一撃を防ぎ、さらに刀身を掴んで動きを阻害する。
(おそらく、小僧の骸が結界術の核となるモノを禪院真希に渡したか。――核? 呪骸の核を複数持っているのか、小僧の骸は)
ユージは、細かい傷を刻まれて続け、しかし大きな傷は付かず、宿儺に迫る。
「――"落花の情"か」
かつて五条悟が使っていた技術を思い出す。しかし、あの男にこの呪骸は及ばないと判断。
「それよりも、領域内を動けるお前の方が厄介だな」
ユージに注意を向けながら、しかし姿勢は真希の方へ向け、手に傷を負うのも構わず刀身を強く握って真希を引き寄せる。
しぶしぶ刀を離し、真希は一時離脱する。
奪った刀の柄を持った宿儺は、それをユージに向ける。
ユージは、流石に得物を持った宿儺相手は不味いと判断したのか、足を止めて"落花の情"に専念。
宿儺は、刀を眺め、呪力を流し込んでその反応を感じて理解する。
「ほう、そういうことか。俺の心臓――つまり伏黒恵の心臓――を三十年前に抉ったという経緯が、この剣の呪術的価値をさらに押し上げていると……気に食わんな」
釈魂刀を手放し、彼は地面に突きさす。――当然、刀は領域の除外対象ではなくなり、"御廚子"の斬撃の嵐に晒される。
かつての枠組みでいう特級を冠する呪具とは言え、宿儺の斬撃に晒され続けて徐々に刃こぼれする釈魂刀。それを見て、宿儺は口角を上げる。
「ほら、妹の遺品が砕けてしまうぞ。さっさと奪い返してみせろ」
「言われなくとも」
宿儺の誘導に、敢えてと言わんばかりに乗る真希。その攻勢に便乗するように攻め立てるユージ
地面に突きさした刀を取らせぬように立ち回り、領域を維持しながら徒手や刃こぼれした釈魂刀も用いつつ、時間を稼ぐ。
「くはは、やはり! 小僧の骸よ。核が全部揃わねばその程度の膂力か」
呪骸ユージは、三つの核を持つ。
一つは、肉体操作及び赤血操術と"解"発動担当。
一つは、結界術担当。
最後の一つは、
かつて存在した呪術高専生の呪骸、パンダと違い、それぞれが同時に起動し、それらが力を合わせて、呪骸ユージという窮極の一体を完成させていた。
一つでも核を失えば、力は大きく損なわれ、いずれ機能を停止する。それどころか暴走する危険すらあった。
それでも、生前の虎杖悠仁と同程度の膂力は維持しつつ、生前よりも洗練された呪力操作で宿儺に立ち向かっていた。
――だが、禪院真希を覆う簡易領域が、剥がれようとしていた。