アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜   作:砂漠谷

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ダークサイドの力は素晴らしいZOI!


ダークサイドの誘い

 家に帰っても、南路はいなかった。

 どこにいるのか。電話には出ない。不在着信ではなく、そもそも電波が通じないか携帯が壊れているか。

 

 ――ずっと、親離れのできない甘えん坊だとばかり思っていた。

 その実、私に性愛感情を抱いていたが故の仕草だったとは。

 

 小学生の頃までは、よく私と一緒に入浴することをねだっていたが、中学からはそんなこともなく。

 座学も呪術も目を見張る才能がありつつも、驕らずに無力な人々にも優しく接していた。

 立派な、誇れる息子だった。血縁がないことを隠しつつ、父親面をする卑劣な男と違い。

 ――理解してやれなかった。いや、違う。今も、理解してやれない。

 

 私は異性愛者だというのは変え難い事実だ。だが、そうであっても同世代の同性として生まれてくれれば、女装してもらうなり、自己暗示なりなんなりでその気持ちに応えることはできたかもしれない。

 だが、十八年間、父と息子としての関係性を築き上げた上で、その関係を性愛に置換せよ、というのは無理だ。それはどうあがこうが絶対だ。

 

「これから、どうすれば――いや。まずは南路を見つけて、殴ったことを謝って。もう一度、話し合おう」

 

 答えは見つからない。見つからないままに、動き出すしかない。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「あ……」

 

 額に、呪印。死滅回游の参加権が、天から降ってきた。

 呪印は、才能(じゅつしき)があるものにも降ってくるし、無いものにも降ってくる。無い場合は、死滅回游のシステムが参加者から分析して再現した人工的な術式をランダムに刻みつけられる。僕の場合は術式が既にあるから、術式を刻む代わりに、最大呪力量が時間経過で増える呪いが掛けられる。

 

 この時代の日本人に生まれて、本当の意味で死ぬ方法はただ一つ。死滅回游に参加することだけだ。ランダムに配られる、逃れられない運命。それは幸運か不運か。

「死ぬ、死ぬ、死ねる――。父さん、ありがとう、ごめんね、大好き、愛してる」

 今すぐ参加したい、参加しよう。そう思ったが、常識が邪魔をした。

 死滅回游の開催は年に一回。五ヶ月前に開催され、三週間で勝敗が決した。次の開催は七ヶ月後。

 それまで、どうして過ごせばいいのか。どんな面して過ごせばいいのか。

 

「――呪術稼業、やるかぁ」

 寿命を切り崩して老化を倍の速さにしながらの生活は、したくない。

 生まれ持った才能(ジュツシキ)を生かし、父に頼らず生活費を稼げる選択肢はこれしかなかった。

「まあ、容姿を活かせばウリとかもできるかもだけど――、初めては父さんに捧げたいしな」

 まあ無理なんだが。

「ああっまた死にたくなってきた」

 その時は、呪術師という職業の危険性を、まだ理解していなかった。

 

 

 

「鉄ッ、鉄ノ味ッ」

 

 僕のはらわたを、ゴキブリが貪っている。

 否、ゴキブリではない。それは、ゴキブリ型の呪霊。

 カタコトだが言葉が話せる呪霊という時点で逃げるべきだった。そもそも、ゴキブリ型という時点で危険性を察するべきだった。

 下水管の天井を見つめて、後悔する。

 

 二日前。化粧で呪印を隠した僕は、ネカフェを使って裏掲示板で依頼を探し、呪霊の仕業と思われる失踪した子供の捜索を引き受けた。

 呪霊の祓除自体は、死滅回游勝者を筆頭とした、国に認められた呪術師らが呪術総監省から税金によって派遣されて行う。だが、前時代の反省からか、呪霊の実力評価をかなり慎重に行うため、被害が出てからもしばらく祓われないということもままある。

 そもそも、人々は、少なくとも肉体的には死なないのだ。被害者のPTSDなどの精神的後遺症と、国家資格持ちの術師が囚われたり洗脳されたりする危険性を天秤にかけて後者が選ばれることも数え切れずある。

 ゆえに、僕のような素人は、蛮勇ある命知らず――正確には、死にはしないが呪霊の玩具や食料になる覚悟のある馬鹿――として裏で高い需要がある。捨て駒、もしくは特攻野郎として、素人の術師は"香車"という俗称があるくらいだ。

 

 呪力を練るキーポイントである腹部を貪られ、うまく呪いが練られない。式神を喚ぶ触媒である爪は全て剥がされた。腹部の再生にリソースを食われているため、再生には一時間はかかるだろう。

 要は、詰みという訳だ。

 

 依頼人の母親は、プライドの高そうな厚化粧の三十代の女だった。それでも息子は愛しているらしく、やつれた顔で10万分寿円(優秀な新卒社員の収入三か月分程度)を前金として渡され、『絶対に見つけろ』と念を押された。

 そのムチュコタンに視線をやると、発見時と同じように死んだような顔で体中を実体のあるゴキブリにばりぼりと食われている。時折痙攣して、口の中から孵化したゴキブリの幼体を大量に嘔吐する。

 流石にアレになりたくはないな、と失血でぼんやりとした思考で考える。

 

 呪力を練れ。腹で練られないなら、心臓で。心臓で無理なら、金玉で練れ。

 生得領域の内部で、車の部品を一つずつ組み立てる。ゆっくりと、確実に。

 ゴキブリ呪霊――黒沐死と名乗った――は、小腸大腸と肝臓を貪りつくすと、しばらくは毛づくろいをしたり奇妙な剣を研いだりする。再生するまで僕は放置だ。心臓や肺に食指を動かさないところを見ると、割とグルメなのかな。

 もっとも、任意で孵化させられる式神の卵を脳に植え付けられているから、逆らった瞬間に意識喪失は確定だ。

 できることは、破壊された四つの式神を生得領域でイチから組み立てて再生させることだけ。心の中に侵入してくるような器用な呪霊ではないことは不幸中の幸いだ。

 

(――基本骨子、切削。構成材質、補完。設計理念、参照。構築技法、再ゲッ、痛って。この部品はやり直しだな)

 はらわたを貪られながらでも、作業は怠らない。黒沐死の食事時間は長い。時間を無駄にしてはならない。

(つっても、反逆した瞬間頭ボンだからな。全自動運転(フルオートドライブ)、拡張術式で組み込めるか……?)

 囚われてから一日が経過しただろうか。下水管の中を、強力な呪力を持った何者かが歩いてきた。

 

「――術師?」

「――クカカ、分かるか。助けてやろうか?」

 

 若い女の声。小さな声でも、下水の中では響く。当然、黒沐死はすぐに気が付き、臨戦態勢に入る。

 

 だが。

 

「シン・陰流、居合――『夕月』」

 

 自分が先ほどから欲していた全自動(フルオート)。その極地が、目の前にはあった。黒沐死も剣で防ぐが、剣士としての格が違い過ぎる。六肢胸部を深く切られ、呪力による再生に一瞬意識を裂かれる。

「ギシャアッ!」

 式神の寄生卵を飛ばすが、悉く切り落とされ、次の太刀によって、黒沐死はその頭蓋を切断される。

 切断された瞬間、ギロリとその複眼のうち一つが僕を睨む。脳の中で何かが蠢く感覚。

 意識喪失までコンマ数秒を察する。その前に、伝えなければ。黒沐死は、僕たちと異なるが似ている。

「"青弐才(ペイルプラクティス)"――"無頭幽騎(ライドオン・オートマトン)"」

 拡張した術式を発動した瞬間、僕の脳は寄生卵の孵化によって爆ぜ、意識は失われた。

 

 

 

 身体を揺さぶられる。意識がゆっくりと浮上する。不死の術式は脳の欠損にも対応している。記憶がいくつか失われはするが、魂の深くまで刻まれた人格や、大切な思い出は失われない。小学校で習うことだが、実際に体験するのは初めてだ。

 自分の名前、父の名前、父の容姿、父と入浴した時に見た父の裸体。うん、大事なものは全部覚えている。元カノの名前は忘れた。

 

「よう、首無し騎士よ」

 目を開けると、ぼやけた視界だが屋内のようだ。あの下水ではない。

「あなたは――?」

 視界がはっきりとし始めると、日に焼けた肌の、いわゆる黒ギャル的な容姿の持ち主だと分かる。不死の術式によってメラニンはゆっくりと排出されるため、日に焼けるには日サロ通いが必須だ。もしくは生得術式の影響か。

 

「儂は、もう名も捨てたが。肩書で言うと、こうじゃな。シン・陰流、最高師範という」

 

 声色に似ぬ、老いた口調。キャラ作りとは思えない。なぜなら、シン・陰流最高師範という人物は、死滅回游勝者にも劣らない偉人だからだ。

 第一回死滅回游の後に表社会に現れ、死滅回游の基盤たる浄界に干渉し、寿命の通貨化を成し遂げた術師。彼――彼女であることが発覚したが――は人類の夢の二つ目『不老』を限定的に実現させた。その名声は、歴代勝者に勝るとも劣らない。

 

「貴様のお陰で、ゴキブリ呪霊の復活に気付けたわ。面倒じゃったよ、近くのゴキブリ全部を殺さんと復活し続けるという奴は」

 

「ほ、本人……?」

 

 ベッドから飛び起き、その上に正座する。不敬罪で牢獄送りにされる可能性もある相手だ。

 

「ん? そうじゃよ。帝都に立っとる銅像は儂の影武者じゃ。今はいい女をえんじょいしとるよ。若い肉体、最高じゃの」

 

「――そ、そうですか。助けていただきありがとうございます。あの、被害者の子供は?」

 

 依頼を達成できなかったことが、少し心残りではあった。

 

「ああ、食われかけのランドセルに住所が書いてあったから送り届けたわ。腑分けして内臓に卵一つもないことは確認しとるから、復活はあるまい」

 

 安心してほっと一息。しかし疑問が募る。

 

「ありがとうございます――ですが、最高師範ともいうべき御方が、どうしてここに?」

 

「あん? 十三代目のチャンプが全財産を投じて息子のアンタを捜索しとるからよ。小銭稼ぎに儂も参加しとる。――しっかし、死の概念が消え失せた現代でこんな原石がまだ残っていたとは」

 

「そ、それはどういう……」

 

「気が変わった。久しぶりに弟子を取りたい気分になった、という訳じゃよ。お主、次の参加者じゃろ。額見れば分かる。鍛えたるわ。ついでに親父さんからも匿ったる」

 額を爪で擦って指を見るが、化粧は付かない。ファンデーションで隠したが、頭部の再生時に剥けたようだ。

 平時であれば魅力的な誘いなのだろうが――。

「――遠慮します。死滅回游には、死にに行くので。別に鍛える必要なんて」

「そうかの? お主にはまだ生きる意志が。――ぬらぬらと湿った欲望が、瞳に宿っているように見えるが」

「叶わなく、なったので」

 思い出させるな、拒絶の瞬間を。また死にたくなってくるだろう。

 

「いんや。叶うよ。死滅回游の勝者には、その権利が与えられる」

「――え? 死滅回游の賞金って、一億分寿円ですよね? 僕の望みは、それじゃ叶えられません」

 

 僕とは違って、気高い父の愛と身体は金では買えない。どんな高い金を積んでも、それは不可能だ。

 

「それは副賞じゃよ。寿円システムの管理人たる儂からの。死滅回游の管理者、コガネからの勝者への報酬は、『任意の日本人一人に、死滅回游の記録にある術式を一つ刻み込む』というものじゃ。大抵の勝者は、剥奪された不死の術式を再度自らの身体に刻むことを望むがな。何しろ、殺し合いの直後じゃ。死なないこと以上に望むことはあるまい」

「――それが、どうかしたんですか」

「記録された術式の中にはの。『自己隷化』というものがある。最も縁の近い者に絶対服従する縛りで、自分の能力を極限まで高めるものじゃ。この『絶対服従』が、お主の望むことじゃろう?」

 

 違う。僕が欲しいのは、父の愛で。

 それは、決して叶わない。だから、死ぬしかないのだ。

 

「心からの愛が手に入らぬなら、次善を望むのは当然ではないか?」

 

 読心には驚かない。この術師は、その領域の生物だ。

 父の尊厳という実を砕き、その中から性という種を取れと言うのか。それは――なんと魅惑的な誘いだろう。

 

「全てを諦めての死か、次善の達成か。どうする?」

 

 人倫など、父に恋焦がれたあの日から、とっくに脱ぎ捨てたつもりだ。

 だから――。

「…………わかりました。とりあえず仮で、あなたの弟子になってみます。嫌だと思ったらすぐに辞めますからね」

「まったく、最近の若者は根気がないのう。まあええわ。とりあえず、修行場を紹介する」

 

「バイク、出しますよ。原付ですが、二人乗りでいいですか?」

 式神『青弐才(P.P.)』を、爪を媒介にして呼び出す。

「おお! こりゃええ。運転手としても、今後は頼むわ」

 

 前からは風に抱かれ、後ろからは新たな師匠に抱かれ。エンジンを吹かす。

 目的地まで、飛ばしていった。




Q.なんでバッドエンドルートに?
A.主要因:この糞婆を殺さなかったため
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