アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜 作:砂漠谷
南路が失踪して、半年が経った。
寿命交換機の掲示板には、メッセージが残されていた。
『七ヶ月経っても戻ってこなかったら、死んだと思って』。
それが意味するところは一つ。南路は、死滅回遊に参加するつもりだ。
参加権を得たのか。それとも、他の
それでも。
「あんな地獄に、
眠剤と安定剤が欠かせない生活だが、酒は飲まない。酔っている暇などない。人間が死なないこの国では、どこかで必ず生きているはずだ。
残り一か月。あれだけあった捜索資金は底をついてしまった。後は自分の寿命を切り崩して金に換えて探すだけだ。
「何が何でも。あの幸せな日々を、取り戻す」
見つけたところで、何も知らなかったころには戻れないことは分かっている。それでも、共に暮らすことはできるはずだ。
無精ひげに触れ、鏡の前でそう自分に言い聞かせた。
―――――――
師匠と出会って、半年が経った。
修行は過酷の域を超えて、虐待すれすれのものだった。
スラムの『殴られ屋』の子供を拉致して、金を握らせてその対価としてひたすら切る訓練。何度も嘔吐しつつ、子供の絶望の顔に顔色一つ変えずに斬れるようになった。
身体を作る訓練。一日に五千カロリーの摂取とその消費をさせられた。太る才能はないようで、筋密度は日に日に高まっていったが体重は十キロも増えなかった。
針の大量に生えた椅子に七日七晩座る訓練。寝ている間も最低限の呪力防御が続くようになり、呪力の流れだけで柔軟や準備運動をする方法も教えられた。
結界術のための飲まず食わずのひたすらの座禅。結界術に関して座学で最小限はやっていたので、簡易領域自体の習得は難しくなかった。ただし、掌印の省略や簡易領域の広域化はかなり困難で、四ヶ月ほどかかってしまった。
呪霊が溢れ、車が通れない山奥に投げ込まれる。熊を殺して捌き、焼いて食べる経験は確かに希少ではあった。
半ば苦行に等しい修行を、僕は父詠児への欲情を心根に潜め、弱音も吐かずにこなし続けていった。自分がここまで根気強いとは、思っていなかった。
「では、そろそろ最終試験、いくかの?」
「ぜぇ、はぁ。……お願いします」
さらに若返り、童女のような姿になっている師匠を助手席に座らせ、喚び出した黒塗りのリムジン風車両で夜の山道を走る。
後部座席には載せない。師匠が術式の対象になってしまう可能性があるからだ。
「そこを――右で。そのまままっすぐじゃな」
「この先行き止まりですよ?」
「地図ではな」
指示通りまっすぐいって、木々を抜けた先には、崖と海。やはり行き止まりだ。
「ほら、言った通り」
「見ぬけんか? ほら、よう見てみ。星空が季節外れじゃ。十月なのにオリオン座がある。ほら、三連星が見えるじゃろ? 結界じゃよ」
「言われればそんな感じも――? かなり巧妙な結界ですね」
「まあ、儂の弟子の成れ果てが結界を張っておるからの」
「え――」
「宿怨じゃよ。三十年前の」
師匠は、昔の話を殆どしない。最近どんな男をひっかけただの、どんな呪霊を倒しただの、そういった話ばかりだ。
「で、どうやって入るんですかコレ。よくよく見れば、『隠す結界』と『弾く結界』、両方の要素がありますよね」
「よくわかったの、流石我が愛弟子。股開いてくれんかの」
「ゲイなので。あと初恋の人に最初は捧げるって決めてるので」
死滅回遊に勝ち抜き、その報酬で隷属させて無理やり――という手段を取ることになってしまう予定なのだが。
「で、どうすれば扉が開くか、じゃが――これじゃよ」
師匠が鞄から取り出したのは、特に呪力を持たない札束。しかしよく見ればおかしい部分がある。
「日本銀行券――? なんですかコレ。偽札ですか、知らないおっさんが書かれてるし」
現代において日本銀行などという組織は存在しない。紙幣発行権を持つのは伏黒記念銀行だ。
「今の若いもんは福沢諭吉も知らんとは。まあええわ。これを結界の前に置け」
ぽんと札束を投げ渡される。しぶしぶとリムジンから出て車を師匠に任せ、札束を崖の前に置く。
すると、札束が掻き消え、同時にどろりと目の前の景色が溶ける。
そして、別の風景が現れた。
それは黄金で出来た豪奢なホテルのロビーのような。
「いや、葬儀場?」
悪趣味だが、正面にはダイヤが散りばめられた棺がある。
棺の上に座って、棺の中を覗いてじっと見つめているような、長髪の女。おそらく気配からして呪霊だが、水色の長髪で顔が隠れて見えない。
長髪の内側の視線が、こちらを向いた気がする。
「ういういノ……葬儀ニ参列頂キ……アリガトウ……ゴ祝儀……大切ニ使ワセテ頂キマス……」
掠れたぎこちない女の声。おそらく呪霊で確定。今や原付ではなく大型二輪になった"
「――車両ノ、進入ハ、オコトワリ、オコトワリ、オコトワリ!」
刺激したのだから当然だが、大人しい雰囲気が豹変する。髪の内側から呪具の大斧を取り出し、僕、というよりはバイクに切りかかる。
「"
呪力で造られた運転手状の靄。それを載せた青いバイクがひとりでに走り出す。かつては自動で自分を動かすプログラムに過ぎなかったもの。それに改良に改良を重ねた独自の術だ。
呪霊はその斧でバイクを両断し、その直後にバイクは大爆発。酸素と呪力が反応して爆風を造り、呪霊を吹き飛ばす。
僕の呪力は、術式の副作用で、可燃性を持つ。幼い頃、それでやけどをしてから火気は避けるよう父に強く言われていた。
呪力の可燃性を制御するように師匠から言われ、やけどしながら、トラウマと向き合いながら、自らの呪力と向き合った。その結果、燃えるタイミングを自在に制御し、式神にも可燃性を付与することが可能になった。
「敵――、殺ス!」
着地直後に斧を振りかぶり、呪力の衝撃を放つ長髪呪霊。
だが、こっちにもまだ手札がある。
「"
具現化した大車両――消防車のサイドフレームで放たれた呪力を防ぐ。そのまま放水銃を呪力で操作し、撃ち出す。
液体は、疑似的な水も出せるが、今回は僕自身の呪力を液化したもの。すなわち――火炎放射。
轟々と燃える呪霊の肉体は、しかしダイヤの棺を守るようにして庇い、避けることがない。
「
"
この拡張術式のタネは、汎用化された式神術を生得術式に組み込んだもの。つまり、『式神in式神』。車両型式神を媒介とし、核として降霊する人型の式神。
それゆえ、実体のある呪骸などよりは脆い。斧の一振りですぐに消し飛んだ。工具が地面に落ちる。
火炎放射にその肉体を燃やされつつも、一歩ずつ前進する長髪の呪霊。
その背中に、三つの工具が突き刺さった。
「ナニ?」
人型の靄は、確かに脆い。だが、それは核を車両内に搭載しているからだ。
故に、車両が破壊されない限り。
「
「ソウカ――ソウカ。オ前ハ、ソコマデシテ葬儀ヲ穢スカ。――ナラ!」
小さな呪力――黒いカラスが、一匹。虚空から、葬儀場の天井に現れる。
その呪力が、一瞬にして千倍、いや万倍に膨れ上がった。
「こくちょうそうじゅつ――ばぁどすとらいく」
致死の想像。死にはしないだろって?
この呪霊の知性と呪力量なら、封印術を使えてもおかしくはない。封印によって、仮死状態を永続化させることは可能だ。それは、不死にとって事実上の死の一種だ。
『儂は助けに行かない。戦闘不能は封印や無限の拷問と同義だと思え』
走馬灯が脳裏に過る。師匠がここに行く前に放った一言だ。嘘とは思えなかった。
しかし、烏の突撃を防ぐ方法は、僕にはあった。
「シン・陰流、簡易領域『落葉』、ひとつ」
呪力の刃の数は事前に設定でき、今回は一つ。その縛りによって、刃の鋭さは桁外れなものになる。
だが、烏は、僕にではなく消防車の式神に突撃し。
一撃を以って高い強度を誇る消防車を粉砕した。
「嘘だろ……?」
破壊によって人型の靄も消滅し、炎は余熱を残して消える。
同時に。悪戯に人に致死傷を負わせ、それでも人の死なぬ現代では消滅した概念が。つまり、絶対に殺すという威迫、『殺気』が僕を圧倒する。
「ヒッ」
次の瞬間には、僕に向けて正確に大斧が投擲されていた。
それは、恐怖によって解除を忘れていた『落葉』によって偶然にも弾かれ、地面に落ちる。
だが投擲はブラフ。弾いた後、視界には呪霊は存在せず。
背後に莫大な
「あっ、ア゛ア゛ア゛ア゛!」
恐怖を呪力に転換し、喚び出した三車両目で僕ごと呪霊を圧し潰す。
「"
その衝撃によって、僕の頭蓋には罅が入るが。白い車――救急車が放つサイレンと共に、急速に治癒していく。
不死の術式による治癒よりも高速。そして、逆にサイレンを聴いた呪霊はどろどろと肉体を溶解させていた。そして、霧を撒き散らしてその姿を消した。
下敷きになった僕は救急車を移動させてなんとか立ち上がり、額の汗を拭う。
救急車は呪力を大量に食うため、長い時間維持できない。生得領域に送還する。
「ぜぇ、ぜぇ。なんだ、あの気迫は。"第四車両"で封印は出来なかったけど。よしとするか」
そして外に出ようとして。
「結界が、崩れない?」
違和感に気が付いた。同時に、再度の殺気。生まれてから二度目の死の予感が、僕を襲う。
「オオオオオオアアアアアア!」
どろどろになり、半死半生となった女の呪霊が、元の位置、棺の上に現れ。
彼女は棺を開く。そこからは、大量の黒羽の塊――カラスの群れが湧き出した。
烏の呪力全てが膨れ上がり、僕に殺到する。一つ一つが戦車砲に匹敵するその群れが直撃する、その寸前。
「領域展開」
雄々しくも聴きなれた声色。しかし聴きなれない声量が。
僕を護り、呪霊に向ける殺気と共に。
父の声が、聞こえた。