アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜   作:砂漠谷

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ふたりのきおく、みんなのきおく

 詠児の領域。南路は幼い頃、一度だけこれを見たことがある。

 それは地下鉄の駅。どこにでもあり、どこでもない路線の一駅。

 

「"奇晒戯囚点(きさらぎしゅうてん)"」

 

 展開された領域の内部には、烏は一匹もおらず。ただ、棺を抱える呪霊と、西東南路と。そして術者、西東詠児が存在していた。

 

「父さん……」

 

 南路の口からは、続ける言葉が出ない。あの時拒絶された、愛する父。

 その尊厳を踏み躙ってでも、愛を手に入れると決めた相手。

 今更合わせる顔など――。そう思う南路だったが。

 

「心配、したぞ」

 

 ただ、詠児は南路の目に視線をやり、一言そう伝える。

 そして、音波変換された正のエネルギーを浴び、溶解しかけている長髪の呪霊に向き直った。

 西東詠児の生得術式は、領域備え付けの術式。それも、術式の開示が自動的に行われる類のものである。

 つまり。棺を背負う呪霊の脳には、既に情報が流し込まれているということ。詠児は、呪霊がそれを理解していない可能性を鑑み、もう一度それを口頭で説明する。

「呪霊。今の俺と息子に、攻撃は通らない。だが、それを崩す手段がある。それは、これから現れる木偶の破壊だ。木偶は、お前の知人友人恋人家族、ともかく縁のあるものの顔形をしているが、中身のない木偶だ。気にせず殺せ。ある程度殺すと、俺に攻撃が通るようになり、全て殺すと、俺は領域の外と同等の強度になる」

 

 呪霊はその情報を、理性が薄れた頭で咀嚼しながら、呪力を消費して肉体を再生させていた。

 そして、結界が起動する。

「さぁ、行くぞ――はじめ」

 

『列車が到着します。ご注意ください』

 

 始めの合図。同時に鳴った到着メロディと共に、地下鉄の両側で、列車が減速しながら駅に到着する。

 そして、扉が開き、乗客たちが降り――直後、その頭部が十数個ほど斧で切り飛ばされる。

 

「『キャアアアア』『血、血ダァ』」

 

 どこか嘘くさい悲鳴を上げる木偶たち。彼らは一斉に呪霊から離れるも、棺を背負う呪霊がどこからか取り出した大斧で背から縦に横にと切断される。

 

 三十体ほど木偶が死に、三十一体目に呪霊が手を出すが、その斧頭は、横から差し出された木の棒に遮られる。

 

「ナニ?」

 

「呪樹棍、『天津』。九代目勝者の成れ果てから伐り出した心材だ」

 

 呪樹。魂が脳ではなく、植物体にまんべんなく宿り、意識が限りなく希釈された不死者の成れの果て。感覚器もほぼなく、思考もできず、ただ強烈な刺激を受けた時のみ、条件反射として呪力の衝撃を放つ。

 ちょうど、今のように。

 呪樹棍から放たれた呪力の衝撃は、斧を大きくかち上げ、呪霊の姿勢を不随意の大上段の構えのようにする。呪霊は斧を握り直し、振り下ろそうとするが――詠児にとっては二手遅い。

 

「三十人。死のフィードバックは、こっちに来るもんでね。お前の殺し癖はだいたい把握した」

 

 一メートル半ほどある棍杖を自在に振るい、防御を捨てて連撃を叩き込む父。呪霊は爪や蹴りで父に傷を付けようと暴れるが、領域の効果ゆえに、父は血の一滴も流さない。その姿を、南路は後ろから眺めていた。

 

「父さん、せめて、僕も――」

 

 術式の説明と今までの攻防の時間で、組み立てが最も容易い"青弐才(ペイルプラクティス)"の喚起準備は終了した。運用に必要な呪力は、南路の体感ではギリギリ残っている。

 しかし。長髪の呪霊は大きく後ろに飛び、父の追撃から逃れる。

 そして、棺を開き――取り出したのは、カラスの抜け羽根の、束。

 

「は?」

 

 父も僕も、呪霊の行動に一瞬思考が硬直する。呪霊にしてはひどく理性的だったが故に、行動に理屈を求めてしまい――。

 

「南路! 木偶から離れろ!」

 

 解答を導き出した詠児のその助言は、しかし、一瞬きほど遅かった。

 呪霊の姿が視界から掻き消える。直後、背後に呪霊の気配。

 

「"青弐才(ペイルプラクティス)"!」

 

 バイクの一部分、大型二輪サイズの回転する後輪のみを、反射的に呼び出す。右腕を振るい、そのタイヤで棺を背負った呪霊を轢き殴ろうとして――()()()()()蹴り上げられた。

 なっ――? 驚愕と共に、南路は木偶の方を見る。視線の先には白髪で碧眼、背の高く若い男の木偶。

 そして、その木偶の首裏には、カラスの羽根が刺さっていた。

 

()()()()()だ! (えにし)と術式を辿って領域から操作権を奪いやがった!」

 

 詠児が叫ぶ。領域を解除すれば木偶は消滅するが、その場合に、数百ものカラスの操作権が呪霊の手に舞い戻る。カラスを用いた致死の攻撃を喰らえばミンチは避けられず、不死の術式による再生の前になんらかの呪いを掛けられかねない。

 詠児は不利な二択を迫られていた。

 

 二体の木偶――僧侶にしては剃髪をしていない、五条袈裟の福耳男と、先ほどの白髪碧眼男。それらは鋭い徒手空拳を繰り出し、南路を圧倒していた。首裏に黒い羽根のある他の木偶は、詠児のところに殺到して彼が南路にたどり着くのを妨害していた。

 

「――ワタシノ、シル、最強ノ二人。コンナモノデハ」

 

 呪力が首裏の黒羽根から木偶に流れ込み、木偶二人の動きはさらに鋭敏に、威力は甚大になる。

 

「ぺ、ペイル――」

 

 咄嗟にバイクの側面を具現化し、防御の姿勢を取る。二人の拳と蹴りが迫ったからだ。

 南路のうなじはビリビリと危機を察知し、それでも自分の術式の強度を信じて。

 

 ――二つの黒い火花が、バイクを貫いた。

 

 ふたつの黒閃。最強の二人は、彼女の記憶の中でも最強だった。

 

 南路はその衝撃に血反吐を吐いた。だが、それでも、南路は勝利を確信する。

 

「抜いた――ッ」

 

 木偶二人の背後にいた、首のない亡霊が、バイクの破壊と共に崩れ去った。その掌にあった黒い羽根は地面に落ちる。それを拾うものもなく。

 碧眼と五条袈裟は、機能を停止する――はずだった。

 だが、その拳は止まらず。

 

「なッ――」

 

 呪霊から流れてきた呪力は残滓のみが残り。木偶の支配権は領域に戻るはずだった。

 それでも、黒い火花は、魂なき二人に微笑んでいた。

 

(父、さん、僕は……)

 二度目の、黒い閃光が散る。今度は正確に南路の心臓と頭蓋を粉砕し、彼の意識を闇に沈めた。

 

 十分な呪力に依らず黒い閃光を放った代償。二人のその拳は肩まで消し飛んでいた。二人は顔を向き合わせ、ニヤリと笑うと、塵となって消滅する。

 

 それを、詠児は見た。見てしまった。不死とはいえ、息子が一度殺される、その様を。

 

 呪いが、迸る。

 

雄雄怨怨々々(オオオオオオ)ッ!」

 

 呪力の爆発。詠児は、自らの無敵が崩壊することもためらわず。棍を振るい木偶たちをコンマ数秒の間に鏖殺した。

 

 領域には、不死の術式によって再生中の南路を除外すれば二人。

 十三代目、死滅回游勝者。西東詠児。

 そして、名を失ったかつての一級術師。

 相対する。

 

 二人はじりじりとすり足で歩み、そして、間合いに入った瞬間。

 

「おおッ!」「オアアッ!」

 

 互いに呪力を足元から爆発させ、その勢いでぶつかり合った。

 棍と大斧が衝突する。詠児はくるりと棍を回転させ、大斧を絡めとるように動き、呪霊を蹴とばして武器を手放させる。

 だが、呪霊は髪の内側から新たな斧の柄を取り出し、遠くに行った斧はそのまま消失した。

「術式――いや、肉体の一部か!」

 髪の内側から取り出した勢いで、まるで抜刀術のように斧を振るい、袈裟掛けに詠児の身体を狙う。

 躱しきれず、彼の肩は浅く切り裂かれる。傷口を抑え、退く。

 

「ぜぇ、はぁ。痛ってぇな」

 

 出血は止まらず、再生は行われない。

 

「クッソ、反転術式覚えとけば良かった――、だが、まだ浅い」

 

 筋肉の隆起によって出血を完全ではなくとも抑制し、棍を再度握りしめる。

 

「もう一丁」

 

 呪霊は、負傷も厭わず突撃するその姿に、何者かの姿を思い出す。だが、それでも斧を振るい――ピシリ。領域の、外殻が砕ける音に、双方の動きが止まる。

 

「クソ、侵入者か? マズい、あのカラスは――」

 

 結界を修復することは間に合わず。領域が崩壊する。駅の風景は消え去り、現れたのは黄金の葬儀場ではなく、朝日が昇る山道だった。南路が結界に進入してから、主観時間で三十分も経っていないのにも関わらず、夜は明けていた。

 山道には、カラスの死骸が数百ほど集められ、山となっていた。その全ては、刀か何かで両断されていたようだった。

 

 カラスの死骸を竹箒で掃き集めていた、黒い肌の童女が、呪霊と詠児、二人に目を向ける。再生中の南路にもついでにちらりと。

 

「おう、術式効果内のカラスは殺し尽くしておいたぞ」

 

 その言葉を真実だと判断し、詠児は棍に最大の呪力を籠めて呪霊を殴打、だが。

 その棍を止めたのは、一本の刀だった。抜き身の刀。流れる呪力は、多いとはいえないが、極度に洗練されていた。

 

「なっ、何故止める!」

「そりゃ、直接でないとはいえ、弟子の姉じゃからの」

「呪霊だぞ! 俺の息子を――っ」

「死んでないならチャラじゃろう。何より。こやつはお主の息子の道具として使える」

「は? 何を――」

 

 困惑する詠児を無視し、呪霊に振り返る。

 

「のう、呪霊よ。弟に、仲間に会いたくはないか?」

 

 長髪の呪霊は、色黒の女――自身と同じく、名を捨てた女を睨む。

 呪霊は、その女の正体を知っている。かつては自らが圧倒出来た力量。しかし、長い間を葬儀場(けっかい)で過ごし、衰弱した呪霊と、若さを取り戻し鍛え直した色黒の女では、その呪力量も、術式の鋭さも逆転していた。

 何より、術式の範囲内にカラスが存在しないという事実が、致命的だった。

 

「死者ニ、会ウコトハ、デキナイ」

「そうじゃな。だが例外はある」

 

 山道の向こう側から、黒い車がやってくる。リムジンだ。

 詠児は、息子の術式の気配を感じた。呪霊も同様に、自分を焼いた炎や爆発と同じものを感じ、警戒を強める。

 

 リムジンの後部座席が開く。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 だが、呪霊の目には、耳には、違うものが見えていた。

 

『■さん!』『■■一級術師』『Ms.■』『■■先輩』『――姉さん』

 

 輝かしい過去が、呪霊となって曇ったような視聴覚を磨くように、煌めいて現れた。

 

「ア、アア――」

 

 吸い込まれるように、呪霊は一歩、一歩と近づき。

 彼女はリムジンの後ろに乗り込み、バタンと、扉は閉ざされた。

 

「輝かしい過去に浸かる対価として、淀んだ未来は閉ざされる。預かったとはいえ、全く、性格の悪い四番目じゃな、南路よ」

 

 ここに、名もなき特級呪霊の封印は、完了した。

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