アンデッド・アンダー・ダ・ネーション 〜死滅回游永続√after〜   作:砂漠谷

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 朦朧とした意識が覚醒する。

 瞼を開き、ぼやけた視界の中で、父を探す。

 

 幸い、今度はすぐに見つかった。

「南路、ぐぅ、南路ぃ。生きてて、良かった……」

 

 ベッドの側に座り、涙を流している目には、大きなクマができていた。

 整えていた髭は無精髭に。髪も六か月切っていなかったのだろう。身体もあまり洗っていなかったようだ、やや臭い。

 だがそれも、父の愛を感じられて、とても心地いい。起床直後の曖昧な思考で、そう考えた。

 

「生きてるに決まってるじゃないか、父さん」

 

 やはり、この(ひと)を裏切ることなど。尊厳を踏み躙ることなど、できない。

 望みが叶わぬとしても。小骨の刺さったような不満足を時折覚えるとしても。

 彼と過ごすことが、最大の幸運なのではないか。

 

 そう思い、身体を起こし――ズキり、と額に痛みを覚え。

 

 それとともに、大きな声と共に。意識が覚醒する。

 

「よぉ! 俺はコガネ! 今から第三十回死滅回游について説明するぜ! よく聞きな!」

 

 デフォルメしたドクロと、芋虫と天使が合体したような小さな式神がわめきたてる。

 ああ、これがあったか。

 迫りくる、死の運命に。

 

「――お前の師と名乗る女から、話は聞いた。泳者に選ばれたのか」

 

「うん、父さん。全国から、運営(コガネ)に選ばれた者が集まる殺し合い。後天・先天の違いはあれど、全員が術師。それが死滅回游、そうだよね?」

 確認すると、首を縦に振って俯く父。

「ああ。……正直、お前が選ばれるとは、思っていなかった。一万分の一で、親子続けてそうなるなんて」

「母さんもだから、家族全員、だね」

「家族……そう、思ってくれるのか。お前の、母を手にかけた私を」

 父は、膝に当てた拳を振るわせている。その拳を両の手で覆って、寄り添う。

「ズレてるよ、父さん。顔も知らない母親より、幼い頃から僕を育ててくれた父さんの方が、ずっと好き。……気持ちは、変わってないよ。でも、我慢はできる」

 父の震えは止まり、彼は両の手をやさしく振りほどいた。

「――すまない、お前の気持ちに応えてやれなくて。私を許してくれ」

「ううん、一緒に過ごせるだけで、幸せ」

 欲望よりも、人としての幸福を取る。そうあるべきだと思う。

「そうか、ありがとう……!」

 父は顔を上げる。その瞼は一層赤く腫れていた。

 

 さて、本題に向き合う時間だ。コガネは今も煩く騒いでいる。

 死滅回游での生存。それを目的として、動き出す必要がある。

「師匠は、何か他に言っていた? 死滅回游については?」

 

「あ、ああ。特にはなかったが、預かり物がある。お前の師匠は、この手紙を置いて去った。()()()()()()()()()()()()に開けと言って。お前にこれを渡しておく」

「そう、そっか。僕は何日寝てた?」

 

 もっとも重要な質問。不死が剥奪された感覚はないので、まだ始まってはいないだろうが。

「言いにくいが――20日間。今日は十月二十一日だ。あと、十日で死滅回遊が開催される。その前に――」

 その言葉を遮るようにして被せる。なんども聞いた話だ。

結界(コロニー)内に入って、陣地を組む。出来れば同盟相手も、だよね」

「ああ。幼いお前に何度もせがまれたな。『死滅回游で勝つ方法』」

「カッコいい父さんに、憧れてたんだ。父さんみたいになれないかなって」

 今もひそかに、憧れは胸の中にある。

 

「……そうだな。だが、今回は勝つよりも」

「生き残ることの方が大事、だよね」

「そうだ。死滅回游の予戦において、術師を二十人、もしくは、非術師を百人。それらを殺して百点を手に入れて消費すれば、脱出権(エスケイプ)が手に入る」

 死滅回游には、非術師の参加は、原則として不可能だ。そもそも呪印という権利がない。

 だが、原則には例外がつきもの。呪印持ちの術師の呪力に接触しながら結界(コロニー)の内部に進入すると、その術師と同じ場所に転移できる。

 拉致であったり、自殺志願者の募集であったり。金や人脈、組織力を持つ人間は、そうして人命を点に変換して、最初のスタートダッシュを図る。

 だが、それも早いうち――最低でも開催の二ヵ月以上前から準備を始める必要がある。僕には不可能だ。

 

「お前は、必然的に術師と対峙する必要がある。技術はこの六か月で十分身に着けたとお前の師匠から聞いた。であれば、心構えと戦略面。最悪でも三日前には入場した方がいいから、残り一週間で、それをお前に叩き込む。」

 

 そこから。父と僕の、半年ぶりの特訓が始まった。

 

 半年の呪印保有で、呪力量は父に比肩していたし、結界術や剣術体術の類も、半年の修練でかなり身についた。

 だが、立ち回りは二十年近く術師をやっている父には敵わない。何より、父の術式の都合上、『殺され方』の知識経験が非常に豊富だ。つまり、それを回避するための生存技術をずっと磨き続けてきたということでもある。

 生存術。その一点において、父を抜く術師は国内にいまい。かの神君、伏黒恵ですら敵わないと僕は信じている。

 

「遮蔽物をうまく使え。だが、遮蔽物を崇拝するな。中堅以上の術師は、鉄の壁を優にぶち抜く」

「回避は紙一重であればあるほど良い。他の攻撃を躱す余裕が生まれるからだ。だが、紙一重をいたずらに狙うことほど愚かなこともない」

「人は死ぬ。この国では失われた自然の法則は、期間中の結界(コロニー)内では有効だ。死の概念を、その恐怖を頭に叩き込み、その上で克服しろ」

 

 数々の教えは、短期間で模擬戦闘と共に肉体に叩き込まれた。棍の打撃で、骨が折れ、内臓が破裂する。しかし、その一つ一つに父の愛が感じられ、ある種の心地よさを感じていた。

 

 そして、一週間は刹那のように過ぎていった。

 

「――これで、お前に教えるべきことは全て教えた。本当はもっと髄まで教えを浸透させたかったが……時間がない。早く結界内に入り、陣地を作って同盟相手を見つけろ」

「うん。父さん。今まで、ありがとう。必ず生き残って見せる。……またね」

「ああ。待ってるぞ」

 

 父さんとの別れは済ませた。

 もうすぐ、第三十回死滅回游が開催される。それに参加しなければならない。

 

 全国にある二十の結界(コロニー)。その中で、火を使える僕が有利になるだろう、比較的気温が低い仙台結界(コロニー)に進入するつもりだ。樺太結界(コロニー)も検討したが、寒すぎてカラスがいないため、第四番目(リムジン)に封印した呪霊の式神を借用できない。

 

 刀を背に携え、バックパックには食料を満載し、革のスーツを着込んで。

 黒いバイクを走らせる。式神の青いバイクは、呪力の消耗を少しでも抑えるために使用は控えた。

 

 高速で時速百キロ余りを出しながら、先行車両をどんどん追い抜いていく。時折、高速道路を走って取り締まる眷獣の姿を見かけるため、その時だけ速度を落とし。

 

 帝都から僅か三時間で、結界外殻付近に到着した。

 

 日本の新たなる象徴。それは富士山でも、日の丸でも、菊の紋でもなく。

 伏黒恵と、この円筒状の黒い結界(コロニー)である。国旗は白地に赤丸ではなく、白地に黒丸となっている。

 正式名称は、共和帝国日本。共和制にして、帝政。アジアの多民族を統治し、伏黒恵という神帝を掲げる一方で、『総体としての国民と、君臨者としての(オレ)は等価である』という伏黒恵本人の宣言によって、共和制も称することになった。

 行政及び司法のシステムに関しては、伏黒恵の術式に頼る部分が多々ありつつも、立法府に関しては国民にほぼ全て委任している。

 数年前の選挙で極右政党が第一与党となり、四代目勝者の娘である二十一代目勝者が首相となった。彼女が主導したモンゴルとの戦争の開始時も、特に伏黒陛下の発言は報道されなかった。

 

 その逆元寇(さかげんこう)と言われるその戦争は未だに続いているのだが……閑話休題。政治の話は生き残ってからにしよう。

 

「"黒夢見(BLACK BURIAL)"」

 呼び出した黒いリムジンは、その形を変貌させていた。後部に神道建築様式のパーツが増設され、明らかに霊柩車だと分かる形をしている。

 

「"輻射――黒烏操術"」

 

 封印されている呪霊の術式を引き出し、周囲の烏を集める。結界の外殻をぐるりと回る形で運転しながら、烏を集め、霊柩車の上に集める。

 一通り集め終わった。百羽程度はいるだろうか。これでもやや不足だが、『ばぁどすとらいく』で浪費しなければ十分である。

 準備は終わったので、結界の外殻に触れる。

 

「よぉ! 俺はコガネ! 第三十回死滅回游の参加権を確認したぜ! 参加するか?」

 

「黙れ」

 

 ここでYESというと、ランダム転移になる。肯定をせず、そのまま結界に進入する。結界内で開催日の正午を迎えると、自動的に不死の術式が剥奪されて、泳者(プレイヤー)として認定される。

 

 ずぶりと、呪力を纏わせた刀を結界に入れ、進入できることを確認してから。

 一歩を、踏み出した。

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