一話 プロローグ・一
────忍びは人を殺すが定めですが
────教師は人を導くが定め。
────その願い、時に刃が汲むこともありましょう。
▽ ▲ ▽
「ぐっ⋯⋯。」
今まで聞いてきたより幾分か軽いが、数多く響く銃声。地を揺らす爆発音。
────かなり近い。すぐそこが戦場だろう。
揺れる視界を抑えるように額に手を当て、身体を起こす。
「────九郎様!」
擦り傷、切り傷、あるいは焦げた身体。
男は生傷絶えぬ身を気にも掛けず、その名を呼び辺りを見回す。
しかし男の探し人は、すぐ隣に倒れ伏していた。
「九郎様⋯⋯!」
「⋯⋯狼、か?」
「⋯⋯!?」
狼は思わず自分の目を疑った。
目を覚ました少年の頭上に、薄く光る輪のような紋様が浮かんだからだ。
「⋯⋯狼?」
「はっ、ここに。」
「狼よ、私たちは⋯⋯生きているのか?」
「⋯⋯はい。確かに、生きておりまする。」
目を覚ました少年────九郎の背中に手を回し、ゆっくりとその身体を抱き起こす。
彼の頭上の輪のことも気にはなるが、彼が目を覚まし、特に痛がる素振りを見せないなら、安全確保が第一だ。
狼は改めて自身の置かれた状況を確認する。
腰には彼とともにいくつもの死線を越えた刀、楔丸。
背中には“死なぬ者”さえ殺すことのできる、不死斬りの大太刀、“拝涙”。
左腕の忍義手も、薬水の湧く瓢箪も、確かに失われていない。
しかし、大きく変わったことがひとつ。
「狼よ、ここは?」
「⋯⋯わかりませぬ。」
狼はつい先程、戦火舞う薄野原にて、剣聖と謳われた一国の将との死闘を制したはずであった。しかし二人は、泥か何かで固めたような材質の、頑強な床壁の部屋で目を覚ましたのだ。
外からは飛び交う怒号や銃声、時に爆音が地を揺らすが⋯⋯不思議なことに刀の打ち合う音は聞こえない。
微かに硝煙こそ香るが、かの地のような血腥さを感じさせない空気。
⋯⋯寝ている間に別の戦場へと移動したのか?
何故?どうやって?
そっと窓から外を覗くと全く見覚えのない建築物から煙が上がり、ここは二階か三階か⋯⋯眼下では鋼鉄の車が火を吹き、あろうことか珍妙な格好をした女子供が鉄砲のような武器を持って駆け回っている。
「⋯⋯!」
よく見るとその女子供にも一人一人、紋様こそ違うが九郎と同じような輪が頭上に浮かんでいた。
「何処かはわかりませぬが────葦名の地でないことは、確かかと。
⋯⋯そして、今出るのは危険と存じます。」
このような状況に置かれては、彼の悲願と言えど流石に“儀”を執り行うわけにはいかない。二人は傷を癒す薬水瓢箪を呷りながら、砂混じりの殺風景な部屋⋯⋯廃ビルの一部屋に息を潜め、葦名でのことを思い出す。
▽ ▲ ▽
時は戦国、日ノ本の北、雪深い峠を超えた先に葦名の国あり。
剣聖と謳われた武将、葦名一心が一代で興した葦名は、しかし時代の流れとともに存亡の間際にあった。
『もはや、寄せ手から葦名を守るための、尋常の術はない。』
一心の孫、葦名の将は窮状を憂い、不死の力“竜胤の血”を手にしようと、御子である九郎を幽閉する。
九郎は御子ながらも、天涯孤独ゆえ家族も家臣もなにもなかった。
ただ一人の忍びを除いては。
『主が葦名に囚われた。』
かつての襲撃で九郎を守れなかった、彼の唯一の臣である忍び、狼は、何者かによって落とされた文から、引き離された主の在所を知らされる。
幾度もの死線を越え────狼は自身の左腕を斬り、九郎を拐った将への復讐を果たした。
しかし九郎は、自身の持つ竜胤の力は他人を狂わせると危惧し、狼とともに血を断つ方法を探すこととなる。
葦名の地を駆ける狼、竜胤の血に関する古文書を読み漁る九郎。
ついに二人の努力は実り、御子の生命とともに血を断つ儀、 “竜胤断ち” の方法を見つけ出した。
主の悲願のために義父を斬り。黄泉より舞い戻った剣聖をも斬り。
不死断ちの儀に従い、不死すら殺す秘匿の大太刀、“不死斬り”を九郎の胸に突き立てようとしたその時だった。
雷鳴一閃。
振り上げた不死斬りに光が打ちつけられたところで、二人の記憶は途絶えていた。
▽ ▲ ▽
「記憶に残る最後の光⋯⋯あれは多分、空から落ちた雷であろう。
ということは、ここは黄泉の国か?」
「しかし⋯⋯まだ、確かに、死んでおりませぬ。」
竜胤断ちの儀を行っていたこともあり、見覚えのない地で目覚めた九郎は自分が生きているかすらもわからない様子だ。
狼も多くの謎に頭が埋め尽くされそうになってはいるが、頬を拭えば乾きかけの赤黒い血がこびりつき、肩を動かせば義手も確かに駆動する。死んだとすれば、忍義手の代わりにかの侍に斬り飛ばされた左腕が生えていなければおかしいだろう。
「それもそうだな。とりあえずは、外が落ち着くまでここで待つとしよう。」
「⋯⋯御意。」
狼一人ならまだしも、九郎を連れて動くのは非常に危険である。それに同じような建築物が乱立するこの地なら、二人が見つかることもないだろう。
そう、思っていたのだが。
「────ちくしょう押されてるぞ!」
「こうなったら⋯⋯手当り次第ぶっぱなせ!!
瓦礫の山を作ってでもヤツらを通すな!!」
巡航戦車────クルセイダーⅠ型が、不運にも二人の居るビルへと火を吹いた。
▽ ▲ ▽
時を同じくして、一人の男と五人の女子が戦場を駆けていた。
「────リン!あの建物で良いんだよね!?」
切れそうな息を整えながら、男は微妙にサイズの合っていないインカムに声を飛ばす。
立ち止まると細かく震える手や走った距離に見合わぬ量の汗は、ただならぬ緊張や恐怖から来るものか。
『はい、あのビルこそ“シャーレ”の部室です。
先程話した通り地下にある「とある物」の元まで先生をお連れするのが、我々の最優先事項です。
⋯⋯連邦捜査部副顧問の捜索に関しては、その後でも構いません。
現在先生の前方30mまでの安全は確保されているはずですが、付近のビルの影で暫くお待ちください。』
その言葉を聞いた男は言われた通り、瓦礫に躓きそうになりつつも、ビルの壁を背にへたり込む。
「────どうして、こんなことに⋯⋯!」
男は思わず弱音がこぼれても仕方のないような、波乱万丈な半日を振り返った。
▽ ▲ ▽
「目は覚めましたか?先生。
⋯⋯混乱されていますよね。わかります。
こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。
移動しながら説明いたしますので、私についてきてください。」
────超巨大学園都市 キヴォトス。
数千の学園からなるその都市を管轄する行政機関、連邦生徒会のトップである連邦生徒会長が、新たな部活を立ち上げた。
曰く、連邦組織のためキヴォトスに存在する学園すべての生徒たちを、制限なく加入させることすら可能で。
曰く、各学園の自治区で、制限なく戦闘すら行うことも可能。
そんな超法規的機関────連邦捜査部“
何故、“シャーレ”が設立されたのか。
何故、その男が“先生”として抜擢されたのか。
何故、連邦生徒会長は忽然と姿を消したのか。
すべてが、謎であった。
「⋯⋯そして、連邦生徒会長が唯一残した書置きに、連邦捜査部顧問を貴方と────」
臨時で連邦生徒会長の代行を務め、“先生”に今までのキヴォトスの状況を説明していた女生徒⋯⋯七神リンが足を止め、大きく溜息を吐いてから告げる。
「────左腕に義手を着けた、忍びの男に任せるように、と⋯⋯残していたのです。」
ぱちり、と振り返った彼女と一瞬目が合う。
落ち着いた声音に反して、彼女の額には青筋が浮かんでいた。
────先生は、大人であった。
突然キヴォトスに招かれ、突然“シャーレの先生”という責務を、隻腕の忍びなどというアニメから飛び出してきたような人物と一緒に背負わされ、そんな話を学生の少女から押し付けられ。
しかし一言の質問も挟まず、彼女の────“連邦生徒会長代行”の話に相槌を打っていた。
今までの歩きながらの矢継ぎ早な話で、“シャーレ”がどれほど重要な機関と成りうるのか、“先生”がどれほど重要な人物か⋯⋯全てを理解し、自身に落とし込んでいたのだ。
「⋯⋯わかったよ、リン。
早速、何から手をつけていこうかな?」
リンは手元の資料から先生の顔に目を移し、ふうと一息ついた。
「⋯⋯もう一人の“先生”の所在も気になりますが、まずはシャーレの部室へ行きます。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます。
先生を、そこにお連れしなければなりません。」
「わかった。リンが良ければ今すぐ向かおうか。」
窓ガラスの反射を見ながら手早くスーツを伸ばして、襟元を整える。
「────訊かないのですか?」
先生に届くか届かないかの声で、リンは静かに尋ねた。
「ん、なにを?」
「先生は詳しい説明も受けずに、この学園都市に招集されました。
連邦捜査部顧問に任命され、理由も分からずまた別の場所へと連れ出されるのですよ?
先生────いえ、“貴方”は、今この状況に納得しているのですか?」
この“大人”は一体何を思って私の指示を受け入れてくれるのか。
先生に向き直ったリンの目線が、眉尻の動き、一度の瞬き、虹彩の伸縮すら見逃すまいと彼の双眸を真っ直ぐ射抜く。
それを受け止めながら、しかし先生は。
「確かに、私も戸惑っているのを無理やり落ち着けようとして、でもじっとはしていられなくて⋯⋯リンの言うことを聞いているのかもしれない。」
「じゃあ────」
「────でも、少なくとも。」
リンの言葉を遮って、先生は続ける。
「私がリンのお願いを聞く理由はハッキリしているよ。
連邦捜査部っていうのは、全ての学園や生徒に干渉できるって言ってたよね?」
「⋯⋯はい。」
「じゃあ私は、キヴォトスにいるあらゆる生徒の先生ってことなんだ。
⋯⋯だとしたら、私は断れないよ。
なにしろ、私のかわいい生徒の、頼みだからね。」
もちろん明らかな犯罪はダメだけどね、と笑いながら付け加える。
────先生は、先生であった。
姿を消した連邦生徒会長の代行に選出され、あらゆる責任を背負うことになったリンは、本人こそ隠しているつもりだったのだろうが、目に見えるくらい怒りを顕にしていた。
連邦生徒会長の捜索はもちろん、きっと業務の引き継ぎや行政委員会との連携、学園自治区からの問い合わせ⋯⋯猫の手も借りたい状況に連邦捜査部の立ち上げ、そして新たな“大人”の介入。
あまりの仕事量、理不尽に対する行き場のない怒りが積もっていたのだろう。
しかし、先生は悟っていた。
彼女が今にも“責任”に押しつぶされそうなことを。
彼女の凛とした声は憤りを堪えているのではなく、不安や恐怖に潰されそうな中、絞り出したものではないか、と。
彼女は────七神リンは、連邦生徒会長としての責務と向き合い、果たそうとする、一人の生徒なのだ。
そんなひたむきに、虚勢を張ってでも前を向き、一人で責任を背負い込もうとする生徒に。
“先生”が手を差し伸べない理由など、なかった。
「先生⋯⋯。」
「さ、道案内お願いしてもいいかな?リンちゃん。」
「誰がリンちゃんですか。
⋯⋯目的地はここから約30km。ヘリを手配しますので、少々お待ちください。」
結局『先生だから』という答えでうやむやにされて、リンはため息をついた。
しかし手馴れた様子で通信機のチャンネルを合わせる彼女の表情は、幾分か晴れているように見えた。
▽ ▲ ▽
「────モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが欲しいんだけど⋯⋯。」
『シャーレの部室ぅ?あぁ、外郭地区の?
そこ、今大騒ぎだけどぉ?』
「大騒ぎ?」
先生に配慮してスピーカーをONにした通信機から、聞こえる言葉の割に気の抜けた少女の声が聴こえる。
『矯正局を脱走した生徒が連邦生徒会に恨みを抱いて、周りをの不良を集めてそこら一帯を焼け野原にしてるみたいなの。』
『それで、連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしててぇ』
『まあでも、もうとっくにめちゃくちゃな場所だし別に大したことな────』
聞き取りづらかったが、ピンポーンと通信機越しにチャイムが鳴った。
『────あっ、先輩!お昼ご飯のデリバリー来たから、また連絡するね〜!』
ぶつん、という音を残して、通信機はうんともすんとも言わなくなる。どうやら向こうから一方的に切られてしまったようだ。
「......〜〜〜っ!!」
うっわあ、こりゃあ相当キているなぁ。
「だ、大丈夫?」
「⋯⋯大丈夫です。
少々問題が発生しましたが、大したことではありません。」
明らかに大丈夫そうでは無いし大したことがモモカから伝えられた気がするが、リンの手元でミシミシと悲鳴を上げる通信機のためにも、先生は何も言わないことにした。
「ともかく、ヘリが使えそうにないので────」
リンが言い切る前に扉が開き、ロビーに四人の生徒が入ってくる。
「────代行!見つけた、待ってたわよ!」
「────首席行政官。お待ちしておりました。」
「────風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています。」
パキっ、と。
リンの手元から、乾いた音が鳴った。
▽ ▲ ▽
「あぁ⋯⋯面倒な人たちに捕まってしまいましたね。」
「⋯⋯。」
それからリンと四人の生徒の話から、先生はおおよそのキヴォトスを把握した。
連邦生徒会長が失踪して何週間か経っているとか、出処不明の武器の流通量が2000%以上増えたとかはともかく。
「そのうるさい方は気にしなくていいです。」
「⋯⋯。」
『サンクトゥムタワー』の最終管理者が居なくなったことで、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態であり。
その管理権限の認証を、他でもない先生が突破できる可能性が極めて高い、とのことであった。
しかし不良生徒によって先に『それ』を奪われては元も子もない。
先生たちは生徒たちを引き連れ⋯⋯いや先導してもらいながら、無理やり戦地を抜けてシャーレの部室へ向かうこととなったのである。
「ちょうど、各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです。」
「り、リン⋯⋯?」
⋯⋯案外、彼女は先生が思うよりずっと心が強い生徒なのかもしれない。
リンへの認識を改めたのであった。
▽ ▲ ▽
背中にしたビルの壁が、地面が。腹の底から響くような爆音とともに震える。
『痛ったあ⋯⋯!
あいつら違法JHP弾を使ってるじゃない!跡が残ったらどうするのよ!』
『伏せてください、ユウカ。今は先生が一緒なので、その点に気をつけて行動を。』
『ハスミさんの言う通りです。
先生はキヴォトスではないところから来た方ですので、先生の命を第一⋯⋯建物の奪還はその次です。』
『分かってるわ。
────先生、聞こえているわよね?
私たちが戦っている間、その周辺から動かないでくださいね!』
キヴォトスの人間は外の人間と比較にならないくらい、身体が頑強である。
その頑強さたるや榴弾砲の爆風に巻き込まれても生きていられると聞いたことがあるが、先生はもちろん弾丸一発で死が見える。
そしてこのキヴォトスでは、殺人はとても重い罪として扱われることも先生は知っていた。
もちろんキヴォトス外でも重い罪ではあったが、この地では倫理的に?相当なものだと聞いたことがある。
つまり不用意に先生が前に出ると、先生の存在を知らない不良生徒がうっかり先生を殺してしまい、知らずのうちに重い罪や業を背負わせてしまうことになる可能性があるのだ。
だが、だからと言って何もせず目的地までエスコートされるほど、先生もヤワな男ではなかった。
「私が指揮するよ。⋯⋯任せてほしい。」
『え、ええっ?戦術指揮をされるんですか?』
『わかりました。これより先生の指揮に従います。』
『生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。
よろしくお願いします。』
『⋯⋯。』
“外”から来た人間が指揮することに戸惑う生徒、素直に従う生徒、“先生”としての力を推し量ろうとする生徒、元々言葉数の少ない生徒と反応はともかく、一応従ってくれるらしい。
「前方に敵が集まっているね⋯⋯スズミ!君の出番だ!」
先生が指揮を執ることで統率を得た生徒たちは、数を上回る連携や戦術で不良たちをなぎ倒す。
しかし先生は気づいていなかった。
自身のすぐ側まで、不良生徒が迫っていたことに。
「おうおう、目を覚ましたらいかにも金持ってそうな身なりのヤツが丸まってんじゃねーか!」
ヘルメットを被った女生徒が、銃をゴリゴリと押し付けてくる。
────ちょっと、マズいかも?
先生の背に冷や汗が垂れた。