主従は青き世に忍び   作:ふしぎなアメちゃん大玉

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二話 プロローグ・二

 

 

 

「────狼、怪我はないか?」

 

「⋯⋯はっ。

 少し走ります。お気をつけください。」

 

 

 狼は九郎を背負って、戦車を追うように戦場を駆けていた。

 見慣れぬ面?兜?を被り、明らかに無秩序な破壊活動を行う少女達の下に付くか、それに対する者の下に付くか。

 

 どちらが賢明かは言うまでもない。

 

 

「だんだんと騒がしくなってきたな⋯⋯きっと戦地が近付いている。

 狼、もし私たちの他にこの地に迷い込んだ者が居たら、私を置いてでも助けに行くのだぞ。」

 

「⋯⋯はっ。」

 

 

 思えば葦名の地で見回りに見つからず、城堀の抜け道まで忍びぬいた九郎のことである。

 葦名より建築が発達しているこの地なら、心配が勝るのは事実ではあるが⋯⋯きっと九郎一人でも上手く隠れてやり過ごすことができるだろう。

 しかし、である。

 

 

「⋯⋯九郎様。」

 

「どうした、狼よ。」

 

「⋯⋯竜胤断ちは、不死斬りでなくては、叶いませぬ────」

 

 

 だから、御身を大事になさってください。

 

 

「────言わずともわかっておる。

 ただ、私もこの地に来てから身体が軽くなったと言うか、力が漲る感覚があるのじゃ。

 狼よ、そなたは体調に変わりないか?」

 

「⋯⋯万全にございます。

 ⋯⋯九郎様、あれは。」

 

 

 見れば四人の少女が破壊集団と相対しており、しかしその少女たちのさらに奥。

 建物の陰で“輪”のない男が追い詰められていた。

 

 

「あの者も私たちと同じくこの地に迷い込んだか?

 狼よ、そなただけでもあの男の元に急ぐのだ!」

 

「はっ。」

 

 

 数は多いとはいえ、戦いに気取られている少女相手なら、九郎は隠れ生き延びることができるだろう。

 主を思い、目を掛けるのが主従ではあるが⋯⋯主を信頼し、判断を委ねるのもまた主従である。

 

 

「⋯⋯。」

 

「⋯⋯行って参ります。九郎様も、どうかご無事で。」

 

「⋯⋯っ、ああ。

 必ず戻ってくるのだぞ。」

 

 

 九郎を建物の中で降ろした狼は、先で枝分かれした鉄棒⋯⋯狼は後に知るのだが、街頭という⋯⋯に、鉤縄を噛ませて高く跳び上がった。

 

 

 ⋯⋯別れ際、九郎は狼が背と腰に携えた、二本の刀を見ていた。

 

 思えば九郎は、狼が葦名の将を斬った時も、狼自身の義父を斬った時も、いつも狼の代わりに深く心を痛めていた。

 きっとあの男を守る上で、少女を斬ることになると悟ったのかもしれない。

 

 

「⋯⋯っ!」

 

 

 迷ってなどいられない。

 黒い鉄砲を男に突きつけた少女を見て、狼は楔丸を握りしめた。

 

 瞬間。頭に何者かが直接、狼に語りかけてきた。

 

 

 

 

 ────忍びは人を殺すが定めですが

 

 

 ────教師は人を導くが定め。

 

 

 ────その願い、時に刃が汲むこともありましょう。

 

 

 

 

 

 ▽ ▲ ▽

 

 

 

 

 

「その〜⋯⋯今私も手持ちがないと言いますか〜」

 

「あ゛ぁん!??

 逆立ちしながらジャンプしてみろよおら〜ッ」

 

 

 ⋯⋯先生は、年端もいかない少女にカツアゲされていた。

 

 

「ほ、ほらっ。この通りポケットにも何も入ってないんだって!」

 

「出せるか出せないかじゃなくて出すんだよオッラァァン?!」

 

「カツアゲってこんな根性論で詰めてくるものだっけ!??」

 

 

 あまりにめちゃくちゃな不良生徒の物言いに、先生も思わず声が裏返る。

 

 どうやら彼女はユウカたちに倒されて一時気を失っていたが、目を覚ました所に偶然先生が通りかかったという状況らしい。

 普通に力負けしてインカムは真っ先に奪われ、壁際に追い詰められていた。

 

 もちろん非行に走る生徒を正すのも先生としての仕事かもしれないが、力量差はおろか、ドスドスと鳩尾に銃を突きつけてくる相手を改心させられる説話など先生は持ち合わせていない。

 

 ⋯⋯駅前の書店で売ってた学校長講話集、買っとくべきだったかなぁ。

 

 キヴォトスにおいてか弱き存在である自分への情けなさや無力さ、

不運さを噛み締めながら、彼は年下相手にヘコヘコと頭を下げ下手に出るしかないのだ。

 

 

「ホラさっさとしねーと風穴空けんぞ〜ッ」

 

「君たちはなんで銃を⋯⋯お?」

 

 

 ドバァァァッ!!

 

 刹那。

 およそ人体から出てはいけない音と共に、不良生徒は頭から地面にぶっ刺さった⋯⋯否。

 何者かに、地に叩きつけられた。

 

 

「⋯⋯怪我は、無いか。」

 

 

 右手の刀を引き抜きながら、男は先生に声を掛けた。

 

 

「いや待って今キミ人殺さなかった?」

 

「殺したはずだが⋯⋯死んでいない。」

 

 

 目の前の男に殺されるのではないかとか気にも留めず、先生は慌てて不良生徒に駆け寄った。

 ⋯⋯確かに、刺されたはずの喉には血の一滴、傷の一つも付いておらず、首筋の血管も脈動し、息もある。

 

 よかった、と息を吐き、助けに来たであろう男と改めて相対する。

 

 左腕は見たこともない、機械と言うよりカラクリ仕掛けの腕。

 凛々しい顔立ちであるが、その眉間に深く皺が刻まれている。

 

 

「も、もしかしてキミは────忍び、かい?」

 

「⋯⋯言えぬ。」

 

「いや忍びだよねぇ!?

 マジ忍びのガチ忍びだよねぇ!??」

 

 

 先生は目の前で生徒が刺されたり、九死に一生を得たり、探し人が見つかったりで⋯⋯少々歯止めが利かなくなっていた。

 インカム越しにリンに窘められたのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 ▽ ▲ ▽

 

 

 

「────して、先生と狼はこの戦いを終わらせるために、あの建物の地下に向かわねばならんのだな?」

 

『そういうことです、九郎さん。話が早くて助かります。

 ⋯⋯本っ当に、助かります。』

 

 

 狼に追いつくように走ってきて、不良生徒から取り戻したインカムでリンとの話を終えた九郎。

 そのお付きであり、義手の忍びこと狼。

 詳しい話はお互い長くなるということで、お互いの名前だけ伝えて、二人は先生に同行してくれることとなった。

 

 

『ちょっと、いつまで話してるのよ!

 こっちは戦車が来て大変なんだから!』

 

『ユウカさん、戦況報告は的確に。アレは戦車ではなくクルセイダーⅠ型で────』

 

『丁度いいですね⋯⋯貴女達はそのまま戦車の足止めをお願いします。

 先生方は彼女たちが囮────いえ、戦闘している間にサンクトゥムタワーへ向かってください。』

 

『ちょっと代行!

 それにあの建物へワカ────』

 

 

 ぷつ、とユウカの声が聞こえなくなる。どうやらリンが一時的に回線からハジいたらしい。

 

 

『失礼いたしました、私もすぐに追いつきます。

 サンクトゥムタワーで落ち合いましょう⋯⋯では。』

 

「と、ともかく狼よ、先導を頼めるか?」

 

「⋯⋯御意。」

 

「あ、あはは⋯⋯。」

 

 

 ユウカたちの指揮は一旦放棄することになってしまうが、彼女たち自身先生を(完璧に守りきれたわけではなかったが)守りながらでも不良生徒を相手にできるくらい、優秀な生徒たちだ。

 

 彼女たちならきっと、先生がいなくても大丈夫だろう。

 

 ごめんよ、と心の中でユウカたちに謝りながら、先生は狼たちとともにタワーの裏手へ駆けていった。

 

 

 

 ▽ ▲ ▽

 

 

 

「さて、どうしたものでしょうか⋯⋯。」

 

 

 サンクトゥムタワー暴動の首謀者、狐坂ワカモはタブレットを手に悩んでいた。

 

 ただ趣味(・・)を楽しんでいただけで矯正局へ連行した、あの憎き連邦生徒会が大事にしているものがあると聞いて来たは良いものの、実際はほとんど空の建物だったのだ。

 

 唯一見つかったものは、机に無造作に置かれたタブレット端末一枚。

 それも何をしてもうんともすんとも言わず、完全にバッテリーが切れているようだった。

 

 おまけに連邦生徒会が手配したであろう三大校の生徒が、予想を超える速さで不良を蹴散らしこちらに向かっているとも聞いている。

 手配した戦車も、そろそろ突破されてもおかしくないだろう。

 

 

「────何者だ。」

 

 

 ワカモも下りてきた階段から、男が姿を現す。

 

 皺のよった眉間、きつく結ばれた口、白髪混じりの髪。

 

 渋い声音に見合った渋い顔立ちの、二本の刀を携えたその男に、ワカモは目を奪われた。

 

 その出で立ちは一見老けて見えるが、細い手足腰に限界まで筋肉を詰めたような、一分の隙もなく鍛え上げられた身体。

 じっとワカモを見定めるその瞳からは、老練さと言うより若く猛々しい力強さが感じられた。

 

 

「あら⋯⋯?」

 

 

 そんな彼の視線に、ワカモは身体の奥のずっと奥を射抜かれたように、固まってしまった。

 

 遠く響く銃声や爆発音とは違う、とくとくとした音がだんだん早まっていく。

 

 月並みな表現をするならば、それは⋯⋯。

 

 

「────狼よ、どうしたのだ?」

 

「⋯⋯九郎様、お下がりください。」

 

 

 続いて現れた見慣れぬ服装の生徒に、ワカモは目を奪われた。

 

 刀の男とはうってかわって中性的な声と顔立ちで、ワカモよりひと回りふた回り小柄な少女(・・)だ。

 百鬼夜行近くの中等部の生徒だろうか。それにしては制服も見覚えがないし、校章なども見当たらない。

 

 しかし儚げな雰囲気ながらも、その目はあまりにも真っ直ぐだった。

 

 現にこうして目が合った数瞬でも、まるで自分の意思を(とお)すためなら自分の命を犠牲にすることも厭わないような、とてもワカモより年下の少女ができる目とは思えなかった。

 

 

「あららら⋯⋯。」

 

 

 そんな彼女を見て、ワカモは自分の中の新しい感情の扉を開け放たれたような、未曾有の感情に固まってしまった。

 

 月並みな表現をするならば、それは⋯⋯。

 

 

「────やあ、こんにちは。」

 

 

 続いて現れた着崩したスーツの男に、ワカモは目を奪われた。

 

 自然な笑みを浮かべているその男は、いかにも優しげだというのが第一印象だった。

 垂れがちな目元、少し癖のある髪、ふにゃりとした口元や先の挨拶からも、その男が相当な優男であることは窺い知れる。

 

 ────が、そんなことはワカモにとって些事だった。

 

 

「あ、あぁ⋯⋯。」

 

 

 一目見た瞬間。

 

 趣味を楽しんでいる時などとは比較にならない胸の高鳴りが広まって、ワカモのつま先から耳先まで脈打っていた。

 

 ────ああ、この殿方こそ、私の運命の人なんだ。

 

 直感と言うべきか、天からの思し召しと言うべきか。

 濁流のように押し寄せる感情を抑えきれず、ついにワカモは⋯⋯

 

 

 

 ▽ ▲ ▽

 

 

 

「────し、失礼しましたー!!」

 

 

 あまりの速さに、そして嘘のように霧散した殺気に呆気にとられ、狼はつい少女を追うことも忘れて立ち尽くしていた。

 

 階段を下りているときは、この部屋から目につくものを破壊し尽くす、吹き荒ぶ嵐のような気を感じていたのだが⋯⋯その少女はふと目を合わせたとたんにぴくりと身体を固まらせてしまい、そしてこの状況である。

 

 

『────お待たせしました。』

 

 

 程なくして⋯⋯というより入れ替わるように、長髪の女が姿を現した。

 その声には聞き覚えがあった。あの“先生”とやらから借りた蓄音機から聞こえた女の声とそっくりであった。

 

 

「あなた方が狼さんと九郎さんですね。

 ようこそ、学園都市キヴォトスへ。

 私は連邦生徒会長代行を務めております、七神リンと申します。お二人は先生以上に何もご存知なく、この地へお越しになったと伺っています。」

 

「ま、待ってくれ。学園⋯⋯きぼと⋯⋯そ、その、恐縮ではあるが、もう一度お聞きしたい。」

 

「⋯⋯⋯かしこまりました。

 上の戦闘も終わってサンクトゥムタワー周辺は制圧も済んでいますし、まずはお互いのことをよく知り合うことから始めましょうか。」

 

 

 長髪の女、もとい七神リンは九郎の言葉を聞いて額に手を当て細く息を吸い⋯⋯しかし溜息として出さず、冷静に話を進めた。

 

 先生が『偉いぞリンちゃん』などと小声で呟いていたが、あまり関係ないことだろうと狼は聞き流した。

 

 

 

 ▽ ▲ ▽

 

 

 

「────では、今からこの世界で、狼は教師として、私は生徒として⋯⋯生きていくしかないと?」

 

「お二人の話をお聞きする限り、その可能性が非常に高いです。」

 

 

 狼より九郎の方がこういった話を早く理解できること、そして狼自身が極端に人との関わりを苦手とするため、狼は横から話を聞いていたのだが。

 

 二つ、はっきりした事がある。

 

 まず、元の世界⋯⋯葦名に戻ることは、ほとんど無理だということ。

 

 何故、どうやってこの地に来たのか分からない以上、再現も何もないのである。

 一応、九郎から雷に打たれてこの地にやってきたとの説明もあったが、あまり書を読まない狼でも明らかなほど、夢物語のような状況だということはわかる。

 

 その上狼たちは国を跨いだどころか、数百年という時を跳躍してこの地に来ただろうとのことである。

 

 もし場所だけでも同じ葦名に行こうとて、そこはもう狼たちの知る葦名ではない可能性が高いのだ。

 

 

「────俺が、教師に⋯⋯か。」

 

 

 ここまで言われては、流石の狼もこの新たな地で生をまっとうするしかないと踏ん切りが着くものだ。

 

 

 そして、狼はこの軟弱そうな⋯⋯“先生”と言ったか、この男と教師として、数え切れぬほどの学び舎が集うこの地、“きぼとす”を治めなければならないらしい。

 

 しかし治めると言えど、今まで九郎に仕えていた狼が逆に仕えられる⋯⋯という訳ではなく、逆に生徒たちの悩みや問題を解決することで安寧を保つ、ということが狼の任となるようだ。

 

 九郎とともに雨風を凌ぐ家を借りられるどころか、賃金を得られるとまで言われては、狼も大人しく頷くしかできなかった。

 

 

 ここまで運命に翻弄され続けて頭が痛む狼だが、幾つか嬉しい⋯⋯というのも複雑だが、少なくとも現時点では良いこともあった。

 

 まず、狼の顔から痣が消えていた。

 

 竜胤を受けた人間は白い痣ができる。竜胤は断たねばならぬという楔のように、狼の顔に広がっていたそれがさっぱりと消えていたのだ。

 

 竜胤の力については上手く暈して九郎が狼の痣について話すと、教師曰く、怪我だったりは時間跳躍を経たことで消えたのではないか、とのことである。

 狼が竜胤から解き放たれたのかもしれないし、逆に九郎に根付いた竜胤が消えたから、繋がっていた狼の痣が消えたかもしれない、とも言える。

 

 どちらにしても言えるのは、竜胤を断つ必要が無くなったかもしれない。少なくとも、今すぐに竜胤を断つ必要は無い、ということである。

 

 

 もうひとつは、義手忍具をこの地でも使えることである。

 

 “先生”を助けるために不良生徒を殺し⋯⋯気絶させた、あの瞬間。

 

 形代に似た力が、僅かながら狼に宿ったように感じたのだ。

 

 試しに手裏剣車を起こすと、微かな光とともに狼の手元に手裏剣が現れ、それを投げることもできた。

 

 教師としての仕事をする際、もし不良生徒に襲われたとしても対処できるかもしれない。

 だが数枚投げると手裏剣を喚び出せなくなった辺り、葦名での形代と同じく慎重に使わねばならないだろう。

 

 

 分かったこともあれば、最後に残った謎も幾つかある。

 

 まず、狼が刀⋯⋯楔丸を使って、恐らく生徒を殺せないことである。

 

 確かな手応えとともに不良生徒の喉笛を裂いた狼の楔丸は、まるで葦名の霊を斬った時ように透けて抜けたのだ。

 

 七神リンの話でも怪我人こそ多く出たものの、死者は一人も出なかったと聞いている。

 

 どうやらこの地では形代含む霊力とは別の、不思議な力が存在するのかもしれない。

 

 葦名で多くを殺した狼とて、九郎が少し成長した後程度の年端もいかない少女を殺すのは⋯⋯今更何をと言われるのは百も承知だ。

 

 しかしそれでも、大変に、気が引けるものである。

 

 だがもし九郎や“先生”を、そして生徒を守るために、別の生徒へ刃を向けねばならない時。

 多少は躊躇いなく振り下ろせることは事実だろう。

 

 

 もう一つの謎。

 九郎の頭の⋯⋯この世界では『平蝋(ヘイロー)』と呼ばれる、薄光る蝋細工のような紋様である。

 

 七神リン含む、この地で生まれた者はその紋様まで把握できないというソレが、何故九郎の頭に浮かんでいるのか。

 そして九郎もまた、七神リン含む少女のヘイローを識別できないと話している。

 

 九郎と狼が葦名で死に、この地で生まれ直したのではないか、とも思えたが、そうなると狼もヘイローを識別できないはずだ。全くもって奇妙な現象である。

 

 最後にもう一つ。

 何故連邦生徒会長が、狼がこの地に来るのを予見していたのか、だ。

 

 

「────わからぬことも多いが、しばらく⋯⋯もしやすると、この生をまっとうするまで、この地で世話になるやもしれぬ。

 教師殿、リン殿。我が忍び、狼ともどもよろしく頼む。」

 

 

 九郎に倣って狼も深く頭を下げる。

 

 

「九郎、狼さん、こちらこそよろしくね。」

 

「私からも、このキヴォトスをよろしくお願い致します。

 ⋯⋯では早速、先生方への最初のお仕事、とも言えるでしょうか。

 連邦生徒会長の残したもの───

 この『シッテムの箱』を使って、タワーの制御権を回復してください。」

 

 

 ────怪しい。

 

 手を伸ばした先生を制し、狼はリンから黒い板を受け取る。

 

 

「それでは、私は邪魔にならないよう向こうで待っています。

 九郎さん、あなたも。」

 

「ああ、わかった。」

 

 

 七神リンが九郎を連れてその場から離れる。

 なんでもこの塔を制御することが、この国を治める上で非常に重要な役割を果たすという。

 板を通して塔を制御し、この地の多くを手中に収め、教師として数多の学園集うこの国を先導しようということだろう。

 

 如何にして世を手にするのか。板をまじまじと眺めながら考えていると、突如光った。

 

 思わず顔を引くが、見れば文字が浮かび上がっていた。

 

 

『システム接続パスワードをご入力ください。』

 

「⋯⋯?」

 

 

 おそらく、日本語だ。

 しかし意味を理解できない文に思わず固まる狼を、先生が隣から覗き込む。

 

 

「狼、大丈夫だよ⋯⋯多分私なら。」

 

 

 狼が先生に板を手渡すと、手馴れた様子でそれを操作し、文字を打ち込んでいく。

 

 程なくして、光る板に少女が映った。

 

 肩口程度の透き通るような色の髪に、白く大きな髪留めを挿し。

 あの不良生徒とどこか似ているような⋯⋯青い服に身を包む少女は。

 

 

「むにゃ⋯⋯カステラには、いちごミルクより⋯⋯」

 

 

 ⋯⋯机に伏して寝ていた。

 

 先生が少女の頬をつついたり、狼も横からおい、起きろ、と声を掛けると⋯⋯眠そうに目を擦り、ハッと立ち上がって、板越しにこちらに話しかけてきた。

 

 

「えっと⋯⋯その⋯⋯あっ、そうだ!まずは自己紹介から。

 私はアロナ。この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生方をアシストする秘書です!」

 

「よろしくね、アロナ。」

 

「⋯⋯??」

 

 

 板の少女改め、アロナ曰く。

 この板の中で狼と“先生”を長い間待っていたようで、二人の教師としての仕事を補助してくれるらしい。

 

 板の中に住んでいるため、限られたことしかできないと話す少女だが、“電気”や“電波”という不思議な力を通して、火も使わずに灯りをともしたり、閉じられた扉を開いたり⋯⋯間接的に、物理的干渉も行えるとのことだ。

 

 電気や電波というのは狼もよく分からなかったが、少なくともこの天を衝くように高い塔を掌握できる時点で、少女がその実力を相当に謙遜していることくらいは察せられる。

 

 

「あっ、そうだ!

 生体認証も行わないといけません。」

 

「生体認証?」

 

「はい!

 ただ⋯⋯一人しか認証できなくて、認証した人にしか私を起動させることができません。

 “先生”と狼さん、どちらで登録しましょうか⋯⋯。」

 

 

 アロナはうーんうーんと悩んでいるが、狼の心は考えるまでもなく決まっていた。

 

 

「⋯⋯教師殿、任せても良いか。」

 

「そうだね。私の方がアロナを使いこなせるだろうし、狼さんもカタカナや英語が苦手みたいだからね。」

 

「あっ、“先生”が認証するんですね!

 では、少し恥ずかしいですが⋯⋯こちらに来てください。」

 

 

 “先生”が板越しにアロナと指先を合わせて、二人が少し会話すると⋯⋯塔が唸ったかと思えば、炎とは違う真白い明かりが部屋中を照らした。

 

 

「先生、狼さん。

 サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。

 今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります。

 

 今のキヴォトスは、先生方の支配下にあるも同然です!」

 

 

 アロナが胸を張りながら、ふふんと鼻を鳴らす。

 

 

「それじゃあ、連邦生徒会に権限を移管してもらっていいかな?」

 

「でも────」

 

「⋯⋯待て。」

 

 

 大丈夫ですか?とアロナが聞こうとした上から、意外にも狼が先生に問いただした。

 

 

「え?」

 

「⋯⋯俺も、九郎様との話は聞いていた。

 連ぽ⋯⋯会長とやらは、何も言わず姿を消した。

 ⋯⋯それから一週間で、外で見たような、反乱が起きていた。

 

 連邦⋯⋯会とやらに、この国を、任せていいのか?」

 

 

 アロナも画面の中で、口を閉じて少しうつむく。

 

 確かにサンクトゥムタワーの権限は、元々連邦生徒会が有していたものなのだが。

 突然治めていた国を放り出して大将が姿を消すような団体に、この国⋯⋯キヴォトスを任せていいのか、と。

 

 実際、権限が無くなって脱走したお尋ね者『七囚人』の一人がタワー周辺で起こしたという今回の暴動。

 元々は連邦生徒会が収めねばならないのに、“先生”と狼が来るまで解決できていなかった。

 

 数多の学園が集うとは聞いたが、連邦生徒会室の近辺でこの様相では各地の学園自治区(村や町)との連携も取れておらず、混乱しているだろう。

 

 これらの問題が、“先生”と狼が来るまで放置されていたのだ。

 

 名将は人を惹き付け、葦名のように一代で国を興すこともあるが、愚将は一月(ひとつき)一夜で国を滅ぼすこともある。

 

 リンも子供ながらキヴォトスを治めようと奔走しているのは理解しているが、子供を統率し、導くのは教師たる大人としての責務ではないのか。

 

 

「────大丈夫。

 私は“大人”として、子どもたちのやりたいことをさせてあげて、手伝いたくて。

 そして“先生”として、生徒たちを信じたいんだ。」

 

 

 そう言って、ニコニコと軟弱そうな緩んだ笑顔を浮かべる先生。

 

 正直、この男を底から信頼しているわけではない。

 狼の心の奥ではやはりこの世界は夢幻(ゆめまぼろし)ではないか、なにか騙されているのではないか。

 

 そんな思いが渦巻いているのは事実だ。

 

 だが────

 

 

「だから⋯⋯狼さんも信じてくれないかな?

 私のことも、生徒たちのことも。」

 

 

 男の、この目は、信用に値するものだろう。

 

 

「⋯⋯承知した。」

 

「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

 

 

 

 

 

『────はい、分かりました。

 サンクトゥムタワーの制御権の確保を、こちらでも確認いたしました。

 これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね。

 

 ⋯⋯お疲れさまでした、先生方。

 キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。

 

 最後に、連邦捜査部“シャーレ”へご案内したいのですが⋯⋯』

 

『────代行、聞こえる〜?

 墜落(おと)されたらやばいから陸路で来たけど、そっちは?』

 

 

 割って入る間延びした声。

 

 

『モモカ?ようやく着いたのね。

 そちらへ向かうから、真下に停めておいて。』

 

『りょーかーい。

 ヴァルキューレの人らがすごい邪魔そうにしてるから早く来てね?』

 

 蓄音機改め“電話”が切れて程なくして、リンと九郎が戻ってきた。

 そのままリンに先導されて地上へ上がると、ユウカたちに蹴散らされたのであろう、伸びた不良生徒たちが運ばれ⋯⋯時に手枷を着けられて、自治組織に連行されていた。

 

 そんな中、狼は一台の車に目がついた。

 

 大砲の車⋯⋯“戦車”より幾分か装甲が薄く、砲を取っ払った四輪の車。移動用であろうそれの窓を開け、中から生徒が⋯⋯なにか薄い煎餅のようなものを齧りながら、狼たちにヒラヒラと手を振っていた。

 

 

「それでは、今からこちらに乗っていただいて移動します。

 ⋯⋯だいぶ道が荒れてしまったので揺れると思いますが、我慢してください。」

 

 

 

 ▽ ▲ ▽

 

 

 

「お疲れ様です、先生、九郎さん。

 改めて、こちらが『シャーレ』の部室となります。」

 

「こちらこそ、運転お疲れ様。ありがとう、モモカ。」

 

「お礼なら明太子チップス、交通局にダースで送っといてね〜。」

 

 そんなやり取りを尻目に、狼は『シャーレ』の部室⋯⋯もとい建物を見上げていた。

 揺れる車内でぶつけたのであろう頭を擦りながら、しかし興奮した様子で九郎も見上げている。ここが狼と“先生”の仕事場となるらしい。

 

「こちらの部屋が、主な仕事場となる予定です。」

 

 案内されて着いたのは、『空室 近々始業予定』と張り紙のされた部屋。

 

「私たち連邦生徒会も会長を探すことに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力がありません。」

 

 『シャーレ』自体には権限こそあるが目標の無い組織のため、特に何かやらねばならないことは存在しない。

 しかしキヴォトスのどんな学園にも自由に立ち入ることができ、所属に関係なく部員として加入させる⋯⋯分かりやすく言えば、全ての生徒を命令・指示できる“先生”と狼は、リンの話す『あちこちで起こる問題』とやらを解決して、各学園と交流を深めるべきだろう。

 

「今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情⋯⋯

 支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部活への支援などなど⋯⋯。」

 

 

 ちらと、“先生”を見るリン。

 

 

「⋯⋯もしかしたら、時間が有り余っている『シャーレ』なら、この面倒な苦情の数々を対処できるかもしれませんね。

 その辺りに関する資料は、先生の机の上にたくさん置いておきました。

 気が向いたら(・・・・・・)、お読みください。」

 

 

 山のように⋯⋯本当に、山のように積み上がった紙を見た狼と先生は絶句する。

 

 

「改めて、この建物が『シャーレ』の所有物となります。別フロアには居住区もありますので、ご自由にお使いください。

 ⋯⋯ではごゆっくり。

 必要な時には、またご連絡いたします。」

 

 

 言い残して、リンは足早に去っていった。

 

 

「いかがしようか、教師殿よ⋯⋯。」

 

 

 突然自由を与えられて何をするでもなく、ぼうっとしていた先生に九郎が声を掛けたその時。

 

 

「先生!途中で指揮をほっぽり出したのはともかく、ご無事で何よりです!」

 

「連邦生徒会がサンクトゥムタワーの権限を取り戻したことも聞いています。お疲れさまでした。

 折角ですので、ご挨拶に伺った次第です。」

 

 

 狼たちと同じく車で来たのであろうユウカたちが、執務室にぞろぞろと入ってくる。

 手にはもちろん銃が握られており、狼も腰の刀に手を掛け⋯⋯しかしそれを先生が手で制する。

 

 

「その⋯⋯隣の刀を持ってる人が、先生を助けたっていう忍びの人⋯⋯よね?」

 

「⋯⋯言えぬ。」

 

「そうだよ、ユウカ。この人こそ私を助けてくれた、もう一人の“先生”────まあ連邦捜査部“副顧問”だから、副担任って感じになるのかな?」

 

 

 おお、とほんのり沸き立つ。何人かの生徒も警戒を解いて銃を下ろし、弾を抜いたり腰に下げたりと警戒を解く。

 

 

「その、先生を守っていただいてありがとうございます。

 改めてよろしくお願いします⋯⋯狼先生?」

 

「⋯⋯いや。」

 

 

 ぺこりと頭を下げるユウカに、狼が口を開く。

 皆が静まる。

 

 

「⋯⋯俺はこの国を、この世を⋯⋯知らぬ。

 故に⋯⋯“先生”⋯⋯教師として、仰ぐほどの者ではない⋯⋯。」

 

 

 狼はずっと、考えていた。

 

 殺しを常としていた狼にとって、師に教え導かれたことこそあるのだが、誰かを教え導いたことなど一度もない。

 

 それにこの国の言葉こそ日本語ではあるが⋯⋯場所や物の名前、道具の使い方、それどころかこの国の法や常識まで全く違う。

 

 そんな狼が突然教師になれと言われても、あまりに無理がある話だ。なんなら生徒になって教わりたいまである。

 

 

「じゃあ⋯⋯狼さん?」

 

「⋯⋯。」

 

 

 無言で頷く狼。

 ユウカはこれでいいのかな、とか思いながら────

 

 

「────と、九郎ちゃん?」

 

「ゆ、ユウカ殿!私は男だ!」

 

「「「えっ」」」

 

「も、もしかしてそなたらも⋯⋯?」

 

 

 狼はもちろん、多くの兵士や侍と顔を合わせてきた九郎は、いつしか刀を振るい、飯を食らい、豪胆に生きる彼らに憧れていた。

 それと同時に、か細い自分の身体に薄くコンプレックスを抱いていた。

 

 思わぬ場でそれを、よりによって女性に抉られた九郎は思わず大きな声が出てしまったのだ。

 

 

「ま、まあ中性的な顔立ちではあるけど⋯⋯ともかく、九郎は狼と一緒にキヴォトスへ来た、転入生ってところかな?

 どこかの学園に在籍してるわけではないから、しばらくは連邦捜査部部員として私たちと行動してもらうことになると思うよ。」

 

「そういうことだ。皆、狼ともどもよろしく頼む。」

 

「「「⋯⋯」」」

 

 

 にこりと微笑む九郎を、或いは頬をほんのり赤らめ、或いは目を細め、或いは少し息を荒立て⋯⋯ユウカたちが見つめる。

 

 その神妙な表情に────狼の肌という肌が粟立つ。

 

 敵意や殺意はもちろん全く感じられない。

 だが、何故か狼の胸の奥⋯⋯第六感とでも言うべきか。未だかつて経験したことのない危機が主に迫っていると、警鐘が目一杯に鳴っていた。

 

 

「⋯⋯先生、九郎くんって、部活は“連邦捜査部”なんですよね?」

 

「そうだね。」

 

「でも、どこかの学園に通っているわけではないんですよね?」

 

「そういうことに⋯⋯なるね。」

 

「「「⋯⋯」」」

 

 

 生徒たちは顔を見合わせ────

 

 

「ね、ねぇ九郎くん、ミレニアムに来ないかしら?

 最先端の環境で最先端の学習こそ、九郎くんに合うと思うんだけど」

 

「いいえ、狼さんを従えていたということは、どこかのご氏族だったのでしょう?

 トリニティ総合学園にお越しいただくのが妥当です。」

 

「そ、その⋯⋯ゲヘナ学園もいかがでしょうか。

 九郎さんの、その力強い意思を感じられる瞳は、きっと私たち風紀委員会に必要なものになるはずです。」

 

 

 セミナーへ、いいえトリニティ自警団へ⋯⋯とヒートアップしていく少女たち。

 どうにかしてくれ、と狼は先生に目配せをするが、あははと困ったように笑って頭をぽりぽりと搔いている。

 

 

「「「⋯⋯」」」

 

「⋯⋯お、おい、なんだ?

 何故無言でにじり寄ってくるのだ!?

 なんとか言ってくれ!」

 

「いや〜⋯⋯モテる男はツラいねぇ。」

 

「教師殿!?」

 

 

 遠い目で、どこか羨ましそうにうんうんと頷く先生。

 狼も割って入るか⋯⋯しかし余計に威圧してしまうのではないか。

 

 いまいち生徒との接し方が分からないため、出るに出られない。

 

 結局九郎を引っ張りだこにする少女たちの論争は、銃に手が掛けられる前に“後日それぞれの学園へ顔を出すから”ということで区切りをつけ、今日は疲れているだろうからと(少々強引に)帰ってもらった。

 

 

「────さて。じゃあまずは⋯⋯」

 

 

 男三人、一気に静かになった執務室。

 山のような書類から一冊取り出し、パラパラと一通り捲ってから⋯⋯先生が腕を組んで狼たちに向き直った。

 

 

「二人に、“現代”を教えようと思うんだ。」

 

「現、代⋯⋯。」

 

「⋯⋯。」

 

 

 呟く九郎と少し眉間に皺を寄せる狼に、そうだよと微笑む“先生”。

 

 

「狼さんは私と一緒に、先生として生徒を導くために。九郎くんも、これからいろんなことを学ぶ上で、地盤を固めないとどうにもできないからね。」

 

「なるほど⋯⋯そうだな。

 我々は天涯孤独、無一文の身。是非ご教授願おう。

 ────狼、そなたもだ。」

 

「⋯⋯はっ。」

 

「よし、じゃあまずは一週間ほどだね。

 シャーレとしての仕事は置いといて、君たちを立派な現代人に育て上げようか。」

 

 

 かくして、狼は熟達の教師に⋯⋯

 

 

「────ところで狼さん。

 できれば帯刀は控えてほしいんだけど⋯⋯。」

 

「⋯⋯できぬ。」

 

「じゃあせめてどちらか片方、いや背中の大きい刀の方をちょっと渡してもらうだけでも⋯⋯。」

 

「⋯⋯尚更、できぬ。」

 

 

 ────なるための一歩を踏み出したのであった。

 





 お読みいただきありがとうございます。
 元は狼一人でしたが先駆者様が多かったため、無理やり九郎様も入れました。
 辻褄が合わなかったら申し訳ありません。
 もし多くの反響をいただけたら、続きを書くかもしれません。


 ※5/3日追記
 『シャーレ』と『サンクトゥムタワー』は違う建物なので、位置関係・移動描写などを追加。
 お話の本筋やら伏線やらの変更等は行っておりません。
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