電子音とともに開いた扉をくぐり、固く舗装された階段を上って、腰ほどの位置にある機械に紙切れを食わせて、外に出る。
晴れた空には巨大な晄輪が広がり、並ぶ建物は左腕の鉤縄ですら天辺まで上るのは叶わないだろうか。
そして少し奥に見える、一際高く聳え立つ硝子張りの塔。あれこそがこの国の城⋯⋯中心にして、学区の
「────よく頑張ったね、九郎、狼さん。」
「お待ちしていました!先生、狼さん、九郎くんっ」
昨日丸一日かけて現代の常識から生徒との接し方まで、頭が痛くなりそうなほどに先生から座学を叩き込まれた狼と九郎。
三人はミレニアムサイエンススクールで、つい一昨日シャーレの部室でも会った少女、早瀬ユウカに出迎えられていた。
自らの手で『切符』を買い、『電車』なる大蛇のように長い鉄車に乗って移動したのは、二人にとって現代を実感する大きな出来事であり、先生もそれを見越して引率してくれたのであろう。
「今日はエンジニア部に用事があるとお伺いしています。
ご案内しますので、こちらまでお願いします。」
「よろしくね、ユウカ。」
「早瀬殿、よろしく頼む。」
「⋯⋯。」
緊張しているのか、若干表情が硬いユウカの先導で、ミレニアムを歩む。
狼たちと同じ電車に乗っていた生徒も、物珍しそうな目を向けながら狼たちを取り巻く生徒も、そして例によってユウカも肩から銃を掛けているが、撃つ素振りも気配も感じない。
相手から武器を向けられない限り刀を抜いてはいけないことも、懐で暖めていた銭が使えないことも、不用意に鉤縄で屋根に跳んで安全確認をしなくていい程度には治安が良いこと⋯⋯は、ミレニアムやトリニティ?等に限り、と聞いたが⋯⋯学んだ通りだった。
まあそもそもこの地の諍いは銃や爆発物が絡むため、見るまでもなく聞こえてくる訳であるのだが。
「「⋯⋯。」」
「どうかした?二人とも。」
「その、やけに注目を集めているような気がしてだな⋯⋯。」
「それはそうですよ!
モモッターでも連日トレンドに上がりっぱなしで、一般生徒はもちろん各校の生徒会や自治組織⋯⋯それこそ、私たちセミナーも大騒ぎなんですから!」
頬をふくらませるユウカを先生がまあまあと宥める。
“ももったー”やら“とれんど”というのはよくわからなかったが、彼女が本気で怒っているわけではないことは、狼たちにも感じ取れた。
「まあこんなことを言ってもしょうがないですし⋯⋯ほら、行きますよ。」
くるりと振り返り、九郎の手を取って、ユウカは歩きだす。
「早瀬殿?」
「ユウカでいいですよ。」
「⋯⋯早瀬殿」
「ユウカお姉ちゃんでも────」
「ユウカ殿、手を繋がずとも⋯⋯その⋯⋯。」
「キヴォトスは危ないんだから、銃を持っていない九郎くんは私がついていなきゃダメでしょう?」
「それなら、教師殿も⋯⋯」
「先生は大人だから大丈夫なんです。早くしないとエンジニア部の皆さんも待ってますよ?」
「む、むう⋯⋯。」
いまいち納得のいかない表情のまま、手を引かれていく九郎であった。
▽ ▲ ▽
「よく来てくれたね、シャーレの先生方。
何時でもいいとは言ったが、今日来るならそれなりに急ぎの要件なのだろう?」
「初めまして。いきなりでごめんね、ウタハ。
緊急ってほどではないけど是非
そう言って、狼に目を向ける“先生”。
狼はキョロキョロと背後を見るが、間違いなく狼を見ているようだ。
「連邦捜査部副顧問、狼さんの腕と刀について相談が⋯⋯。」
「これは⋯⋯明らかにノミで削り出された部品なのにヒトの腕に限りなく近づけた緻密な造形、骨組みの間から見えるそれはまさか仕込み武器⋯⋯あっ、今のその指の動き、もう一度見せてくれない⋯⋯?
どうやって腱が動いているのかを。そうそう、もう一回。」
「ひ、ヒビキ先輩ばっかりずるいですよ!
私にも見せ⋯⋯いえまずはスキャナーに掛けてどういった原理で動いているのか分析を⋯⋯。」
「⋯⋯!?」
狼はいつの間にか、やけに薄着な生徒と眼鏡を掛けた小柄な生徒に囲まれていた。
「ヒビキ、コトリ⋯⋯狼さんが困っているだろう。
いやはや、我らエンジニア部の後輩たちが失礼したね。」
「豊見コトリです!説明や解説ならお任せください!」
「猫塚ヒビキ。マイスターを探してるって聞いたよ。」
数歩引いた二人の生徒が挨拶する⋯⋯が。
「⋯⋯。」
「その⋯⋯お主ら、寒くはないか⋯⋯?」
九郎がおずおずと、頬を染めつつ目線を泳がせながら少女たちに問う。
あまり視野に入れたくはないが、しかし人を見ずに会話するのは失礼だ⋯⋯というせめぎ合いが見て取れた。
しかし九郎がそうなるのも無理はない。
黒髪の生徒、ヒビキは大きく肩を出した薄布のような上衣と、太腿の付け根まで見えそうな網目状の⋯⋯後に先生に聞いたが、網タイツというものを履いている。
一方で眼鏡を掛けた生徒、コトリも、その体格に見合わぬ大きさの胸をはだけた上衣から晒し、腰巻きの金具は留めておらず腹や
あらゆる欲を耐え忍ぶ修行を積んだ狼はなんともないが、まだ幼く、女性とあまり接することなく生きてきた九郎に、この生徒たちの服装は幾分か⋯⋯いやかなり刺激的なものであった。
「あはは⋯⋯ヒビキには私の上着を貸してあげるよ。」
「先生、そんな気遣いなんて⋯⋯あっ⋯⋯あったかい⋯⋯。」
「で⋯⋯コトリは、ちょっとボタンを閉めてもらっていいかな?」
「えっ、あぅ⋯⋯」
ヒビキの肩に上着を掛けながらコトリに頼む先生。
しかし先程まで快活だった彼女の表情が、みるみるうちに曇っていく。
「ん?ごめんね、不都合があったかな?」
「そのぉ⋯⋯留めていない、のではなく⋯⋯最近留まらないといいますか⋯⋯。」
「あああああ!!
いや、やっぱり大丈夫だよ!
ほら、九郎も女の子と接するのに慣れなきゃだからね!」
「そ、それもそうだな!
ヒビキ殿、コトリ殿、ウタハ殿、狼をよろしく頼むぞ!」
「⋯⋯?」
突然慌てだす二人に、狼は首を傾げるしかできなかった。
▽ ▲ ▽
「────して、狼さん。」
「⋯⋯む。」
「これから、あなたのマイスター⋯⋯専属の技師を、我々エンジニア部が務めようと思っているんだ。」
「⋯⋯。」
「そこでまずは、狼さんの義手と刀を、我々に預けてほしいんだが⋯⋯。」
「⋯⋯何故だ。」
「狼さんもこのキヴォトスに来た日に見たと思うが、この地で生きていくのにその義手は少々耐久性が心許ないと思うんだ。
そこで我々が狼さんの技師となり、メンテナン⋯⋯補修を任せてもらおうという話だよ。」
なるほど、確かにこのキヴォトスでは鉄砲の戦いが基本であり、大砲を構えた鉄車や、先日シャーレまで乗ったあの空を飛ぶ機械すらあるような国である。
今までの義手や忍具では相手にできない者も、現れるかもしれない。
⋯⋯しかし、である。
「⋯⋯何故、お前たちが、そこまでする。」
それほどの施しを受けるのに、彼女たちは何を見返りに求めるのか、である。
金を求められても狼の持っていた銭は使えないし、物を求められても狼が持っているのはせいぜい磁鉄屑や煙硝など、がらくたばかりである。
連邦捜査部として、生徒に見返りなく命令する⋯⋯のは、生徒からの信頼を得難い選択であり、きっと“先生”も良い顔をしないだろう。
「ああ、私たちのメリット⋯⋯利点ってことかい?
それはおそらく数百年前の技術で造られたその義手を、私たちが調べることが出来る、という点だね。
我々エンジニア部は、このミレニアムにおいてあらゆる技術の最先端を追い求める活動をしている。
古きを
ほら、そこの後輩たちも⋯⋯正直私も、喉から手が出そうなほどに狼さんの義手を触りたいのだよ。」
「「⋯⋯っ。」」
瞳孔をかっ開いてフーッ、フーッと息を荒らげ、手をワキワキと動かすヒビキとコトリがうんうんと頷いている。
⋯⋯あの二人は最早“獣”であった。
「むう⋯⋯。」
────正直、頼りきれない。
それが、狼の本音であった。
何しろこの忍び義手は葦名の技師が作り、仏師の手腕に渡り、狼に継がれたものだ。
少女たちに触らせるのは狼としてもあまり納得いかない上、そもそもこの義手を弄れるほどの腕がないのでは、と感じていた。
だが、今の狼は生徒を導く教師である。
「⋯⋯見せはする。多少なら触っても、いい⋯⋯外しは、しない。」
「ほ、本当かい!?
ヒビキ、コトリ、3Dスキャナーの準備だ。」
先程まで諦観を滲ませていたウタハが、大輪の花のように目を輝かせて後輩に指示を出す。
⋯⋯お互いのために、何かを為す。
先生も言っていたが、これこそが信頼を築く上で最も大切だということは、狼の生きていた時代から時を超え、場所も違えど、共通することであった。
場所を変えて義手に変な光を当てられたり、上から下から様々な角度から穴があきそうなほどに見られたり、何十回も手を握り開き、義手忍具を駆動させ⋯⋯。
“先生”と九郎はユウカの案内でミレニアムを散策すると言って出ていき⋯⋯狼も椅子に腰掛け、部屋に所狭しと並ぶ機械の数々や大仰な砲台?のようなものに目を移らせるほど時間が経った頃。
「⋯⋯結論、狼さんの義手は補強しなくてもいい事が分かったよ。」
「む⋯⋯。」
「んーーっ、んーー!!」
「その義手は我々の精密な検査に掛けたんだが、滅多にお目にかかれない精度の金属や木材を、現代に伝わっていない特殊な技術で組み上げているようでね⋯⋯。
悔しいが、このエンジニア部の総力をもってしても模造品すら叶わない、きっと神のような腕を持った職人が作ったのであろうシロモノだ。
私たちでも、洗浄や油差しくらいが限界だろう。」
「ふむ⋯⋯。」
「ん〜〜!んーー!!」
「────しかし、だ。」
ビシッとウタハが狼に向き直る。
「そう簡単に我々エンジニア部が引き下がるワケにはいかない。
我々にだってプライド⋯⋯メンツ⋯⋯矜恃があるんだ。」
ぐっと拳を握り、狼にずんと踏み寄る。
「そこで狼さんの義手に合う型の武器を作ってみたんだ。
いくつか試してはもらえないだろうか?
狼さんが現代の戦いに適応するためにも、悪くない話だと思うんだ。」
「⋯⋯む。」
現代の戦い、という言葉に狼は反応する。
▽ ▲ ▽
あれは昨日、先生から“キヴォトス”を学ぶ前のことだ。
座学をすると言われた狼が、自分が生徒を導くなどできるわけがない、と一人で外へ出ようとした時である。
『キヴォトスを知ることで、現代の戦いに合わせるんだ。
⋯⋯狼さん。きっとキミは、九郎を守るために、戦ってきたんだよね?』
それも、多くの人を殺して⋯⋯と続ける先生に、狼と九郎は弾かれたように振り返る。
『⋯⋯教師殿、なぜそれを』
『九郎と狼さんの様子を見ていたら分かるよ。
私は歴史を⋯⋯キミたちが生きていた時代、どういう社会だったか、生活だったか、学んできたからね。
九郎を守る為にも、今日一日⋯⋯学んでいくべきだと思うんだけど、どうする?』
刀に手を掛けた狼を目の前に、微動だにせず笑顔を向ける“先生”をじっと見つめ⋯⋯狼は無言で席に着くのであった。
▽ ▲ ▽
「⋯⋯承知した。」
「じゃあ早速────」
「⋯⋯待て。」
変な機械を取り出そうとするウタハを、狼が止める。
「⋯⋯コトリは、何故簀巻きにされている。」
さっきから視界の端で、布団で巻かれてヒビキに馬乗りにされてなお、活きのいい芋虫のようにじたばた暴れるコトリがどうしても気になっていたのだ。
「⋯⋯ヒビキ、少し外してあげなさい。」
「部長⋯⋯いいの?」
渋々と口綱を外した瞬間。
「説明しましょう!!」
「!?」
「なぜ私が簀巻きにされているのかについて説明するためにも、まずは簀巻きとはどういうものかを学んでいきましょう!簀巻きというのは今でこそ主に布団なんかでぐるぐる巻きにしたりそのまま海に入れて人を殺す方法のことを指していますが元々はムシロという畳でおなじみイグサや藁で編んだ敷物でぐるぐる巻きにすることだったんです!でも殺害方法としては実はあまり使われていなくて賭け事でずるやイカサマなんかをした人を簀巻きにした後池みたいな水に放り込んでやっつけるとか成敗するって感じで使われていたそうです!確かに水に放り込まれても簀巻きがほどけたり力づくで破ったりできるかもしれませんからね!生き延びたとしても二度とその賭場に顔を出せるワケありませんし。ちなみにその時代によく使われていたイカサマの方法は────」
「⋯⋯ウタハ。」
「ヒビキ、もういいよ。」
「りょーかい。」
「えっ!?待ってくださいまだイカサマはもちろんイグサの説明やムシロ以外の敷物についての解説もんんん〜〜!??」
⋯⋯豊見コトリ、恐ろしい生徒であった。
狼自身、人との関わりが苦手で口数が少ないのは自覚しているが⋯⋯コトリのそれは口数が多いとか、そういう範疇に収まるものではなかった。
「⋯⋯話を戻そうか。
ではまずは、そのコトリが開発したこの銃を着けさせてもらうよ。」
そう言って狼の義手を操作し、まるで元々触ったことがあるかのように手際良く銃を装着するウタハと、狼の義手にぴったりと合うコトリが作ったという短銃。
ミレニアムのエンジニア部。狼の専属技師を自ら希望するだけあって、とてつもなく器用な生徒が集まっているようだ。
「それじゃあ、あの的に向かって撃ってみてくれ。」
「⋯⋯承知した。」
20m、と書かれた床の近くに人の上半身を模した板が立っている。
狼は軽く膝を曲げ、義手に右手を添わせて恐る恐る引き金を引いた。
パシュン────。
「おお、上手いじゃないか!
初めて銃を握ったとは思えない精度の良さだ。」
狼が大仰に構えたのが馬鹿らしく感じるほどに反動は弱く、音も葦名やキヴォトス初日に聞いたそれよりずっと抑えられていたが、素人目にもわかるほど威力は上を行く代物であった。
「どうだい?彼女もなかなか良い物を作るだろう?
忍びである狼さんに合わせて、反動や静音に長けたカスタマイ⋯⋯改造を施してあるんだ。」
「⋯⋯忍びとは、言っていない。」
「あっはは、それは無理があるよ狼さん。
その義手を見せてもらったんだ。モモッターでも噂になっていたとはいえ、あなたが『知らぬ』『言えぬ』って言ったって、道具を見ればその人の人となりくらいは私も分かるよ。
それに私たちは技師と顧客でもあり、生徒と先生でもあるんだ。
お互い隠し事はナシだよ。」
「む⋯⋯。」
確かに先生も昨日、生徒と接する時は嘘をつかず、正直に接しなさいと話していた故に、この忍び義手で何をしていたか聞かれた際『言えぬ』と答えたのだが。
ウタハは狼が隠したそれまでも見通していたようだ。
「もちろん、お客様の秘密は隠し通すよ。狼さんが私たちにその義手託してくれた信頼を、私たちも返したいからね。
さ、もう少し撃ち心地を確かめてみてくれ。
エンジニア部の部室は試射場も兼ねている。装填している弾丸なら外しても何ら問題ないよ。」
ウタハに言われた通り、走りながら、跳びながら的に射撃する⋯⋯が。
(⋯⋯?)
よく見ると、その短銃は二つ目の引き金がついていた。
狼が興味のままに、それを指に掛ける。
────ぷしゅっ。
弾丸と違った音とともに、液体が射出され、ツンとした刺激臭が狼の鼻をつき、足を止める。
「⋯⋯なんだ、これは。」
「説明しましょう!!」
この銃を作った張本人、コトリが目を輝かせてずずいと寄り来る。いつの間にやら簀巻きから逃れたらしい。
「その銃にはなんとチャバスコ噴射機能が着いているんです!」
「ち、チャバ⋯⋯?」
「はい!辛味香辛料です!このチャバスコは元々────」
「⋯⋯何故、着けた。」
「戦ってからお腹が減った時、ピザとか食べたくないですか?
あっ、ピザっていうのは────」
「⋯⋯いらぬ。
ウタハ、作ったのはこれだけか⋯⋯?」
ええーっ!?というコトリの抗議の声に背を向けて、ウタハに腕を差し出す。
「すまないね狼さん、後で私が叱っておくよ。
⋯⋯ああ、次はヒビキの発明品だよ。」
ガチャガチャと取り付けられたそれは、コトリの物より重量感のある銃だった。
「私も聞いていなかったが、チャバスコ噴射機能とは全く⋯⋯ああいう画期的で素晴らしい発明はすぐに部員に共有してくれとあれほど⋯⋯。」
「⋯⋯。」
小声で呟くウタハを半目で流し見て、的に向かう。
見ると、その銃身にはコトリと同じくまたも引き金が二つ、ついていた。
「⋯⋯?」
また、余計なものがついているのだろう。なんだか頭痛がしてくる狼だった⋯⋯が。
1
だが、先生も言っていた。
お互いのために何かを為すことこそが、信頼を築く上でもっとも大切だ。
コトリの
この一丁を用意してくれたヒビキの信頼を、返してあげたい。
2
だが、先生は言っていた。
生徒と話すことは、生徒と親密になるためにもっとも大切なことだ。
ウタハは見ず知らずの狼を部室まで招待し、力になってくれた⋯⋯コトリも狼とは逆方向で会話が苦手のようだが、狼の知らぬ知見を与えてくれた。
自ら話しかけるのは億劫だが、狼から歩み寄らねばならない時は、今後も数え切れないほどに来るだろう。
教師として、
両方書く予定です。
後1、2話分プロローグの予定です。
狼は────
-
1 ヒビキを信じ、試してみた。
-
2 銃の機能をヒビキに訊ねた。