赤いカラスの朝は早い。
寝間着から着替えた後は洗面台で顔を洗い、烏を模ったマスクを付ける。朝食を作る為、食パンを取り出しトースターに入れ電源を入れる。今度は冷蔵庫からオビラプの卵とハムを、棚からフライパンを取り出し火をつける。油を敷いたフライパンの上にバターを乗せると、「ジューッ」というバターが弾ける音と共に食欲をそそる香ばしい香りが台所へと漂い始める。バターが溶けきったことを確認し、卵を割って落とす。
「おっと…今日はついていますね。」
フライパンに落ちた卵は黄身が2つありカラスの顔には笑みが溢れる…と思われる。白身が固まり始めると一旦火を止め、切って皿に分ける。
チーン。
丁度トースターから今朝の主役の誕生を伝える音が響く。
「折角目玉焼きが2つあることですし…サンドイッチにしましょうか。」
パンを三角形に切り、それぞれのパンに目玉焼きとハムを乗せていく。
そうして出来たパンを片方のパンに乗せてサンドする。これをサンドイッチと呼ぶには中々勇気がいるなと自身の中で審議するが結果は無罪。
何事も美味しければ良いのだ。と納得させ、徐に棚からコップとインスタントコーヒーを取り出しお湯を注ぐ。
サンドイッチとコーヒーをリビングのテーブルへと運び自身も席に着き、携帯電話で今朝の朝食の写真を撮る。
カラスが【無花果の会】に入ってからしばらく経ってからのことだが、彼は毎日の食事を写真に残すようにしている。理由はひとつ、上司である
なお今ではマスクの改良が進み着けたまま食事を行うことができるが、写真付きで感想を送るのが日課になると共に楽しみにもなったため今も続けている。
「『…今日は卵の黄身が2つだったのでサンドイッチにしてみました。そういえばウルウコ様は目玉焼きには何をかけて食べますか?』っと…」
報告の為の文章を打ち込みながらマスクの嘴部分を展開し、サンドイッチを食べる。サンドイッチを食べた後、片付けを終え時計を見ると丁度家を出る時刻となっていた。
玄関に向かい血で染まった赤い白衣だったものを羽織り、帽子を深く被る。扉を開け自身の足元にメダルを投げると、光の中から黒い翼に赤い嘴を持つリバイバー、ハツェゴンが現れる。長年カラスと共に生活を送ってきたハツェゴンは「朝に外で自分を呼び出した時は仕事に向かう時」だということを覚えたのか、身体を低くしカラスが背中に乗りやすいような体勢を取る。
「いつも助かります、今日も頑張って行きましょう。私も貴方も。」
カラスがハツェゴンの背に立ち、その背中を軽く叩く。直後ハツェゴンは飛び立ち、上昇を開始する。すぐに地面は見えなくなりディモルの群れとすれ違う。
『もしもし。聞こえていますか?』
カラスは通信機に声をかける。程なくして通信機から気だるげな男の声が聞こえた。
『ー聞こえてる、既にポイントに着いた。こっちはお前待ちだぞウグイス。』
『流石クーゲルですね、まだ予定より1時間も早いのに。あとウグイスじゃなくてカラスです。そろそろ覚えて欲しいんですけど。』
カラスはクーゲルと呼ばれる男と通話を始める。クーゲルはいつも自分の名前を間違うが、何度言っても直らないので半分諦めつつ一応訂正をする。
今回の任務は食材調達。別働隊の報告によると上空に浮かぶ巨大な赤い球が目撃され、ここ最近被害が大きくなり始めた為周辺住民が避難を余儀なくされているらしい。被害地域の中には【無花果の会】が所有する土地、主に畑があった為問題の対処にカラス達が出ることになっていた。
『被害状況は周辺の広範囲一帯の半径2km圏内の全て。家も人もリバイバーも無差別に焼き払い嵐のように消えてったとか。…なんかと見間違えたんじゃね?ディル・エース辺りとさ。』
『ディル・エースにしては被害が甚大過ぎます。それにしても、もしもリバイバーだったならば八大最高幹部の方々もきっとご興味を持つでしょう。』
カラスとクーゲルが被害状況を復唱しつつ考察を行う。
直後、カラスの後ろからもの凄い叫び声と共にディモルの群れが突っ込んでくる。
「「「「「「「GYAAAAAAAAAーッ!」」」」」」」
否。群れと呼ぶにはあまりにも巨大な、さながら赤い球体のような規模のものであった。カラスとハツェゴンはディモルの群れを躱わすが、再び群れが突っ込んでくる。今度は群れの一つ一つ全ての個体が「火の玉アタック」を行っておりまるでガトリングガンのようであった。数十、数百いるであろう火の玉を躱し続けるハツェゴンだが流石に他勢に無勢であったか何発か被弾してしまう。
『おいメジロ、なんかあったか。』
『ええ。たった今縄張りに入ったのですがディモルの群れと交戦しました。赤い球…報告はこのディモルの群れだったんですね。』
夥しい数のディモルの群れによって構成される赤い球の中心、その最奥を飛ぶ黒い影をカラスは見つめる。黒い影とカラスの目が合った瞬間。
「GYAAAAAAAAAーッ!」
一際耳をつんざく咆哮が響き、赤い球が収縮する。
炎が次々と灯り出し熱された空気が周囲を包み込む。
「これは…まずい…!ズンガリー!」
恐らくこの後起きるであろう尋常ではない災厄を想起したカラスは一度赤い球から離れもう一枚、翼竜の描かれたメダルを宙に投げる。現れたズンガリーはよりによってこんな時に呼び出すなと若干怒り気味に鳴く。
「すみません。貴方はクーゲルを連れて先に撤退してください!…私はなんとかアレを引きつけます。」
カラスの指示を受け、ズンガリーはクーゲルの元へ飛んで行く。
ズンガリーが見えなくなったところでカラスは赤い球に向き直りハツェゴンに指示を出す。
「ハツェゴン、ロックウイング!」
(恐らくあの技はディモルの3番目の技「ファイヤーストライク」。一匹一匹は大した威力はないでしょうが、あの数が一斉に放ってくるとしたらただでは済まないですね…ハツェゴンに恐怖をかけさせてファイヤーストライクを使えない個体が増えれば被害も減らせるはず。)
カラスは至って冷静であった。今にも起こる寸前の災厄を前に冷静に相手の動向を伺っている。
カラスの目的は一つ。先程一瞬だけ目が合った中心の個体。
あの個体の叫び声でディモル達は陣形を作り今の状況を作り出した。
(あの個体さえ倒せれば或いは、ですがまだまだディモルの数が多すぎて狙いが…)
「GYAAAAAAAAAーッ!!!」
カラスの思考を掻き消すような叫び声が聞こえる。
瞬間、夥しい数の火球が降り注ぐ。炎の雨の如しそれは人もリバイバーも、空も地上も、全てを焼き尽くす災害であった。
炎の嵐が過ぎ去ったあとには何も残らなかった。
草木やあらゆる生命が灰となり焼け焦げた地に1人。
カラスがあの災厄を生き残っていた。
『クーゲル!聞こえていますか!』
カラスはすぐに通信機に向けて声を上げる。
ツー。ツー。と通信機からは不応答を告げる音が虚しく響く。
「んな大声出さなくても聞こえてるっての。」
カラスの背後から彼のよく知る声が聞こえる。
振り向いたカラスの前には確かにクーゲルが自身の呼び出したズンガリーと共に立っていた。
「で、アイツどうするんだ。…まぁお前のことだからもうなんか策はあるんだろ?」
「えぇ。あの群れの中心にいる個体。あの個体さえ倒せば群れは統率を失うでしょう。ただし、あの数の中から1匹を狙うのはかなり難しいことかと。」
カラスは赤い球のについて仮説を説明する。
しかし、いくら取り巻きを減らしたとしても中心が居る限りディモルの群れは何処からともなく補充されており、逆に拡大する一方。
一撃。たった一撃で正確にそれを仕留めることができればという無謀とも取れる計画であった。
「なんだ、簡単なことじゃねぇか、ディモル1匹撃ち抜けば終わるなんてそんな楽なことねぇだろ。」
「ですが取り巻きは数百います。その対処を同時になんてとても…」
「ウン百匹居る中で標的1匹撃ち抜く程度出来なきゃ『
クーゲルはそう言うとズンガリーに掴まり赤い球の元へ向かい始める。そうだハツェゴンはー。カラスは周囲を見渡そうと振り向いた。
「クルルル…」
「おっと、そこに居たのですね。まだいけますか?」
「クルルルァァ!」
ハツェゴンはカラスの後ろで待っていた。あの数のファイヤーストライクを受けたが群れの個体一つ一つの威力はやはり低かったようで、自分はまだ行けるとでも言うように翼を羽ばたかせ一声鳴く。
カラスはハツェゴンと共に再び赤い球へ飛び立つ。
「GYAAAAAAAAAーッ!!」
赤い球はカラスとクーゲルを認識すると再びファイヤーストライクを放とうとする。熱波が先程より強く放射され2人の頬を掠める。
「ツバメ。俺の周りのディモルの対処を頼む。」
「カラスです。周りの個体だけで良いんですか?」
「ああ、俺の邪魔をしてくる奴だけで良い。」
「しかし先程の作戦の場合…貴方も無事では済みませんよ。」
「そこはお前のフォローを信じるしかねぇわな。」
「全く…」
2人は作戦を素早く伝達する。作戦と言ってもカラスがクーゲルの周りの対処を行い、クーゲルが仕留める。それだけであるが2人にとってはそれだけで伝わる。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッ!」
先程より甲高い咆哮が響く。直後、赤い球が少し収縮したかと思うと中心から黒く禍々しい瘴気が放たれ、数十匹が群れの中から離れカラスとクーゲルの周りを囲むような陣形へと変わる。
「… まるで「次は逃がさない」と言ってるようですね。」
「さっきも言った通りの作戦でな、そっちは任せるぞ。」
「わかっています。ハツェゴン、連続でロックウイング!」
「クルルルァァァァ!」
「「「「GYA!?」」」」
「「「「GYI!」」」」」
「「「「GYUU!」」」」
ハツェゴンは土を纏う翼を羽ばたかせながら群れへと回転しながら突っ込んでいく。群れのディモル達を巻き込むように、そしてクーゲルと赤い珠を結ぶようにハツェゴンは突進を続ける。巻き込まれたディモル達は恐怖し、その場で動けなくなる。やがて赤い球本体に到達し、そして球を貫く。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAァァァァ!」
激しい慟哭が響き、ディモル達が「ファイヤーストライク」を放ちクーゲルとズンガリーを焼き焦がす瞬間。
「シャァァ!」
ズンガリーはその場で宙返りをし、クーゲルを空に放り投げる。
空に放り出されたクーゲルはすぐに体勢を整え言葉を紡ぐ。
「燻る銃口。藍色の照準。クーゲルの名より告ぐ。我が放つ銃弾よ、我が愛する総てを撃ち抜き貫け。
侵食拘束術式0番解放。夜討。」
言い終えたクーゲルは蒼色の瘴気を纏う。前髪で隠れた左目が瘴気と同じ蒼色にゆらめき、同時に蒼い射線が自身の銃と標的、中心のディモルに結ばれる。風の音、向き。ディモル達の声や動き、クーゲルの目には世界がスローモーションのように映る。彼は一呼吸起き引き金に指をかける。もはや外す余地などない。彼は獲物を見据え呟く。
「堕ちろ。」
銃声が轟き、一匹のディモルが地へと堕とされた。
「いやぁ、死ぬかと思ったね。さっきは。」
「ならあんなことしなければ良かったのに…」
中心のディモルはクーゲルの一撃でメダルへと変わってしまい、食材としての利用は叶わなかった。カラスはそのことをすぐにウルウコに伝え謝ったが「別にいいよぉ。さすがカラスさん、仕事が早いねぇ。例のディモルが食べれないのはちょっぴり残念だけど畑が復興するならそっちの方が嬉しいよぉ。」と特にお咎めを受けることはなかった。
「コウノトリのサポートがなきゃあんな無茶できねぇっての。」
「カ ラ ス です。わざとやってるんですか?」
「わざとだが。お前ギャグ通じない系か?そもそもお前のことは結構信頼してるんだぜ、カラス。」
クーゲルはさらりと言った後いつの間に片付けを終えていたのかそそくさと帰っていく。カラスが慌ててクーゲルに追い付き仕事終わりの食事について話を始める。
「はぁ…折角ですし今日は何か美味しいものでも食べに行きます?」
「えー、わざわざ食いに行くんだったら帰って食おうぜ、なんか焼き鳥食いたくなったわ。あの群れの取り巻き何匹か捕まえりゃ良かったな。」
「今鶏肉ありましたっけ…あとでカルネ様にお聞きしましょう。」
『業務報告』
今回接敵した野良リバイバーについての報告。
【デッドリー・サン】
数十、数百匹のディモルが作り出す超巨大な群れの総称。縄張り意識が非常に強く、群れ全体で放つファイヤーストライクは周囲一帯の人もリバイバーも等しく焦土に変えてしまう威力を持つ。
【黒天】
【デッドリー・サン】の中心で発見されたディモル。咆哮ひとつで群れを操り使役する能力を持つ。また、咆哮には同じディモルを惹きつける効果がありディモルを連れているホリダーは注意が必要。
なお【黒天】はクーゲルが一撃で仕留めた為今回の食糧回収はなし。
群れのディモルを何匹か捕獲するべきであったと反省。
報告者 赤いカラス