せっかくだから僕は物理で行く   作:宙の君へ

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はじめまして、対戦よろしくお願いします


P01

 

「666番、出ろ。試験の時間だ」

 

片手にタブレットを持った研究者らしき男が重い鉄格子の扉を開け、中にいる人間に声をかける。数秒の間、中から出てきたのは年端もいかない子供だった。

 

「着いてこい」

 

研究者の男の後を何も言わずに着いて歩く。等間隔にぶら下がる照明灯は着いたり消えたりを繰り返し、その年季の長さを物語っている。凡そ、人が衣食住する場所とは言い難い場所であった。

 

「その、666番・・・・くん?で合ってるかな。体の調子はどう?この前の試験は大分・・・・その、アレだったから」

「・・・・・・・・・」

 

666番と呼ばれるその子供は何も喋らない。否、喋れない。口が塞がれている訳では無い。言葉が理解出来ない訳では無い。

ただその生気のない目を前に向けているだけだった。

 

「無駄だ、新人。話しかけてもソレは何も喋らないぞ」

「主任、それはどういう・・・・・・」

「ソレには意図的に言語能力を持たせないようにしている。無駄なものだからな」

「そんな・・・・意図的に喋れないようにしているんですか!?」

「そうだと言っている。幸い、喋れないだけで簡単な言葉は理解出来るようだが」

「なっ・・・・・・!?」

 

常軌を逸している。正に非人道的。徹底的に人権を無視したこの『プロジェクト』に新人は嫌悪した。そんな『プロジェクト』に最初は知らなかったとはいえ、関与している自分にも。

人格形成に最も影響を及ぼすこの歳の子に、こんな事をさせてはとてもでは無いが人間社会で生きていけるわけが無い。

野生の動物の方がまだ良い暮らしをしているのではないか。

 

「666番はこの『プロジェクト』の唯一の成功例。他の連中は潰れてしまったが、コレは違う。666番はあの『最高傑作』にも“武術”に関しては頭一つ、いや二つも上だ。実に素晴らしい結果だと思わないか」

 

そう。この『プロジェクト』はあの『ホワイトルームの最高傑作』に比肩しうる子供を育てる事。

あちらが『万能』の天才なら、こちらは一つの分野に『特化』した天才を。

 

学問、処世術、武術、政治等一つ一つに特化させた人材育成計画、『番外期生プロジェクト』。

しかし、現状は今ここにいる“武術”に特化した教育を施された666番一人を残し成果を挙げられていない。

 

「着いたぞ。666番、この試験を合格すれば晴れてお前の価値は証明される」

 

広く、真っ暗な部屋が徐々に照明により明るさを取り戻した。そこに居たのは何十人もいる大人達。格好からみて軍隊、おそらく特殊部隊で戦闘訓練を受けている者たちだ。

 

「主任!もうやめましょう・・・・!こんな・・・・!」

「黙れ。始めろ、666番」

「待って・・・・!」

 

新人の声は届かず、男の言葉が発せられると同時にその子供はボロボロの衣服をはためかせ、数十人の大人達に突っ込んで行った。

 

 

なんてクソみたいな人生。

この世の中に平等なんてものは無い。

誰も助けてなんかくれない。

自由なんてどこにも置いてない。

ないなら、自分の力で掴み取るまで。

神様のいない世界なんかで祈らない。

邪魔なモノは捻り潰し、真っ赤に染める。

使える物はなんでも使ってでも自由を手に入れる。

所詮、世の中は弱肉強食。

強者に縋るだけの弱者は嫌い。

権力も金も知識も何もかも、力の前では全て無意味。

 

結局、圧倒的な“力”だけが、全てを凌駕するのだから。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

大きな揺れに無理やり意識を引き戻される。

陽だまりの心地良さに負けてつい寝てしまったようだ。

 

(最悪・・・・・またクソな夢を・・・・・・)

 

遠い過去の記憶。自分の始まりの場所。

忘れられるものなら忘れたいが、どうも人間の脳はそう単純なものでは無いらしい。

 

「そうだ。母さんの手作り辞書を読まないと」

 

バッグから取りだしたのは分厚いノート。

言葉を喋ることが出来なかった自分に色んなことを教えてくれた恩人。

あのゴミの様な掃き溜めから連れ出してくれた人。

 

「えーっと、初めての人には自己紹介をする事・・・・挨拶をする事・・・・感謝を伝える事・・・・授業は真面目に聞く事・・・・夜にお菓子は食べない事・・・・・歯磨きはちゃんとする事・・・・クソ過保護じゃんね」

「席を譲ってあげようとは思わないの?」

「あ、ごめんなさい!土下座します!・・・・・ん?」

 

まずは謝罪。初手土下座でもなんでもすれば取り敢えず何とかなるとは母の同僚のおっさんからの含蓄のある教えだ。日本最古の書物、古事記にも書かれてると言っていたから間違いないだろう。

ただ、どうやら自分に向けた言葉では無いらしい。

声の主を探していると、OL風の女性が金髪の少年に注意している。

 

「クレイジーな質問だね、レディ。私が席を譲る理由は何処にもない」

「君が座っているのは優先席。席を譲るのは当たり前でしょ?」

「ナンセンスだねぇ。優先席は優先席なだけであって、法的な義務はどこにも存在しない。私は無駄な体力を消費したくないのだよ。故に席を譲る必要は無いと判断した。理解してくれたかな?」

「そ、それが目上の人に対する態度!?」

「目上?目上とは立場が上の人間に差して言うのだよ。それに歳の差があるとしても生意気極まりない君の態度にも問題がある」

「なっ・・・・・!あなた高校生でしょう!?大人の言うことを聞きなさい!」

「も、もういいですから・・・・・・」

 

どうやら女性は隣にいる老婆の為に怒っているらしい。バスの中では一触即発の空気が漂いはじめていた。困っている人がいたら助けてあげる事(土下座はしない事)。これも母の教えである。

 

(情けは人のなんとやら、だもんね!母さん!)

「ねぇ、そこの婆さん」

 

この冷えた空気に臆する事無く飛び込んできた少年。

誰もが望んでいたこの空気を変えてくれる勇者そのものだった。

 

「良かったら座る?」

「い、いいのかい・・・・?」

「遠慮すんなよ。こっちも気づかなくてごめんね〜、婆さんクソ小さいから見えなかったよ。ほら、行こ行こ」

 

老婆の手を引いて席に座らせると、再度お礼を言ってきた。

 

「ありがとうねぇ」

「いいのいいの。ジジイとババアには優しくしろって言われてるから」

 

恐らく全員が思っているだろう。

口が悪いのか悪くないのかどっちなんだ、と。

 

「お兄さんも高校生かい?」

「ん、そうだよ〜。なんだっけ、えーっと、高・・・・あ、高々度育成学校って名前のとこに入学すんの」

「あらまぁ、変わった名前だねぇ」

「んね〜」

((((高度育成学校では・・・・・?))))

 

どうも彼が行く高校は高地にあるらしい。チベットにでもあるのだろうか。

 

しかしなんともほんわかとした空気が流れている。先程の吹雪吹き荒れていた同じ車内とは思えない。

 

「それにしても大きな傷だねぇ」

「あぁ、これ?」

 

そう言って老婆に言われた傷跡を撫でる。右頬に一文字に伸びる大きな傷跡。

 

「昔にちょっとね」

「痛くないのかい?」

「全然。クソ大丈夫」

 

それからバスに揺られること数分。正門前のバス停で止まった。

 

「んじゃね、婆さん。長生きしろよ」

 

バスを降りると、そこには天然石を連結加工した作りの門が待ち構えていた。

自分と同じ制服を着た少年少女が全員この門をくぐり抜けていく。

 

東京都高度育成高等学校

 

日本政府が作り上げた、未来を支えていく若者の育成を目的とした学校。今日から三年間通う事になる場所だ。

季節は春。満開の桜並木の下を歩いて行くと、

 

「さっきから私の方を見ていたけれど、なんなの?」

「悪い。ただちょっと気になっただけなんだ。どんな理由があったとしても、あんたは最初から老婆に席を譲ろうなんて考えを持っていなかったんじゃないかって」

「ええそうよ。私は譲る気なんてなかった。それがどうかしたの?」

「いや、ただ同じだと思っただけだ。オレも席を譲るつもりはなかったからな。事なかれ主義としては、ああいうことに関わって目立ちたくない」

 

バスの後部座席に座っていた二人が何やら話していた。

事なかれ主義ねぇ。確かに友達いなさそう(小並感)。

一方で少女の方は、

 

「事なかれ主義?私をあなたと同じ扱いにしないで。私は老婆に席を譲る事に意味を感じなかったから譲らなかっただけよ」

 

とんでもないヤツの様だ。

 

(ああいう手前にはあまり関わりたくないねぇ・・・・)

 

 

そう思い、知らん顔で二人の横を通り過ぎようとしたが、現実は見逃してはくれない。

 

「あ、なぁ」

「・・・・・・・・?」

 

声からして事なかれ主義の男子からのお声がけの様だ。その場に立ち止まり、顔を向ける。

 

「なんか用?」

「いや、用って程でもないんだが。あんた、あの老婆に席を譲っただろ?」

「うん」

「凄いなと思ってな」

「凄い?普通じゃない?困ってる人を助けんのは。それも婆さんなら尚更」

「そうか」

「そんだけ?僕、先行くね。自称事なかれ主義の人でなしと」

「人でなし・・・・・・」

 

チラリと視線だけを少女に向ける。

 

「な、なに」

「性格どぎついクソ女」

「なっ・・・・・・・!」

 

かくして、この三人のファーストコンタクトは最悪の一言で幕を閉じた。

 

 

 

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