Runaway Baby 〜ウマ娘たちは戦場で何を見たか〜 作:水銀(654×4)
フィリピン・レイテ島で1人のウマ娘と1人の兵士は出会った。
1人は仲間のために、1人は娘のために戦場を駆け続けた。
彼らが向かうは遥か彼方の陥落寸前の前線基地。
数千人の命がかかった伝令のため、彼らは共に走り出す━━
リスペクト:The Cockpit(戦場まんがシリーズ)より 「鉄の竜騎兵」
原作:松本零士氏
レイテの戦場に吹く凄風
軍事通信において、電気による通信が発達する以前は人間や馬娘が走ることで連絡が伝えられた。
第一次世界大戦では野戦電話も使われたが、電話線がつながってなければ使えず砲撃などにより切断される信頼性の低いものであった。そのため信頼性の高い連絡方法として伝令が走ることとなったが、伝令の損耗も激しかった。
機甲化した部隊が主力になった第二次世界大戦になると、バイクに乗ったり馬娘が走ったりする
━━━━━インターネット百科事典ウマペディア内項目「伝令」より一部抜粋
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轟音。ぬかるみ。
轟音。腐臭。死体。硝煙の匂い。
轟音。死体。轟音。悲鳴。銃撃音。蝿の羽音。
硝煙の匂い。轟音。悪臭。死体。
誰が見ても嫌になるその光景の中を、一人の馬娘がふらふらと走っていた。
息は絶え絶えで姿勢もふらつき、手は力なくだらんと垂れ下がって、足の動きに合わせて前後に僅かに揺れるだけとなっていた。
馬娘の象徴たる上方向に突き出した耳も、頭の動きに合わせて活気なくふわふわと揺れ動くのみである。
彼女は大日本帝国に生まれ、生まれた時代が時代なだけに国のために幼い頃から働くことを義務付けられ、さらにはこんな名前も知らぬ果ての地まで連れてこられてしまったなんとも悲壮な馬娘だ。
彼女には使命があった。
幾千もの大日本帝国の勇敢な兵士たちと、自分と同じで戦場へ連れて来られたまだ若い
増援を呼ぶためにはるばるここまで走ってきたが、たった今、遥か遠くに野戦重砲の細く斜めに突き出た陰を目に入れて、僅かばかりに足を止めてそちらを仰ぎ見たところである。
━━━やった、助かったぞ。
あれは日本のものだ。おまけに砲の近くには誇らしげに日章旗も掲げられている。
彼女は僅かに残った力を振り絞り、全速力で駆け出した。
「……いですか!師……令です!」
「3……下がっ………整備!」
「各………火器を……て……せよと……とです!」
だんだんと聞き馴染みのある言語が聞こえてきたことも、彼女の足を急かした。
だが突然吹っ飛んだ。
文字通り
彼女は首から上だけを動かして、その砲弾が描く放物線を目で追った。
見えなくなった後も立ち止まって彼方を見ていたため、唸りをあげて飛んでくる数多の砲弾に気付くのは容易だった。
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「皆さんいいですか!師団命令です!300キロ下がって戦線を整備!全軍重火器を捨てて転進せよとのことです!」
野砲連隊の司令部に伝令馬娘の快活な高い声が響き渡ると同時に、多くの兵士が転進のためにそれぞれ動き出す。
「そう慌てて荷造りするこたぁない。右へ行こうが左へ行こうが、敵の真ん中にいることには変わりないからな!」
座って九九式軽機関銃をいじっていた男が、あくせくする兵士たちに聞かすかのように大声で隣の男に話しかける。
「目標ー!」
「左前方二万三千!!」
「敵歩兵陣地ー!」
重砲の周りで作業する数人に気付いた男が、思わず呟いた。
「おいおい、あいつら何をする気だ?まさか砲を撃つ気じゃ…」
機関銃の男がその言葉に反応し、立ち上がって茂みの向こうを覗き見る。
「せっかく日本から持って来た野戦重砲だからな、せめて一発ぐらい敵陣に撃ち込みたいんだろう。」
「撃ち方よぅーい!!」
「バカが知らねぇぞ…」
さっきまで座っていた男が吐き捨てるように言う。
「撃てぇーーーっ!!」
瞬間、地を割くような轟音が響き、黒い金属塊が遠くへ飛んでいく。
「「あぁあぁあぁあぁ…やっちゃった。」」
「もうじきお返しが千発ぐらいくるぞ!」
「だな!」
二人は我先にと塹壕に飛び込む。
だが機関銃をその辺りに放った男が急いで塹壕から這い出し、工具箱と手帳を手に戻ってきた。
「危ない危ない、こいつを忘れるとこだった」
「さぁ…来るぞぅ!」
「…終わったらしいな。」
「だな。」
野生動物の息吹以外に何も聞こえなくなってから、二人は恐る恐る塹壕から顔を出す。
「あー。あーあー…」
「すっかりやられちまって…」
「ん?誰だあいつぁ」
男の言葉に、思わずもう一人の男はまだあちこちから煙のたちのぼる司令部跡をきょろきょろと見回す。
すると約50メートル先で服を血で赤く染めた馬娘が倒れているのを視界に捉えた。
「さっきいた
「いや腕章を見ろ、確かありゃずっと南の方に行った連中のものだ。」
生きてるか死んだかも分からないので、二人は急いで駆け寄る。
「敵の砲撃の中を生身で走ってくるバカがあるか!」
「いやぁ、走ってたら弾が降り始めたんだろう。」
「ほ…砲……」
「何だって?」
あれだけの弾幕の中に居てまだ生きている馬娘の体力にたまげながらも、彼女の話すことを聞こうと二人は耳を彼女の口元に近付ける。
「野砲…本部は…」
「野砲連隊の司令部か?そんならここだ。」
馬娘は少し安堵した表情で首を横に向ける。
「さっきまではここにあったんだがな。見ろ、影も形も無くなっちまった」
「そんな…」
男に上半身を支えられていた馬娘の首からふっと力が抜け、頭がだらんと前のめりになる。
「おいおい、まさかこいつ死んだんじゃ…」
「馬娘ってのは特別頑丈にできてんだ、この程度じゃ死なねぇよ!ほらそっち持て」
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誰かが張り上げた声で目が覚めた。
テントに開いた穴から入る陽の光に、思わず顔を背けて呻る。
「だから、俺はもう行くぞ!お前みたいに部隊からはぐれたら大変だからな!」
「そこを何とか…俺には丁度あいつぐらいの娘がいるんだよ!数ヶ月前にダービーだかダーティーだかのでけえレースに勝ったって手紙が来てさ!あいつを見捨てると娘も見捨てた気になるんだよ。な?頼むからもっと処置を」
「ただの子供自慢か?悪いがもう限界だ。じゃあな」
「あっおい!!待て!」
暫しの静寂の後、肩を落とした1人の男が彼女のいるテントに入ってきた。
「あぁすまん、起こしちまったか」
「……いえ、大丈夫…です」
布を二本の棒の間に渡しただけの簡素なベッドの上で、その馬娘は蚊の羽音のように細い声で答えた。
「ならいいんだ、水飲むかぁ?」
彼女は水筒を見るなりひったくり、母猫の乳に吸い付く子猫のように必死に飲み始める。
「おーいいねぇ。水とはいえいい飲みっぷりだ」
男は豪快にガハハと笑った。
水を飲み干した彼女は、水が気道に入ったのか咳き込みながら男に尋ねた。
「い…今…ゲホッ今は何時ですか?」
「おーい仁川ー!今太陽はどんなだー!?」
男が彼女の問いに答えるのではなく突然外に叫んだので、彼女は思わず少し飛び上がる。
「ちょうど真上ってとこだー!」
外から返事が返ってきた。
彼女は彼らが気を失う直前に見た二人だと直感した。
「真上ってこたぁ…ざっと2〜3時間てとこだな」
水を飲んだことで思考がはっきりしてきた彼女は、テントの中を見回してから自分の身体を見てみた。
脚や腕にぐるぐると包帯が巻き付けられていた。
視野が狭いことに気付いて目の辺りを手で探ってみると、そこにも包帯があった。
「あの…処置ありがとうごさいます」
「俺たちじゃねえんだ。さっきまでいた森本って奴なんだけどよ、あいつがなかなか臆病者で…。 『また砲撃されるかもしれないから一刻も早くここを離れたい』とかヌカしやがる」
「おーい、そいつ目が覚めたか。」
「ああ、メシ持ってきてくれ」
男は、腰のベルトに差しておいた銃を取り出して慣れた手つきで分解しながら外の声に応える。
それと同時にテントの外から別の男が入ってくる。恐らく彼が仁川であろう、と馬娘は思った。
「飯を炊いといた。食べて元気をつけろ」
仁川はそう言いながら馬娘の顔の横に飯盒を置いてやると、彼女はゆっくり上体を起こす。
「歩兵隊が残していった食糧だし、俺たちはもう食ったから遠慮せず全部食べていいぞ。」
仁川は煙草を取り出し、銃の手入れを進める男からライターを借りて火を灯した。
「…!銀シャリ白米だ!」
馬娘の顔に笑顔が灯った。
「そういやお前さん、どっから来た?南の方だってのは見当つくが」
銃のメンテナンスが終わった男が馬娘に問い、少女は咀嚼の合間にそれに応える。
この島の大日本帝国陸軍の関連施設としては最南端に位置するゼラバンカ基地が米軍によって陥落の危機に瀕していること。増援を呼ぶため自分を含めた多くのメッセンジャーが隙を見て飛び出して行ったこと。ほかの特別伝令兵数人と走っていたが迷子になってしまったこと。ここにあった野戦重砲を見つけてやってきたはいいものの米軍の反撃に遭って負傷してしまったこと。
「ゼラバンカ基地ねぇ…そこの連中は勝手に後退してはこんだろうかな?」
「バカ言うな、我が日本軍は命令がない限り死んでも逃げたりはしない!百年でも二百年でもだ!……全く変な国に産まれたもんだな。」
「本当だな…」
仁川が頬をポリポリと掻きながら呆れたように同調する。
しばらくして少女が飯盒三杯分もの白飯を食べ終わったので、男たちが諭すように話しかける。
「お前、俺たちと一緒に撤退しろ。」
「そうだ、そうした方がいい。」
「私は戻ります!」
「死にに行くようなもんだぞ?」
「死んでもいいんです!まだ多くの人があそこに居ます。 …痛っ!」
仁川が慌てて、起きあがろうとした少女を静止する。
「おい待て、いくら馬娘と言えども重砲の砲撃を喰らったばっかなんだぞ?ゼラバンカに辿り着く前に野垂れ死ぬ可能性だって…」
「私のことは放っておいて下さい!あそこには私の帰りを待ってる人が沢山いるんです。見捨てて自分だけ逃げるなんて出来ません!」
彼女の軍服と同じぐらい赤く染まった靴を痛みに顔をしかめながら履き、ゆっくりと立ち上がる。
「ご飯ありがとうございました。私はこれで…」
馬娘は二人に敬礼をして、ふらふらとテントを出て行った。
「有松よぉ、あいつどうする?このまま見捨てて行くのか?」
有松と呼ばれた男は、故郷に一人置いてきた愛娘のことを思っていた。
先ほど森本に言った通り、戦争の動乱にも負けずに五月に東京優駿東京ダービーを勝った自慢の娘である。
単車にその娘の名前を付けて、さらに戦場にまで無理を言って持ってきたのも常に彼女がそばにいてくれると自分に思い込ませて過酷な生きる励みにするためである。
そんな自分の娘とさっきの馬娘が、毛や眼の色から身長や体格、目つきに至るまで違うというのにどこか被って見えた。
きっと髪型が同じなだけではないだろう。*1
有松は、近くの大岩の影に向かって歩き出すとともに仁川にこう言った。
「仁川…俺の頼みを聞いてくれるか?」
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幾らか眠ってから腹一杯に白飯をかき込んだとしても、怪我のせいで彼女の足取りは思いままだった。
今までのように徹夜で走り続けることは難しいから、何処かで身を隠して休める場所を探す必要があると彼女はぼんやり考えた。
だがまずは陽が傾き始めるまで少しでも前に進む方が先決だ。そう自分に言い聞かせた。
彼女が戦場に降り立ってから、周りの全てが彼女を傷つけた。
幼くして家族や友達と引き離されて異国の地に連れてこられたかと思えば、無慈悲に降り注ぐ銃弾や砲弾、こちらを子供だからと見下して荒々しく命令を出す部隊長、そのうえ極端に馬娘の数が少ないので一人当たりの負担が跳ね上がり、結局満足に休んだり馬娘同士で交流することも叶わなかった。
そんな状況で、彼女は何年も戦争に身を捧げてきた。
だが彼女が本部命令でレイテ島に向かった時、転属先の兵士たちは彼女を暖かく迎え入れてくれた。
人員や物資がこの島に続々と集められていた背景もあるが、この頃には馬娘の徴用も進んでいたために彼女たち一人当たりの負担は大幅に減少した。
おかげで彼女は十分な休息をとることができ、本土からやってきた馬娘たちと交流することもできた。
本土の混沌とした様子はそこから知った。
新しくやって来た馬娘の中には彼女よりよっぽど年上の馬娘も居れば、彼女が初めて戦場に来た頃と同じぐらいの馬娘もいた。
まさしく総力戦だ、と彼女は実感した。
そんな戦場での心の支えとなった人たちが危険に晒されているので、彼女は自分の身がどうなろと走り続ける覚悟があった。
不意に後ろからエンジン音が聞こえてきたので、彼女はとっさに腰の
だが近づいてくるバイクにさっきの男が乗っていたので思わず拍子抜けしてしまった。
「なぜです?既に転進したはずじゃ…」
「気が変わった。俺もゼラバンカに行く」
「でも…遠いですよ。燃料が切れるかも」
「燃料は
「えーと…道分かるんですか?」
「ゼラバンカだろ?ここからなら南に真っ直ぐだ」
「…死ぬかもしれないんですよ?それに…」
拳銃を仕舞った馬娘が言い淀んだが、決心したように続ける。
「ゼラバンカの人達だって既に全滅しているかも…」
「お前だってそれを分かってて行くんだろ?」
「………」
彼女はこれ以上言い返すことはできなかった。
「あと、」
有松が
「こいつは新しい駆兵制服と専用靴だ。その辺で着替えてこい」
「どうして…どうしてそこまで私のために尽くしてくれるんですか?」
今も抗い続けるゼラバンカの人たちのことが頭によぎる程の優しさに、思わず眼の端に涙を溜めながら彼女はそう尋ねた。
「俺だって我が身可愛さに小娘一人放って逃げられるほど賢くはねぇんだよ」
着替えを持ってそそくさと木陰に向かおうとした彼女を、有松は咄嗟に呼び止めた。
「待て、そういえばお前の名前は何て言うんだ!」
「セイフ…」
少女は言いかけた言葉を飲み込んで、さっと姿勢を正して敬礼しながら言い直した。
「特務駆兵師団伝令連隊三五大隊所属、
咄嗟に軍隊式で自己紹介を言い直すほどに戦場での生き方が年端もいかない少女 ━セイフウに浸透してしまったという事実が、有松の胸を苦しめた。
ここから書き溜め(過去作)がなくなって向こう(Pixiv)と同時進行になります。
Pixivに投稿した日(2025年2月22日)の4日前発案→3日前シナリオ→1日前プロローグ(世界線解説)(一つ前のやつ)を投稿という前代未聞のハイペースで来てました。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24105508
けっこう↑こっちから変えた