【原神】からかい上手のナヒーダさん【二次創作小説】 作:KM@原神
薄暗い通路を進む中、徐々に明るさが増していく。出口はそう遠くないはずだ。
「死域の浄化、思ったより順調に進んだな」
足元の石をよけながら言うと、少し前を歩くナヒーダが振り返った。
「ええ、あなたの協力があったおかげよ」
彼女の翠色の瞳には満足げな光が宿っている。一国を預かる草神として、国の安全が確保されたことへの安心感が垣間見える。
洞窟内は涼しく、時折水の滴る音が響いている。石の壁には不思議な模様が刻まれ、古代の歴史が眠っているようだ。歩きながらそれらの模様を眺めていると、ふと思い出したことがある。
「そういえば、ナヒーダ。前に能力の話をしたけど、夢境についてもっと知りたいんだ」
唐突な話題に、ナヒーダは歩みを緩め、俺と並ぶようになった。
「夢境? 何を知りたいの?」
「夢境の力って、具体的にどこまでのことができるんだ?」
俺の質問に、ナヒーダの瞳が知的好奇心で輝いた。彼女が学術的な話題に興味を示すのは、いつ見ても新鮮だ。
「夢境は単なる幻ではないの。意識を別の領域へ誘う力があるわ。その領域では、現実世界とは異なる体験ができるの」
ナヒーダの説明は、知恵の神にふさわしい明晰さと深みがある。
「例えば、現実では体験できないことも、夢境ならば可能になることがあるわ。記憶の再構成や、心象風景の具現化なども」
「へえ、それはすごいな」
純粋な感心の声を上げると、ナヒーダは嬉しそうに微笑んだ。
「例えば、思った景色を再現したり、別の場所にいるような感覚を味わったりできるのか?」
「ええ、それは可能よ。夢境の中なら、あなたが見たい風景を再現して、好きなだけ眺めることができるわ。もっとも、それは記憶に基づいた再構成になるけれど」
「記憶の再構成か…それでも凄いな」
足元の石に気をつけながら、俺たちは並んで歩き続ける。洞窟は少しずつ広くなっている。
「もし夢境の内部を自由に操れるとしたら、あなたは何に使いたい?」
ナヒーダの問いかけに、少し考え込む。
「そうだな…まずは妹に会いたいかな。遠く離れていても、夢の中で会話ができるなら…」
言葉が詰まりかける。妹との再会を望む気持ちは、旅を続ける原動力でもある。ナヒーダはそっと頷いた。
「それから、失われた記憶を取り戻すのにも役立つかもしれないな。俺の過去の断片を繋ぎ合わせるために」
「なるほど、実用的な用途ね」
ナヒーダは熱心にうなずき、次の言葉を待っている。
「それ以外には? もっと楽しい使い方は思いつかない?」
ナヒーダの目が好奇心で輝いている。彼女は常に新しい視点や発想を求めているようだ。
「楽しい使い方か…」
少し考えてから答える。
「美味しい料理を無限に食べられる世界とか? テイワットの各地で出会った絶品料理を、お腹いっぱいになる心配なく楽しめるとしたら最高だな」
その言葉にナヒーダがクスリと笑う。
「あなたらしいわね。食べ物には目がないのね」
「そりゃあな。旅をしていると食事が何よりの楽しみだから」
俺も少し照れながら笑い返す。二人の間に心地よい空気が流れる。
「他には?」
「うーん、どんな場所にでもワープできる能力があれば便利だな。危険な崖も、深い谷も、一瞬で越えられるし、壁の先にある宝箱を取りに行けるし…」
そう言いながら、ふと思いついた。
「あ、でも夢境ならそれも可能なのか?」
「ある意味ではね。意識だけなら、どこにでも"存在"することができるわ。でも物理的な移動ではないから、現実の体はその場に残ったままだし、アイテムを持ち帰ることもできないけれど」
なるほど、と納得しつつも、少し残念に思う。テレポートができたら本当に便利なのにな。
狭い通路を抜けると、少し開けた空間に出た。ここは洞窟の中でも広めの部分で、頭上から差し込む光が道を示している。
「実は、夢境には他にも興味深い側面があるの」
ナヒーダが少し歩みを緩めながら言った。
「他にも?」
「ええ。夢境は時に心の奥底を映し出すこともあるわ」
ナヒーダの声色が少し変わった。より深みのある、神秘的な響きだ。
「自分でも気づいていない本当の願望が見えることもあるのよ。無意識の領域に隠れた感情や思考が形になることもある」
その言葉に、なぜか緊張感が走る。
「それって危険じゃないのか? プライバシーの侵害になるんじゃ…」
少し警戒心を抱いた声で尋ねると、ナヒーダは首を振った。
「もちろん、やみくもに他人の深層心理を探ることはないわ。それは私の原則よ」
安心したように息をつく俺に、ナヒーダは続ける。
「でも、あなたの本当の気持ちが知りたいと思うことはあるわ」
その言葉に、心臓が一拍跳ねた気がする。
「例えばどんな気持ちだ?」
聞かなければ良かったと思った瞬間、ナヒーダの答えが返ってきた。
「私のことを本当はどう思っているか、とか」
思わず足を止める。心拍数が急上昇し、どこかぎこちない姿勢になっていることに気づく。視線は自然とナヒーダから逸れていた。
「そ、そんなのわざわざ夢境を使わなくても…」
言葉に詰まる。ナヒーダの翠色の瞳がじっと俺を見つめている。
「じゃあ、今ここで教えてくれる?」
その声には小悪魔的な響きが混じっている。
「えっと…さっきの謎のコンテストで伝えた通り、大切な仲間だし、尊敬してるし…」
言葉を選びながら答えるが、どこか歯切れが悪い。
「それだけ?」
ナヒーダの追及に、さらに言葉に詰まる。
「あ…あとは…」
「ちなみに、夢境の中では嘘をつくことができないの」
突然のナヒーダの言葉に、さらに動揺が広がる。
「つまり心の本当の声が聞こえてしまうわ」
彼女の口元には、少し意地悪な笑みが浮かんでいる。洞窟内の大きなキノコから差し込む光がわずかに彼女の表情を照らし、なんとも言えない魅力を引き立てている。
「そ、それは…」
完全に追い詰められた気分だ。このままでは不利な展開になることを感じ、突然思いついた策に出る。
「じ、じゃあ逆に、お前は俺のことをどう思ってるんだ?」
逆質問という作戦だ。ナヒーダの目が一瞬だけ大きく見開かれ、予想外の質問に驚いた様子。だが、すぐにいつものペースを取り戻した。
「私は…」
彼女が答え始める。俺は思わず身を乗り出す。
「私はあなたのことが…」
ナヒーダが言いかけたところで、急に言葉が途切れた。そして彼女は微笑んで、小さく咳払いをする。
「今すぐ確かめてみる?」
「え?」
「今から二人で夢境に入ってみましょう。そうすれば、お互いの本当の気持ちがわかるわ」
ナヒーダの予想外の提案に、思わず後ずさる。
「い、今ここで? 洞窟の中で?」
「どこでも構わないわ。ほら、手を取って」
彼女が差し出した小さな手に、俺は戸惑いを隠せない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは…その…心の準備が…」
パニックになる俺を見て、ナヒーダはくすくすと笑い出した。
「冗談よ。今から本当に入ったら、あなたのドキドキが夢境全体に響き渡りそうだもの」
安堵と共に、少しだけ拍子抜けした気分になる。
「もう、びっくりさせないでくれよ…」
ナヒーダは楽しそうに笑いながら歩き始めた。だが、彼女の表情には少し意味深なものがあった。
「今度、機会があったら本当に夢境で会いましょう。そのときのあなたの反応が楽しみだわ」
その言葉には明らかな挑発が含まれている。俺たちの間には、言葉にならない甘い緊張感が漂い始めていた。
会話が続く中、ナヒーダが不意に俺の顔をじっと見つめた。
「あなた、さっきから顔が赤いわよ。具合が悪いの?」
ナヒーダの言葉に、ハッとする。確かに顔が熱いのを感じる。それはきっと、さっきからの会話のせいなのだが…
「いや、別に…」
否定しようとするが、ナヒーダは既に近づいてきていた。
「熱があるんじゃないかしら」
そう言って、彼女は俺の額に手を当てた。柔らかな手の感触に、余計に顔が熱くなる。
「やっぱり熱っぽいわ。少し横になったほうがいいわね」
「大丈夫だって、気にしなくても…」
抵抗する俺に、ナヒーダは少し厳しい目を向けた。
「無理は禁物よ。ここで少し休みましょう」
その声には、草神としての威厳が込められていた。さすがにこれ以上抵抗するのは難しそうだ。
「わかったよ…少しだけ」
渋々承諾して、通路の脇にある平らな岩に腰掛ける。するとナヒーダが岩の上に小さな布を敷き、「頭はここに」と自分の膝を示した。
「え?膝枕?いや、そこまでは…」
慌てて言うが、ナヒーダは首を振る。
「体調が悪いなら、少しでも楽な姿勢がいいでしょう。遠慮しないで」
威厳ある声色で言われると、なぜか反論できなくなる。心の中では「いや、膝枕されるほうが俺の心臓に悪い!」と叫びたい衝動に駆られるが、その言葉は飲み込んだ。
結局、抗えずにナヒーダの膝に頭を乗せる形になった。横から見ると、なんとも不思議な光景だろう。
彼女の膝は相変わらず柔らかく、心地よい。ナヒーダの体から漂う草木の香りが鼻をくすぐり、不思議と落ち着く。だが同時に、この状況の恥ずかしさで心臓は高鳴っていた。
「楽?」
上から覗き込むナヒーダの顔が、いつもより大きく見える。その翠色の瞳が優しく俺を見つめている。
「あ、ああ…」
言葉少なに答えると、ナヒーダは満足そうに微笑んだ。
「何か食べると元気になるわよ」
そう言って、彼女は荷物から小さな包みを取り出した。
「これ、以前にあなたに食べさせた、スメール特産のハッラの実の甘みを使った料理よ。栄養満点で、疲労回復にも効果があるの」
包みを開くと、甘い芳香が漂ってきた。確かにハッラの実の独特な香りがする。
「ありがとう。いただくよ」
俺が手を伸ばそうとすると、ナヒーダはそれを制止した。
「動かないで。私が食べさせてあげる」
「え?」
驚きの声を上げる間もなく、ナヒーダは小さな一片を摘み上げ、俺の口元に近づけた。
「はい、あーん♪」
彼女の声と仕草があまりにも自然で、逆に戸惑ってしまう。
「い、いや、自分で食べるから!」
慌てて起き上がろうとすると、ナヒーダはもう片方の手で俺の肩を軽く押さえた。
「安静にしていなさい。フォンテーヌの看護師長ほどではないけれど、私がしっかり看病してあげるから」
「だ、だけど…こんな恥ずかしいことできるか!」
顔が火照るのを感じる。さっきから赤い顔がさらに赤くなっているはずだ。
「なぜ?誰も見てないし、たっぷり栄養あるのに…」
ナヒーダは純粋に不思議そうな顔をしている。だが、その目の奥には何かキラリと光るものがある。彼女は楽しんでいるのだ。
「そ、それは…」
言葉に詰まる俺を見て、ナヒーダはさらに追い打ちをかけるような言葉を口にした。
「固形物が食べられないなら、別の方法もあるわよ?」
「別の方法?」
「ええ。私がまず噛み砕いて、それからあなたの口に…」
「いやいやいや!わかったわかった!食べるよ!」
思わず大声で遮る。ナヒーダの想像を超える提案に、頭がパニックになりそうだった。そんな口移しなんて、とても耐えられない。
「じゃあ、あーん♪」
再び差し出されたハッラの実の料理。恥ずかしさを堪えながらも、ゆっくりと口を開く。
「あー…」
ナヒーダの指から直接食べ物を受け取る。その瞬間、彼女の指先が唇に触れた気がして、さらに動揺が広がる。だが、一口食べた途端、予想以上の美味しさに目が見開かれた。
「うまい!」
思わず声が出てしまう。ハッラの実の自然な甘みに、スメールの伝統的な調理法が加わった味わいだ。
「でしょう?」
ナヒーダは満足そうに微笑んだ。
「やっぱり、すごく美味しいな」
「もう一つどう?」
ナヒーダは次の一片を手に取った。最初ほどの抵抗はなく、今度は素直に口を開く。二口目も絶品で、思わず目を閉じて味わった。
「本当に美味しいな。俺が今まで食べた携帯食の中でも、トップクラスの味かもしれない」
素直な感想を口にすると、ナヒーダの顔が嬉しそうに輝いた。
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
彼女は次々と一片ずつ俺に食べさせ続けた。最初は恥ずかしかったが、何度も繰り返すうちに不思議と自然な行為に感じられてきた。そして気づけば、用意されていた料理は全て平らげていた。
「美味しかった。ありがとう」
正直な気持ちを伝えると、ナヒーダは満足そうに頷いた。
「機会があれば、次はもっと美味しいものを作ってあげるわ」
「楽しみにしてるよ。でも、次は自分で食べるからな!」
そう言うと、ナヒーダは不思議そうな顔をした。
「それはどうかしら? あなたの食べる表情、見ていて楽しかったのに」
その言葉に、またも顔が熱くなる。こうして何気ない瞬間に、彼女は俺の心を掻き乱してくる。
「そ、それはさすがに…」
言いかけたが、ナヒーダの笑顔には抗えない。この草神との時間は、常に予想外の展開を見せるのだ。
「そもそも俺、体調は悪くなかったんだぞ。さっきの会話で顔が赤くなっただけで…」
正直に告白すると、ナヒーダはクスクスと笑った。
「知ってたわよ。でも、そのおかげで膝枕してあげられたし、料理も食べさせてあげられたから良かったじゃない?」
完全に見透かされていたのか。思わず「むぅ…」と不満の声を上げるが、内心では彼女の計算の上手さに感心していた。
俺はゆっくりと起き上がり、ナヒーダの膝から離れる。体を起こすと、不思議と心も身体も軽くなった気がした。あの料理には本当に何か特別な効果があったのかもしれない。
「ありがとう、ナヒーダ。なんだかんだで元気になったよ」
「どういたしまして。草神の看病は効果てきめんでしょう?」
彼女は少し得意げに言った。洞窟内の光が彼女の笑顔を柔らかく照らしている。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
ナヒーダが立ち上がり、俺も続いて立つ。前方から差し込む光がより明るくなり、出口の近さを感じさせる。
そうして俺たちは、夢境の話から始まり、思いがけない「看病」まで経験した不思議な時間を過ごした。この洞窟での出来事は、俺とナヒーダの間に何か特別な絆を生み出したような気がする。
洞窟の道を歩きながら、俺は思った。
(もし本当に夢境で会うことになったら、俺は何を言うだろう?そして、ナヒーダは…)
その答えはまだ出ないまま、俺たちは光に満ちた出口へと向かっていった。