外法師『七理』はヒトデナシ   作:多々良徒夢

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序章
第零話:〝彼〟


 

 夕映えに輝く田畑の土に挟まれ、僅か二両で編成された電車がガタンゴトンと音を立てて走り抜ける。

 ヒトも疎な車内の一角で、窓枠に肘をつき景色を眺めながら物憂げな表情を浮かべる少年がいた。

 

 赤みの混じるキャラメル色の髪は肩口で切り揃えられており、日頃から丁寧に手入れがされているようで時間に依らず艶が見て取れる。

 白魚のように細やかで透明感のある手指は艶かしさすら感じさせ、陽を受けて僅かに細められた瞼の奥には、まさに外の夕陽を反射したような茜色の瞳が浮かんでいる。

 

 どこか黄昏時を想わせ、柔らかく安らぎを与えるようなその雰囲気は、絶世の美貌に親しみを醸し出しているようだった。

 

「ハァ……今回の依頼は当たりだといいけど」

 

 そんな傾城傾国もかくやとばかりの美少年とは、何を隠そうこの僕――〝門浦楓眞(かどうらふうま)〟のことだ。

 

 この身を表現するには、僕の語彙力だと何百何千と言葉を連ねても伝えきれないだろう。そのことが非常に嘆かわしい。

 しかし、そんな自画自賛、あるいはナルシズムと受け取られかねない内心をおくびにも出さず、表情はほどよく引き締めたままにしておく。

 なぜなら、キャラじゃないから。

 一見しょうもない理由だが、僕にとってはとても大事なことなのだ。

 

 そんな取り留めもない思考を続けていると、外の景色が徐々に様変わりしてきた。

 爽やかな緑と寂れた家屋が立ち並ぶ田舎道から、色味を抜いた代わりに特色に富んだ人並みが浮かぶ都市の住宅街へ。

 

「さて、そろそろ着くかな」

 

 そこでふと、僕は外へ向けていた視線を外し、ポケットに入れたスマートフォンを取り出す。

 そのまま電源をつけて、表示されるデジタル文字を確認する。

 

 ――五二五年 十二月十三日 十六時四十六分

 

 すわタイムスリップか、という考えが年代を見て過るかもしれない。

 しかし、そう断じるには電車とスマホが揃っている時点で文明に激しい違和感が生じる。

 

 なんて事はない。

 この世界は、僕が元いた世界と暦が異なるのだ。

 つまり、正しい日付は()()五二五年十二月十三日。

 

 僕の魂は西暦二〇二五年に一度完全な死を迎えたことでそれまでを前世とし、似たようなレベルの文明を築くこの世界にやってきたのだった。

 

 

 

 

 タッタッタッ、と電源をつけたスマホを操作して目的の画面を開く。

 既に頭の中にその内容は刷り込まれているが、手持ち無沙汰になった末の暇つぶしで眺めるためだ。あるいは、未だに慣れない仕事前の落ち着かなさが原因か。

 

 そう、僕は側から見れば幼げな身でありながら懸命に仕事へと臨むべく、こうして東京から長野へ向かう電車に揺られている。

 仕事と一口に告げても、見た目通りの小学男児に違いない僕だ、世間一般で真っ当と呼ばれるようなものとは異なる。

 かといって配信者だとか、若すぎる投資家だとか、そういう話でもない。

 

 言葉通りの真っ当でない、所謂アウトローで後ろ暗い行いを仕事としている。

 そっちの方が問題では、という指摘は甘んじて受け止めよう。だが、これもまた必要なことなのだ。

 借金をこさえてたり、騙されたりで外道に堕ちたのではない。

 とある目的のため、自ら進んで外法を犯すのである。

 

 そして現在、この後の仕事に関する依頼内容がスマホに表示されている。

 内容を纏めると以下のようになる。

 

 依頼で示された場所は長野-大阪間のとある夜行バスが止まる停留所。

 そのバスは公的に管理されたものではなく、ウェブサイトの片隅に不定期でひっそりと案内が現れるとのこと。

 怪しいことこの上ないが、運賃だけは驚くほど安い。その値段なんと六百六十六円。

 余計に怪しいものだが、それでも乗ろうとする肝の座った者は現れるもので、実際大阪に辿り着いたという報告がある。

 

「……でも、半分以上は失踪してるんだよね」

 

 話はここからで、中には目的地に辿り着かず失踪してしまう者がいた。

 この日本国は世界でも一番といっていいほど治安は良いが、悪事を企む者はいる。なにせ方向性は異なるが、僕もそちら側の人間である。

 これが前の世界ならそういった者たちに拉致でもされたか、と片づけてしまう問題だ。その場合、警察にでも任せておけば良い。

 

 だが、前世とは異なるこの世界……こういった事件で真っ先に槍玉に挙げられる要因は別にある。

 

 ――『魔縁の匪徒』、あるいは単に『魔族』。

 

 ヒトをはじめ、あらゆる生物に害と禍いを齎す異形のバケモノ。

 生命を喰らい知恵と力をつけ、時にはヒトに化けることすらある、世界にとって不倶戴天の敵。

 奴らの特徴として、超常の現象とパワーを生み出すエネルギーである『魔力』と、そのエネルギーの源泉であり奴らの肉体組成の九十九%を占める物質である『魔素』が挙げられる。

 その大いなる力にかつての人類は手痛い敗北を喫した。

 

 世界の大半が魔縁の侵略を許してしまったものの、東端の島国でありながら大国として君臨していた当時の日本国を中心として、人類は『退魔』の手段を確立した。

 そして、長いようで短い魔縁との激しい争いを経て、人類は再び生存圏を取り戻したのだった。

 

 だが、魔縁の脅威を完全に討ち祓うことはできなかった。

 前兆もなく顕現してヒトを喰らい、魔という禍いを撒き散らすため暴れ、その魔力で汚染された地からは際限なく新たな魔族が誕生する。

 この世界では失踪、怪死、災害のうちの多くが魔縁の匪徒に絡んだものである。

 

 この不審な夜行バスで起きる失踪事件もまた、目撃証言から魔縁事件の一種であろうと予想される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車が件の夜行バスの出発地点の最寄り駅に停車したため、ホームに降り立ちそのままスマホを翳して改札を通り抜ける。

 

 外に出れば夕暮れ時は過ぎ去り、すっかり日が落ち切っていた。

 十二月の凍風が吹き抜けて、着ているコートを揺らす。

 寒さに思わず首を竦めながら、悴む指を懸命に動かしてマップ開き、それを頼りにそう遠くない場所にあるはずの乗車口を目指す。

 

「うぅ、寒っ……これでも雪がないだけマシなのか」

 

 予約した夜行バスの時刻まであと一時間ほど。

 充分に時間に余裕はあるが、乗車口付近に辿り着くと同じバス待ちらしき人が何人か見受けられた。

 

 禿頭と鍛えた身体が目立つ大男や、顔中に傷と刺青をこさえた凶悪な人相をした男、他にも一癖も二癖もありそうな者たちがズラリ。

 さらに、一応ゴルフバックに偽装しているが、どう考えても武器を収納しているそれを背負い、互いに睨み合い、仕事が始まる前から牽制し合っている。

 ここだけ世紀末じみた物々しい雰囲気が漂ってくる。

 

「えぇ……いや、もうちょっと堅気のフリしようよ」

 

 一時間も前に並んでいるなら僕と違うバスの可能性も考えられるかもしれないが、立ち姿だけで彼らがこの魔縁事件に用があることくらいは見抜ける。

 なぜなら、彼ら全員から一般人の規格を優に上回るだけの魔力が感知できるからだ。

 彼らも依頼を受けてここにやってきたのだろう。

 

 魔の脅威に対処する中で、この世の異物でしかなかった魔力に対して『適正』を示し、ヒトの身で超常の力を振るう者が現れた。

 そして、魔素から魔力を抽出して新エネルギーとして利用するなどといった出来事を経て、次第に人々は『魔』や超常といったものと共存していった。

 

 しかし、魔縁や超常の力の危険がなくなったわけではない。

 むしろ魔縁の匪徒は年月を経て、多くの生命を喰らい強大かつ狡猾になっていく。

 数も質も衰えを見せない魔縁陣営、『魔』に魅せられた人々の悪行、それらに対処する浄化作用が必要となる。

 

 それが『魔縁対策機関』――通称〝COER(コア)〟と呼ばれる行政組織であり、そこに所属する公人である『退魔師』たちだ。

 

「どーも先輩の皆様方、はじめまして。短い間でしょうが、よろしくお願いしますねー?」

 

 到底公務に従事しているとは思えない容貌の彼らを前に、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべて軽く挨拶をしておく。

 

「……ふん」

「ガキだと……いくらなんでも若すぎやしねーか?」

「ほぉ……」

 

 それに対する反応は、無が半分、不快が二割、興味が一割……下心が二割。

 前者三つは妥当だが、最後の二割の者たちは命を張った仕事の前だというのに随分余裕があるという感想と、いくら美しい容姿をしているとしても小学男児に欲情するなよという感想を同時に抱いた。

 まぁ、何も考えず本能だけで生きているんだろう。その生き様は魔族と変わらない。

 

 さて、見た目だけで判断するのはよくないかもしれないが、彼らが世のため人のために魔を討ち祓う退魔師かというと、当然そんなわけがない。

 

 

 ――僕も合わせて、今日ここに集った者たちは全員例外なく『外法師』と呼ばれる無法者。

 

 

 超常の力をその身に宿すも、己の欲や渇望を満たすために退魔を為す。

 分かりやすいところでいくと、魔素による稼ぎだろう。

 魔素は魔縁の匪徒の亡骸から手に入る。奴らの組成が魔素そのものであるので、当然といえば当然ではあるのだが。

 そして、魔素には魔力エネルギーを生む燃料として、尽きることのない需要がある。

 公的に売買される以上を求める企業や闇組織は魔素を高値で買い取ってくれるため、外法師は実力さえあれば実入りは良い。

 

 つまり僕たちは、退魔師が動き出す前にここを嗅ぎつけ、魔縁の匪徒を討伐しようと集まったわけだ。

 ゆえに、互いに己が利を得ようとピリピリとした空気が漂っている。

 僕にも時折視線が寄越されるが、武器も何も持たず手ぶらであること、体格的でも二回り以上劣ること、魔力も特別多いわけではないことなどから、警戒に値しないと判断している様子だ。

 侮った末に言い掛かりを付けてきたり、手を出してきたりといった短絡的な行動に移る者が現れないことから、外法師にしては今日は質が良いと感じる。

 

「(さすがに『()()()()』の縄張りの疑いがあるここで外法を為そうとするだけのことはあるか……これはちょっと期待できるかも)」

 

 内心でそんな事を考えていると、期待に応えるように黄泉路へ向かうバスがゆっくりと迂回してやってきた。

 それを見ていれば、冬の寒さとは違う、どこか怖気の走る感覚と近い震えが襲ってくるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乗車券、を……お見せ……ください……」

 

 壊れたブリキの玩具のようにぎこちない動きをした車掌が、流れ作業で乗車券が表示されたスマホ画面を確認していく。

 目の焦点は合っておらず、顔色は真っ青で、席の案内も、乗客が武器を取り出して顕にしていることへの注意もされないため、本当に確認しているのかは分からない。

 ただし、魔縁の匪徒の擬態というわけでもなさそうだ。

 外法師たちは車掌には一瞥くれただけで、ズカズカと車内へ押し入っていく。

 

「乗車、券……を……」

「はいどーぞ」

「……」

 

 譫言のようにアナウンスを続ける彼に、最後の乗客である僕が乗車券を見せれば動きをピタリと止めた。

 それから、車掌がうんともすんとも言わなくなったので僕も段差を登る。

 

「……」

 

 チラリと運転席に目を遣るが、そこには誰もいない。

 もしや、先ほどの彼が運転するのだろうか?

 是非ともやめていただきたいものだ、魔族云々の前に事故が起きそうである。

 

 段差を登ったところで一瞬だけ足を止めてしまったが、すぐに気を取り直す。

 ここは既に魔縁の腹の中である可能性が大いにあるため、車内を警戒して進むが何も起きず、無事に乗車券に書かれた自分の席に辿り着いてしまう。

 

「あー……席は六〇〇円クオリティかな」

 

 ゆっくりと腰を据えると、座り心地が最悪なことに気づく。

 クッションはなく布が掛けられているだけで、鉄でできてるのかと思うほどに硬い。

 これで大阪までなんて移動すれば、腰が破壊される。

 それでも、意味が分からないほど安いことには変わりないし、そもそも僕たちが大阪に辿り着くことは無いだろうからそこまで気にすることではない。

 

 いつでも動き出せるよう浅く座り、周囲に気を張る。

 他の外法師たちも凡そ似たような動きをしており、それに加えて武器に手をかけている。もちろん、いつでも使えるように剥き出しにした状態で。

 

『――』

 

 緊張が走る中、ポォン、という間の抜ける音が空気を伝って全員の耳に届く。

 しかし、動揺を表に出す者はいなかった。

 続いて、先ほどの車掌と同じ声でアナウンスが流れる。

 内容は実に当たり障りの無い、シートベルトのことや目的地、消灯時間についてであった。

 

 この可愛らしい顔が険しくなっていくのを自分でも感じる。

 その理由は、僕が最後の乗客で、あの車掌含めてそれ以降に誰かが乗り込んだ気配を感じなかったから。

 

 アナウンスがゆったりした口調で流れる中、突如扉の閉まる音がして、間もなくバスが走り出す。

 それでもやはり、運転席にヒトの気配は感じなかった。

 

 この時点で、硬い座席に対して背中や腰が痛いと感じるような意識はとうに消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて、この日本国は今や世界経済の中心であり、退魔の総本山でもある。

 かといって、魔縁被害が少ないわけではない。

 むしろ魔縁陣営は積極的にこの国へ、狡猾な個体や強力な個体、時には数を揃えて魔縁の匪徒を送り込んでくる。

 特に『高位魔族』と呼ばれる、一部の特殊な個体はその性質や強さから中々討伐されず生き残り、土壌を魔力で汚染していく。

 そうして生まれた『魔力汚染』から新たな魔族が生まれ……といった具合の、謂わば魔のループの繰り返しが長年に渡って行われているのだ。

 

 外法師には、魔力汚染地域を探し出して、生まれたばかりの弱小個体を狩って稼いでいる者が多い。

 だが、退魔師が多いこの国で、汚染が浄化されるよりも先に狩場にできる機会はそう多くない。

 したがって、人里に紛れる個体を討伐して一攫千金を狙わなければ、この国で外法師一本で生活していくには苦しい。

 

「消灯、時間となりました……それ、では皆さま……おやすみな、さい……」

 

 バスに揺られて小一時間。

 最初に告げられた時刻になると再び静かにアナウンスが流れる。

 付随して、電灯が徐々に縛られていき、外と同じ暗闇が車内に満たされる。

 

「……魔力が濃くなった」

「来るぞ」

「あぁ……!!どっからでも――」

 

 魔縁の匪徒は強力であればあるほど、長く生き残っていればいるほど、多くヒトを喰って魔素を蓄えている。

 僕はそういった個体専門で、外法師として活動している。

 

 その上で、今日までの調査結果と、何より僕の直感がこの任務の個体は高位魔族(アタリ)だと教えてくれている。

 

 

 

 

「――かかって……は、ぇ……?」

 

 僕の近くで意気込み立ち上がった外法師の一人、細身でありながら鍛え上げられたことがわかるその男の身体から、一本の白い突起物が飛び出していた。

 

「ま、まっへ……まだ……ぁ、ぎゃァ゛ァアア゛アッッ!!!!」

 

 それから、彼の身体を貫通していたそれがズルズルと引き抜かれていく。

 釣られて、彼の身体がブルブルと大きく震え上がり、終いには絶叫を上げてその場に倒れた。

 その様相は、まるで糸が切れた人形が重さを支え切れず崩れ落ちるかのようだった。

 

「ぁ……ぁ、ぁ……」

 

 螺旋状に尖ったその白い突起物の先端には、先ほどまでなかった付属品が見受けられた。

 暗い中でも薄ぼんやりと形を見ることが叶ったのは、同じように真っ白だったからだ。

 緩やかなS字を描くそれが宙に浮かんでいる。

 

 ――彼の身体から共に引き抜かれたのは、彼の〝背骨〟だった。

 

 目を凝らしてみれば、彼の背を貫いた白い突起物もどうやら骨でできているらしい。『骨槍』とでも表現しようか。

 

「ぎ、ぎぎぎィィ……!!」「ッ、まず……!!」「おま、それ……!!」「た……たすけ……」「どこにいやがるッ?!ごらァ!!」

 

 さらに、暗くてよくは見えないが、あちこちから苦悶の声や怒号が湧き上がる。

 加えて、金属がぶつかり合う音やドタバタと騒がしい足音も聞こえてくる。

 

 同じように骨槍の襲撃を受けたようだ。

 そして戦闘音や声から、一部はなんとこの奇襲を防ぐことができたらしい。

 

 しかし健闘も虚しく、そう時間も経たずに彼らの怒号も断末魔へと変わる。

 初撃の後も、四方八方から骨槍が襲いかかってきて、捌き切れなかった者から最初の彼と同じ末路を辿ったのだろう。

 

「……」

 

 たとえその光景を見なくとも、目に浮かぶようだった。

 

 

 

 

 ――なぜならば、僕に対しても例に漏れず、あちこちから骨槍が飛び出してきて、この身体を貫いていたのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 つい先ほどまで騒がしかった車内に再び静寂が訪れる。

 ただし、物理的に口を閉ざさせたという違いがあるのだが。

 

 さて、そんな車内であるが、しばらくして動きが見られた。

 座席カバーを突き破ってその内部が露出し、窓の枠組みが外れ、折りたたみ式のテーブルも崩れていく。

 形を崩して表面の偽装を解いたそれらは、楓眞が表現したようにまさに白骨に見えた。

 ヒトの手もなく、何なら宙に浮遊して好き勝手に動き出し、文字通り骨組みを外すようにどんどんと分解されていく。

 

 それらの向かう先は運転席。

 一人でに集まってヒト型――すなわち、骸骨を形作っていく。

 

『いち、に……さん……』

 

 運転席で姿を成していく大きな骸骨――その眼窩には青白い炎が灯り、黒い襤褸切れが羽織られている。

 

 ――異形のバケモノと呼ぶに相応しいソレこそ、今日乗り合わせた外法師を襲い、それまでにも数々の失踪者を生み出してきた魔縁の匪徒だった。

 

 肉も皮もないその指を立てて、数字を一つ一つ読み上げる。

 その度に、肉と皮だけになってしまった外法師たちがバスの床に溶けて染み込んでいく。

 さらに、引き抜かれた骨たちは元の座席に戻って、かつての骨格を再現していく。

 

『はち……きゅう……じゅう……』

 

 数える間、骸骨はハンドルを握っていない。にも関わらず、ハンドルは自動で行き先を調節して高速道路の上を滑走する。

 

 

 

 

『じゅうさん……じゅうよん……じゅう……?』

 

 ――ふと、指折り数えていた手がピタリと動きを止める。

 

『たり、ぬ……ひとつ……たりぬ……』

 

 襤褸切れが、魔力の昂りに呼応して旗めく。

 座席の人骨たちが、主人の怒りにガタガタと揺れる。

 

『わたしは……覚えて、いる……』

 

 魔族は認知していた。

 今日集まった質の良い餌、その中でも一等煌めいて見えたその存在感。

 巧妙に隠れているつもりだったのだろうが、魔族の本能が自分を強くしてくれる存在を嗅ぎ分けた。

 

『小ぶり、だが……しなや、かで、力強い……欲し、い……欲しい……』

 

 何より、魅せられていたのだ。

 門浦楓眞の内に秘められた、まるで天上の存在()が生み出したかのような美しいその骨格の有り様に。

 

『あの……美し、い骨……欲しい……』

 

 

 

 

「ふーん、それってボクのこと?」

 

 骸骨がそう望みを溢すと、あり得ざる返答があった。それも、己の前方から。

 

『ッ、お、まえ……?!!』

「嬉しいね、内面を褒められたのはいつぶりだろうか」

 

 声の主――魔族が欲したニンゲンの顔が、いつの間にか魔族の目の前にあった。

 フロントガラス内側、運転席の上の部分にしゃがんで首を傾げている。

 

「みんな見るのは結局外見ばかり……人間なら、その(内面)を見なきゃね」

『なに、を……?』

「その点、キミは良い線いってるんじゃない?……ははっ!なんて嘘嘘、じょーだん!」

 

 ペラペラと上機嫌な口調とは裏腹に、茜色の瞳はじっと魔族を捉えて離さない。

 その彼が、するりと手を伸ばしてハンドルを上から握る。

 

「それから残念だけど……誰にもこの身体を明け渡すつもりはないんだ。――だから、諦めてボクに討たれてくれ」

『――ッ?!!』

 

 そして、握ったハンドルを楓眞が思い切り回したことで、高速道路のガードレールを打ち破り、左側の森林へと突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長野県境を目前にした森林の中で、一人と一体が対峙する。

 

「〝白骸の魔人〟ね……ほんと、見た目通りだ」

 

 大木に激突し、無理やり停車させられたバスを突き破り、バラバラの白骨が集まっていく。

 

 しかし、形となるのは一つではない。

 二メートルを超える大柄な骸骨は変わらないが、そこを起点に、ヒトをはじめとした様々な動物の骸骨が楓眞を取り囲むように陣形を組んでいく。

 

 カタカタと、骨同士の打ち合う音が夜の森に木霊する。

 

「っていうか、〝魔人〟って呼ばれてるけど……キミ、擬態もできないでしょ」

『わた、し……は……覚えて、いる……』

「ボクらの言葉を発声できてない時点で察したけどさぁ……ただ人型なだけの高位魔族も〝魔人〟って呼ぶのやめよーよ、ややこしいから」

『ほ、しい……おまえ、の……よこ、せ……!』

「ま、別にいいか。どうせ……」

 

 楓眞は不敵な笑みを浮かべて構える。

〝白骸の魔人〟は眼窩の炎を激しくして腕を振り下ろす。

 

 

 

 

「――明日には、その呼び名も必要なくなる」

『――おまえの骨を、寄越せェ!!』

 

 

 

 

 獅子の骸骨、大きな魚の骸骨、そしてヒトの骸骨……楓眞を取り囲んでいたそれらが一斉に襲いかかる。

 楓眞は飛びかかってくる骸骨の順番を素早く確認し、涼しい顔で迎え撃つ。

 柔軟な身体を活かして、手足を四方に伸ばして殴り蹴る。

 

「ふむ、脆いね。烏合……」

 

 拮抗は起きず、楓眞の打撃がヒットするたび骸骨は砕けていく。

 楓眞の膂力や身体能力は、確かに目に見えて機敏であるが、魔力で身体強化しただけでは起こり得ないほど、()()()()()が存在した。

 

「――と、いうわけでもないか」

 

 しかし、〝白骸〟の尖兵もただ一方的にやられるだけではない。

 砕いた骨が慣性を無視して、弾丸のように楓眞へ殺到した。

 

「(多分、自分の魔素を混ぜ込んで外部の骨も自在に操ってる。持ち得た魔素以上の質量攻撃は……ちょっと、厄介かな)」

 

 上体を反らして避け、すぐさま骸骨へ反撃を加える。

 やはり簡単に砕けるが、攻撃の密度は一向に減る様子がない。

 

 種々の動物を模した骸骨の一斉攻撃に加え、砕かれた骨による散弾が襲いかかる。

 さらに、魔族本体や地面から伸びる骨槍が追い討ちをかけて来ることで、攻めは苛烈さを増していく。

 

「ならもう少し、力を込めて……!!」

『――!!』

 

 そう言って楓眞はグッと拳に力を込めて、手近に迫っていた骸骨を四つ、連続で殴り抜く。

 すると、先ほどまでは大きなカケラに分かれていたものが、最大でも米粒程度の大きさに砕かれた。

 

 新しく砕かれたその骨たちが動き出すことはなかった。

 

「やっぱり、込めた魔素に依存して操作性が変わるみたいだね。そして、他者の骨を大きくは変形できず質量はそのまま」

『ぬ、ぐ……ゥ……!!わたし、の……骨……!!』

「次は、こっちの番」

 

 公明を見出した楓眞は、今度は自ら骸骨たちへ接敵し、同じ要領で砕き割っていく。

〝白骸〟もより積極的に攻撃に加わるが、楓眞は足を止めることもなく、最小限の動きで処理する。

 

 そうして、刻一刻と戦況が一方へ傾いていく中で、〝白骸の魔人〟が手を打った。

 

『◾️◾️、◾️◾️……!!』

「『魔術』詠唱……まぁ、使えるよね」

 

 飛び交っていた骨槍が力を失ったように堕落し、骸骨たちも棒立ちになる。

 代わりに、魔族が一つ言葉を唱えるたび、彼の中心で魔力が渦巻いて集まるような変化が起きる。

 

 楓眞もその魔力の発生を見逃さず、チラリとそちらへ視線を送る。……が、反応はそれだけに留め、隙だらけな骸骨をまとめて砕く作業を続ける。

 

『◾️◾️……も、はや……骨以外、いらぬ……!!』

 

 詠唱を完遂した〝白骸〟が宙で叫ぶ。

 胸元に翳した彼の手の中には、荒々しい獄炎の塊が今か今かと解き放たれるのを待っていた。

 

 そして、その時は今――。

 

『焼き、尽くす……!!――『火元素魔術』【焦爛火球(アルデート・アーグ)】!!』

 

 炎が地表に炸裂し、敵も森も自身の操る骸骨すらも飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木々が立ち並ぶ緩やかな傾斜、半径約十メートルに渡って業火が燃え上がる。

 さらに、炎の勢いは止まることを知らず、あと十分も放置すれば山火事になるだろう。

 

 骸骨については、主人の魔力で生み出された炎のため耐性があるのか、炎自体にはなんの痛痒も抱かないようでガシャガシャと動き回っている。

 

『……』

 

〝白骸〟は思う。あのタイミングから回避することは不可能だ、と。

 しかし、回避できないならばなぜこちらの魔術へ対処しなかったのか、という疑問も抱く。

 

『ゆび、は……ネック、レス……背、ぼね、は……ハン、ガー……ラック……楽、しみ……』

 

 だが、そんな疑問はすぐにどうでもいいことへと成り下がった。

 

 生き残った残り少ない骸骨たちには、楓眞の遺体を探させていた。

 加減する余裕はなかったため、全力で魔力を込めた魔術だった。喰らう分の肉は残っていないかもしれないが、肝心の骨はあるはずだ。

 

『……』

 

 一分、二分……と、時間が経つに連れて炎は燃え上がっていくが、遺骨は一向に見つからない。

 

『……な、い』

 

 楽しみにしているものがお預けにされて、沸々と怒りが湧いてくる。

 怒りのまま、自身も燃え盛る大地へと降り立ち、辺りを見渡しながら叫ぶ。

 

『ぎ、ィィ……!!わた、しの……骨……どこ、に……ッ!!』

 

 

 

 

 その応えは、彼の背後から齎された。

 

「――【神装『斂撃』】!!」

『ッッ、ガ、ァッ?!!』

 

 前触れもなく、背後に現れた楓眞が魔族の背を強かに殴り抜き、炎の外へと吹き飛ばす。

 勢いのまま、無様に斜面を転がり落ちて、いくつかの木とぶつかった末にその場に倒れる。

 対峙して初めての、そしてあまりにも痛烈なダメージに〝白骸〟は空っぽなはずの目を白黒させる。

 

 背骨と胸骨がまとめて砕けており、魔力が漏出している。

 無視できない損失を負っていて、すぐにでも修復しなければ体内の魔力が尽きてくたばってしまう状態だ。

 

『ぐ、ォォォ……!!な、にが……ッ?!』

「熱、ッ……あ、っちちち!!」

 

 そんな彼の後に続いて、楓眞も熱さを口にしながらぴょんぴょんと飛び跳ね、纏わりつく火の粉をはたき落としつつ脱出する。

 その身は焼け爛れるどころか、ほんの微かな火傷程度しか見受けられない。

 

「ひゃー、熱かったぁ……こんなのまともに喰らってらんないよね」

 

 楓眞は倒れ伏す魔族の前に立ち、立場が逆転したことを示すように冷たい目でそれを見下ろす。

 

『おま……なぜ、いきて……わた、しの……骨は……?!』

「うん?……ハァ……やっぱキミ、高位魔族にしては練度が低いね。成ったばかりか……アタリではあったけど、これじゃあ期待できないなぁ」

 

 言っている内容は理解できないが、酷く落胆したような態度で、魔族はある程度の意図を察する。

 ギリィ、と歯が擦り合わさり異音を鳴らした。

 

『ぐ……ころ、す……奪う……!!この、程度……すぐに治して……!!』

 

 餌風情、あるいはコレクション風情のあり得ざる態度に、すぐさま彼の怒りが再燃した。

 

 人々に畏怖を込めて〝白骸の魔人〟と名付けられた高位の魔族。

 その魔縁の本能を剥き出しにして立ち上がる。

 彼はこの瞬間、ただ目の前の餌を貪ることに決めたのだ。

 

 そのためにも、まずはこの漏出する魔力を塞ぐため、負傷した魔素を修復して――。

 

 

 

 

「……え?どうやって?」

 

 未だ燃え上がる業火と比べてなお、激しく昂る意気に冷や水を被せるような声だった。

 

 その声と共にスッと差し出された小さな手のひらの上には、赤黒く禍々しい光を放つ球体の物質が載せられていた。

 鼓動を刻むようにドクン、ドクン、と小さく伸縮を繰り返している。

 

『ぁ……え……?』

「ほら、キミもう詰んでるんだよ」

 

 それは『魔辿炉(まてんろ)』という魔縁の匪徒にとって最も重要な器官。

 魔素を魔力に、体外から取り込んだ魔力を魔素に変換する性質を持つ。

 心臓にも等しいそれこそ、唯一魔素で組成されていない魔縁の核。

 

〝白骸の魔人〟は何よりも大切な『魔辿炉』が、既に敵の手の内である初めての状況に酷く混乱した。

 楓眞はそれを前に、手のひらを優しく握り締めていく。

 

 遂にはミシミシ、と球体にヒビが入った。

 そのタイミングでようやく〝白骸〟は現状の理解に及び、楓眞へと手を伸ばした。

 

 しかし、既に命運が決した今、その行動は遅すぎたのだった。

 

『わ、たし……の……かえ……ッ!!』

「じゃあね」

『ぎッ……ぁ……』

 

 楓眞の手が完全に閉ざされると共に、ぐちゃりという生々しい感触が伝わる。

 眼窩の青白い炎が消え、楓眞の目の前まで迫っていた大きな骨の手は完全に力を失って重力に従うことになった。

 

「ッ、おっと……」

 

 地面へと落ちる前に、楓眞は膝をついてその手を掴み、掬い上げる。

 それから目を閉じて、額に魔族の亡骸を触れさせる。

 

「うーん、あんま期待できないけど一応聞くね」

 

 まるで、死した魔族を慮るような仕草だったが、彼にそのような意図は全くない。

 あるのは、外法を為す目的に対しての想いだけ。

 

 

 

 

「――キミは〝灼呪の大魔〟という魔族、あるいはキミらを率いるボスについて、何か知ってることはあるかい?」

 

 

 

 

〝白骸の魔人〟と呼ばれていた魔縁の匪徒は間違いなく生命活動を終えている。

 死人に口無し、それは常であれば魔族にも当てはまる。

 

「……」

 

 それでも、楓眞は確かに何らかの意図を読み取っている様子だった。

 彼はこの儀式を行うためだけに、外法師として魔族との闘争に身を投じている。

 

 それからややあって、額から魔族の亡骸をそっと離すと、一つ息を吐く。

 

「……そっか、知らないかぁ。高位魔族ってことで期待してたんだけど。残念無念、また一から目ぼしい依頼でも探すとしますか」

 

 誰に告げるでもなく、そう独り言ちながら立ち上がる。

 それから、ふと背後を振り返ると、先ほどまで激しく燃え盛っていた炎が幻のように消え去っていることに気づく。

 あるのは焼き切れた木や葉っぱが灰となって宙を舞っている結果だけ。

 魔力で顕界した火は、術者がいなくなったことで制御を失い、形を保てず現世から消失したのだった。

 

 そして、亡骸である魔素さえも資源として回収してしまえば、もはやここに魔族がいたなんて現実は形として残らない。

 魔と縁を持つモノは、まるでこの世界から存在を否定されるかのように、何も残せない。

 

「……」

 

 己にもいずれその時が来るのだろうか、と考える。

 

〝彼〟は決して、恐れているわけではない。

 むしろ外法を為してまで、その時へ向かって真っ直ぐ突き進んでいる。

 

 それでも、時折頭を過ぎるのだ。

 もしも、自分にも〝終点〟の先が存在するのならばその時は――。

 

 

 

 

「……いや、やめよう。先のことは、まずあるべき形を取り戻してからだ」

 

 そこで、今考えても無駄なことだと断じて思考を中断する。

 結局、今回も手掛かりを得ることはできなかったため、手を止めている暇はないと己を引き締める。

 

 それから、一人感傷に浸るなんてキャラじゃないだろうと、いつも通りのへらりとした笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 改めて、今日は東暦五二五年十二月十三日。

 楓眞が外法師として活動を始めて二ヶ月と少しが経過した頃。

 

 彼が告げた〝あるべき形〟とは、あるいは〝終点〟とは何を指すのか。

 なぜ、危険を冒してまで魔縁を討伐するのか。

 

 それを知るには、少しばかり時間を巻き戻さなければならない。

 さらに、もし全てを知るためならば、〝彼〟の前世(過去)にまでも時は及ぶ。

 

 過去と現在、そして未来。

 もし、それら全てをまとめて一つの物語とするならば――、

 

 

 

 

『神に愛されながらも、神の手から愛する大切な宝物を取り戻すため、魔縁(禍い)に向き合うとある外法師の話』

 

 

 

 

 ――あるいは〝彼〟が◾️◾️◾️◾️までの話、だろうか。

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