外法師『七理』はヒトデナシ   作:多々良徒夢

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第十三話:理の外から

 

 眼前に迫る鋭い拳撃に対して、後ろに一ステップ距離を取って、間合いを保ちながら躱す。

 さらに追撃の蹴撃に対しては、敢えて防御を崩した左の肘打ちを合わせる。

 

「――!」

「い゛……ッ」

 

 右脚の甲と左肘、どちらが肉体的に硬度が高いかはっきりしているはずなのに、こちらにもまるで骨が砕けるかのような衝撃が走った。

 

 魔力による身体能力の強化、インパクトの瞬間の神通力による肉体攻防力の強化、どちらを取っても僕が劣る。

 唯一のアドバンテージである魔力と神通力の同時使用技術――【神魔戴天】も、彼女の魔力と神通力の切り替えの早さの前では大した強みにはならない。

 ほとんど同時といっても過言ではないほどの魔力と神通力のキレが、彼女の卓越した技量を物語る。

 

 しかし、相手も微かに顔を顰め体勢を崩した。

 足が下ろされるまでの僅かな瞬間に距離を詰める。

 手足も身長も負けているため、体格的にはこちらが不利だが、懐に入り込めれば逆にこちらが小回りが効いて有利になる。

 優位を捉え、胸元を抉るように少しだけ上気味に拳を繰り出す。

 

「はッッ?!」

 

 だが、拳は空を切る。

 霞のように僕の視界から人体は消え、飾り気のない無地の内装が露わになる。

 

「――格上相手に、安直な視界を狭める展開はいけませんね」

「なっ……ぐ……ッ!!」

 

 足元からここ最近で聞き慣れた、冷たさと圧を含んだ女性の声が聞こえる。

 地面に張り付くほど体勢を急激に変え逃れていたらしい。

 俊敏性と柔軟性、体幹の全てが彼女の体術を支えている。

 

 彼女の足払いによって身体が突如宙に投げ出されたように舞い、視界が天地を巡る。

 それから僅か後、背に強い衝撃が伝わる。

 

 なんとか受け身は取れたものの、鋭い爪先が首に据えられていた。

 

 

 

 

「さて、そろそろ開始から二時間が過ぎますし、今日の訓練はここまでにしましょう」

「ハァッ……ハァ……あは、はは……まーた負けかぁ……」

 

 そう言って、僕の訓練相手となっていた彼女――伊織圭は、仰向けに倒れ込む僕に手を差し出す。

 僕はありがたくその手を掴み立ち上がる。

 

 それから彼女の後ろに伴って、五十畳は下らないこの訓練室から退室する。

 

 扉を開け外に出てしばらくすると渡り廊下が現れ、右脇には色とりどりな花が咲き誇る庭園、反対側には開放的なテラスが覗く。

 訓練室もこの鮮やかな景観も全て前を歩く圭の持ち家の一部だ。

 

 しかし、三週間近くも一つの場所にいると慣れてくるもので、始めはお城みたいなどと子供らしいことを宣ってみたが、今では軽く一瞥をくれてやるぐらいだ。

 そして、今日はそれすらせず、先ほどの組み手のフィードバックを尋ねる。

 

「で、どうどう?ボク、外法師としてやっていけそ?」

「はぁ……分かりきったことを聞きますね。えぇ、外法師どころか、正式な立場があれば退魔師として今すぐ活躍できますよ」

 

 どうやら彼女はこの手の無駄な前置きがあまり好きではないようだ。

 全く感情の籠もっていない賞賛をありがたく受け取る。

 

 そして、離れから繋がる渡り廊下の終点にて。

 前を歩いていたら圭が足を止めて静かにこちらに振り向き、その緋い瞳が僕を射抜く。

 

「――ですが、貴方の求めるところはそこではないでしょう?」

 

 背筋が伸びるような感覚だ。僕も自然と足を止めて、頭一つ分高い圭の顔を見上げる。

 美しいこの家の庭園も内装も見慣れたものだが、相変わらずこの麗人は見るたびにハッとするような魔性を携えている。

 

 そんな深窓の令嬢が如き外見をしたヒトが、強大な魔族をバッタバッタと倒していることもまた一つの現実。

 数多の魔族と相対してきた彼女だからこそ、僕はこの質問を投げかける。

 

「……それもそうだね。それじゃあ端的に――ボクの力は〝灼呪〟や他の高位の魔族に対しても通用する?」

 

 僕が追い求めるのは多くのヒトを喰い、力と知恵をつけた『高位なる魔族』……すらも従える『大いなる魔族』。

 さらに言えば、それすらあくまで通過点に過ぎないかもしれない。

 奴らを討伐、あるいは生け取って尋問するには相応の実力が必要だ。

 

「現状、貴方の神通力やその『能力』を加味しても『大魔族』やそれに準ずるような個体相手と真正面から戦うのは厳しいでしょうね。色々と荒削りな部分が多いですし、魔力制御や魔力強化に至っては……少々雑さが見えます」

「たはぁ……これは手厳しい」

「――しかし、全体的に見れば悪くない」

 

 スッと圭の目が細められ、あたりの穏やかな空気が一瞬にして変わる。

 そして次の瞬間目にも止まらぬ速さで僕の首に目掛けて掌が迫る。

 

「ぅお……ッ!!」

 

 魔力で動体視力も上げていたため、反射的に右手で払い除ける動作で回避を行い成功する。その際しっかり神通力で体表を覆うことも忘れない。

 

「ッ、急になにを……!!」

「……」

 

 返答はなく、体勢が崩れたところに蹴りの連撃が襲いかかる。

 これに対しては回避行動が間に合わないため、腕を前にクロスして防御した。

 鈍痛が響くものの衝撃によって距離ができたため、息を整えることができる。

 

 そして次に対して身構えていたが、一秒、二秒と経過しても追撃は来ない。

 

「……?」

「本来、魔族の神徒のみに許された神通力と魔力の併用技術【神魔戴天】。それをヒトの身で扱えるのは大きな武器になるでしょう」

「えっ、その検証のためだけに攻撃してきたの?!腕、めっちゃ痛いんですけど!!」

「……ニンゲンの神徒が神通力と魔力を戦いの中で行使するには、どうしても切り替えが必要となります」

「嘘だろ、続けやがった……!」

 

 信じられない気持ちで見つめるが、当の本人はまるでこちらの言葉が届いていないかのように解説を続ける。

 

 渡り廊下は屋根こそあるものの、横には窓もついていないため、緩く風が吹き抜ける。

 訓練でかいた汗が運動着に染み込んでいて、少し下がってきた気温と合わさり少し肌寒く感じる。

 

「どれほど優れた使い手でも、切り替えの瞬間には呼吸は変わり、意識が相手から僅かに逸れます。ゆえにその動きを読むこともできる」

 

 ゆえに神徒の戦いでは迅速な魔力と神通力の切り替え、技のキレという分野が新たに要求される。

 しかし、それは圭も先ほど告げたように、ニンゲンの神徒にのみ要求される技術だ。

 

 そもそも一般化的に、ニンゲンの神徒が神通力と魔力を同時に使用できないのは、どちらもヒトにとって馴染みのない力だからだ。異物を体内に飼い、その力を使いこなすなど、一つでも精一杯なのだ。

 

 その点、魔族は元より魔力に精通しているどころか、肉体が魔力の基となる魔素である。

 呼吸をするように魔力を使いこなす彼らは、神通力という一つの異物だけに集中できる。

 

「しかし、楓眞くんは()()()、神通力と魔力を同時に扱えている。私も神徒の端くれである以上、羨ましい限りですね」

「ふーん……ボクからすると圭さんレベル相手にはアドバンテージを感じないけど、やっぱ違うもんなんだね」

 

 研究者がフラスコの中を覗く時のような、感情を移さない瞳がこちらを観察している。

 

 未登録の神通力に加えて【神魔戴天】。

 我ながら厄ネタ揃いなものだと感じる。

 捕まれば髪の毛の一本まで実験材料に加えられそうだ。

 

 僕が神通力と魔力を併用できる理由は、元々二つの魂が同居していたことが関係するのだろうと考察している。僕が神通力を、楓眞が魔力を、それぞれ別々で運用していた名残り。

 

 あとは僕のルーツも原因かもしれない。

 前世があるなんて特殊なやつ、世界中探してもそうはいないだろう。

 

 結局のところ僕自身、神通力や魔力に詳しいわけではないためはっきりしないままだ。

 分かっているのは、少なくともこの身が魔族であるとか、そういうことは無いということだけ。

 

「実感がないのは、まだそのレベルまで至っていないからです。力の切り替えがないから動きが淀みなく隙がない。そしてその動きを支える体術もセンスもある。私からしても非常にやりづらい相手ですよ、貴方は」

「お、いいね。もっと褒めて」

「はぁ、調子に乗るところはマイナスですが……『公家』でもここまでの人材はそういません。鍛錬を続けて経験を重ねればどんどん洗練されていくでしょう。――総じて育てがいのある弟子、といったところが現段階の評価ですね」

 

 圭の表情が僅かに和らぎ、告げるまま屋内に歩みを再開する。

 汗が引いて身体が冷えてきてしまっていたからタイミングのいいことだった。さっさとシャワーを浴びて、気持ち悪い汗を流してしまおう。

 帰ってきたリビングへ直接伸びる階段を登り、自室で着替えを取り出す。

 

 そして再び階段を降りてリビングに戻ると、圭は着の身そのままにリビングのソファに座り込み、置いていた本を開いて読んでいた。

 

「ボク先に入るけど、圭さんはシャワーいいの?」

「……?はい、汚れていないならお風呂は一日一回でいいでしょう」

「あー……ちゃんと腹立つな、この師匠」

 

 どうやらこの美しいヒトの皮を被った人外の化け物は、まだ残暑が続くこの時期においても、僕程度二時間相手したぐらいでは汗一つかかないらしい。

 なんやかんや負けず嫌いな楓眞ならきっと意地になるはずだし、僕も圭をぎゃふんと合わせられるように頑張ろう。

 

 そう、これはあくまで楓眞のフリのためであって、決して僕自身が大人げなく意地になってるわけではないのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 豪邸に相応しい、石造りで広々とした浴室。

 黒曜に煌めくモダンな雰囲気を醸し出す足場や壁。

 浴槽はお湯が張られれば鮮やかな青に染まる特性を持った、温泉と同じ素材が使われている。

 ただし、今は湯船に浸かる気はないため湯を張っておらず、灰色の落ち着いた色合いをしている。

 

 浴槽の手前に置かれたシャワー台の前に来たが、最初は冷たい水が出るので横に逸らして指先で温度を確かめる。

 冬でもないため、そう時間を置かずに放出される水が熱を含み始めたので、シャワーヘッドを頭上に調整して頭から被った。

 

「……熱い」

 

 少し温度を上げすぎた。

 しかし温度を下げることはせず、瞳を閉じてじっと湯水に打たれる。

 

「……」

 

 なぜだろうか、シャワーを浴びていると頭が冴えて思考が巡る気がする。

 リラックスするからなのか、行動に思考が介在しないからなのか。……まさかとは思うが、物理的に頭に刺激があるからだったりして。

 

 ともかくとして、いつもこのシャワーを浴びる時間は瞳を閉じると色々な考え事が浮かぶ。

 その中でも特に多いのは、やはり脳裏に焼きついたあの光景。

 

 降りかかるこの湯水よりも遥かに激しい熱気、魔界の狂騒が現世で木霊する赤い空。

 血潮が舞い、数多の魔族がヒトを喰らう。

 

 人間にとっては地獄の様相だが、魔縁の存在にとっては豪華絢爛な晩餐会といったところか。……考えるほどに胸糞が悪くなる。

 

 そんな彼らも退魔師が現着すれば、一転して狩られる存在に堕ちぶれる。

 百を超えていたらしい魔縁の軍勢は、退魔師たちによってその半数以上がチリとなった。

 

 しかし、中には逃げ仰せた魔族も存在する。

 個体名が付けられた、あるいは既に付けられていた『高位魔族』は未だ世に跋扈し、ヒトを喰らって力を増そうとしている。

〝名塚の大火〟で名を挙げた高位の魔族については、僕が玲沙の解呪を目指す上での手がかりになるだろうということで、世間には公開されていないものまで圭が教えてくれた。

 

「(〝白骸の魔人〟、〝玩弄の魔人〟、〝黒曜の魔蟲〟――)」

 

 名を冠する魔族は相応にインパクトがある存在感や、ヒトや退魔師を殺し喰らった実績がある。

 

 特に『魔人』と名のつく個体は、ヒトへの高度な擬態を可能にする魔素操作と知能を持つ。

 当然その力は、そこらで突発的に出現する魔縁の匪徒とは一線を画す。

 

「(〝血呑の大魔〟、〝三途の魔獣〟……それから何よりも)」

 

 そして、圭から教わった高位魔族の中には神通力を操る大魔族や、楓眞が相対した三つ首の魔犬のような特殊個体も名を連ねていた。

 

 しかし、やはり奴の存在感は僕の記憶の中でも一等強く刻まれている。

『灼熱』と『呪い』を操る、特級の魔縁災害を引き起こした首魁。

 

「〝灼呪の大魔〟……あいつを討伐するには、これじゃあ足りない」

 

 圭曰く、少なくとも彼女自身と同等以上の力を感じたとのこと。

 単純な神通力や魔力量で勝敗は決まらないが、玲沙の解呪と奴から楓眞の手がかりを聞き出すことが目的な以上、圭相手に手も足も出ない現状は問題がある。

 

 力も情報も技術も、何もかもが足りない。強くならなければ。

 

「……」

 

 ふと、目の前の鏡に映る姿を見る。

 華奢な体躯、火傷の痕は一切見当たらない白い肌は何も変わらない。

 

 しかし、鏡の向こうの自分と目が合うと、やはり僕は楓眞に乗り映っただけの亡霊で、所詮偽物なのだと実感する。

 

 

「鏡に映る、お前は誰だ?」

 

 

 シャワーから流れる湯水が身体に注がれる音だけが石造りの壁に反響する。

 

「……」

 

 問い掛けに対する返答は、当然ない。

 それから鏡は徐々に曇って見えなくなってしまった。

 

「……あぁ、これでいい」

 

 僕という異物の残滓は映らなくなり、門浦楓眞の影だけが残る。

 この鏡を曇らす湯気のように、仮初の笑顔と言葉で僕という本性を覆い隠し続ける。

 

 いつかそれが本物になる、その時まで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「圭さん、上がったよー……って、それ外法師の依頼サイト?」

「えぇ、楓眞くんがシャワー浴びている間に目ぼしい依頼がないかと下見を」

 

 髪を丁寧に乾かし終えてリビングに戻ると、圭は既に本ではなくパソコンを開いて、じっと画面を見つめていた。

 

 画面に映るのは、僕も既に何度か訪問した外法師への依頼が集まるサイト。

 チラリと見えたユーザー情報に、先日登録した僕の外法師としてのアカウント名があったため、僕のIDでログインしているようだ。

 そもそも彼女が用意したアカウントなため、IDやパスワードが知られているのは当然の話である。

 一人で扱うようになるまではこのままにしておくつもりだ。

 圭がわざわざ悪用する事もないだろうし、彼女が下手を踏むはずもない。

 

「それで、何か良さげなのあった?」

 

 ペタペタと裸足のまま彼女が腰掛けるソファの後ろに歩み寄る。

 それから腰を屈めて立ち、圭の顔と並んで画面を覗き込む。

 

「はい、まさにうってつけのものが」

「へぇ……ちなみに、どこがうってつけなの?」

 

 依頼の内容をざっと見ていくが、特にこれといった特徴も見当たらない。

 僕からすると、圭がそこまで豪語するようなものには思えなかったため、早々に疑問を呈する。

 

 だが、次に返された彼女からの応えに対して、僕は思わず笑みと冷や汗の両方を浮かべることとなった。

 

 

 

 

「この依頼は、『名塚の大火』で姿を現した魔縁の匪徒が一体――〝血呑の大魔〟に関するものです」

 

 こうして、僕の外法師としての記念すべき初任務は、人世に紛れて血に塗れる悪鬼の討伐に決まった。

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