外法師『七理』はヒトデナシ   作:多々良徒夢

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第二十八話:弱いことは罪深いこと

 

 齢十四となった今に至るまで、俺の人生はおおよそ否定と不信に満ちたものだった。

 きっかけさえあれば、親も友も、無二の誓いを立てた義兄弟すらも敵になり得るのがこの世界だ。

 

 だが、何も始めから全てが俺の敵だったわけじゃない。

 朧げな記憶の先ではあるが、俺も人並みに生誕を祝われ、言葉を話すようになるまでは面倒を見てもらっていたはずだ。

 そうでなければ、そもそも初めから信頼を持つことも、それが裏切られ不信を抱くことすらもなかったのだから。

 

 

 

 

 経済と退魔、共に世界の中心地たる日本国に住んでいると目に映りすらしない世界の端っこ。

 地図に名前すら載らないようなその場所では、新しい何かを生み出すためでなく、かつてを取り戻すための復興という戦いが、日夜行われている。

 

 魔力によって汚染された土壌を浄化したり、荒れ果てた大地を耕したり。それから開拓した土地を国に上納して僅かばかりの金銭を受け取り、足りない分は農業や畜産によって賄って生活をしていく。

 当然、村全体が貧困に喘いでいたし、日々生活するだけで手いっぱい。

 世界では当たり前に流通している情報媒体も限られたものしかなく、外に目を向ける余裕もなかった。

 

 だからこそと言えるが、貧しいなりにも笑顔はあった。

 苦しい中にも楽しいことは確かにあったし、村の誰かのめでたい事は、全員自分ごとのように祝していた。

 

 アイツらにとっての世界とはあの村が全てで、足並み揃えて一心同体でいることこそが生きる術だったのだ。

 小さい時から村の慣習、価値観にどっぷりと浸からされ、外に興味を持たないように矯正される。

 全員手を繋いでいるように見えて、実のところ腕を引っ張り合ってその場に留まっているだけ。

 

 俺の家も俺自身も、例に漏れずその世界の一員でしかなかった。

 別にその時の俺は、不幸も不便も感じちゃいなかった。だってあの閉ざされた世界の中では、全く同じ境遇、全く同じ苦しみ、そして全く同じ喜びしか存在していなかったのだから。

 

 

 

 

 何もかもが狂い始めたのは、俺が物心ついてしばらくした頃。

 

「あれ、なんか……いつもより軽い……?」

 

 いつもと同じ大きさのはずの木材や井戸から水を汲んで運ぶバケツが、異様に軽く感じた。

 成長して力が付いたとかではない、指一つで持ち上げてしまえそうなほどの怪力だ。

 それと同時に、身体を包み込むエネルギーを自覚する。

 

 ――後に知る。あれは『神通力』だった。

 

 俺はとある虚津神に神徒として見初められた。

 もちろん、その時の俺は虚津神や神徒なんて言葉も存在も知らなかったが。

 

 そして、その日から俺の身体には次々と異常が発生する。

 

 両親と同じ真っ黒だった髪の毛先から徐々に金色に染まっていく。

 褐色の肌は白く、顔は親とは似ても似つかないような超然としたものへ。

 力は全く制御できず、あちこちと物に触れては壊す。

 

 当時の俺はその変化を全く重く受け止めていなかった。

 金の髪は暗闇に浮かぶ月のように綺麗な輝きを放っていて、宝石のように大切にしていた。

 村に鏡なんてないから、自分の顔が親とも村の誰とも似つかないなんてことには気づかず、好奇心は止まる事は知らない。

 

 段々と、周りからの目が異物を見る目へと変わっていく。

 幼く、他と比べて特別利発なわけでもなかった俺は、薄らとそれらを感じていても何が原因かまでは分からず、実に呑気に変わらない生活を送っていた。

 最も近しい肉親からの視線に困惑は感じても、悪意は微塵も感じなかったからだろう。

 

 

 

 

「ルナードってなんであんな変な色してんの?」

「それな、おとんが言ってた。他所モンの血ぃが混じってるんやて」

「えぇー?うちでは魔族とかいうバケモンの一員だって言ってたよー?」

「……へぇ、なら退治せんとなぁ」

「楽しそう!!うちにあるクワ取ってくる!!」

「じゃあオレは縄で捕まえる役ー!!」

 

 

 

 

 ある日、一緒に遊んだり仕事を手伝ったりしていた同い年ぐらいの仲間からリンチにあった。

 仲のいい友達だと思っていた奴らだった。

 

「痛ッ!!やめ……ッ!!みんな、なんで……?!」

 

 彼らは無邪気で、残酷で、加減を知らない。

 角ばった木材でスイングして、クワを振り下ろし、物珍しい髪の毛を手でむしり取ろうとした。

 

 幼いなりに、同い年のアイツらより力が強いという事は自覚していたため、始めは耐えるだけにしていた。

 しかし、一人の子供の指が目に当たって視界が閉ざされたことで酷く恐怖を感じ、感じる痛みは強くなった。

 ゆえに、思わず抵抗の意味を込めて腕を振り回した。とはいっても、それは気持ち的には周りを飛ぶ虫を追い払う程度のものだった。

 

 そして、その結果は――、

 

 

 

 

「ぁ……が、ぁ゛……」

「……」

「バ、バケモン……ほんまもんのバケモンやったんや!!」

 

 しばらくして痛みが引き、目が開くようになってからようやく周りを見渡すと、腕があり得ない方向へ曲がった男の子や、頭から血を流す女の子がいた。

 それら全ては当然、見覚えがある人物たちだった。

 まるで廃棄された人形のように倒れ伏す友達だったもの。

 そして一つだけ、首を振り乱して壊れたようにバケモン、バケモン、と繰り返し叫んでいる。

 

 村の大人が騒ぎを聞いて駆けつけた。

 俺が何か言葉を発する間もなく、身柄を捕えらえられた。

 

 懲罰部屋の簡易的な牢に入れられ、元友達の親が揃いも揃って、鬼の子だ悪魔の子だと喚き散らす。

 

「違う、違うよ……ッ、ぼくは、お父さんとお母さんの子だよ!!ぼくは〝ルナード・グレイ――」

 

 まだ六歳程度の子どもで、被害を受けた子どもに関しても死者はなく、後遺症が残るような怪我も無かったという。

 普通の子だったら叱咤はあれど牢にまで入れられる事はなく、ここまで言い分を全く受け入れられないことはない。

 

 単純な話だ。

 俺だけではない、村の誰も虚津神や神徒のこと、それらの周りで起きる事象についての知識がなかったのだ。

 だがそれは至極当たり前の話で、神徒なんてものは精々世界に百人単位程度でしかおらず、その多くが日本国で産まれる。

 こんなインフラも整っていないような村には伝聞は届かない。

 

 体格からは想像がつかないような異常なパワー。

 村の誰ともの特徴が一致しない容姿。

 それらが後天的であれば尚更不気味に映る。

 

 村の人間から注がれる異物を見るような目は、単に余所者を見る目ですらなく、ヒトではないナニカを見る目だったのだ。

 

 

 

 

 一度軋み始めた歯車は、決定的なまでに調律を狂わしていく。

 

 一体いつまでここで過ごせばいいのか。

 牢の中で何日も経過して、浴びせられる人格否定の言葉と空腹から精神的に参りそうになっていた。

 

「……外が、うるさい」

 

 ある日、村が大規模な魔縁災害に巻き込まれた。

 

 この国にまともな退魔師はおらず、況してや村にまで人員が派遣される事はない。

 村の人間の三分の一が喰われ、生き残ったうちの半分には消えない傷が残った。

 次の冬を乗り切るための蓄えも人手も足りず、村の空気はどんよりと澱んでいた。

 

 

 

 

 誰かが言った。

 あの鬼の子が保身のため仲間を呼んだのだ、と。

 

「うちの子を返してッッ!!」「悪魔め!!」「お前さえ、お前さえいなければ……!!」「貴様がおかしくなってから不作が続いているのだ」「忌み子よ」「死ね!!」「誰の手引きだ!!」

 

 縄で縛られて村の中を引き摺られる。

 そんな俺に向かって口々に非難の言葉を放つ。

 村の中心に辿り着けば、その場で磔にされた。

 石や泥が投げられ、たまに刃物やガラスなんかも飛んでくる。

 

 退魔も超常も広く受け入れられた日本国において、特別なことは尊ばれることだ。

 しかし、狭く閉ざされたこの(世界)において、異端なものは忌避される。

 

 誰もが不幸と暗闇に満ちた未来を何かのせいにしたがっていた。

 俺は丁度都合がいい標的だった。

 

「ぅ……ぐッ……ぼく、なにもして……ぁ、お父、さん……お母さ、ん……」

「……」

「……」

「ね、ぇ……たす、け……ッ、そんな……ァ」

 

 

 

 

 ――弱いことは罪深いことだ。

 

 俺の両親は、村の奴らからの視線にも俺の助けを求める視線にも耐えられず、ただ人垣の奥で佇んでいただけだった。

 まるで自分が被害者かのように、辛そうに磔にされた俺から目を逸らす。

 いっそ、村の奴らと一緒に石を投げてくれた方が早くにお前らのことを飽きらめることができた。

 俺はこの期に及んでまだ、両親にとっての一番大切なものは自分から変わらないのだと信じていた。……そんなわけがないのに。

 

 

 

 

 どれだけ怪我を負わせても、一週間もすれば塞がる。このことが余計と俺への行いを苛烈にした。

 

 一日中磔にして、三日牢に封じ込められる。これの繰り返し。

 磔にされている間は石を投げられ、たまに拷問じみた行いをされることもあった。爪は何度生え変わったかわからないし、常にどこかしらの骨が折れていた。

 

 だが牢にいる間、最低限の食料だけは与えられた。

 鬱憤の捌け口にするつもりだったのと、もしかしたら俺の両親が殺すのだけはやめてくれと頼んでいたのかもしれない。

 

「なぁ!これを見てくれ、ルナード!やっぱりお前は忌み子なんかじゃない!特別な力、美しく変わっていく容姿……お前は神に選ばれた、皆が羨み尊ぶべき存在のはずなんだ!!」

「……」

 

 最低限与えられるもののほかに、当時の俺より少し歳上の少年が夜な夜なこっそりと自分の食べ物を分け与えてくれた。

 少年は、本来この村では手に入らない本を手に持って、キラキラとした目で牢の外から語りかけてきた。

 その本は、どうやら放浪の者が旅の記録として書き記した自伝のようなもので、外の世界の文明や魔縁の匪徒、さらには『神徒』についても書かれていた。

 

 少年は言う、この村はやっぱりおかしいと。

 世界はこんなに広いのに、外界の一切を遮断して内に閉じこもっていてはいつか俺たちは破滅する、とそう告げる姿はまるで壮大な物語の語り手のようだった。

 彼は続けて牢の隙間から手を伸ばした。

 

「この手を取れ、ルナード!!一緒に外へ出て、この村に変革を齎そう!!」

「……ぁ……ぁ゛あ……っ」

 

 

 

 

 ――弱いことは罪深いことだ。

 

「違うんです!!俺は、あの忌み子に……悪魔に操られたんです!!あいつは、ルナードはこの村に禍いを齎す!!今ここで、始末すべきです!!」

「……」

 

 彼は……アイツは、歳の割に頭は良かったが所詮現実が見えていないガキだった。

 異端の考えはすぐに村の奴らに見抜かれ、村の中心で俺の隣に同じように磔にされた。

 根を上げたアイツが宣う言葉は、村の奴らと同じ俺を否定するものだった。同時に俺へトドメを刺す言葉だった。

 

 村長の孫だったからアイツはすぐに解放されて、その代わり事態を重く受け止めた村のまとめ役たちが俺への処刑を決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい憎悪を宿した無数の視線が、俺を取り囲んでいた。

 その時には、もはや村の人間の顔の区別などつかなかった。

 きっかけとなった同い年の子供たちも、両親も、裏切った村長の孫のアイツも、全てが等しく敵となってこの目に映る。

 

 いつものように磔にされた上で、まるで旧時代の魔女狩りのように、足元から燃え盛る炎による火刑が執り行われた。

 

 

 

 

 ――弱いことは罪深いことだ。

 

 頭が弱い、立場が弱い、意思が弱い。

 そして何より『力』が弱い。

 

 頭が弱いから変化を受け入れられない。

 立場が弱いから大切なものから目を逸らす。

 意思が弱いから周りに流され目的を見失う。

 

 弱い奴は簡単に否定され裏切られる。

 そしてさらに弱い奴を否定して裏切る。

 

 俺の罪は強さを知らなかったこと。

 こうなる前に、その圧倒的な強さで弱者の戯言を薙ぎ払うことができなかったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今はもう、誰一人いないあの村から激しい火の手が上がっている。

 真っ赤に染まった大地を背に、隣接した森の中を当てもなく彷徨い歩く。

 

 俺は虚津神に見初められた神徒であったが、魔に縁はなかった。

 開拓がまだされておらず汚染されたこの森で、このまま魔力を浴び続けていれば、そう遠くない未来に中毒症状によって死に至る。

 当時の俺はそんな知識などなかったが、知っていたところで何も変わらなかっただろう。

 

「あぁ、なんて綺麗……」

 

 気づけば足を止めて空を見上げていた。

 日は沈んで、代わりに美しい満月が大地を照らす灯火となっている。

 地表から炎に照らされるそれは、夕日のように穏やかな朱色に染まっているように見えた。

 

 きっと、俺と同じようにあの月へ想いを馳せる人がいるのだろう。

 そして数えきれないほどの生命がいるこの世界で、誰かにとっての特別になるあの月を、矮小な一つの生命に過ぎない俺は、ただ見上げることしかできなかった。

 

「ぼくも、見上げるだけじゃなく……」

 

 

 

 

 ――あの月のように誰かにとっての特別になりたい。

 

 手を伸ばしても届かないほど遠くにありながら、目を奪われるその特別な存在感に、俺は強く憧れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朦朧とした意識、掠れた視界の端で枯れ木が揺れる。

 

 白と黒で真っ二つ。

 この世から色の一切を否定したような姿がかえって、ソレをこの世ならざる存在として後押ししている。

 

「分析……魔縁へと依らずにいながら虚津神に見初められている。結論、『無垢の神徒』――希少なサンプルだが、()()も手にできるとは……フッ、これもまた〝祖〟の導きだろうか」

 

 これから訪れるかけがえのない出会いと最悪の因縁によって、俺はいつか()へと至る道を歩み始める。

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