外法師『七理』はヒトデナシ   作:多々良徒夢

30 / 32
第二十九話:夜明け

 

 薄れていく視界の先、真っ白で真っ黒な誰かがこちらへ手を伸ばしていた。

 その記憶を最後に、気づけば俺は何もないまっさらな世界にぽつねんと立ち尽くしていた。

 

 全く見覚えのない空間に、頭の中では疑問がはっきりとした形となる前に浮かんでは消えていく。

 

「ここは……?」

 

 そうして、ようやく口をついて出た言葉には具体性も何もない。

 

 続いて次の瞬間、頭の中でノイズが走るような音がして、続いて耳を塞ぎたくなるほど喧しい男のダミ声が響いた。

 

<<『位階の狭間』へ、よォ゛こそ!!これから゛お前はとあ゛る虚津神(カミ)へと『拝謁』するゥ゛!!>>

 

 脳が揺さぶられるようなその声は、耳を塞いでも一切変わらず俺の元へ届いた。

 前後不覚に陥りそうになる何もない空間に加えて、頭の中で反響する不快な声が重なり、胸から込み上げてくる気持ち悪さを覚えた。

 

 そんな俺のことなど知ったこっちゃないとばかりに、響く声は語りを止めない。

 

<<『位階干渉域』の低い゛お前じゃ、虚津神を直接見ちまうと発狂しち゛まう……そ、こ、でッ!『翻訳者』の出番ってぇ゛わけだ!!>>

 

 虚津神、位階干渉域、翻訳者、……。

 当時の俺には何が何やら訳も分からなかった。

 元より『翻訳者』と名乗った存在の語り草は、フランクな話し方をする割にこちらの理解など端から求めていないようだった。

 しかし、どうやらそこで語られる神徒に関するチュートリアルといえるような知識は、理解を無視して記憶として強制的に刻まれるようだった。

 

 

 

 

<<おっと、時間だ。そんじゃあ、しっかり゛意識を保てよォ゛?>>

 

 しばらくして、『翻訳者』の論調が変化した。

 先まではなかった固さが見受けられる。

 それは間違いなく、この場に現れた三つ目の存在が原因だろう。

 

<<ソレはただ、そこにある゛だけだ、直接殴り゛かかってくることは゛ない。……お前がそれを゛期待しない限りは、な>>

 

 空気が一変する。

 遠くから、この世にある何とも言い表せない不協和音が響いた。

 中でも、鈴の音色に近い音の波長が際立っていた。

 物理的に近く、耳のすぐそばで鳴っているような感覚だ。

 

「――」

 

 ……いや、違った。

 俺の喉が震えて合奏していたのだ。

 口を開いても声は出ず、代わりに鈴の音色が大きく鳴り響く。

 

 そのことを自覚してしまうと、呼吸の仕方を忘れてなぜ立っているのかも分からなくなる。

 

「――」

 

 それから、透き通った世界の中へふらりと倒れそうになった時、一際大きな音が耳をつんざく。

 この空間と頭の中を行ったり来たり反響して、俺の意識を引き戻した。

 

 一瞬でありながら膨大な時間が流れたような感覚に、ぶわりと冷や汗が背中に滲み出す。

 

 

 

 

<<――『月読唱える(つくよみとなえる)冥墓神(めいぼのかみ)』が干渉を始め゛たぞ。赤と青と黄色の惑星が、闇に包まれた宙を基点に交錯してるぜ>>

 

 俺の目には映らないナニカがそこにいた。

 同時に、目を凝らしてソレを見ようとしてはいけないことを理解した。……耳に残る鈴の音色が喉の奥から再び響き始めたから。

 

<<『月読唱える冥墓神』は三つの惑星のうち黄色の゛それをお前の目の前に゛差し出した。『(ひかり)は遠く、それでもお前は手を伸ばすことを諦めないだろう』と告げてるぜ>>

 

 俺の耳にも目にも、虚津神を語る天の声と真っ白な空間しか感じ取れない。

『翻訳者』とは言葉の意味そのままなんだな、とぼんやりした思考が浮かんだ。

 

<<『月読唱える冥墓神』は差し出した黄色の惑星を歪め゛て、『前にあるのは獣道のみ、道中でお前は見出した光を失う』と告げて゛るぜ>>

 

 続けて『翻訳者』が語る虚津神の言葉に、その場で浮かんだ疑問をぶつける。

 口を開くのは怖かったが、次は鈴の音でなく俺の声を発することができた。

 

「……ぼくに、まだ道が残されてるの?」

 

<<『月読唱える冥墓神』は肯定を返した。『険しくとも、確かに道は拓かれている。光はなく先が見えずとも、お前は前へと足を進めるための理由を手にしている』と告げてる゛ぜ>>

 

 俺は生まれ育った村を丸ごと捨てた。血に染まっていく両の手を見つめるだけだった。

 悪魔だ鬼だ、という非難に言葉を返すことすらできない。

 あれほど嫌った否定と裏切りを、最後には俺自身が行ってしまったのだ。……俺が村の奴らよりも強く、そして湧き出た衝動よりも弱かったからだ。

 

 そして最後に、ただそこにあるだけで特別に想われる(ひかり)へ憧れを抱いて手を伸ばし、人知れず終わった。

 

<<『月読唱える冥墓神』は『今際の際であっても太陽(アレ)ではなく()に手を伸ばした褒美だ。求めるだけ力は貸してやろう』と告げて、黄色の惑星を闇に包んで砕いちまった>>

 

「――!!これは……」

 

 だが、今まさにかつてないほど力が漲るのを感じる。

 同時に、背後には『死』がピタリと着いてきていることも。

 それらの感覚が、俺に強く生を実感させる。

 

 何より、遥か遠くに見ていたはずの月が、ほんの少し近づいたように思えた。

 

<<『月読唱える冥墓神』は最後に『私は、お前がいつか()へと至り、日をも喰らうことを望む』と告げて、星々を闇の中へと呑み込ん゛で消えた。――さ、虚津神が『位階の狭間』から退去したし、今回の『拝謁の儀』はしゅーりょ゛ーだ!!お疲れさん!!>>

 

『翻訳者』に軽妙な口調が戻ってくるとともに、そこにあった見えざるナニカ――虚津神(カミサマ)による呑み込まれるような圧迫感が消え去る。

 その代わり、あるのかも分からない地面へと足をつけていた感覚もなくなり、内臓がひっくり返るような浮遊感に襲われる。

 

<<あと、お前の゛『位階干渉域』が『侵』に上昇したぜ!!次回の『拝謁の儀』はお前と虚津神次第、つまり゛未定だな!!>>

 

 それから、あれほど煩わしいと感じていた声も、段々遠く聞こえなくなっていく。

 世界と俺の意識が螺旋を描くように溶け合って、上へ下へと堕ちていく。

 

 

 

 

 こうして訳も分からないまま、俺の一度目の『死』と『拝謁』は終わりを迎えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 結果から先に告げると、死にかけていた俺に手を伸ばしたのは、〝フルーフ・リ・デンドリウム〟という名を持つ魔族だった。

 頭髪は白と黒でツートーンになっており、配置を左右反転したドクターコートに身を包んでいる。

 ヒトへの擬態は完璧で、その目立つ容姿があっても人間社会の中に紛れていれば、ヤツが魔族だとは見抜けないだろう。

 

「フフッ……ようこそ、吾輩のラボへ。歓迎の意を込めて、お前には〝シグマ〟の名を送ろう」

 

『拝謁の儀』を行っている間、現世の俺は意識を失っていたようで、ろくな抵抗もできずに連れて行かれたのはこの世のどこでもない場所。

 

 魔の楽園、地獄、あるいは『魔界』――。

 俺を攫っていったアイツは『地脈霊界(マレフィテラ)』と呼んでいた。

 

 

 

 

 ――そんな場所で、俺の実験動物(モルモット)としての生活が始まった。

 

 

 

 

 視界と手足を塞がれ、ブスリと鋭利な何かが皮膚を貫く。

 血管の中に得体の知れない液体が注入されていき、激しい熱と痛みが体内に迸る。

 

「ァァァ゛ア゛アア゛アアア゛ッッ!!!!」

 

 村での仕打ちを受けて、もはや俺には痛覚や普通の感性など消し飛んだと思っていたが、この世のものとは思えない苦痛にみっともなく悲鳴を上げた。

 ゴリゴリと、身体がヒトではないナニカに作り替えられていく悍ましさに、早々と心が折れたのだ。

 

 喉が千切れるのではないかと言うほどに叫んだ。

 頑丈な拘束を振り切って部屋中を転げ回って暴れた。

 それらはフルーフが煩わしいと言って、俺を土塊に埋めてしまうまで続いた。

 

 

 

 

 数時間おきの投薬が数えるのもバカらしいほど繰り返されたあと、フルーフの「経過良好」という呟きによって俺は一時的に解放された。

 それからヤツの部下らしき魔族に引き摺られ、牢獄に放り投げ入れられた。

 

「ぅ、ぁ……ぁあ……」

 

 治ったはずの熱と痛みがフラッシュバックする。その度に、冷たい鉄格子に四肢を擦り付けて冷まそうとする。

 

 あれほど嫌っていた檻の中に、一時の平穏を感じた。

 

 

 

 

 だが、その平穏も長くは続かなかった。

 ただし、実験の再開とは違った別の要因によって。

 

「ガ、ァ……ッ!クソ、覚えてろよ?!テメェも、あのモノクロ野郎も、絶対この手でぶっ殺してやるッッ!!!!」

 

 俺の隣の牢獄が、俄かに騒がしくなる。

 蹲って地面に着けていた頭をゆっくりと上げて、声が聞こえてくる方を見る。

 そこには、ヒトの身を簡単に挽肉にしてしまう俺の手ですら傷一つ付けられない硬い檻をガシャンガシャンと揺らして吠える、同い年ぐらいの少年がいた。

 頭を丸めていたが、それでもハッキリした目鼻立ちを持つ美しい容姿をしていた。

 

 三方を鉄格子で囲まれた牢であるので、容易に視線を遣ることができた。

 逆に、向こうも俺の視線を察知し、暴れるのをピタリと止めて、返す視線でジロリとこちらを射抜いた。

 

「あァ゛?なに見てんだァ、テメェ……?」

「ぇ……いや、えっと……」

「チィッ、なんつー辛気臭ェ目だ!!オレまで気が滅入る!!こっち見んな、もしくはさっさと死ね!!」

 

 アイツとの出会いは最悪だった。

 捲し立てるように暴言を放ち、人間性を否定してきたため、俺は当たり前に苦手意識を抱いた。

 

 後から聞いて、その日が初めての投薬で慣れない痛みからイライラしていたらしいと知る。

 実際、あそこまで理不尽な物言いをされたのは初日だけだった。

 解放されてすぐ――つまり、この世のものとは思えないあの痛みを経験してすぐ、あれほどの気炎を吐いていたことに恐れ慄いた。

 

 

 

 

 投薬からしばらくして、次は逃げ場のない闘技場のような場所に連れて行かれた。

 これも何らかの実験の一環らしく、見下ろす視線の中にはフルーフのものもあった。

 

『ころ、からころころ……』『えげッ……ぇ、えげッ!!』『おぉぉぉじぃぃいちゃゃゃあぁぁああ!!!!』

 

 前方にはまさにバケモノ然とした魔縁の匪徒が蠢いていて、奴らを殺害することがオーダーされた。

 ただし、こちらの戦力は俺一人ではなかった。

 隣には鉄格子を挟んで向こう側の存在だったはずのアイツの姿があった。

 

「ぃ……ぁ……ッ」

「ハァ……見るからにトロくせェ。俺の邪魔だけはすんなよ」

 

 出てくる魔族に際限はなく、さらに倒すたびに出てくる相手が強くなっていく。

 自分の力にまだハッキリとした自覚のなかった俺は、一体倒すのにも四苦八苦していた。

 対して、アイツは魔族に囲まれてもものともせず、もはや俺を無視して孤軍奮闘といった様相だった。

 

 とはいえ、いつも最後に俺たちに待っているのは手痛い敗北だった。

 フルーフの側近らしき高位魔族や、時にはヤツ自身がやってきて、肉片をサンプルと称して引きちぎっていく。それでこの実験は終了。

 俺たちに気持ちの良い勝利など求められておらず、ただひたすらに何のため行われているかも分からない実験の記録を重ねるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 投薬回数:十三回、魔縁討滅数:合わせて二百五十四体、サンプル数:二十六。

 

 日付の感覚など無くして久しくなったが、その間俺とアイツの関係に明確な変化はなかった。

 

 しかし内心では、共に地獄のような境遇を生きる中で、互いに多少のシンパシーは感じるようになっていたのだと思う。

 少なくとも俺は、アイツの強さを目の当たりにして少しずつ惹かれていった。

 

 

 

 

「今だ、やれェ!!」

「ハ、ァァァッッ!!!!」

 

 ――『月読唱える冥墓神』【奈落の星屑】!!――

 

 転機は唐突に訪れた。

 ある時、サンプルの回収にやってきた高位魔族をアイツが足止めして、俺がトドメを刺して倒した。

 ずっと虐げられる側だった俺たちが、初めて一矢報いたのだ。

 

 無機物な、まるで虫ケラでも見るようだった上の連中が色めき立っているのを感じた。

 

 

 

 

 その後は、すぐにフルーフが闘技場へやってきていつものように肉片を回収され、再び冷たい牢獄の中に戻された。

 

 ――だが、俺たちの興奮は冷めやらぬままだった。

 

「テメェ、根性あるじゃねェか!!見直したぜ、マジで!!」

「ぼくを……認めてくれるの?」

「そうだなァ、オレの弟分にしてやってもいいぜ!!……あァ?なんだ、もっと素直に喜べよ。うちのシマの奴なら咽び泣いて喜ぶ名誉なんだぜェ?」

 

 アイツは一方的に意気投合してきて、対する俺もアイツへの苦手意識などすっかり無くなっていた。

 むしろ、俺よりずっと強くて輝いて見えたアイツが、忌避され続けてきた俺という存在の目を見て真っ直ぐ認めてくれた事実に胸がぽわっと温かくなった。

 

 それから、その日は流れのまま互いの身の上話を語り合った。

 

 アイツの故郷は俺とは反対に、ヒトも金も湯水のごとく溢れる巨大都市だった。

 一部の富裕層が支配する煌びやかな街並みの裏側で、人々の欲望が渦巻き、価値を持たない存在はゴミのように捨てられる。

 そんなゴミ山を象徴するような、ギャングたちが支配する都市の闇の一角で、頼る存在も名前も与えられずに産まれたのがアイツだった。

 

「そォだ、オレにあったのは底無しの渇きと、それをほんの少し潤すための『力』だけだった」

 

 知った人間から忌避され、みなから存在を否定された俺でも、産まれた時には安住の地があった。

 

 それに比べてアイツは、始めから望まれず尊ばれずヒト以下の存在として産まれ落ちたのだ。

 一時的な餓えを凌ぐために汚水を啜り、一切れのパンを盗んでその日を生きる。眠るのすら命懸けで、昨日の敵は友になる前に冷たくなっている。

 それでも腐らず邁進し、虚津神の力があるとはいえ俺と似たような年齢でありながら、辺り一帯の地域でアイツに逆らう者はいなくなるまでとなった。

 

「どうして、きみはそんなに強いの……?」

「ハンッ!そりゃァ、オレがオレ以外の何にも依存していないからだ。逆にいえば、オレはオレの『力』を絶対的に信用してる。コイツは信じれば信じるほどいざって時に役に立つし、人と違って絶対に裏切ったりしねェ」

 

 バッと手を広げ、自信たっぷりに笑みを浮かべて語る。

『力』さえあればヒトや組織なんてものは後からいくらでも付属してくる、と。

 己以外の全てが虫ケラに等しいほどの『力』を手に入れることができれば、一々他人の感情や心を伺う必要もなくなる、と。

 

 極論がすぎる。

 だが、アイツの語る姿から目が離せなかった。

 

「テメェの悪いところは自分の強さに自覚がねェところだ。オレたちは強ェんだ。せっかくこの世で唯一無心で信じれるモンなのに、勿体ねェだろ」

「で、でも……ぼくはきみみたいに速く動けないし、それに……」

「ッだァ!!テメェが直すのはそのウジウジした態度からだな!!オレの弟分名乗るんだ、叩き直してやる!!」

 

 弟分なんてものはアイツが勝手に言ってたことで、なりたいと言ったことも認めた覚えもない。

 

 確かにアイツの気高さと強さへの憧れはあったし、そこに(ひかり)を見た。

 だが、アイツの下になった覚えはない。

 こんな意地を持つようになったのは、アイツの言う『力』への自覚や自信というやつが芽生えたからだろう。

 

 

 

 

「あァん?!どう考えてもテメェが弟、つまり下だ!!」

「ハッ、最初にここに入ってきたのは俺だぜ?兄弟ってのは早いモン勝ちだって相場は決まってる」

「生意気言うようになったじゃねェか。なァ、村育ちの坊ちゃんがよォ?!」

「なんだァ?やんのかおい、シティボーイがよォ!」

 

 先のことを面と向かって告げてやったときには、鉄格子を挟んで喧嘩となった。

 その時点ですでに、俺はアイツと同じような汚い口調へ矯正され、神通力の扱い方も熟してきていた。

 

「……あ?そもそも、なんでこんな話になったんだったかァ?」

「名前だろ、名前!……ハァ、テメェを呼ぶのに不便だから俺が名付けてやって、そしたら「ファミリーネーム一緒にして本当に兄弟になっちまおう」なんて愉快なことをテメェが言い始めたんだろ、〝ルカ〟」

「ん、あァ……そォいや、そうだったわ。よく覚えてんな、〝ルナ〟」

「テメェがボケ老人並みに記憶力ねェんだろ。――てか、名前付けるなんて先に産まれた奴しかできねェから、俺が兄貴だな!!よし、決定!!」

「ハァ?!汚ねェぞテメェ!!」

 

 アイツは故郷でも特定の名前で呼ばれたことはないらしく、ガキやらチビやら、それからボスやらがアイツを表す記号だった。

 しかし、ここではアイツには魔族から定められた冷たい識別番号(数字)しか記号はなく、いい加減こっちが不便を感じていた。

 

 だから、俺が〝ルーカス〟という名前を付けてやった。

 するとアイツは一瞬訳がわからないという風に呆気に取られた顔をしたが、次には噛み締めるようにその名前を呟き、パッと顔を上げて気に入った旨を伝えてくれた。

 名を告げてから、流石に俺も出しゃばりすぎたかと思っていたため、それには内心で安堵した。

 

 

 

 

 実験動物(モルモット)としての過酷な生活は変わらなかった。

 俺たちは二人とも、元々は『魔力適正』を持っていなかった。

 しかし、怪しげな薬や術によって肉体を弄くり回され、討伐させられる魔族が死の間際に発する魔力を浴び続けていると、いつの間にか魔力を獲得していた。

 さらに段階が進むと、魔力を操るだけでなく魔力と肉体そのものが同化して、まるで魔族のように欠損した部位を補填できるようになっていた。

 

 ――俺たちは、ヒトですらないナニカに生まれ変わろうとしていた。

 

「ふん……どうでもいい。俺たちは端からヒトデナシのバケモンとして扱われてきたんだぜ、今更だろ」

「あァそうだな。そんで、いつかアイツら魔族は、テメェで生み出した怪物の牙の餌食になるんだからなァ」

「ハッ、そりゃいい!そん時は盛大に笑ってやろう」

 

 不幸な過去、痛くて苦しい現在、否定され蔑まれてきた尊厳、もはやヒトですらない身体――。

 

 だが、鉄格子を挟んで背中にはいつもルカがいた。

 

 俺と同じでありながら、アイツの言葉にはいつも次が存在した。

 未来へ繋がる道を照らすような光があったのだ。

 

 

 

 

「おい、ルナ!!前言ってたオレたちを繋ぐ名前、〝デイブレイク〟なんてェのはどうだ!!」

「ほーん、〝夜明け〟か……まァ俺はいいけどよォ、テメェの名前に組み合わせると、どうもピカピカ眩しくねェか?」

「いいじゃねェか、名は体を表す!!オレは、〝ルーカス・デイブレイク〟は、絶対いつかこの暗闇を抜けて、夜明けの光をこの手に掴んでやる!!」

「ハッ……確かに、ぴったりだな……」

 

 ――俺も、ルカの隣でその光を……一緒、に……。

 

「何言ってんだ、あったりめェだろ!!オレたちに血の繋がりはねェけどよ、名前の繋がりがある兄弟だろォ?!だったら、一緒に人生の〝夜明け〟を迎えようぜ!!」

「っ゛ぅ……あァ、『約束』だぜ?」

 

 どんな逆境も打ち破って、二人揃って現世に帰る。

 俺たちが信じるのは、己の『力』と背中にいる兄弟の『力』だけ。

 ヒトデナシの獣なりに、ここに至るまで育んだ怒りを牙に載せ、世界に噛み付いてやる。

 

「おう!!『約束』だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう『約束』、したんだけどなァ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 強くなければ、生き様も死に様も選べない。

 強くなければ、尊厳も約束も守れない。

 

「ッ、ぐ……ゥ……つ゛よ、く……なけれ、ば……ァ゛……!」

「魔族以上にしぶといですね。……ふむ、させませんよ」

「ぎッ……ィ……く、そ……」

 

 俺の右腕の肘から先が宙を舞う。

 ゆらりと銀の剣先が向けられるが、肝心の太刀筋はまるで見えなかった。

 

 暗い紅色の瞳で睥睨するその女は、退魔師の制服に腕を通しており、立ち姿からも途方もない武の高みにいることが窺える。

 息を呑むほどの美貌が、底冷えするような死を感じさせる。

 

「……ハァ……ハァ……フゥゥゥ……」

 

 この女が戦いに加わってからは一方的だった。

 初めに俺を囲っていた五人の退魔師もなかなかのやり手だったが、再生能力により奴らの攻撃が致命傷となることはなく、かといって俺はこの結界を切り抜けられない、いわゆる千日手の状況だった。

 

 ――そこに後から現れたのが、目の前に立つ白銀の死神。

 

 終始俺の動きを読んだような超人的な反射神経、手に持つ銀剣による殺傷能力、圧倒的な身体能力、さらに魔力も神通力も……悔しいが、その全てが俺を上回っており、戦いにもならなかった。まさに一方的な蹂躙。

 俺の強さは、あの女にしてみたら所詮塵芥に等しいものだったのだ。

 

 

 

 

 強くなければ、目の前の退魔師一人すら打ち倒せない。

 強くなければ、否定と裏切りに満ちた人生で夜明けを迎えることなどできやしない。

 

 ――だから、魔界から抜け出した後も、ヤツの実験のプロセスを真似して、ただひたすらに『力』を追い求めてきた。

 

 この世の全てに否定され、親から目を背けられ、友から裏切られ――そして、たとえ名を分かち合った兄弟との『約束』を破られても、だ。

 

 世界に俺という存在証明を為し、人生の〝夜明け〟を迎えるためには、誰もが無視できないほど圧倒的な『力』という強さが必要だった。

 アイツが言うように自分の『力』以外、信じられるものなどもうこの世には存在しないのだ。

 

 

 

 

「(嗚呼……だけど、案外元を辿ってみれば――)」

 

 俺は、ただ誰かに認められたかっただけなのかもしれない。

 

 始めから、生き方を選ぶことができたなら。

 否定も裏切りも蹴散らして、もっと早く自分の強さを信じていれば。

 

 あるいは、あのままルカと一緒にどこまでも認め合って生きていく未来があったなら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、十分削りましたし、再生の兆しもなし。毛利さん、車の手配を。このまま彼を連れて本部へ帰還します」

「かしこまりました。……いやぁ、課長のお手を煩わせてほんますいません」

「いえ、私も彼のことは気になっていましたので。それに――」

 

 手足を切り分けられて小さくなった身体は、本当に芋虫になったように、モゾモゾと地面を惨めに這うことしかできない。

 魔力の再生が鈍く、退魔師共のやり取りもどこか遠くに聞こえる。

 

「(本当に、終わっちまうのか……)」

 

 アイツに矯正されたはずの、俺の弱い心が表に出そうになる。

 

 それは、自分以外の他者に委ねた生き方だ。

 たられば、なんてものは弱者の思考だ。

 

 今できることを、今精一杯やれるだけのことをするのだ。

 

 神通力はみそっかす程度しかなく、魔力の制御も上手くできない。

 手足はなくして治せず、動かせるものといえばこの口ぐらいだろうか。

 

「く、くくッ……」

 

 痛みはなく、俯瞰してみると冷静になってきた。

 ハハ、詰んでんじゃねェか。

 

 

 

 

「ク、ハハハッ!!アァァハッハッハッハ!!!!」

 

 ならば、せめて笑おう。

 

 強ェやつってのは、どんな時も自信たっぷりに笑ってるもんだ。そうだろう、ルカ。

 

「な、なんやッ、気でも触れてもうたか……?いやまぁ、それも無理ないわな」

「……」

 

 それから、天まで届けんと己の渇望を口にするのだ。

 

 

 

 

「――アイツから貰った強さだッ!!こんなところで、捨ててたまるかァァッッ!!!!」

 

 

 

 

 その行為には何の意味もない。

 ただ俺は、世界に存在することを叫んだだけだ。

 

 俺はここにいるぞ、と。

 それから、アイツの意志もここに生きているぞ、と。

 

 その、ただ力一杯叫んだだけの存在証明は――、

 

 

 

 

 

 

 

「あっははッ!!魅せてくれたね!!キミの『人』としての輝きをッッ!!!!」

 

 ……どうやら、本当に(ひかり)へと届いたらしい。

 

 

 

 

 何もない空間から俺に向かって手が伸びてきて、素早くどこかに引き摺り込んだ。

 予期しない浮遊感と、その後の落下の衝撃に目が眩む。

 手足もなく神通力も機能しないため、まともに受け身が取れなかった。

 

「や、意外と早い再会だった?」

「ッッ?!テ、メェ……は……ッ!」

「少し見ない間に随分痩せたね、軽くてびっくりしちゃった!……なーんて、冗談だよ」

 

 ゆえに悪態をつく言葉が出そうになったがその前に、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきて意識がそちらへ向けさせられる。

 

 そして、ソイツにとっては必然で、俺にとっては思わぬ再会を果たすことになる。

 

 あの時は何らかの力で認識が無理やり捻じ曲げられ、姿形を捉えることすらできなかったが、今はハッキリこの目と脳裏に刻み込まれている。

 爛々と輝く茜色の瞳と、夕陽に焼けたように光の加減で若干の赤が混じる肩口までの茶髪、どこか昏さを含んだ笑顔、神徒らしい人外の美貌。

 それから、虚津神に無理やり作り変えられただけでは実現し得ない、そこにいるだけで華やぐような輝きに後押しされた存在感。

 

 文字通りベールに包まれ隠されていたコイツの本当の姿を見て、鉄格子の向こうのルカを思い出して、ようやく理解した。

 

 

 

 

「今日はね、ボクとキミの未来のために、共に手を組まないかとお誘いしたくて声を掛けたんだ」

 

 

 

 

 ――所詮、()は自ずから輝ける存在ではないのだ、と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。