外法師『七理』はヒトデナシ   作:多々良徒夢

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第三十話:月に憧れた獣

 

 幼い頃の嫌な記憶や恥ずかしい思い出がなんでもない時に思い起こされることがあると思う。

 それだけ幼い頃の記憶というのは残りやすく、その後の人格形成においても大きな影響を与える。

 例えば、子供の頃に虐待を受けて育った子は、将来的に精神障害や人間不信、愛着依存などを引き起こすことが多い。

 そして、そんな彼らは大人になってから自身の子供へ虐待をしてしまう割合も同様に高い。

 

 とはいえ、この国の多くの人は愛を受けて育つことができてしまうから、愛を知らない人のことが本心からは共感できていないだろう。

 情報が広く錯綜する現代においても、あくまでそういう人がいると理解しているだけだ。

 

 だからこそもっと身近な例を示そう。

 

 早生まれの子が不利という話を聞いたことがあると思う。

 これは教育制度が関係しており、一年周期で学年を定める都合上、どうしても一年近く人生経験の差がある四月や五月に生まれた子供と早生まれの子供を一緒に競わせる環境になってしまう。

 しかし、実際のところ生まれによる体格やコミュニケーション能力で有利不利が発生するのは、おおよそ小学校低学年までとされている。

 

 ではなぜ早生まれの者は将来的にも不利だ、能力が低いなどと言われているのか。

 それの解答として、幼少期の成功や失敗体験の積み重ねが挙げられる。

 成功を積み重ねた子供は褒められて自信をつける。

 対して、失敗を積み重ねてしまった子供は褒められることが比較的少なくなり、自信をなくし内気になってしまう。

 ただし、これは親や周囲の人間がその子供をどう育てるかでいくらでも変わり得るし、単に早生まれの子供に不利な部分だけが表面化しているわけではないということは言っておこう。

 

 このように幼少期の体験や記憶はその人間に深く刻まれ、その後に大きく影響する。

 そして褒められてこなかった人、況してや虐待を受けたり、愛を注がれずに育った人は一般より深く刻まれてしまった幼少の体験を基に思考し行動してしまう。

 幼少期過ごした環境とは、その人の人生の中核でいつまでも無意識に影響を及ぼし続ける。

 

 

「ボクとキミの未来のため、共に手を組まないかとお誘いしたくて声を掛けたんだ」

「――!!」

 

 

 僕は、彼の過去を知らない。

 どんな環境を生きてきたのか……その歪な肉体素性を見るに、恐らく生き地獄という言葉すら生ぬるいものだっただろう。

 明らかに自然の産物ではない、何らかの意図をもって身体を弄くり回して調整したような形跡が見受けられる。

 大魔族を上回るほどの膨大な魔力は相変わらずで、肉体はそれを納める器でなく、力を発揮する媒体として魔力そのものと同化している特異体質。

 ……残念ながら現在はその特異性も『祓魔』の影響で肝心の魔力制御が阻害されてしまい、断ち切られた四肢を再生することができずに達磨になっているのだが。

 

 ともかく、無理やり身体を作り変えられるなんて経験はきっと果てしない苦痛を伴うだろうし、人格形成に重度の影響を及ぼしていてもおかしくない。

 戦闘や最低限のコミュニケーションができている時点で並の精神力ではない。

 さらに、あの人に死の淵にまで追い込まれてなお、より強い輝きを放たんとする彼の魂には唯一無二のものを感じる。

 

「手を組む、だと……?」

「そう、ボクとキミが。……あ、今のキミには手がなかったね、ごめんごめん!」

「……煽ってんのか、テメェ」

「あははッ!そりゃあ煽ってるよ、立ち回りが下手だなぁってさ」

「あ゛ァ゛?」

 

 僕の『門』で瀕死の彼を運んだ先は、セーフティゾーンである伊織圭の家の中。それなり以上の神通力を消耗した長距離転移だ。

 ただし、リビングにそのまま通すと、血やらなにやらで汚れてしまうので玄関土間に無造作に転がしている。そして互いの現在の力関係を表すかの如く、僕はフローリングの上からしゃがんで見下ろす。

 

「外法を働くボクらにだってね、各々線引きってものがある」

「……」

「キミは檻から放たれた猛獣みたいに秩序なく暴れ回ってたからね……まぁ、一言で言うと敵を作りすぎたんだよ」

 

 彼の透き通るような空色の瞳の中に映る僕は、我ながら楓眞(あの子)らしくない、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一、魔素および魔力エネルギーの取り扱いは魔縁対策機関の認可のおりた企業や個人のみが行う。また転用技術の制限も設ける。

 

 二、魔縁の匪徒討伐は定められた正規の手順で行わなければならない。

 

 三、故意的な魔力汚染を引き起こす行為、およびそれに準ずる行為を禁ずる。(魔術を始めとした体外での魔力運用がこれに該当)

 

 四、退魔師の活動区域での妨害行為を禁ずる。

 

 ・

 ・

 ・

 

「――などなど……五〇〇年前から現在に至るまで、魔に侵されたこの世界を生きる人類の秩序を守るため、魔縁対策機関(COER)が色々な魔縁規定(ルール)を定めてる。これを基にグレーなところや、時には真っ黒なところを渡り歩いてるのが『外法師』ってわけだ。魔族を退魔師から先取りしたり魔素を卸したり、ね」

「……」

 

 こんな情報はもちろん、外法師『七理』が活動を始めた初日に調査し終えている内容だ。ネットで調べればすぐにでも詳しいところまで知ることができる。

 しかし、退魔師による監視と調査の結果、彼は到底人間らしい生活など送っておらず、どの国にも戸籍情報が存在しなかった。

 恐らく、開拓が滞った遠い僻地か、名も与えられないようなスラム街を出身とする者、あるいは魔縁災害によって滅ぼされた街や村の生き残りだろうとのことだ。

 そんな彼であるので、日本国の法律や魔縁に関するルールを知らないことは予想できる。

 

「厳密にはキミは外法師ですらないんだろうけど、派手に魔縁規定に抵触してることには変わらない」

「……せェ」

 

 ――だからといって、彼の行いを秩序が許すわけではない。

 

 圭がいつか僕に告げたように、外法師によって手の届かない魔縁による被害を食い止められている側面がある。そのため、ある程度の行いは退魔師に見逃されている。

 だが、やり過ぎたり退魔師と直接敵対したりすれば、今回の彼のように粛清される。

 

 そして、魔縁規定の中でも特に気をつけなければならないことは、三つ目の『故意的な魔力汚染を引き起こす行為』。

 

「キミは結界を張らず魔辿炉も潰さずに魔族を討伐して、死後の魔力放出を誘発してた。これはダメだよ」

「……るせェ」

「魔力汚染地のいくつかで、新たに魔族が産まれたらしい。その対処と浄化作業に――」

 

 僕は膝を曲げたまま、子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 逆鱗を刺激するように、じわじわ、チクチクと正論を振り翳し続ける。

 そうすると――、

 

 

 

 

「うるせェッ!!!!」

 

 爆発するように、たった一言の叫びが僕の続く言葉を引き裂いた。

 彼の、魂が軋んだ音をあげるような慟哭が虚しく木霊する。

 

「うるせェ!!うるせェ、うるせェ!!うるっっせェんだよッ!!!!じゃあ教えてみろや!!俺ァどうすりゃ良かったんだッ?!あァ?!!!」

「……」

「俺は信じてた、信じてたんだッ!!なのに結局、親にもダチにも裏切られて……終いにはこんな……ッ、こんな゛身体になっちまって……!!」

 

 彼の心は限界だったのだろう。

 魔族のような肉体に、人の精神ではいくら強靭であっても追いつかなくなっていた。

 戦いの時、彼が痛みを感じていなかったのは人の防衛本能か、魔に近い肉体として神経系が無くなってしまっているのか。

 

「まだ……まだなにも、成し遂げてない゛……ッ……こんなところで、終われな゛い゛ッ!!」

 

 子供の癇癪のように喚き、本来なら美しく整った顔も血と涙で汚れ、その姿は醜く映るかもしれない。

 そして、もはやヒトですらいられない身体、生きた存在として認められない出自。全てを覆す『力』はまだ無い。

 

「フゥ、フゥ……ハァ……生きる道は、アイツが教えてくれた……自分の『力』だけは唯一絶対、裏切らないってなァ」

「……」

「だから、俺は誰よりも強くならなくちゃ……ッ……強くなければ、裏切られて否定されて……ゴミみてェに捨てられるだけだ……!!」

「……それでキミは、強くなってどうしたいの?」

「俺たちの存在を否定した、このクソッタレな世界に俺たちの存在を焼き付けてやんだよ!!誰よりも強くなって、そうすりゃ誰もが俺に視線を向けざるを得なくなる……!!」

 

 しかし、僕の目には何も持っていない彼にこそ、『人』としての生命の輝きを見た。

 

 

 

 

「俺はただ、誰よりも強者でありたい!!もう誰にも俺を否定させねェ!!そのためなら、魔力()だろうがなんだろうが皿まで喰らってやる――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと時を刻む音と彼が肩で息をする音だけが、静寂の中に響く。

 時間の流れがゆっくりになったような感覚の中で、目の前の彼の人間性を分析して、この後の展開を頭で組み立て直す。

 

 さて、彼の本能は十分に見ることができた。

 次は理性を混ぜる僕の番、ということで再び朗々と語りを始める。

 

「……うん、キミの向かう終点と道筋は大体理解できた。魔力をひたすら自分のものにして、邪魔する奴は蹴散らして、強敵っていう壁を打ち破り続ける。そうしていずれ最強に……と、まぁ普通に無理だよね。キミも限界があるって薄々分かってたんじゃない?」

「……」

 

 やはり図星のようだ。

 彼に迫るのは、肉体的な限界と環境的な限界の二つ。

 

 前者は魔力を取り込み、同化し続けるのに上限があるはずだということ。それに、使えば使った分だけ減るものなので、恒久的な力とは言い難い。

 後者は先にも告げたように、退魔師や外法師、さらに魔族も加えれば彼は完全に四面楚歌となる。今回のように実力で劣れば捕まるし、仮に逃げ仰せても吸収する魔力より使用する魔力が大きくなってジリ貧だ。

 

「キミがやってたのはナイフ持って拳銃くれなきゃ暴れる、次に拳銃持って爆弾くれなきゃ暴れる、次に……って、それでいつか核兵器を手に入れるようなものだ。より強い武器を携帯した奴か数に制圧されるに決まってる」

「……」

「もし仮に実現したとしても、それは再現性の無い伽藍堂な力だ。……とってもつまらないよ」

 

 誰とも群れず、ルールを守らず、力も知恵も足りない子供。

 厳しいようだが、これが現状の彼の評価だ。

 

 魔力は彼にとって身体に馴染む魅力的なエネルギーだったのだろう。

 手っ取り早くて分かりやすい強さだったのだろう。

 

 だがそれは、彼をこのようにした『魔』の思う壺だ。

 強さを求めて本能のまま魔力を取り込み続ける、そんなのは魔族と変わらない。放っておけばいずれ彼は禍いを撒き散らす存在に成り下がっていただろう。

 

『人』ならば、結果だけでなく過程も、目的だけでなく手段も、理性と本能をブレンドした生の意志によって大切にしなければならない。

 

 つまり、僕が何を言いたいのかというと――、

 

「ハッ……テメェも、俺を否定するか……?」

「違う、なにもボクはキミの考えを否定したいわけじゃない。――手段へのこだわりを履き違えてるって話だ」

 

 誰よりも強くなって、世界と対等以上な個として君臨することで、彼を否定した世界に自分の存在を認めさせる?

 それは大いに結構。

 彼の過酷な境遇と育んだ反骨精神が為す渇望、彼だけの激しく燃えるような生きる意志といえる。

 

 しかし、彼は終点に至るまでの過程である『強さ』への理解が狭い。

 この超常に溢れた世界において、必要以上に魔に固執することはない。況してや、神徒である彼ならばなおさら。

 そして、終点へ辿り着く道が複数あるならば、わざわざ敵という岩壁に塞がれた道を行く必要はない。理性によって道を変えてやれば良い。

 

「キミは核兵器の作り方を学んでこっそり自ら作り上げ、それで世界を脅すべきだったんだ。……あ、分かってると思うけど、これたとえ話ね?」

「……つまり、テメェは俺の視野の狭さを指摘してェわけだ」

「まぁ、平たく言うとそんなところだね。……キミが信を置く『力』ってものには、もっともっと広い解釈があるはずだよ」

「……チッ」

 

 彼は僕の告げたことに一定の理解を示したのか、荒々しい雰囲気を収める。

 それから、溢れ出る様々な感情を噛み締めるように天を仰いだ。

 

 

 

 

「……で?これだけ煽ったんだ、もう良いだろ。さっさと本題に入れよ」

「おっと、まさかキミからそこに切り出してくるとは思わなかった」

「ハンッ、どうせこんな状態じゃ、早いか遅いかの違いしかねェからな」

 

 もう少し落ち着くまで様子を見てから話を戻すつもりだったが、その考えは彼の言葉によって否定された。

 自ら聞く姿勢になってくれるのは都合が良いことではある。

 

 

「なら遠慮なく、本題に入らせてもらおうか」

 

 

 勿体ぶった言い方に、天井から捧ぐ光を見つめていた視線がぎょろりとこちらを向く。

 抵抗する力は残っていなくとも、その目に警戒を滲ませることだけはやめていない。

 強い意志を宿した瞳だ。ますます惹かれているのを自覚する。

 

 ふと、聞きそびれていたことが頭を過ぎる。

 思考が脇道に逸れがちなのは悪い癖だと認識しているが、どうにも治せそうにない。

 そして気になったことは確かめなければ気が収まらない性分だ。

 

「まず、キミ……名前は?」

「あ……?それが本題に関係あんのか?」

「ふふん、知ってた方が締まるんだよ。こういうのは演出が大切だからね。ほら、良いから良いから」

 

 てっきり始めに放った言葉が再び繰り返されると思っていたのか、一瞬拍子抜けしたような顔をする。

 実際その通りだったので、僕は誤魔化すように名乗りをせかして誤魔化す。

 それを受けた彼は、些か眉を顰め何事か文句を飛ばそうとしていたのか、口を開けたり閉じたりしていた。

 しかし、一つ息を吐いて少し迷った末に求められたソレを呟く。

 

「ルナード……〝ルナード・デイブレイク〟だ」

「良い名前だ。じゃあ、改めてになるけど……」

 

 立ち上がった僕は裸足のまま土間へと降りる。

 そして、五体なく倒れるルナードのそばで再び膝を曲げて腰を下ろし、見上げる彼の深い蒼の目を見つめ返す。

 

 僕は魔との『縁』と頑丈で自由に動かせる駒が欲しい。

 彼は比較的安全な場所で力を付けていく必要がある。

 利害は合致している。理屈は充分。

 ならば後は、僕が彼に歩み寄るだけだ。

 

 

 

 

「――()が欲しい。()と共に来い、ルナード・デイブレイク」

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