外法師『七理』はヒトデナシ   作:多々良徒夢

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第三十一話:全てが虫ケラで、俺だけが『人』で

 

 絵画、陶器といった美術品や、蝋燭が供えられた燭台など、上品なインテリアが飾り立てられていて、本来はヒトを暖かな気分に包んで出迎えるためにあるはずの玄関口。

 そんな場所は現在、内装の雰囲気とは全くもって不釣り合いな錆びた鉄の匂いが充満していて、不穏がこの場を支配している。

 

 

()と共に来い、ルナード・デイブレイク」

 

 

 視線を寄越せば、こちらへ手を差し出している〝カエデ〟という名のニンゲンの姿が。

 態々土間に降りてきて足裏を俺の血で汚しながらも、さして気にしたそぶりはない。

 

 焼き付くような夕色の光だった。

 相変わらず俺はただ見上げるだけで、やるせなさは月に憧れたあの日を想起させてくる。

 

「……冗談だろ。今の俺を見て、ンな寝惚けたこと言ってんのかァ?」

「本気さ。事を為すための意思は十分、荒削りだけど潜在能力はピカイチだ」

 

 無力な俺と、差し出された手。

 三百六十度ぐるりと観察されているような錯覚を抱かせる瞳に、何を犠牲にしても本懐へ向けて突き進まんとする危険で破滅的な香り。

 

「一度拳を交えた仲だからわかると思うけど、ボクはキミに足りない技術や知恵を持ってる。……ボクはね、キミという可能性の原石を磨いてみたいんだよ」

 

 理解した。これは『既視感』だ。

 あの夜始まった、出会いと因縁の全てが形を成して姿を現したのかと思ったほど。

 

「それから安心して。ボクの力をものにしても、その後の指南役には困らないよ。きっと、その可愛いらしい手足も治してくれる。――さ、入っていいよ」

 

 ギィ、と扉が開く音がする。

 豪奢な内装と殺伐とした雰囲気に相応しい重厚さを感じさせるものだった。

 それから、ブーツが石造りの床を打ち鳴らして、第三者がゆっくり近づく気配を感じる。

 

「ッ、そうか……テメェ……そういう、ことかよ……!」

 

 視界に影が差し込んだ。

 反射的にそれを作り出す元を辿ると、見覚えのある白銀と血塗れの瞳が映る。

 

「紹介しよう。こちらは『魔縁対策機関本部』『退魔一課』の長にして、外法師『七理』のパトロンでもある〝伊織圭〟さん。キミにとってはさっきぶりだね」

 

 つい先ほど俺の手足と力を奪ったその女が、再び俺の前に立つ。

 唯一の違いは、その手には殺意の刃を伴っていないこと。

 

「……この演出は必要でしたか?」

「ふふん、もちろん。野蛮な獣を従えるには、餌と立場関係を理解させなきゃだからね」

 

 この女が現れたことにそこまでの驚きはなかった。

 これだけお膳立てされた状況、作為的なものが何もない方が不自然だ。

 だからむしろ、納得感が先に来たぐらいだ。

 

「至極当たり前に、キミを無理やり頷かせるだけの用意はしてある。そんなボクが、キミに歩み寄ってあげている立場なんだってことを踏まえた上で、今からたった一つの未来を予知してみせよう――」

「(あぁ、コイツは……コイツらは、みんな同じなんだ……)」

 

 

 ――俺を弄んだ白黒の大魔族と同じ、ヒトの形をしているだけの『禍い』。

 

 

「キミは、この手を拒めない」

「こンの……ッ、ヒトデナシのクソ野郎が……!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 調度品と共に並ぶ掛け時計をチラリと確認すると、ルナードを巡った騒動からおよそ四半刻が経過した頃だった。

 魔縁対策機関(COER)本部に戻るには時間が足りないので、きっと圭は消えたルナードを追うと言って単身ここへ戻ってきたのだろう。

 実際、対象が逃げた場所にいるので職務は全うしていると言えるかもしれない。

 

 ……いや、やはり職務放棄に間違いはないか。

 家に外法師と、それを上回るほどの無法を働いた捕縛対象を招いているのだから。

 

「ヒトデナシ、ねぇ……そんなもの、外法師になった時点で今更だよ。自分の本懐を遂げるためなら外道だって走り抜ける。――キミだって、それを選んだろ」

「……っ」

「むしろキミの理論に則るなら、ボクはこの手を取るメリットすら用意する必要はないんだから、ボクってば優しいと思わない?」

 

 彼が求める強さのための指南も、退魔師に追われることなく魔縁との因縁を晴らすための環境も、全てを無視して無理やり首輪を付けて飼い殺しにすることはできた。

 

 同時に、それで終わらせるのは勿体無いと感じさせられた。

 

 先ほど本人に告げたように、彼は可能性を秘めた原石だ。逆境の中でも一切衰えず、むしろ一層強まっていくその貪欲な精神性には目を見張るものがある。

 確かに今は、何かを為したことも力もなく、石ころのように無意味で無価値で何も持ち得ないし、自ずから光輝くことはできずにいる。

 だが、独りで輝けないならば光を喰らってでも高みへ至らんと足掻く。そんな彼の在り方は、泥臭い『人』としての魅力が詰まっていて、どこか夜空に浮かぶ月のようにも思える。

 

 欲しい、と言った。それは間違いなく僕の本音。

 しかし、手に入れるだけでは足りない。今の彼のままでは意味がない。

 磨かれてあらゆる光を喰らってはじめて、彼には唯一無二の価値が生まれる。

 

 彼は僕と同じだ。

 僕にとっての楓眞が、彼にとっての強さ。

 楓眞が僕に教えてくれたように、今度は僕が彼に道を示してやろう。

 その先で、僕の終点――門浦家の『日常』のために、終点に辿り着いたルナードという『最強』を飼いならしてみせる。

 

「ボクはキミを肯定する。力とは、あるいは強さとは『自由』だ。ボクたちが日頃、虫ケラに想いを馳せることがないように、圧倒的な力と強さはあらゆる障害を無意味にする」

「強さは、自由……」

「選択を迫ることができるのは、いつだって自由な強者だ」

 

 僕たちは利害も意思も一致している。

 しかし問題は、彼が人を一切信用しないこと。

 今使い潰したくはないが、メリットを提示するだけでは彼は頷かない。

 

 この問題を解決するためには、僕が彼の思想に歩み寄る必要がある。

 彼が思う強者としての姿で振る舞う。

 

 ――彼、ルナード・デイブレイクとの対話は互いの強さの押し付け合いでのみ成り立つ。

 

 間違いなく、これも一種の対話の形だ。

 相手を想い、奥底で輝く生の意思を引き出さんとする儀式。

 僕にとっては力や強さも、言葉と並んで『人』を知るための対話の手段の一つでしかない。

  

「さぁ、これ以上の言葉は不要だよ。この手を取った瞬間、君は僕と共に魔縁を征服する旅に出る」

 

 僕はその言葉を最後に口を閉ざした。

 示すのは唯一、伸ばした右手のみ。

 

「【残心】」

「――!!」

 

 意図を察した圭が、ルナードの四肢を蝕む『祓魔』の神通力を一部解いた。

 その瞬間、彼の魔力がぶわりと広がって欠損した部位を包み込み、躰を為し始める。

 

 秒針が幾つか刻む間に、見た目だけは健全な五体が彼の元へ戻ってきた。

 天を仰ぐだけだった彼がむくりと身体を起こし、手のひらを開閉して具合を確かめる。

 それから、僕の視線を真っ直ぐ見つめ返して、差し出しされた手に視線を落とす。

 

 三者の息遣いすら響く静謐な空間は、流れる時間を緩やかに感じさせる。

 

「……」

 

 歪な魔縁の力によって取り戻した彼の右手が、恐る恐るといった具合にゆっくりと伸ばされる。

 その進路はもちろん、僕が前に差し出した手と重なる方へ。

 

「ふふ……」

 

 笑みが堪えきれず溢れ、口端と目尻が歪んでいくのを自覚する。

 

 だが、それも仕方のないことだ。

 彼を手に入れた瞬間に、砂漠の中から一粒の砂金を探すようにすら感じ始めていた作業に大きな進捗が生まれるのだから。

 それだけに留まらず、将来的に〝灼呪〟を討ち破るための大きな戦力にもなり得る。

 

「(楓眞、また一歩そっちに近づくよ。もう少しだけ待っていてくれ。僕が、お兄ちゃんが必ず君たちを救い出して、あるべき『家族』の日常を取り戻――)」

 

 

 

 

「――ハッ!やだねッ!!」

 

 伸ばした僕の手が、強く弾かれた。

 予想外の衝撃に呆気に取られ、後ろ向きにバランスを崩してしまう。

 見れば、ルナードが僕の手を打ち払う姿勢になっている。

 

「は……?」

「テメェらは……!!」

 

 それから、自分で打ち払ったはずの僕の右腕をがしりと掴んで胸元に引き寄せる。

 事態への理解が追いつかないうちに、重心が後ろへ前へと移り変わったことで慣性に逆らえず、彼の硬い胸板に鼻から衝突する。

 

 そんな痛みを堪えて、こんなバカな真似に走った下手人を見上げると、ぐっと顔を近づけてこちらを見下ろし、啖呵を切ってくる。

 

「テメェらは、俺の踏み台だ!!ぐ……ッ、仲間になんぞ、ならねェ……!!懇切丁寧な指導とやらも、退魔師に追われねェヌリィ環境もいらねェ!!ただ、踏み台らしく……ッ……利用するだけ、利用してやんよォ!!」

「ッ、この、(ケダモノ)が……!」

 

 思わず、楓眞らしくない口調で悪態を吐き捨ててしまう。

 だが、言われた本人は脂汗をかきながらも不遜な笑みを崩さない。

 

 圭が神通力を解除したのは四肢という身体の一部で、『祓魔』は未だルナードの体内を蝕んでいる。

 当然、圭が操作して活性化すれば、魔力と同化している彼は魔族と同様に苦しむことになる。

 その事を自覚した上で、このような強行に出るとは……彼の精神性を些か甘く見積もっていたと言わざるを得ない。

 

 そして、危険だ。

 逆境の中で己の意思を一層燃え上がらせるその精神の強さは、彼に無謀な行動を取らせる危険性も孕んでいた。

 

 チラリと、ルナードのその奥へ視線を送る。

 そこでは圭が銀剣を手にして、ルナードの首筋に当てていた。

 僕もまた、いつでも彼の首と頭を『門』で抉り取ることができる間合いだ。

 つまり、彼が僕に何か害を齎さんという意志が働いた瞬間、いつでも処分できる。

 

(ケダモノ)ォ……?ハッ、それこそ今更だ。テメェの言ったように、どんな障害もぶっ壊すための『力』だけが俺の存在を認める。――そんなケダモノとしての生き様こそが、この俺だ!!」

「……!!」

 

 ギラギラと、まるで野生の捕食者の如き血走った瞳が僕だけを映している。

 そしてさらにその奥底にある彼の本質を垣間見て、思わずハッとさせられた。

 

 そうだ、僕はこの引き摺り込まれるようなドス黒い輝きに魅入られたんだった。

 

 決して真っ当なものではない。

 僕の想定よりも遥かにイカれていて、楓眞たちのような純粋な輝きとは異なる。

 だが、これもまた、一つの『人』の在り方には違いない。

 

 気づけば僕は、空いている左手で圭に指示を送っていた。

 

 

 ――神通力も剣も、全て取り下げるように。

 

 

「俺はテメェらの『強さ』を勝手に喰い荒す。その代わり、平らげるまでは精々俺のことは好きに使えばいい」

「……確かに、ボクたちにはその方が健全かもね」

「ハッ、そォいうことだ。そんで覚えとけ、いずれ必ず成ってやる――」

 

 

 

 

「テメェら全てが足元を這う虫ケラで!!どんな生命も尊ぶことのない、絶対的な強さを持った世界でただ一人の『人間』になァ!!」

 

 

 

 

 その言葉をもって、外法師『七理』へ新たなメンバーとして、『ヒトデナシの(ケダモノ)』――〝ルナード・デイブレイク〟が加入することとなった。

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