ケーキ同好会でも、プログラミングは必須スキルです! 作:蒼(DPD)
ケーキ同好会1
その日は、春の始まりにしては少しばかり暑い日だった。
高校の創立記念碑のそばに腰を下ろして、木陰で涼むことにした。
グラウンドに降りていく新入生の集団を眺める。友達を誘って部活動体験に行くのだろう。
グラウンドの隅は、上級生の部活動を見学する新入生でにぎわっていた。
その世界は、私にはあまりにも遠いものだった。
「どうしたの?」
いつの間にか、私の横に小さな女の子がいた。私が一人で座っていたからか、心配して声をかけてくれたのだろう。
「暑かったので、涼んでいたところです」
特に理由があるわけではなかったが、何とかそれらしく答えた。彼女は私の横に座る。
「新入生だよね。名前は、なんていうの?」
「
「ゆいちゃん!素敵な名前だね!」
「私のことは、ひまり先輩って呼んでね?」
彼女はすれ違う人一人一人と挨拶を交わしながらも、私を気にかけてくれているようだった。
「部活動体験、行った?」
「何個か。でも、どれも私には合わなかったです」
「そっか」
彼女は、少し申し訳なさそうな顔を見せた。
「私も、ここ好きなんだ」
グラウンドにいる生徒たちの声ははるか遠くに聞こえ、時間がゆっくりに感じられた。
しばらくの後、彼女は何かひらめいたかのように、急に立ち上がった。
「もう帰る時間だったりするかな?」
「別に、大丈夫ですけど」
桜の花びらを躍らせる新しい風が、何かの始まりを予感させた。
「もしよかったら、私の部活に遊びに来ない?まだ人が集まってないから、本当は同好会なんだけどね」
私が困っているのを見て、彼女は私が決断をするのに十分な情報がないことに気づいたようだった。
「よし、私の好きなスノーボールクッキーを一緒に作ろう!絶対おいしいから!先輩が保証します!」
誘いに乗ったのはほんの気まぐれだった。
「じゃあ、ゆいちゃん、はやく行こう!」
彼女は私の手を取って、走り出した。
今思えば、この日が私の人生の分岐点だった。
●
「ひまり先輩、部室ってどこにあるんですか?」
「一番奥のところだよ」
ひまり先輩は私の手を取って廊下を進んでいく。
個性豊かな部活動の部室に、ここでも新入生が幾人か集まっていて、部活動体験をしていた。
「哀ちゃん!スノーボールクッキー作ろ!」
ひまり先輩が勢いよく扉を開けた。部室は、今まで見てきたそれらとはずいぶん様子が違っていた。
電気もついていない。まだ昼間なのに薄暗い部室のカーテンはさわやかな風に揺れている。
部室の真ん中にある机には、女の子が突っ伏して寝ていた。
その女の子は開く扉の音にゆっくり顔を上げ、やっと来たかといった目でひまり先輩を見た。
「あ、ひまちゃん帰ってきた。
ひまちゃんがいつまでも帰ってこないから見学の子みんな帰っちゃったよ」
「えー、そうなの?」
「そう。で、後ろの子は?」
彼女は私を見て、ひまり先輩に尋ねた。
「あ、紹介するね!さっき仲良くなったゆいちゃんだよ!」
「初めまして、灰崎 ゆいです」
「どうも」
彼女は小さく会釈した。つられて私も会釈を返す。
「ほら、哀ちゃんも自己紹介して」
「
クールな印象の子。ひまり先輩と正反対みたいな感じだから、びっくり。
「私ちょっと準備してくるから、ゆいちゃんはここでゆっくりしといて!」
返事する間もなくひまり先輩は部室を出ていった。
立ちすくんでいると、哀先輩がこっちおいでと手招きする。私は哀先輩の横の丸椅子に座った。
「で、ゆいちゃんはひまちゃんに捕まって来たわけだ」
「まあ、確かに?そんな感じですね」
「他の部活とか見ないで大丈夫?今こっそり帰ってもいいよ?」
「いえ、ほとんど見終わったところだったので」
「そう」
彼女はゆっくり起き上がった。
「じゃあ、うちの同好会の見学していってくれるとありがたいかも」
●
高校生活最初の、記念すべき授業は国語だった。
私は本の読み方がどうとかいう文章が書かれたページを開いて、窓の外の桜が散っていくのを眺めていた。
現代文ってコミュニケーションが下手な人が書いたみたいな文章じゃない?
高校生が読んですぐに内容が分かる文章じゃないと、他人が理解できない自己満足の文章だよ。
でも現代文の先生が面白いので許す。初回から授業をしたのは許さない。
次の授業は情報I。パソコン室に向かおう。
......さて、パソコン室はどこだろう。
人に聞くのは気が引けるので、教室を右に出る集団についていくことにする。
あなたもコミュニケーションが下手じゃないですかって?ソンナコトナイヨ。
後ろをついていっていることをばれないように教室を出ると、みんな隣の教室に入ってしまった。
教室から出てしまったから、もう一度教室に入るのは気が引ける。
......よーし、いったん右の方にいって、そっちになかったら左に行こう。
廊下に出てしばらく進むと、途端に人がいなくなった。
やっぱりこっちじゃなかったかも。
いったん教室に戻って、出ていく誰かについていこう。それがいい。
そうして教室に戻ってきたら、赤い髪の女の子が一人ちょうど出ていくところで、他には誰もいなかった。
「あれ?」
つまり、教室に入る私と真正面から向かい合うことになった。
「さっきも教室の前通ってたよね......もしかして、パソコン室の場所が分からない?」
赤い髪の子は首をかしげて言った。
「はい......」
「ははは、変なの」
赤い髪の子は最初笑いをこらえようとしたが、すぐ耐えきれなくなった。
思い出した。確か、名前は
「じゃあ、一緒に行こ!」
私は小さく頷いた。
「ゆいちゃんはさ、部活どうした?」
「えっと、ケーキ同好会ってところにしたよ」
「何それ、めっちゃ楽しそうじゃん!」
桜井さんは目を輝かせた。
「私は、ほんとはロボ部に入りたかったんだよねー」
私は哀先輩が言っていたロボ部の外聞をふと思い出した。
「なんか、ロボ部って危険な部活らしいね」
「そうなんよ、だからちょっと止めとこうかなーって思っちゃった」
「部活動でロボ部のオーブンでクッキー焼いたんだけど、私がダイアル回したら爆発したの」
「え!?」
そんな話をしていたら、パソコン室に到着した。
桜井さんは別の子に呼ばれて行ってしまったので、私は後ろの方の空いている席で適当なところに座った。
情報の授業はすぐに始まった。
情報の担当の先生は今年から授業を割り当てられたようで、プログラミングは初めてらしい。
話を聞くと、誰も生物の授業を取らないから授業が無くなってしまって、
学校が目をつけて未経験の情報の授業に割り振られてしまったらしい。
先生も災難だね。
先生も教えようにも教えられないので、動画サイトの教材を見ながら
先生も含めたみんなで問題を解く......というスタイルの授業にするつもりらしい。
この授業で使うプログラミング言語の教科書をなんとなく開いてみた。
この教科書あまりにも分厚いけど、未経験の人たちだけで大丈夫かな。先が不安になった。
●
「ゆいちゃん、おつかれ!」
部室に入ると、ひまり先輩がカップケーキを食べていた。
「カップケーキ好きなのどうぞ!」
「チョコの方もらいますね」
ひまり先輩の横に座ってチョコカップケーキを受け取ると、ひまり先輩がにこにこしながら自分の分を食べている。
学校でケーキを食べられるなんて、ケーキ同好会に入部した甲斐があったね。
「情報の授業、始まりましたよ」
「いいなー、私の代から初めて欲しかった」
情報Iの授業は、ひまり先輩イチオシの授業らしい。
ひまり先輩は受けたことがないはずなのにな、と不思議に思った。
「先生プログラミング初めてらしいです」
「先生という職業は大変なのだよ、ゆい君」
カップケーキを食べながらなんでもない話をしていると、学校で起きたことが下界の話のように感じてきた。
......ははは。自分でも何言ってるのか分かんないや。
「次回までに文字を表示できるようになっておきたいんですけど、教科書が分厚すぎて
先生含めみんなで絶望しているんですよね、これです」
「Pythonだ!」
とひまり先輩は目を輝かせて言った。
「入学してすぐにPythonをするんだ、いいなーー」
「ぱいそん?」
「その本のプログラミング言語の名前だよ」
ひまり先輩が二つ目のココアカップケーキに手を出した。あと2、3個しかないけど、
哀先輩が来たときに先輩の分は残っているんだろうか......いや、ない。
「ゆいちゃん、私がPython教えてあげようか?」
ひまり先輩が自分のリュックサックの中からノートパソコンを取り出して、私の横に座る。
「ひまり先輩はプログラミングできるんですか?」
「んー結構自信ありだよ!」
ひまり先輩はガッツポーズをした。
「print("表示したい文字")って書くと表示したい文字が出せるよー、こんな感じだね」
print("こんにちは!")
「実行してみるとこんな感じになるよ」
ひまり先輩が画面の黒いところに文字を打ち込んで、エンターキーを押した。
>python hello.py
こんにちは!
確かに、黒いところに「こんにちは!」と表示されている。
ひまり先輩ってプログラミング得意なんだ。
いつもの感じとギャップがありすぎて想像できないな。
「先生が昔プログラミング勉強したときはすごい難しかったって言ってたから、
もっと難しいのかと思っていました」
「Pythonは簡単な部分は短く書けるから、とりあえず動かしてみる分にはベストかも。
C++とかはプログラミング初めての人に教えると嫌な顔されるんだよねー」
しーぷらすぷらすとは?新しい言葉の連続に私は戸惑った。
「では、ゆいくん、何か質問はないかな?」
ひまり先輩が大学教授の真似をして言った。
「この黒いところに文字を打つのはどういう意味なんですか?」
「この黒いところはね、ターミナルって言って、パソコンに命令を出すところだよ」
「命令?」
「そう。いつもはダブルクリックでこのプログラムを実行してくださいーってしてると思うけど、プログラミングだとよくターミナルで命令するんだよ」
「なるほど......」
なんでそんなことするんだろう。
「じゃあ、演習問題出しちゃおうかなー」
「え」
「よし!決めた!print()を使って何か面白いものを画面に表示してください!」
「面白いものの判断基準は?」
「私が面白いと思ったら合格!」
プログラミングには笑いのセンスが重要らしい。
いや、そんなわけないよね。仕方ないので考えましょう。
面白いものといったら何だろう。
...ひまり先輩かな。かわいくしてごまかしとこ。
print("(੭ ›ω‹ )੭⁾⁾♡❀.←ひまり先輩")
「なにこのかわいい生き物」
「ひまり先輩です」
「本当?ラインのプロフィールに設定してもいい?」
「ど、どうぞ」
ひまり先輩がスマホの画面を見ながらにやにやしている。かわいい。