ゼーリエというエルフの女性をご存じだろうか。
人類史におけるなくてはならない存在・大魔法使いフランメの師匠。「大陸魔法協会」の創設者。地上で最も女神に近い魔法使い。歩く魔導書……世間は彼女に様々なイメージを持つ。
無論、僕も彼女に対しては先ほど述べたとおりのイメージを持っていた。
だけど、ゼーリエさんは意外にも親しみやすい人だった。世間から見ても非凡と言われるような才能もない僕だけど、彼女とはどこかウマがあった。そのうち、ゼーリエさんとデート……彼女の言葉を借りるならば逢瀬を重ね、僕とゼーリエさんは互いに恋人と呼びあえる仲になった。
大陸魔法協会オイサースト支部、その建物内にて。
窓から入る太陽光をチラチラと反射させる亜麻色の髪を腰まで伸ばすエルフ――ゼーリエさんはゆっくりとした所作で紅茶に手を伸ばした。
ふぅ、と一息置いた後、彼女は言葉を投げる。
「今日お前の家に泊まりに行くがかまわないか?」
「別に構いませんが、お弟子さんとの時間を過ごしたりされないんですか? ゼンゼさんとか」
「いつでも過ごす時間はある。それより、お前との時間の方が私には重要だ」
紅茶のカップを受け皿に置き、外の窓を見る。
可愛いというより綺麗という言葉が似合う横顔だ。
「また夜に会おう」
そう言い、彼女は席を立ち部屋を出て行った。数分ゆっくりと紅茶を楽しんだ後、僕も彼女を迎える用意をすべく魔法協会支部を出た。
夜の帳が降り、天上には満天の星空が煌めく。
約束通りの時間にゼーリエさんは現れた。扉を開け彼女を迎え入れると、彼女は本棚から適当に選んだ本を一冊手に取るとベッドの上で座り
読む。
集中して本を読む彼女を尻目に、調達した野菜や肉を使い夕飯を作る。今日は何にするべきか思案していたところ――
「今日の私はシチューの気分だ」
ページを繰りながらゼーリエさんが言った。
彼女からのお達しであるならば、そうしなければなるまい。
以前彼女の気分に反した物を作ったところ一週間は拗ねてしまったことがあり、彼女の髪の長い無表情のお弟子さん――ゼンゼさんに「どうにかしてくれ」と言われてしまったことがある。それ以降、極力僕は彼女の気分になるべく沿うようにしている。
「丁度読み終えたところだ。今日は私も手伝ってやろう」
パタンと本を閉じ、ベッドの上に置いてこちらへ歩く。
「え゛っ……今日も仕事でお疲れでしょうし、ゆっくり休んだ方が……」
「問題ない。今の私にはどんな料理も美味しくなる魔法がある」
ゼーリエさんはそう言うと、ムフー、と聞こえてくる表情でこちらを見上げる。
彼女が手伝ってくれた料理は、こう……独特な表情を見せてくれる物に仕上がってしまう。
メシマズという訳では無い……そう、決して。
「そ、それじゃあ一緒に頑張りましょうか」
「あぁ。大魔法使いの名にかけて最高の逸品を作り上げよう」
そこまでするのか、と心の片隅で思いながら彼女の背後に立つと、その白い手に僕の手を添える。
まずは包丁の握り方から教えよう。そう思い意識を集中させる。
彼女が聞き取りやすいよう頭をその長い耳の横まで持っていき、煩わしくないように小さな声量で細かく指示を出していく。
彼女の方をチラっと見ると、両頬と長く尖った耳の先がほのかに朱に染まっていた。
何とかシチューが完成した。
それを盛り付け、パンを添える。前で手を合わせ女神様へ祈りを捧げ、いざ実食。
スプーンでスープと具を掬いあげ口へ運ぶ。
……美味しい。ちゃんとシチューの味だ。
「……お前が今まで思っていたことは不問にしてやる」
「は、はは……」
「それと、だ。お前、あんなことは私以外の女にやるなよ」
あんなこと? どんなことだろうか。
兎にも角にも、彼女と作り上げたシチューに舌鼓を打つ。
美味しいなぁ。これならまた一緒に作ろうかなぁ。
大切に大切にスープと具材を食べ進めていくのだった。
続きます。