ゼーリエさんが持つ魔法の知識を本に起こし、それを他者へ渡すことで魔法を譲る魔法、
僕の家にあるベッドを占領するように大の字で寝転がり、その体勢で本を読んでいるゼーリエさん。彼女が読んでいるのは魔王を倒し世界に平和をもたらした勇者様御一行の冒険譚。
彼女の魔法
紙がすれる音が部屋を走り続ける。
「おい」
本を読む。
そういえば、あの黒髪の一級魔法使い様……ファルシュ様のおっしゃった「魔力の欠片もない」とはどういう意味だったのだろう。
もしや、僕には魔法の才能がないのかな。それは嫌だなあ。
「なあ、おい」
この魔法は見たことない花は出すことができないらしい。困ったな。
ぺら、とページを繰る事に魔法とは何かが理解できるようになっていく気がした。
「おい。聞いているのか?」
次のページをめくろうとしたとき、ずい、と亜麻色の髪が視界を覆いつくす。
心なしかフローラルな香りが鼻をくすぐる。
声の主が読んでいた魔導書を取り上げ、代わりとばかりにドカッと膝の上に座る。
「さっきから散々声をかけているのに無視とはいいご身分だな。魔導書なぞ私の眠っている間に読めばいい」
顔をこちらに向かぬまま彼女は言う。
貴女も普段読書しているのでは、とは喉元まで出かかったが何とかこらえる。言い合いで彼女に勝てるイメージが湧かない。
ちら、と彼女の顔を覗き込む。
ゼーリエさんはにやにやと笑みを浮かべていた。子どもが悪いことを思いついたような笑みだ。
「あぁ、悲しいなぁ。この悲しみを誰かに癒してほしいなぁ」
普段の口調とかけ離れた声で彼女は言った。
凛々しい声を可愛らしい声へ変え、あざとく目じりに涙を浮かべながら、しかしどこか「これをすれば僕でも構ってくれる」という魂胆が覗く。
せっかくの機会だ、少し日頃の仕返しをしよう。
羞恥心に染まり朱色のゼーリエさんの顔を一瞥し、何事もなかったように彼女に取り上げられた本を取り開く。
彼女を膝の上からどかし、ベッドに座らせる。僕はその隣に座った。
不敵な笑み(当社比)を浮かべながら彼女へ言う。
「つまり、ゼーリエさんが言いたいことは?」
「構え」
「うん、よく言えました」
一瞬で、さらに言えばかぶせるような返事を受け少し面喰う。
冷静を装いながら彼女を誘導するように軽く自分の膝を叩いてやれば、彼女は何も言わずその小さな頭を乗せた。
「すまなかった」
「何も謝らなくていいですよ」
手入れの行き届いたきれいな亜麻色の長髪を手で梳きつつ、ふと湧いた疑問を彼女へ投げかける。
「僕、魔法が使えるようになると思いますか?」
「なるだろう。派手な攻撃魔法は使えずとも、お前が望んだ魔法程度はな」
一拍置いて彼女は続ける。
「だが、一日に一度きりだ。それ以上使えば魔力切れで一週間はろくに動けん」
大魔法使いのお墨付きと来た。悩みも憂いも何もない。
「きれいな花畑を出す魔法だけでも、ゼーリエさんを超えます」
「やってみろ」
そういうと、彼女は双眸を閉じた。
♦♦♦♦
魔法はイメージの世界だ。
勝てるイメージが強大になるにつれ魔法使い同士の戦いは差が生まれてくる。
私は今日まで魔法使いに勝てないと悟ったことはないだろう。
たとえ魔法の部分ではすべて勝っていたとしても、彼の掌の上で転がされることをよしとしている私がいる。
「……」
すっかり夜も更け、彼は隣で深く睡眠の谷に落ちていた。
他の存在へは湯水のようにかつイメージは湧いてくる。他もそうだ。魔王直下の七崩賢だろうと、それは変わらない。
のんきに眠る彼の魔力を見る。
彼の周りを薄く弱々しく魔力の輝きが纏い天へ伸び続ける。
だというのに、私はこいつへ対し自分が勝負にならないことを知っている。
今日の昼がいい例だ。意趣返しにいつもと違う声色で彼の注意を引こうにも、容易くそれを受け流す。さらに反撃までされようものなら、私になす術はない。
「今まで私に勝てないと思わせたのはお前が初めてだ」
誇れよ、とだけ付け加える。
しかし、今日の彼の態度は気に入らない。
私といるときは……恋人らしいことをしてほしい。
たとえそれが身勝手な願いであろうと、私はそれを願わずにはいられない。
私の心にも、独占欲というのが少しづつ芽生えているのだろう。
「女だな、私も」
彼との距離を縮め、抱き着くように眠る。
顔が熱い、身体が熱い。耳が熱い。どこも熱い。でもどこか心地いい。
のんきに眠る彼への意趣返し、と言わんばかりに唇に自分の唇をそっと合わせる。
彼は照れるだろうか? 損事を考えることにも心が躍る。
魔法も知り尽くし、知的好奇心が損なわれかけていた今までの人生とは大きく違う。波乱万丈な人生がきっとこれからも色鮮やかに、そして鮮明に記憶されるだろう。それが心の底から楽しみでならなかった。
いい夢を見よう。幸せな、いい夢を。
いや――夢のような現実を。
続きます、ネタのある限り。