若干人によっては苦手意識があるかもしれない恐怖シーンがあります。ご留意ください。
原作を13巻まで読み直しました。セリフを読んでいると、魔法は特に区切りが無かった見たいです。修正しておきます。
「出張だと?」
「そうです。仕事の関係でグラナト伯爵領まで出張になってしまって」
日も暮れかけた頃、自宅にて。
近くの戸棚や浴室から必要なものを出張用のカバンへ纏めながらゼーリエさんへ言葉を返す。
彼女は窓沿いに置かれたベッドに腰かけながら足を遊ばせている。
僕は仕事柄出張が多い。最近は魔族の残党が北部の情勢が悪化しているため出張こそ少なくなり、事務仕事が増えている。関所も一級魔法使いの同行無しに通れない場所も増え始め、勤め先の会社も一級魔法使いを雇うだけの金はないためにこうして落ち着いた休みだった訳だが、遂に仕事が舞い込んでしまったようだ。
場所はグラナト伯爵領。噂によれば、魔王軍の残党と今も戦っているらしい。
会社は何故そこへ出張を命じたのだろう。正直行きたくない。
「お前、自衛手段はあるのか?」
「ないです」
ないのか……とゼーリエさんは遠い目になりながら言った。
彼女はならばと前置きすると、
「私が同行する。その方が安全だ」
持ち上げた手のひらに防御魔法の術式を展開しながらそう言った。確かに彼女がいれば百人力どころか万力に等しいが……
「確か試験の打ち合わせがあるのでは?」
「それはどうとでもなる」
「レルネン様がまた頭を抱えてしまいますよ。今回こそは会議に出席なさってください」
僕がそう言えば、彼女は今まで見た事がない嫌そうな顔をうかべる。
そんなに嫌なのか……
「それに、道中は腕利きの冒険者さまが護衛してくださるので大丈夫ですよ」
「そうか」
「お前の身に危険が迫ったなら、花畑を出せ」
言うだけ言って、彼女は夕日へ目を向けた。
それ以降、その日の会話はなかった。
翌日、夜闇がまだ明けきらない早朝。
まだ眠っているゼーリエさんを一瞥して、前日まとめた荷物を手に家を後にする。
冒険者方との合流地点へ向かう。既に彼らはそこに集まっており、会社が手配した馬車に乗り込んでいた。
彼らは斧や剣をそれぞれ携えている。鍛え抜かれた肉体に、顔に刻まれた数々の傷。彼らが歴戦の
彼らへ挨拶を済ませ、馭者さんへ挨拶する。少し後、
ガタガタと街道を沿うように馬車は進む。やがて日が何度か昇り沈みを繰り返した後、遂に見えてきたのは枯れた木々が城壁の周りを覆う街――グラナト伯爵領。
冒険者方と別れ、打ち合わせまでの時間で腹ごしらえするべく街を歩いていく。
「おじちゃん、これいくら?」
「ああ、それは――」
パンを買い、食べながら散策していく。
街中には衛兵が見回りしており、常に目線を感じる。
……何やら大道が騒がしいな、野次馬しに行こう。
城門から街中へ伸びる一本道。その中央で、衛兵に囲まれ取り押さえされている雪のようなツインテールの少女がいた。傍らには藤色の髪の女性、燃える赤髪の男性が立っている。
取り押さえられている少女を見つめる、二本の角を生やした貴族服の男性が言葉を投げる。
「冷静で殺意の籠もった、冷たい目だ」
少女は変わらず彼を見つめる。
「私たちを憎んでいるこの街の住民でさえ、私を見るときは怯えながらも『人を見る目』をしている。だが、君のその目は、まるで猛獣でも見ているかのような目だ」
「実際にそうでしょ? お前達魔族は人の声真似をするだけの、言葉の通じない猛獣だ」
少女がそう返すと、魔族と呼ばれた彼は少し黙る。
後ろに立つグラナト伯爵が衛兵に声をかけ、少女が彼らによって連れていかれる。それを見届ければ、野次馬は各々の来た道を戻っていく。
僕もそろそろ打ち合わせが始まる頃合いだ。仕事場に行こう。
月が大きく輝く深夜。早めに帰ろうと宿を出る。
深夜便が確か一本だけ出ていたはずだ。それに乗ろう。
乗合馬車の停止位置まで進んでいく。
……やけにグラナト伯爵邸や城塞付近が騒がしい。蒼白い光線が伸びては爆散し、新しく何度も伸びていく。
魔法使いがやり合っているのだろうか? 攻撃の規模によっては巻き込まれかねない。
停止位置まで走るが、そこに乗合馬車はない。
張り紙が一枚、臨時休業とのみだけ書かれている。近くの森では衝撃音がこだまし夜空に響く。
「怖いなぁ……」
一人つぶやき、宿へ戻ろうとする。
しかし、僕の足は動かなかった。まるで金縛りにあったように、恐怖のせいで足が
酒を飲んだあとの千鳥足みたく、上手に足が動かない。
やがて、ガチャ……と背後から音が聞こえた。
歩いたときの振動による、鉄製の鎧が擦れる音だ。不気味な金属音はなおも迫る。一歩、二歩と音が近づく度、恐怖は肥大化していく一方だ。
音が止む。代わりに、ぐおおお、とぎこちなく何かを振り上げるような音が飛び込む。
震えながら振り向けば、大剣を振り上げ今にも僕を殺さんとする首なしの鎧――七崩賢、断頭台のアウラの支配下にある不死の軍勢の兵がいた。
「うわぁ、ぁ、ぁぁあああ!!」
恐怖により叫びながら城門の外へ走り出す。
振り下ろされた大剣は舗装された道にヒビを作り、僕を構わず追ってくる。
城門を出て、草原に走り出すがしかし、足がもつれすぐにコケてしまった。
ゆっくりゆっくりと迫る首なしの鎧。まるで死までのカウントダウンのように歩みを刻みなお進む。
後ずさりながら、思い起こされるのは過去の記憶。光のように速く流れていくが、一つ一つが脳裏に先程起こったことのように鮮明に記憶される。
去り際、ゼーリエさんの言葉を思い出す。
『お前の身に危険が迫ったなら、花畑を出せ』
まだここで死ねない、死にたくない……!
手を前に出し、目を閉じてイメージする。恐怖の中、希望のように咲く満開の花、中で綺麗に微笑む愛しい人を。
目を見開くと、すぐそこには首なしの鎧。
足元にぶわっと広がる色とりどりの満開の花畑。それを踏み荒らしながら鎧は大剣を持ち上げた。
「ごめんなさい、ゼーリエさん。最後に一度だけ、貴女と話したかった――」
自分の身を襲うであろう死へ至らせる剣戟、それを覚悟し目を閉じた――が、終ぞ剣戟が僕の身に振り下ろされることは無かった。
「良かったな。存分に話せるぞ」
威厳を感じる声。後ろから聞こえるそれに思わず振り向くと、そこには愛しい人――ゼーリエさんが立っていた。
僕の周りに展開されているのは蒼白の防御魔法。六角形がそれぞれと繋がり合い、剣を妨げていた。
「遅い。もう少し早く出せ」
「ゼーリエ……さん……」
「後で退職届書かせるから覚悟しておけ」
優雅に笑い、鎧に目線を移す。
森の奥の方へ視線を向けると、彼女はつぶやく。
「そこにいるな、フリーレン?」
彼女に首根っこを掴まれた鎧がふわっと浮かび上がる。同じように飛び上がると、右手を一閃した。その勢いに乗るように、鎧が月に向かって吹き飛んでいく。
吹っ飛ぶ鎧を尻目に、彼女はゆっくりと降下する。
やがて花畑に足をつければ、その衝撃による優しい風が花を撫で、ぶわっと花弁が空へ舞い上がる。
大きな月と色とりどりの花弁を背にこちらを見下ろすゼーリエさん。
控えめに言って、それはまさしく、
「女神さま……」
「お前にとっては女神だな。それより、ほら」
彼女が手を差し伸べる。
それを握ると、彼女が浮き上がると同時に僕の身体も浮き上がっていく。
「帰るぞ」
荷物を手に持ちながら、彼女の飛行魔法に身を委ねた。
後日、会社に退職届を提出した。
◆◆◆◆
彼が出張に行くと言い出した。
場所はグラナト伯爵領。魔王直下の大魔族……七崩賢、断頭台のアウラ率いる不死の軍勢と戦闘中の街だと聞く。
そんな危険なところに行かせられん。すぐにでも取り消せと声をかけるが、
「ごめん……会社の命令は絶対なの……」
と言って聞かない。
彼が敬語を崩すときは余程嫌なことや逆らえないことなのだ。
ここしばらく北部高原の情勢悪化ゆえに中々仕事がなかったようだが、ついに舞い込んでしまったと嘆いている。
魔族など何するかわかったものでは無い。
ならば、と同行を申し出るも、冒険者に護衛を頼んであると断られた。
「お前の身に危険が迫ったなら、花畑を出せ」
そうすればお前を魔力探知できる、と付け足す。あいつはそれを聞いていなさそうだが。
翌朝、私が起きると既にあいつはいなかった。
隣の温もりも冷えきっていたため、余程早朝に出ていったのだろう。シーツを撫で、多少の温もりを感じる。
「……行くか」
重い腰を上げ、服を着替える。
…………心配だ。なんともないといいが。
そう思いつつ、支部へ足を運んだ。
「ゼーリエ様、今日も上の空?」
「思っていたとしても言わないことだ」
「ゲナウ、ゼンゼ」
レルネンが彼らを制す。
私は最奥の玉座に座し、足を立て頬杖を着いた。
傍に控えるのは一級魔法使いたち。
彼らは私へ目を向ける。いつも通りに見えるが、どこか心ここに在らずの様相なのだろう。
ゲナウは言葉をこぼす。
「まぁ、恐らくは恋人関係だろう。彼氏さんがどっか行って心配でならないといったところか」
「さすがゲナウ」
「全くこいつらは……」
真っ直ぐな物言いに思わず私は笑ってしまう。
議題であった今年の一級魔法使い選抜試験の試験官や内容についての擦り合わせも終わった。
夜も更けてきたな。早めに帰って寝よう。そう思っていた矢先の事であった。
彼に掛けた魔力探知が反応した。微弱ながらゆっくりと歩いている。恐らく、不死の軍勢だろう。
飛行魔法を用い、全速力で飛ぶ。限界を超え、音速に近い速度で飛行していく。目まぐるしく移り変わる景色の中、程なくしてグラナト伯爵領近郊――彼がいる場所へ到着した。
首なき鎧が命を奪う剣が振り上げられており、彼は諦めていた様相だった。足元の花が天国に咲く花と見紛うほど、幻想的であったとともに、残酷な魔族の行いをより強調している。
防御魔法を展開する。彼を守る防御魔法。それを全面に展開にすれば、物理だろうが魔法だろうが全てを跳ねのけ彼を守る。
……間に合った。間に合った。良かった、間に合った。
安堵のため息が漏れる。
彼へ声を飛ばすと、勢いよくこちらを振り向いた。
頬を伝う涙、安堵の表情。絶望が希望に染まる顔。
……大好きな、私の彼の顔がそこにある。
「良かったな。存分に話せるぞ」
エルフには人を愛する心、感情の起伏が少ない。長寿故に愛した人に置いて逝かれることが多く、深い悲しみを覚えることを否定した進化の形だ。
私も無論その一人。その事は受け入れている。何千年と前からの私たちの形だからだ。
しかし、エルフとて人類。少なかれど喜怒哀楽は存在する。そして、彼に出会っていなかったら知らなかった感情や得られなかった経験が数多くある。
それを奪われる恐怖が何よりも怖く、恐ろしい。
「女神さま……」
ああ、そうだ。私は地上で最も全知全能の女神に近い。
だが、それ以上に、私は彼の唯一無二の女で居たいと思うのだ。
大魔法使い? 女神に近い? それよりも、彼と一秒でも長く居たい。
私に魔法以外の事を多く気づかせてくれた彼の隣で、私は微笑み、そして言った。
「帰るぞ」
……彼と出会ってよかったと、そう心の内から思うのだ。
ここまで4484文字。
伯爵領のフリーレンとリュグナーの会話は原作よりそのまま抜き取っています。
まだ続きます。そろそろネタも切れかけていますが。