私は単行本でストーリーを追っているため、最新話等は読んでいません。
この作品の本編も14巻までは進めようと思います。
一級魔法使い選抜試験が来週へ迫り、街中には魔法使いの装いをした人々が増えつつある。
通い詰めのパン屋や書籍店にも冒険者が通い始めており、中々どうして甘いパンを買うにも並ばねばならなくなった。
ケーキ屋もその一つだ。今日は一日限定スイーツの販売日だと言うのに、列は大通りまで出ている。ギギギ……とハンカチを噛みながら、長蛇の列の最後尾に並ぶ。あと何時間待てば買えるんだ……?
山から見えるか見えないか、それ程の高さにあった太陽がもう天上へ昇った頃、この手には一日限定スイーツが握られていた。
ルンルンとスキップをしながら家へ向かう。
ゼーリエさんと共有しよう。
「食べます?」
「紅茶を用意しろ」
意外とノリノリだった。
ケーキにはイチゴを筆頭にメロンやブルーベリーも乗っており、北から南まで、大陸の果物を余すことなく使われた正しく一日限定スイーツ。
今まで味わったことの無い甘美の味わい。
ホールケーキだったが、ゼーリエさんと共に食べ進めているとあっという間に無くなり、そして最後の一つが残った。……いや、残ってしまった。
残り一つの絶品のケーキ、食べる二人。対立しあったとき、そこに何が生まれるか?
――大魔法使いも、恋人もこのときだけは関係ない。ただ
「…………加減はしません」
「望むところだ。確か106戦53勝52敗1分だったな」
私が。と付け足し、勝ち誇った表情を浮かべている。
しかし、この記憶には齟齬があることを僕は知っている。
「違いますよ、ゼーリエさん。僕が106戦53勝52敗1分ですよ」
にやりと悪役の浮かべる笑みを貼り付け、ゼーリエさんをあえて挑発する。
彼女はそれに乗るように、いつも通りに、しかしどこかいつもとは異なる笑みを貼り付ける。
「なら、勝率五割に戻してやる」
彼女が空いた手を僕の空いた手に合わせてきた。
「それは叶わぬ願いです」
互いに拳を振り上げ、それを引っ込めて溜める。
溜めて溜めて……彼女と同時に振り下ろした。
「「じゃんけん、ぽん!」」
結果は目に見えている――
「……まさか、こんなことが……」
「大魔法使いを侮ったな。じゃんけんで負けない魔法、私が開発した必勝の魔法だ」
ドヤ顔でそう言い放ち、彼女はテーブルに座り直した。
計算外だった。じゃんけんなどの運が絡むものに魔法など使えるわけがないと思っていたが、そんなことは無いというのか? だが、少なくとも読んだ魔導書に運など偶然な事象を操作することは現代の魔法ではほぼ不可能と書かれていた。一体どんなからくりだと言うのだ。
……これが大魔法使いゼーリエ。最も女神に近い存在。
「……僕の負けです。そのケーキはどうぞ」
ガックリと項垂れ、自宅の床に両手をつく。自分でも驚くほど小さな声が発せられ、力なく彼女へ伝わる。
「そんなに食べたいなら、お前にやろう。どうせ私にはこれ以上のものを食べる機会など幾らでもあるからな」
「これを越えるケーキは出てくることはないでしょう。たとえ百年、二百年……千年先だろうと」
彼女はいつものように頬杖を太ももに付きながら興味深そうに僕の言葉を聞いている。だが、分からないといった顔を浮かべていた。
「食材は改良され、今よりも糖度の高い砂糖が開発されるだろう。今までよりも柔らかいスポンジ生地を焼く技術もそうだ。未来には必ず今より甘く、美味しいものが出来上がる」
それを越えられないと思うのか? と、彼女は心底不思議そうにそう問うた。
やはり、長命種ゆえの考え方だ。ゼーリエさんの魅力の一つである余裕の根源であり、
「いずれ分かるときが来ますよ。否が応でも」
僕が彼女へ与え続けているもの。人類が持つ不可視の調味料……愛情と、大切な人と食べるという雰囲気が大事なんだ、と彼女に聞こえぬような声量で呟く。
そういえば、来週は一級魔法使い選抜試験だ。
彼女の弟子が増え、大陸最強の魔法使いが誕生するのだろうか。
ずっと平和な日々を生きていたいな、彼女の隣で。
そう微笑み、彼女の隣へ座ると。
「おい、しれっとケーキを食べようとするな」
手に取り、そっと果物を取ろうとしたフォークを取り上げられた。
◆◆◆◆
今日は朝から彼が買い物へ出かけている。
どうやら、この街のケーキ屋が今日限定のホールケーキを売り出したとかで、生粋のケーキ好きの彼は朝一番に並ぶため早朝から出かけて行ったのだ。
今日は暇だ。やることが無い……いや、無いというのは齟齬がある。あるにはあるが、面倒くさい。
私たち長命種――主にエルフは、人間とは違い悠久の時を生きていられる。人生に迫られる選択を、いつまでも先延ばしにしていても良いのだ。
それが私たち長命種の『特権』だ。私が一級魔法使いに与える特権とは格の違う、種としての差を歴然たらしめるものだ。
「……いい天気だ」
こういう天気の時は決まっていい事と悪い事が同時に起こる。例としては、彼との逢瀬で訪れた店の目当ての料理が売り切れていたことと、そのおかげで隠れた名店を知れたこと。
善悪は表裏一体とはよく言ったものだ。
過去の記憶を思い起こしながら感傷に浸る。
「……にしても、遅い」
既に太陽は真上に輝いている。が、一向に帰ってくる気配がない。
「様子を見るか」
家屋の屋根を飛び移りながら彼を探すと、程なくして見つかった。
手に白い箱を持ち、跳びながら歩いている。余程機嫌が良いのだろう。満面の笑みだ。
思わず笑みがこぼれる。
「戻って出迎えてやるか」
そう思い、引き返そうとした。が、足が止まる。
見た事のある魔力、見た事のある髪色。藤色の長髪の女と赤髪の戦士の男を連れて彼と入れ違いで歩いていた、その後ろ姿。
「見間違いか」
一人呟き、来た屋根を戻っていくのだった。
彼が買ってきたホールケーキは、私でも美味そうと感じる外見だった。北から南まで大陸の果実をふんだんに使い、生クリームも分厚くスポンジもふわふわ。
口に運べば、想像を絶する甘さと美味さだ。何故か彼と食卓を囲んでいるときは、いつもの食事がより美味くなる気がする。……単なる気の所為だろう。
やがて、ケーキは残り一つとなってしまった。
彼は拳を構えた。私とやり合うつもりらしく、表情がいつもの穏やかな雰囲気ではなく、氷のように引き締まったものへ変わっていた。
ここで必殺、精神操作魔法。対象へ触れておかねばならないが、空いている手を彼と繋いでおけば自然だ。バレぬように精神へ侵入し、悟られぬよう思考を変える。彼が出す三すくみのうちの一つを指定した。
それを打ち負かす手を出すと、彼は私へ言い放つ。
「……僕の負けです。そのケーキはどうぞ」
その後、彼との団欒の時間を過ごした。途中、彼が意味深なことを言っていたが……私には遠いことだ。
そう高を括り、ケーキへ目線を戻す。
しれっと乗っていたイチゴを奪い去ろうとする不届き者のフォークを仕留め、安全を確認した上で、私はケーキに舌鼓を打った。
流石にじゃんけんの勝敗部分は漢数字では読みにくいので、標準の数字にしました。
次は一級試験編(予定)
誤字脱字等ありましたらお教え頂けると幸いです。
評価もしてね(小声)