「それで、アーサー。これからどこに行くの?」
「今回、ウェザエモンと戦うにあたってクエストを受注しなくちゃいけなくてね。シグリンデはまだ受注してないから、それの受注。後は……紹介したい相手が居て」
深夜0時を過ぎた頃。満月の夜にシグリンデはペンシルゴンの案内のもと、とあるエリアへと足を運んでいた。時間はは深夜帯ということもあり、現在訪れている『千紫万紅の樹海窟』にはプレイヤーの姿は皆無。ただ自分達の歩く音と環境音だけが響いている。
「ここだよ」
「……?ここって、ただの苔の壁がある行き止まりだよ?」
到着したのは、エリアの端。人があまり寄り付かず、素材アイテムも少ないような場所だ。周辺にモンスターも少なく狩場にも適していない。
『なるほど』
『王様にはなにか見えてるの?』
『まあ見ているがいい』
自分の左目を通した視界の中でジークヴルムもなにかに気がついたのかと首を傾げていると、ペンシルゴンかそのまま壁へと近づき。そして、小さな。ほんの小さな場所に触れた。
そこは、このエリアに自生する光る苔が生えている壁の中で僅かに光っていない場所だ。しかも、相当に目を凝らして探さなければ見つからないほどの小さな範囲だ。
そこにペンシルゴンは触れる。すると、
「なっ……隠し通路?」
壁が崩れて現れたのは、奥へと続く隠し通路だ。そのままペンシルゴン達に続いて通路を進むと、出口が見え始める。
暗い通路の先にあったのは、赤い花園だった。
見渡す限りの赤。空を見上げればそこには星空と満月があり、目前に広がる大地は、赤い花で彩られていた。彼岸花。見渡す限りの赤のそれが咲き誇り、夜空にはその花弁が舞う。幻想的で、とても悲しく感じる場所だった。
「満月の夜に千紫万紅の樹海窟でさっきみたいな特定の手順を踏むことで入れる隠しエリア『秘匿の花園』。見つけたのは本当に偶然。……でも、今となってはその偶然に感謝してる。それがあったからこそ、私は」
「アーサー?」
「……ごめん、なんでもない。先に進もうか」
なにか引っかかる。いつもの姉ではないと感じたがそのまま言われるがまま進む。
そうして、そのエリアの中央。枯木のある場所へと近づくと。
―――刹那の狭間に、零れた願い
歌が、聴こえた。同時、自分の頭の中に聞こえるものがあった。
それは、ジークヴルムが息を呑んだような声だ。
枯木に近づけば、その正体を理解した。これは、桜の木だ。枯れた、桜の木だ。
そしてその桜の木に近づけば近づくほど、その歌声は大きくなっていく。
「桜の木の下には、屍体が埋まっている。だったかな」
「要約は確か、桜の花が美しく咲くのはその木の下に死体が埋まっていて養分を吸っているから。だったか?」
「よく知ってるね、サンラク。結構昔の文献なのに」
「まあ、そこそこに勉強はしてるつもりだ。それに、割と有名なものだしな」
「……じゃあ。例えば桜の木の下に屍体が埋まっているのに桜が咲かない。という時は、どういうことなんだろうね」
「それは、難しいな。あの作品が桜を題材として死というものの美しさを伝え、考えさせるという解釈があった。だが、今のその咲かないって場合だと、その逆。例えば……そもそも桜の樹の下にはそんなものは存在しなかった。そして生きることを考えさせ、生きることの美しさを伝える。とも取れるんじゃないか?あくまで俺の想像だけど」
「中々面白い捉え方をするんだね、サンラクは。その考え方は私、とても好みだよ」
「そりゃどうも。さて、到着だ」
言われ、足を止める。眼の前には枯れた桜の木。そして、その気に背中を預けるようにして存在していたのは。NPCだった。
名を。『遠き日のセツナ』と言った。
「やぁやぁセッちゃん、また来たよ」
「あら、アーサー。また来てくれたのね。また新しい人を連れてきてくれたの? ――え?」
「……セッちゃん?」
セツナは目を見開いて、ある方向を見ていた。その視線は、一人に。シグリンデ本人、そして。その左目へと向けられていた。
「こめんなさい、アーサー。……ちょっと、驚いてしまって」
「……そっか。紹介するね、この子はシグリンデ。私の大事な、すごーく大事な妹なんだ」
「始めまして、セツナ?でいいのかな。よろしくお願いします」
「アーサーの妹さん?ふふ、よっぽど大事にされてるのね。 ――聞いても、いいかしら」
ちらり、と。シグリンデはペンシルゴンへと視線を投げる。
頷くような動作を返される。つまり、好きにやれということだろう。
「それは、私について?それとも……左目のことについて?」
「気づかれちゃってたのね。その左目について少し、ね。 私は、なんて言えばいいのかしら。神代の魔力のようなものを感じ取れるの。だから、わかる。その黄金の色をした魔力は、私も実際に会ったことはないけど恐らく ……『彼』の話していた、竜じゃないかしら」
彼、というのはジークヴルムが語っていた、かつて英雄譚を自分に教えてくれた人物だろうと推測した。直接的ではないが、セツナはシークヴルムと彼について知っていた?そう考えていると。
『……シグリンデよ、頼みがある』
『王様?』
『無理を承知で頼みたい。少しの間だけ、身体を貸してくれぬか。その者と、直接話しがしたい』
驚きはした。だが、普段無理に開拓者、つまりプレイヤーの冒険やシャンフロの人々、NPCなどに直接的な介入はしてこないのだがそれを押しのけても言ってきたということは、それだけ重要なことなのだろう。
一時的と言えど、プレイヤーの操作権限を手放す。普通の人間ならば安々とはやらないだろう。だが。
『わかった。王様。あなたの心の征くままに、話をしてきて』
『……本当にすまぬ』
『少し待ってね。流石にいきなり変わると、アーサー達が驚くから』
自分は彼を。ジークヴルムを信用している。故に、身体を貸すなど造作もないことだ。
「アーサー、サンラク、オイカッツォ」
呼ばれ、どうしたのかというように首を傾げる三人。
「ちょっと王様と交代するから、驚かないでね」
それはどういう意味だ、とペンシルゴンが言おうとした瞬間にはシグリンデは目を閉じ。再び目を開ける。
そこに居たのは、両目が黄金色のシグリンデだった。
「シグリンデの姉君、そしてそこの二人の強き者。突然驚かせてすまぬ。 ――我はジークヴルム。少しの間、身体を借りさせてもらっている」
聴こえてきたのは、シグリンデの声ではなかった。低く、威厳を感じさせるような男性の声だった。ペンシルゴン達は言葉を失った。身体を借りている形とはいえ、今目の前に居るのは最強種の一角。『天覇のジークヴルム』なのだ。
確かにシグリンデからは、『ジークヴルムが力を貸してくれる』とは聞いていた。だが、最強種が直接表に出張ってきて、ユニーククエストに関わってくるなど誰が予想しただろうか。
「はじめましてになるか。かつての同胞の人間よ」
「ええ、はじめまして。直接会ったことはなかったけれど、あなたのことは知っていたわ。彼から、よく聞いていたもの」
「……そうか。多くを語るつもりはないのだ。この身体は借り受けている故に言いたいことだけ言わせてもらう」
「聞きましょうか」
「我は既に残滓にあらず、新時代の守護者であり人と歩む者なり。 ……かつての同胞には、謝ることしか出来ぬ。我は守れなかった。だが、誓おう。我はもう失わぬ、この先の未来を永劫に守り続けよう」
「……今のあなたを見たら、きっと彼は安心するでしようね。どうか、その身体の持ち主やアーサー達の力になってあげて。……私達が願った未来を、どうかおねがい」
「――確かに受け取った、任せよ。 故に、我は我が盟友と開拓者と共に過去の残滓を打ち破ってみせよう。 ……向こうで彼と、そしてかの英雄と共に見ていよ。新たなる世代の歩みを」
一瞬目を閉じてジークヴルムは一言『言いたいことは言えた、礼を言う』と言って身体の制御をシグリンデへと返す。
その眼を開けると、彼女の眼はオッドアイへと戻っていた。
「セツナ、聞いてもいい?」
「私で答えられことなら」
「王様は守れなかったと言っていた。……神代の人達や王様は、一体何と戦っていたの?」
その質問は、サンラク達も疑問に思っていたことだ。シャンフロの世界には、各地に神代の遺物が存在している。そこからは、かつて何かしらの大きな戦いがあったのだろうと推測できる痕跡も見つかっている。
黄金の竜王ジークヴルム、ウェザエモンという英雄、明らかに今のシャンフロより技術世代が遥かに上を行っていたと思われる技術力。他にもきっとあったはずだ。なのに神代は滅びた。それは、何故なのか。
「ごめんなさい、それは言えない。きっと、あなたとともに居る竜王も多くを語るつもりはないのでしょう。でも……もし。もし彼を。ウェザエモンを超えて未来へと進む時、手がかりを話しましょう」
――『ユニークシナリオEX「此岸より彼岸へ愛を込めて」を開始しますか?』
これがペンシルゴンの言っていた前提クエストなのだろう。シグリンデは迷わず了承のボタンを押して。再びセツナへと向き直った。
「……わかった。セツナやウェザエモンが安心できるように、これからの未来は私達で切り拓けると証明するよ」
「ありがとう。どうか、あの人のことをお願い。残滓となってしまったあの人を、休ませてあげて」
■桜の木の下には
作者が実際に昔、友人とやったやり取り。この題材に限らず、色々な話のたらればの話をよくして『こうなってたんじゃないか?』『個人的にはこうなってたら面白い』とかそんな話をしていた。
■プレイヤー操作の主導権譲渡
普通のモンスターやNPCではあり得ない。ジークヴルムがこの時点で最強種の中でもかなり特殊な存在になっているため発生している。そもそも開拓者(プレイヤー)の操作権限を他人に委ねるというのは極めて危険な行為。ここで別にシグリンデが断ったとしても好感度やフラグに影響は出なかったが、絶対の信頼を置いているので譲渡した。
なお、ジークヴルムからはシグリンデと交友関係が深い者は『シグリンデの姉君』『強き鳥面の人』『武を極めんとする者』などと固有の呼び方をするが、それ以外の相手は『人の子』『強き人』『開拓者』などと呼ぶ。
■セツナ
ジークヴルムが直接的ではないとは言え関わってくるとは想定していなかった。今のジークヴルムの姿と、人と開拓者のために世界を守るという言葉、『ある存在達への宣戦布告』を聞いて安心している。きっともう、この竜王は負けないと確信した。
■あいつら
セツナもジークヴルムもこの時点では言葉を濁しているし、明確に答えるつもりはない。ジークヴルムは全部知っているが、知るには早すぎるし開拓者であるのだからその覚悟があるのならまずは知りに行って欲しいと思っている。
もしその時が来れば、今の自分の全身全霊を持って人と開拓者を守護し相手を滅ぼすつもりで居る。例え相手が、神や世界であろうとも。