「断風」
「っち!なめんなッ!」
機械的な、錆びついたような声。まるで感情を感じさせない声とともに相手が動く。
次の瞬間、ほんの刹那の時間の前まで、サンラクの頭があった場所を刃が通過し、その直線上に風が吹く。
姿勢を低くしてギリギリ回避したサンラクから悪態が聞こえる。しかし、ペンシルゴンの中では彼を称賛していた。発生1フレームの神速の居合。しかも、その副次効果として不可視の風の刃までが直線中距離までの範囲を攻撃する。早い、見えない、当たれば即終了という鬼畜のオンパレード。それを初見で見切り回避したのだ。
横を見れば、オイカッツォが真剣な表情で戦況を分析しながらパターンについて呟いている。彼は理詰め型のプロゲーマーだ。よって、情報を与えれば与えるほど彼に有利になる。フェーズ1の目的は、サンラクのウェザエモンに対しての慣らし。オイカッツォのデータ収集。自分の後々のフェーズに対しての下準備。
そして。
「シグリンデ、どう?」
「……大体は、かな。確かに頭のおかしい発生速度だけど、対策がないわけじゃない。キョージュさん達の考察通り」
シグリンデに判明している全てのモーション。その確認をしてもらい、覚えてもらうことだ。
今回、この決戦にあたり彼女はある切り札を用意したとペンシルゴンは聞かされた。だが、それを最大限に活かすには、ライブラリが集約させたモーションを分析したデータ。それを実戦で応用できるように、形に嵌める必要があった。その切り札は、『発動後一度でも戦闘不能になるとアウト』なのだという。
だからシグリンデには、この最初のフェーズでは【ライブラリ】が徹夜で纏め上げたデータを基に、そのデータと実際の動きを噛み合わせてもらう。今回、彼女の担当はフロントアタッカーとタンクだ。しかも用意したという切り札の関係で、戦闘不能は許されないことから念入りの準備が必要となる。
タンクとは即ち、パーティーの盾だ。その存在が居るのと居ないのでは戦いやすさというのも当然ながら、作戦自体の幅も大きく変わる。しかも、シグリンデはそのバトルスタイルの特性上相手の攻撃を自身に向けるほうがDPS、つまり火力は出るのだ。
カウンターやパリィからの致命攻撃。それが彼女の得意とする戦い方の一つだ。だが、大前提としてそれを活かすには攻撃を自身に向ける必要がある。その特技と、剣槍という巨大な武器による大火力。真正面から相手を迎撃して制圧するという戦い方だ。
因みに。この現在のサンラクの戦闘風景は、黙ったままだがジークヴルムもシグリンデの左目を通して視ている。ウェザエモンの姿を見た時は、休息地としている『気宇蒼大の天聖地』の最奥にて息を呑んでいたが。
その姿を見て、ジークヴルムは確信した。やはり、彼は残滓のままなのだと。現在シグリンデ達の戦っているエリアの特異性、それにもジークヴルムは気がついた。だからこそ、彼は。ウェザエモンはもう残滓のままであり、終わらせてやることが手向けだろうと改めて決めた。
『……王様?大丈夫?なんか、悲しい感じがして』
『ぬ……。感づかれてしまったか、すまぬ。悲しい、か。そうだな。嬉しくも悲しくもある……といったところか』
嘗ての時代。守ることが出来なかった時代。自分は、かの英雄を直接見たことはなかった。だが、父親的存在だった『彼』から話だけは聞いていた。語られる神代の英雄の活躍。それは、間違いなく自分の心を震わせた。
だが。自分達の時代の末路は絶望と終焉だった。襲い来る災厄に打ち勝てず、全てが滅びた。自分は生き残ってしまい、永い永い時を彷徨った。使命感に囚われ、『救わなければ』という強迫観念と、自らの終わりを求めて。それは、彼女。自身とともに歩むと宣言した盟友に出会うまで続いた。
だから自分は残滓ではなくなった。彼女と出会い、世界を視ることに視野を向け。新たな使命と誓い打ち立てた。しかし、きっと彼は。ウェザエモンはもう未来永劫このままなのだろうと視て思った。
『シグリンデ……いや、今はこう言おう。我が盟友よ ――あやつを終わらせてやろう。勝つぞ』
『……うん。征こう、王様。私は、あなたとなら負ける気がしない』
頭の中に直接話しかけてくる竜王の声は、真剣で。覚悟と決意に満ちたものだった。
話している間にも戦闘は続いていた。途中、サンラクが完全に初見だった『入道雲』により戦闘不能となり、復活後オイカッツォとスイッチして前線を交代。【雷鐘】の攻撃を回避した後、再びサンラクとスイッチ。戻ってきたオイカッツォは息を切らしていたが、何かに気がついたようだった。
「なるほど、確かに理不尽攻撃のオンパレードだ。……けど、分かったぞ。あれは人間の動き方じゃない」
「どういうこと?カッツォくん」
「よく考えればわかることだったんだよペンシルゴン。多分見てたシグリンデも気がついたんじゃないか? ……ウェザエモンは、必ずスキルの使用前に特定のモーションを挟むんだよ。確かに攻撃は早いけど、必ずワンテンポ置いてる」
「……まるで、プログラムみたいに。違う?」
「大正解。ま、シャンフロの大本辿ればプログラムなんだけど、そういうのじゃない。あー、言いたいこと伝わってるかな」
ふむ、とペンシルゴンは考え込んだがすぐにはっとしたようになり、『なるほど』と言葉を返した。
「必ず特定の動作を置く、例えば【断風】なら居合のモーションを取ってから、一度狙いを定めるようにして動きを止める。【雷鐘】なら、剣を振り上げた後一瞬だけど静止してから発動させてる。それらのモーションが、必ず行われてから攻撃が発動している」
「そういうこと。俺もプロゲーマーだから相手の動きとかよく見ることあるけど、特定の動作を特定のタイミングで、それも毎回必ずってのは人間らしい動きじゃない。人間ならもっと変則的で、面倒くさい動きをしたりフェイクなんかを混ぜてくる。でも、あいつにはそれがない。俺が戦ってる時も、サンラクの戦闘も違和感あって相手のモーション確かめてみたけど、ビンゴ。 ――あいつ、システムだよ多分」
ペンシルゴンはある推察をしていた。それは、ウェザエモンとう存在は機械であると同時にアンデッドなのではないのかという仮説である。見た目と一度【阿修羅会】が戦った時の記録から、機械ではないのかと予測はしていた。加えて、【ライブラリ】からも提供した情報から機械の属性がある、とも判断されていた。それが今の戦闘、サンラクとオイカッツォが行った戦闘と分析でハッキリとした。
今の挙動が正しいなら、つまりは。【ライブラリ】が出した考察も信憑性を帯びてくる。ウェザエモンとは即ち、自身の生身の体を組み込んだ防衛機構なのだと。つまり、『ウェザエモンという人間が永遠にセツナの墓を守り続けるための機構となった』ということだ。
ならば、第一と第二のフェーズの相手はその機構、システムだ。そして未知となっている第三のフェーズ。かつて自分達が全滅したあの先に待ち構えているのは、恐らく。
気がつけば10分が近くなっていた。既にサンラクはウェザエモンの攻撃パターンを把握しており、モーションの癖も見切っていた。【断風】の発生速度や【雷鐘】の誘導追撃、【入道雲】の中範囲薙ぎ払いは確かに驚異的だ。しかし、今戦っている全員は並のプレイヤーではない。使用してくる技もそこまで多いわけでもない。
第1フェーズ。既にサンラクは実際に戦うことで。オイカッツォはデータを集めることでそれを収集した。シグリンデもまた、判明しているモーションについてはデータとのすり合わせが終わっており対応可能となっていた。
そうして、遂に。
「ッ……!?来るか……!」
それまでウェザエモン相手に近接での立ち回りをしていたサンラクが飛び退いた。突然動きが鈍くなり、そうして動作をウェザエモンは止めたのだ。
「カッツォくん」
「オーケー……じゃあ俺の仕事をしますか。サンラク、シグリンデも!そっち頼んだ!」
オイカッツォもまた戦闘態勢に入り、前に出る。それまで『対価の天秤』の操作を行いながら状況を見ていたペンシルゴンも険しい表情となり、気を引き締める。
「……
錆び付いた声がそう唱えると同時に、フィールドの空に幾何学模様が展開される。それは足元から3Dプリンターで物質を形成するかの如く、巨大質量をこの場へと転送召喚する。そうして現れたのは。巨大な、馬のような機械だった。
「ははっ……これは、足の生えたダンプカーだね」
オイカッツォがぼやきながらも、好戦的な笑みを浮かべる。
第二フェーズ。ペンシルゴンの情報では、ウェザエモンが戦術機馬【騏麟】を召喚する。
フェーズ進行条件は、再び10分間耐えきること。ただし、幾つか制約がある。
まず、騏麟とウェザエモンを近づけさせないことが大前提だ。近づかせると人馬一体形態となり、手がつけられなくなること。恐らく、強制的に全滅のフェーズへと移行する。次に、ターゲットを最低2つに分散させること。騏麟のターゲットとウェザエモンのターゲットを持つ役割。それぞれが必要となる。
第二フェーズ以降、主にウェザエモンのメインターゲットを受け持つのはシグリンデだ。サンラクとオイカッツォはどちらかといえば、自由に動けて融通の聞く遊撃型ビルド。対して、シグリンデはフロントアタッカーとタンクに主眼を置いたビルドだ。そうして、第二フェーズの主目的は、オイカッツォに麒麟の動きに対して慣れてもらうこと。そして、第一フェーズでサンラクとウェザエモンとの戦いで相手の動き方を把握したシグリンデに、第三フェーズ。恐らくは最終フェーズに向けて、慣れてもらうこと。
そのための手段も、そして最終フェーズを見据えての切り札をペンシルゴンも準備していた。それが、『対価の天秤』だった。
【墓守】のウェザエモン、第二フェーズが開始される。
■あとがき
こうしてあとがきを書くのはなんとも久しぶりな気がします。ウェザエモン戦の頭で、特にまだ目立って描写するような場所もあまりないので今回はこのようなあとがきの形に。
とりあえずは以前ちらっと何処かで書きましたが、原作で言う竜災手前までは添削前のものが出来上がっており、添削やら諸々完了したものはひとまずGGCあたりまでは完成しています。竜災のその先の内容というのもある程度決まっているので、プロットに従いつつ作者が頑張って書き進めて行く予定です。
少し諸用で土日は空けていたのですが、沢山の方に拙作をお読みいただけたようで嬉しい限りです。今後ともシグリンデとジークヴルム達がペンシルゴンやサンラク達、多くのプレイヤーやNPC達と関わり歩んでいく物語を楽しんでいただければ作者としてはこれ以上ない幸いでございます。
さて、今回は書くことがそこまで多くはないのでちらりと書き連ねを。
原作で言う所の主人公であるサンラクには、相棒ポジの存在が居ます。ご存じの方も多いかと思いますがエムルです。拙作のシグリンデにもそのようなポジの存在が居ますが、ジークヴルムではありません。彼はなんというか、相棒ではあるんですが保護者というか、旅の同伴者というか。しかも本人は左目を通して世界を見たりはしているものの、割と自由に飛び回って諸国漫遊しています。なので相棒ではあるんですがエムルみたいな感じではないんです。
ちゃんと居ます、拙作においてジークヴルムレベルで重要なポジションであり、エムルポジションの存在が。出てくるのは、ウェザエモン戦後あたりかなあと思います。
ところで、蛇と龍とは極めて深い関わりがあると言われます。『海に千年、山に千年棲みついた蛇は龍になる』という言い伝えもあるくらいです。昔から蛇とは神の御使いであったり、神そのものとも言われるくらいです。龍とは蛇であり、蛇とは龍でもある。
そういえば、原作にも蛇に関わりの強い存在が居ましたね。
拙作においてはジークヴルムは『竜』、さてさて。それでは『龍』は一体何なのでしょうか。
それでは、また次回お会いしましょう。