目前の小さな少女。長い白髪と黄金の両目を持つ少女は、何やら意味ありげなことを言った。それに対してシグリンデも不思議に思っていると、少女は言葉を続けた。
「わたしの中にある記憶、その記憶が追跡者。ゴルドゥニーネのものと一致しないことがありました。そして、わたしは知っているのに、相手は知らないということも。えっと、ごめんなさい変なことを言って」
「ううん、いいよ。それで、今後ゴルドゥニーネから襲撃される可能性はあるの?」
「正直な所、なんとも言えません。わたしは竜王様の眷属となったことで、今はゴルドゥニーネの分身体ではありません。ですが、わたしの中に流れている因子は、竜王様とゴルドゥニーネ。両方のものが存在しています。……眷属となったことで更にわたしを危険分子と判断して追撃してくるのか、それとももう分身体ではなくなり関わりが消えたことで干渉してこないのかはわからないんです」
新たに判明した最強種、無尽のゴルドゥニーネ。その存在について断片的だがこの少女が語ってくれた内容から判明したことがある。まず、分身体と呼ばれるものを生み出しているということ。攻撃性が高く、少なくとも分身体については積極的に始末して回っているということ。
気がかりなのは、無尽のゴルドゥニーネの本体。恐らくは頂点個体とこの少女の間に存在する、記憶や認識のズレ。もしゴルドゥニーネがこの少女が言う通りの存在だとするなら、彼女は極めて特異な存在ということになる。
分身体というものの定義がどういうものなのかは現時点ではわからなかった。だが、仮定として自分の記憶を持つ存在を生み出しているのだとすれば、そのコピーとも言える存在のはずが全く別のなにかになってしまった。もし、その特異な個体が頂点個体を脅かすほどの。
いや、その存在そのものを掌握してしまうほどの存在だったとしたら?
間違いなく現在の頂点個体は始末に来るだろう。が、その脅かす存在は自分の分身体ではない他人へとなってしまった。
「状況は大体理解したけど、まずはやることがあるね」
「やること、ですか?」
「ほう?それはなんだ、シグリンデよ」
そう。情報を整理したり彼女のりことについて考えるのも大切だが、やることがある。
「いつまでも名前がないままだと不便でしょ?だから、王様。ちゃんと責任持って名前あげようか。眷属なんでしょ?」
名前である。ひとまず、この少女がまだ未確認のユニークモンスターである『無尽のゴルドゥニーネ』に深く関わりがある可能性が高いというのは理解した。まだ色々と話を聞くこともあるだろう。だが。名前がないというのは不便である。話をするにおいてもそうだが、今後例えば別の場所に行くにあたっても名前がないのでは困るだろう。
なので、まずは名前をと思った。眷属なのだから名前をあげたらどうだ、と言えばジークヴルムは『ふむ、名か。そうだな……それは重要だ』と真剣に考え始めた。対して少女はといえば、『竜王様直々になどと畏れ多いです!わ、わたしなど名無しで大丈夫です!』などと言っているが大丈夫ではない、とシグリンデは思った。
「では、そうだな。 ――『リューネ』、という名でどうだ?」
不思議と、その名前はストンと腑に落ちた。そして少女。リューネという名を提示された彼女もまた目を見開いて、その名前を咀嚼するように呟いた。
「ぬ、駄目だったか。では他の名を――」
「あ、いえ!すみません、なんというか……感無量と言うか、妙にしっくりくるような感じがして驚いてしまって。リューネ……ありがたくその名前を拝名させていただきます!」
どうやら気に入ってくれたようだ。リューネはとても嬉しそうに笑顔を作っており、見ているこちらも感化されるようなものだった。
「我が眷属となり、名を与えた。リューネよ、これでお主は完全に我の側の者だ。その身は人なれど、その中に宿るのは我の『竜』の因子とお主が元々持っていた『龍』の因子。お主は、極めて特殊な存在と言ってもよい。……さて、まだ話はあると思うが先に我がシグリンデ呼び出した件について話そう」
そういえば、まだ聞いていなかったと思う。リューネの件や、その話の内容。新たな最強種として判明した無尽のゴルドゥニーネという相手。情報量が多すぎるが、そもそも自分はジークヴルムに『頼みたいことがある』と言われてここに来たのだ。
「頼みたいと連絡していたのは、この者。リューネのことなのだ ……『開拓者』の営みの中へリューネを連れて行ってはくれぬか」
「えっと、つまりリューネをこっちで保護して欲しいってこと?」
「その意味合いも強いが、経験という意味合いもある。順を追って話そう」
そうして、ジークヴルムは話し始めた。まず、ジークヴルムは現在は頻繁にこの禁則地へと戻っているが、常に居るわけでもなく。また、世界を飛び回っていることが多いことから、この禁足地でずっとリューネを匿うことは不可能に近いということ。また、禁足地で匿うということは一切の経験が失われることを意味する。いわば軟禁状態だ。
だからジークヴルムは考えた。リューネに世界を見て回る機会を与えてやり、知識や経験の場も与え、しかも保護という意味合いも兼ねられる方法を。そうして思いついたのが、開拓者。それもよりすぐりの開拓者のもとへと行くということだった。
ジークヴルムはシグリンデの左目を通して、俗世を多少なりとも識っている。その中には、【ライブラリ】の知識もあった。知識の輩としての能力が極めて高く、リューネの望む経験や学びを満たすことが可能であり。しかも力のある集団であるということから、保護の場所としてはうってつけだろうと思ったのだ。しかも、その集団には己の盟友、シグリンデも所属している。条件としてはこれ以上ないほどに完璧だった。
実を言えば、ジークヴルムとしては別の理由もあった。
それは、己の古くからの盟友に関わるものであり。
そして、このリューネという眷属の可能性にも関わるものだった。
まだ可能性だ。だが、それだけの素質や能力は秘めていると思った。
このリューネは、己の因子とゴルドゥニーネの因子両方を保有しており、それらが破綻することなく共存するという形で存在している。それが何を意味するのか。ゴルドゥニーネの記憶と呪縛というものを自ら打ち破り、黄金の竜王の試練を超えて眷属となった。それはつまり、リューネは『竜』であり『龍』にもなれるということだ。
プレイヤー、つまるところ開拓者の視点から言うとジークヴルムは最新世代で完全体にはなったがそもそもの根本は神代のものである。そして、そのいわば基礎が同じなのはウェザエモンやゴルドゥニーネも変わらない。
だが。リューネは違ってくる。最新世代によって完成された世界の守護者、ジークヴルムの因子を保有しかつての存在とも言えるゴルドゥニーネの因子も保有する。それはつまり、『最新世代における最強種』に他ならないのだ。
もっとも。まだリューネはその才覚と器の基盤が出来上がっただけである。だが、このまま成長を続ければ過去の残滓などではなく。新たな最強種として成長してもおかしくはないのだ。
「なるほどね……。確かにずっとここで軟禁状態ってのもね……。わかった、うちのクランで保護できないか聞いてみるよ。多分大丈夫だと思うよ」
確認のためにキョージュ宛にできるだけ詳細に内容を書いてメッセージを送ってみると、即座に返信が来た。流石のシグリンデも驚きである。
返信内容は『全てなんとかしよう』という言葉だけだったが、【ライブラリ】のクランホームではキョージュが絶叫をあげていた。何事かと思い近くに居たセートがメールの内容を見せてもらえばセートも絶叫した。それはそうだろう、つい先日にウェザエモンの一件があり、そもそもシグリンデはジークヴルムに縁がある存在である。この短期間で少なくとも最強種の内二体との関わりを持っている。そこに三体目。しかも、今まで判明していなかった最強種である。
キョージュとしては、ペンシルゴンとの契約や約束の件もあったし個人的にシグリンデにはできるだけ力になってやりたいと思っていた。しかも最強種絡みであれば断る理由もない。彼は至急【ライブラリ】の幹部全員を集めるように指示を出すと頭をフル回転させていた。
「詳しいことは帰ってみてだと思うけど、大丈夫だって。後はリューネの意志次第だけど……どうする?基本的にリューネには私といっしよに行動してもらうようにするし、クラン……開拓者の集まりの人達も大人な人達だから大丈夫だと思うよ」
「それは……!とても嬉しいですが、でも私が関われば『あいつ』が開拓者さんやお姉ちゃんを襲う可能性が……」
「うーん……なんというか、それはそれでうちの人達喜びそうなんだよね。襲われても嬉々として挑みそうな人もいるし……」
「我の推測だが、最早今のリューネにはあの頂点個体も簡単には手出し出来ぬと思うぞ。眷属を襲うという時点で我に対する宣戦布告だ。しかも、シグリンデにも襲いかかるならば容赦なくわれは権能を行使するぞ。それ以前に……いや、これは憶測だな」
ジークヴルムは言葉を切った。首を傾げるシグリンデとリューネだが、『すまぬ、気にするな』と言われる。
そう。これはジークヴルムの憶測だ。
恐らくは。あの頂点個体は、リューネを恐れている。
「大事なのはリューネがどうしたいか、だよ」
「わたしは……自分の根幹にあるこの感情。『強欲』に素直になりたい。もっといろんなものを見たい。いろんなことを学びたい。もっともっと、新しいなにかに出会っていきたい。 ――だから、よろしくお願いします。お姉ちゃん!」
きっと【ライブラリ】の人達は喜ぶだろうなと思いつつも『うん、よろしくね』と言葉を返した。しかもジークヴルムの言葉からして、今のリューネは相当に強いらしい。頼もしい仲間が増えたなと思う。
「あー……実はだなあ、シグリンデよ」
「ん?どうしたの王様。リューネのことならちゃんと全部責任持つよ?」
「いや、そうではなく。まあ関係すると言えばするのだが、ううむ……」
どうかしたのだろうか。リューネについての問題は解決されたし、なんなら今【ライブラリ】メンバー用のグループチャットを確認すれば、キョージュをはじめとした幹部陣が色々と報告をあげてきている。特にセート達は既にクラン間の話や対応など外交的なものについての準備を進めているようで、他のプレイヤーに対する対策も問題なさそうだ。
「実はな、後日でよいのだ。リューネの新しい環境が落ち着いたら改めて禁足地へと来てほしいのだ」
「もしかして別件?しかも王様を悩ませるあたりまた結構大事っぽいけど」
「いや、問題ごとではないのだ。実はな……リューネを連れて、ある相手と会って欲しいのだ。日が決まれば、迎えを寄越すと言っていてな」
会って欲しい相手。誰だろうかと思っていると。
「もしかしたら、開拓者である者達は聞いたことがあるかも知れぬ。 ――獣人、ヴォーパルバニーの国『ラビッツ』。そこに居る。我の古い友人がシグリンデに会いたい、と言っていてな」
■リューネ
アルビノ白髪金眼の中学生くらいの美少女。名前の由来はとても安直で、『龍』とゴルドゥニーネからリューネ。本作におけるシグリンデにとってのエムル枠であると同時に、ジークヴルムと同じくらいに重要なポジションのキャラクター。ジークヴルムは既に完成された個であるが、リューネは違う。その旅を経て、やがて『龍』へと至る存在。プレイヤー側の主人公をシグリンデとするなら、シャンフロ世界側の主人公はリューネ。もう一人の主人公。この旅は、リューネが成長していくものでもある。
身体の中にジークヴルムとゴルドゥニーネという二体の最強種の因子を保有しながら、一切両方が破綻することなく存在しているとんでもない存在。ジークヴルムの判断とシグリンデからの打診で、NPCでありながらクラン【ライブラリ】に所属するという極めて異例な存在となった。
その容姿から聖女ちゃんよろしく人気が高く、『保護者』の皆様が沢山いる。
■キョージュ
メールを見て腰を抜かした、あまりの衝撃に暫く立てなくなっていた所をセートに見られた。セートもメールを見て大声をあげた。流石にクランとしてはウェザエモン、ジークヴルムに続く三体目でしかも存在が確認されていなかった最強種がまさか関わってくるとは考えもしなかった。すぐに幹部陣招集した。
■サバイバアル
「ヌッッッッッッッッッッ!!!」
――サバイバアル 辞世の句
『保護者会』と呼ばれる幾つかの集団の集まりから最大危険度の不審者としてリストに入れられた。
■ボスドゥニーネ
私よ私 私だった私 もう私ではない私
私がなれないものになれる私ではない『わたし』
――あなたはだあレ?