「ああ、いい。こいつァ……いい出来だ。俺等の造った中でも、いや、違うな。 ――こいつは、この大弓を造った職人と俺等で作り上げた、歴史に残る最高傑作の一本よ」
満足気に笑みを浮かべるヴァイスアッシュの目前。金床の上には、完成されたそれが存在した。
黒い艶のある大弓の基本構造には手を入れられていない。あえて完成されていたそこにはヴァイスアッシュが手を入れなかったのだ。言うならば、彼のやったことといえばその主役となる大弓の補助となるものと言っていい。
ヴァイスアッシュが造ったのは、外付けの
外付けのものといえど、本来なら重量が増加するのは免れない。だが、今回使用した遺物で作られたそれらはスタビライザーによる安定性向上のために重さの調整がされているくらいで、他は影響がでない範囲での重量増加に収まっていた。
元々名無しだった銘のない大弓には名前も与えられた。元々制作者からは、自由に決めていいと言われていたため、今回鍛冶を行ったヴァイスアッシュに命名をリューネが頼めば、『俺等は補助をしただけなんだがなァ……』と困ったようにしつつも真剣に考え、そして名前を与えられた。
『天征龍弓【月穿】』。いつの日か友と同じように天を征し、人と開拓者と共に歩む『龍』とならんことを。そんな願いと、希望が込められた次代の龍の牙であり刃。それが、この完成された大弓なのだ。
完成されたそれは、リューネへと手渡され、鍛冶場の外へと連れ出されて広い庭園へと到着したと思えば、ヴァイスアッシュから『撃ってみな』と言われながら指差さされたのは推定2000メートルはあろうかという距離にある、台座の上に置かれた丸印で描かれた的だ。
流石のシグリンデも肉眼では見えないため、ジークヴルムに補助してもらってその的を確認すると流石に無茶ではないのかと思った。射撃には疎い自分だが、倍率スコープなどなしにこの距離を当てられるのかと思った。
「リューネ、大丈夫?ちゃんと見えてる?」
「うん、大丈夫だよお姉ちゃん。わたし元々眼がちょっと特殊なのと、竜王様の加護のお陰で見えてる」
「すごいなぁ……私なんて王様の補助なしだと見えないよあの的。相当距離あるけど、狙えそう?」
「多分……ううん、大丈夫。不思議と、あの『おじいちゃん』と、組長さんが造ってくれたこの弓は凄く馴染むの。 ――だからね」
『絶対に外さない』。そう言葉を返した後、リューネは腰のアローホルダーから折りたたみ式の大矢を一本取り出し、弓。【月穿】へと番えると。
放った。
真剣な。その黄金の双眸は遥か彼方の目標を捉えており、その小さな身体よりも大きな黒い弓から放たれた巨大な矢はただ射手である少女の意に従うように駆け抜け、大気を切り裂いて目標の中央を文字通り撃ち貫き、破砕した。
それはまるで雷のような、雷霆の如き矢だった。瞬く間に飛翔し、落雷が落ちたかのような衝撃と轟音を発生されて対象を完全に貫き、雷火の如く破砕した。しかもシグリンデが驚いたのは、これ程の距離があるにも関わらず精密射撃を行ったということである。
だが。彼女が驚くのはまだ早かった。どうやら着弾地点には予め、的が破壊された場合新しい的を再配置するように指示されている人員が居たようで、再配置の準備をしていた。するとヴァイスアッシュが『今のも大したもんだが、何度か試射してみな』と言い、頷きを返したリューネは再び弓へと屋を番えた。
「あの、組長さん」
「ん?どうしたい、なんか違和感でもあったかい?」
「い、いえ!この弓はすごいです!あのおじいちゃんと組長さんが造ってくれたこの弓は……すごく扱いやすくて、最高の弓です。その、ちょっとやってみたいことがあるんですけど……いいですか?」
「遠慮することはねえ。そもそも、使い勝手を確認するための試射だ。それに色々とやってくれたほうが俺等としては面白いしビィラックにとっても勉強になる。新しい力を開拓者の嬢ちゃんや、今もこの状況を見てるジークヴルムのやつに見せてやりたいだろ?好きなようにやんな」
シグリンデとジークヴルムに見せる、そう言われた瞬間にリューネを目を見開いたが、次の瞬間息を吸い。そして、先程以上に集中した気配を纏った。
「あの威力じゃ、普通の的なら木っ端微塵だろうからよ。ちょっと特別な的を用意させてもらった」
「んー……?おっ、オヤジぃ!?あ、あの的ってまさか!?」
双眼鏡を覗いて的の配置地点を見ていたビィラックが突然驚きの声をあげた。再びシグリンデも配置地点に視線を向け、再度ジークヴルムの加護を用いてそこを確認してみると、そのまま固まった。
複数人。それも結構な人数で、10人近いヴォーパルバニーによって運ばれ、配置されたのは、一言で言うならば奇っ怪な像だ。
高さは5メートルはあろうかという巨大なもので、表現を隠さず言うなら、それはまさに『変態』の像だった。
顔はデフォルメされたヴォーパルバニーのようなかわいらしいもので、そのまま公式マスコットとして売り出しても恐らく売れるだろうなというデザインだ。きっと子供ウケもいいだろうなと思わせるデザインだ。問題は顔から下である。そこは、筋骨隆隆でふんどし以外一切何も纏っておらず、マッスルポーズのようなものをキメているのだ。
思わずシグリンデは理解が限界を振り切った。なんなのだあれは、と。だがどことなく、失礼だとは思ったが仲間の一人に似ているなと思ってしまった。
「かわくてかっこいいウサギさんです……!」
「リューネ?」
思わず頭の上に疑問符を浮かべてシグリンデはリューネを見た。あれはかわいいのだろうか。むしろ自分の感覚がおかしいのだろうか、と思わず思ってしまう。確かに顔はかわいらしいが、顔から下が全てを台無しにしている気がしてならないのだ。
「懐かしいものを引っ張り出してきたぞ、ビィラック。以前、より高威力の武器や兵器のテストをするためにちょっとしたおふざけで造った、『ヴォーパル木人くんver1.5』だ。最後にお前が見てから、実は俺等が改良を繰り返していてな、こいつはその最新版だ」
「最新版!?な、何か機能を追加したんかオヤジ!?」
「基本的には耐久性の向上が主だが、聞いて驚くな?俺等もちょっとして手慰みだったもんだから興が乗っちまってな、このver1.5からはな ――台座の裏ボタンを押すと『ヴォーパル音頭』が流れるようになった」
「うおおおおおお!?な、なんじゃその無駄に凝っていてかっこいい無駄な演出は!?夏の祭りにでもあれを飾るんけ!?」
リューネは目を輝かせているし、ビィラックは大興奮だ。やはり自分の感性がおかしいのだろうか。とシグリンデは思ってしまう。
「さて、小さい嬢ちゃん。この的なら不足はねぇぜ。さっきのような威力の一撃でも耐えられるし、連続してあててもらっても大丈夫だ。相当に頑丈に俺等が趣味で造った木人だからよ、遠慮なくやってくれや」
「い、いいんですか?あんなかわいくてかっこいい像を……」
「なぁに心配すんな、言ったろ?かなり頑丈だってな」
言われ、リューネは改めて息を吸い弓を構える。
「お姉ちゃん、竜王様」
呼ばれる。恐らく、ジークヴルムもまたその言葉を聞いているだろう。
「見てて。これが……今のわたしの力」
次の瞬間、先程と同じ雷霆のような矢が迸った。
先程との違いを表すならば。そう、それを見てシグリンデも目を見開いたが。
的を狙わず、明後日の方向へと放たれた大矢が、『反射するようにして曲がった』。
◆ ◆ ◆
続けて放たれる矢。そのどれもが今回からは、的へと一直線ではなく、意図的に外れるように放たれていた。そのどれもが空を切っている途中で、何かに反射されたようにして軌道を変えて、的として置かれた木人の急所へと飛来する。
最初に行った一直線の狙撃ほどの破壊力はないが、その『曲がる矢』もかなりの威力を有していた。事実、木人へと直撃するたびにその周辺の大気を震わせていた。
プレイヤーの視点で言うなら、それは特殊なスキルだ。名を、『
そのスキルはスカウト系のビルドをしている者なら見たことがあるものは多い。だが、とにかく不人気極まりなく、テンプレビルドというものも存在する中では採用されることはまずない、と言ってもいい、いわば死にスキルだった。
理由はそのスキルの扱いづらさと習得条件にある。高レベル、かつ高い熟練度を必要とする割に、その性能は言ってしまえば『認識できる範囲の空間や平地、障害物、オブジェクトに、設置型かつ小さな射撃武器を反射させる壁を出現させる』というものだ。しかも、この反射させる壁というのが設置したのち使用者がそのポイントを解除するまではMPを消費し続ける。複数設置も可能だが、それに応じて継続消費MPが増加し続ける。
とにかく燃費が悪いのだ。それでいて、射撃武器を反射させるというあまりにも特殊な能力。しかも展開できる壁はそこまで大きくなく、展開したそれに対して精密射撃を出来るのかと言えばかなり難しい。更に言うならば、反射先を調整するための角度調整。これについてもプレイヤー側で調整しなければならない。ただ反射する壁に撃っても、反射先を『計算したうえで設定しなければ』見当違いの方向へと飛ぶことになる。
だから使われることはまずないといっていいスキルなのだ。そのような特殊な上に扱いづらいスキルを取るくらいならば、テンプレや強スキルと称されるものを取る者が大半だ。ましてや、高レベルともなればなおのことだ。
だが。このスキルはそれを使いこなせるのならば、シャンフロの中でも俗に言う『ぶっ壊れ』と言われるような性能を誇る。反射される攻撃は、射撃および遠距離攻撃に限定されるものの本人への強化バフなどは乗った状態の射撃も反射する。加えて言うなら、反射時点でその威力を減衰させない。
設置できる反射する壁は最大で5つまで設置可能。スタック制であり、最大スタックは5、一定時間のリキャストでスタックが回復する仕様だ。設置数が増えるたびにMP消費量は増えるし、壁は三度射撃を跳ね返すと壊れてしまうが使用者の認識可能範囲、最大周囲数百メートルの範囲内なら平地でもオブジェクトでも、空間にでも設置できる。
人間業ではそれこそ『神域』と言われるほどの人間でなければ不可能だが、常軌を逸した空間認識能力と瞬間的な反射先の計算能力。それらをもし持ち合わせているとすれば、既存の遠距離攻撃の概念に縛られないとんでもないものが完成してしまう。
その完成例が、リューネだ。
現在行っている試射をシグリンデ、そして左目を通してジークヴルムは見ていた。リューネは、現在の試射が始まってから全ての射撃を『反射矢』を用いて目標へと直撃させている。しかも、数百メートル先に設置した反射ポイントを中継地点としての狙撃は距離にして2000メートル近い上にそのどれもが急所である頭や喉、心臓を外していない。もっとも、木人の方もかなり頑丈で、リューネの放つ大矢が直撃するたびに轟音を響かせた後近くへと落下し、破損した矢がそのままポリゴンとなって消えているのだが。
「ふぅっ……ど、どうだった?お姉ちゃん、竜王様」
「凄い、って言葉しか出てこなかったかな。私は遠距離武器苦手だからなんというか、あまりにも凄すぎて。 ――これから頼りにさせてもらうね、リューネ。王様もさっきから『流石我の眷属、うんうん』って言ってるよ」
「えへへ、褒めてもらえて嬉しいです」
てとてと、と。駆け寄ってきたリューネを褒めて頭を撫でてあげれば嬉しそうに彼女は笑っていた。思わずその純粋無垢な笑顔にシグリンデも笑顔を作っていた。
「試射のつもりだったんだが、随分と凄いモンを見せて貰ったな、俺等も長いこと生きてきたが、小さい嬢ちゃん程の射撃の腕を持つ奴なんてのはそう多く知らなねぇ。見事だったぜ、小さい嬢ちゃん」
「組長さんにもそう言っていただけるなんて嬉しいです!」
「さて、小さい嬢ちゃんの力量も見せてもらった。その大弓の試射も問題なさそうだな。 ちいと俺等はやることがあるんでここで失礼させてもらうが、これを渡しておく」
そうしてリューネへと渡されたのは、装飾された木札のようなものだ。上部には中央に穴が開けられ、紅白の紐が通されている他、朱色の塗料で兎のマークと、そして何やら証明するような印が押されている。そのマークと印の下には、読めないが達筆で文字が書かれており、見方を変えると『手形』のようにも見えた。
「それはうちの国『ラビッツ』への特別通行手形だ。小さい嬢ちゃんに渡しておくが、安全な場所でそれを持った状態で願えば、お前さん達だけが通れる扉が出現するようになってる。そこを抜ければ、この『兎御殿』にある客室へと繋がる。俺等は開拓者の嬢ちゃんと小さい嬢ちゃんをかなり気に入った。それに、ジークヴルムのやつの盟友と眷属でもある。もしよければ、今後うちの国に顔を出してくれると嬉しい。ビィラックとも仲良くしてくれてているようだし、もし縁があれば他の子供達とも仲良くしてくれると親としては嬉しい限りだ」
それだけ伝えると、ヴァイスアッシュは背を向けて機嫌良さそうに笑いながら手を降ると、庭園を後にしていった。
ともあれ。ジークヴルムの繋がりで新たな縁ができたのは事実だろう。そうして恐らく、これはこの先も続くものだと感じた。
その後はビィラックに、案内しきれなかったラビッツの場所を案内してもらい観光をした後、また来ると告げて別れ元の場所。ジークヴルムの休息地である禁足地へと戻った。
その直後のことだった。
姉であるペンシルゴンから連絡が来たのだ。
■ジークヴルム
我の眷属凄すぎんか?とか思ってる。これでまだほぼ基盤ができただけの生まれたばかりの雛のような状態。眷属の元気な姿と有能さに大満足の黄金の竜王。
■リューネのメイン武装
ぶっ壊れ武器。有効射程は2000メートルの上、彼女はとある特殊な眼を持っている。シャンフロ最高峰のクラフターとNPC側の最高峰のクラフター、もとい神匠が作り上げた至高の武器。名の通りこの武器と歩んだ先は、天を征し世界すらも変える頂点へと至るだろう。
■
プレイヤーからすると産廃もいいところのスキル。だがリューネはこれを使いこなし有効射程圏内なら容赦なく超高威力の遠距離攻撃が飛んでくる。しかも破壊可能オブジェクトなら貫通してくる上、隠れても反射させて狙えるなら容赦なくぶち抜いてくる。ちょっとした決戦兵器状態。
あまりにも特殊な上に高レベルでないと取得不可能・燃費最悪の上に同スカウトスキルにもっと有用なものがあるため禄に検証もされていないが、
■ヴォーパル木人くんver1.5
ヴァイスアッシュが武器の性能テストのためにと手慰み程度の感覚で作り、気が向いた時に改良をくわえている『とても奇妙で頑丈な像』、いわゆる木人。デフォルメされている顔だけを見れば公式グッズとして売れば間違いなくウケがいいデザインなのだが、首から下が全てを台無しにしている。褌一丁のムキムキマッチョの変態ヴォーパルバニーというシグリンデをもってして理解を拒むほどのもの。なお、ビィラックやリューネにはとてもウケがいいようであり、少なくともその性能はお墨付きで並大抵の攻撃ではビクともしない。
■ペンシルゴン
サンラクが行方をくらませたので、戦利品の件含めて妹に連絡したらとんでもないことになることをまだ知らない。