サンラクとラビッツで遭遇した翌日、シグリンデはクランホームである王立図書館でのクラン業務をしていた。【ライブラリ】の拠点とする王立図書館はかなりの広さを誇っており、一般的な書物から【ライブラリ】によって考察・検証などを含めた情報が詰め込まれた書物などもあり、それらが区画ごとに分類されて保管されている。
最近の【ライブラリ】は慌ただしい。というのも、ウェザエモンの件以降、各地で様々な変化が見られたからだ。主とするのは新たなクエストや、新たなエリアの発見。そして見つかる新たな遺跡とも呼べる場所では、見たことのないような敵。機械じみたモンスターや、異形のモンスターが確認されているという。
そんな変化があったという情報を整理し、それをゲーム内部の書物としてこの図書館に収めているのだ。その他にも、外部サイト。wikiや有志で作られたホームページなどへの情報提供も行っている。もっとも、そのあたりのことを担当しているのは磐斎やラインハイトといった幹部陣なのだが。
最近の情報の他にも、今までまとめられていなかったものが完成したり、【ライブラリ】が独自で作っている初心者プレイヤー向けの参考文献などの書物もこの王立図書館の本棚に陳列されている。それらの書物の陳列や整理、管理などの手伝いを現在、シグリンデはリューネとともに行っている。
リューネの人気は凄まじい。主に館内での雑務全般を手伝ってくれており、王立図書館で手伝ってくれている時は大抵様々な業務のためにあちこち歩き回っている。忙しそうにしていても愛想よく健気に対応してくれ、しかも見た目は最初のボロボロの姿は何処へやら。今ではアルビノの肌に綺麗な黄金の両目、真っ白で手入れの行き届いた髪をポニーテールにしている、小柄な少女。つまるところ、美少女である。
そして、本人の性格や健気さは多くのプレイヤーの庇護欲を掻き立てた。中には有名なPKとして恐れられていたが、自ら罪を償うと言って知人に介錯してもらい、一般プレイヤーとなって見守っている者、忍者系統の廃人プレイヤーだったが、調べ物のために図書館に足を運んだらそこで彼女を見てアンブッシュされたような錯覚を覚え、そのまま【ライブラリ】へと個人プレイヤーとして図書館警備とリューネの身辺警護をやらせてくれと名乗り出た者も居た。他にも多くのプレイヤーの心を性別問わず魅了して、今や巷では『リューネちゃんを守り隊』、『図書館御庭番衆』、『王立図書騎士団』などのクランではないがやたらと強い精鋭や生産職プレイヤーで結成された集団ができたとかなんとか。
「うーん……この本、一番高いところかあ。届かない……」
「あー、これ整理対象のやつだね、ハシゴ持ってこようか?」
作業をしていれば、ハシゴを使うこともある。そして今まさにその時だった。あまりもう読まれていないような文献は、超大型の本棚の一番上の段へと片付けられ陳列される。だが、とにかく王立図書館の本棚は巨大なものもあり、高さにすれば10メートル近いものもある。
移動式のハシゴがあるのだが、それは現在一番下、一階にある。そして現在は図書館三階である。移動させてくるにしても、そこそこの時間がかかる上に今回最上段へと収納するのは5冊程度の本である。だが、ハシゴを移動させなければまず届かないだろう。なのでシグリンデは『待ってて、持ってくるよ』と言って移動させに行こうとした時。
「……お困りのご様子」
「あ、『ハンゾウ』さん!」
「こんにちは、新しい本探しですか?」
「……如何にも。それよりもどうかされたか」
言われ、手元の分厚い5冊の本を指差して見せる。どうやら彼はそれで察したようだ。
『ハンゾウ』。キョージュ曰く、元々よく王立図書館に来ていたトッププレイヤーであり、その足の速さや情報収集能力、そしてなによりも戦闘力から【ライブラリ】の様々な業務に協力もしている。図書館に足を運んでいたのは曰く本人の趣味らしい。リューネが【ライブラリ】で保護されてからは、今までより頻繁に来館するようになり、よく図書館の読書スペースで本を読んでいる姿が目撃されている。
彼もまたリューネに魅了された一人であり、表向きは来館者を装っているが実際は【ライブラリ】と契約のもと館内警護と目の届く範囲でリューネを警護している。実際には警護だけではなく読書も楽しんでいるようだが。
彼がそういったことをしている、というのはシグリンデにも通達されていた。たまた、彼が極めて珍しい職業であり、本人も詳細については外部に明かしていないが、【天地忍】という職業の持ち主である。近接型スカウトビルド、主に『忍者』などに該当される隠密や機動力に長けたビルドであり、彼の名を知らないものはシャンフロには殆ど居ない。
「……此方に。任されよ」
「え?でも、あんな高いところで……」
本を受け取ると、音もなく彼の姿は消えた。次の瞬間、コトン。という本が最上段の本と本の間に収まる音の後、再び彼の姿は現れた。
「えっ……ええっ!?今何が……。えっと、ありがとうございます、ハンゾウさん」
「すみません、お手を煩わせてしまって」
「……気にされるな。拙者の探し物も、どうやらあちらにあった故」
見れば、真っ黒な。忍び装束と着物をかけ合わせたような装備の彼の右手には一冊の本が握られていた。どうやら、お目当ての本は整理書庫だったようでついでに見つかったようだ。
「……何かあれば拙者か、『御庭番』に申し付けられよ。拙者も今日は此方に居る故、できることがあればお手伝い致そう。それでは、御免」
そのまま本を片手に、足音をさせずに彼は歩いて下の階へと向かっていった。恐らく、手にした本を下の階の閲覧スペースで読むのだろう。
『シグリンデよ』
『あれ王様?なに、気になる本でも見つけた?』
『それは沢山あるのだがな……むう、どうにも書物を自由に読めぬのは不便であるな……。 ――あれが早く、上手く形になるとよいのだが』
『うん?なんのこと?』
『いや、気にするな。そのほうが『さぷらいず』というものになる』
『言っちゃったら意味ないと思うよ……』
『ぬ?そうなのか?ともあれまだ形になっていない故な、時間はかかるかもしれぬが楽しみに待っているがよい』
『王様がそこまで言うなんてなんてすごいこと企んでそうだね……。それで、どうしたの?』
『うむ。 ――先程のあやつ。あれは、何者だ?』
先程の、とはハンゾウのことだろうかと思う。ジークヴルムは確かに、強い相手に興味を示す。実力のある者、才能のある者。それだけではなく、懸命に生きようとしたり、努力を重ねて研鑽する者。そういった人の強さと輝きが大好物なのだ。
だから本人は今も自由気ままに世界を飛び回り、時々開拓者の相手をしたりして。そして、余程に気に入った相手には自分の印を残しているという。もっとも、その印。呪いは以前と比べると極めて極僅かとなったらしいが。
自分の左目を通して世界を視るときも、そんな興味のある相手を見つけるととにかく楽しそうに、嬉しそうに騒ぐものだ。だが、今回は少し違った。ジークヴルムのその言葉には、真剣さがあった。強き者、輝きを持つ者を視るというよりは、もっと別の。いわば、真に特別な視線で視るようなものだった。
『ハンゾウさん?開拓者の知り合いで、よく図書館に来る人かな。クランで仕事を依頼してる人でもあるね。どうかした?』
『……あやつ、只者ではないな。例えるならば、そう。まるでウェザエモンのような気配だ』
『確かにハンゾウさんは開拓者の中でもトップレベルに強い人らしいけど……王様がそこまで言うくらいなの?』
『うむ、見た目だと忍びや影の者のようにも見えたが』
『職業は『天地忍』って言うらしいよ。詳しいことは私も、それから周りの人たちも殆ど知らないんだって。ただ、キョージュさん……うちのクランリーダーは『その職業の名の如く、天と地。世界そのものであり、遍く全てに潜む忍び』って言ってたかな』
『世界そのものを形成する存在であり、同時に世界そのもの。故に天地遍くところに忍ぶ者とでも言うべきか。……あやつも恐らく、ウェザエモンと同じ窮極に至り理を超える者だろう』
未だ嘗てないほどジークヴルムがプレイヤーを褒め称えていて驚いた。そんな人が味方とはなんとも心強い、とも思った。寡黙で、無表情を殆ど崩さない人だがいい人なのはシグリンデも知っている。リューネを気にかけてくれており、自分がログインしていない時に彼女の面倒をよく見てくれている【ライブラリ】のクラン外の関係者の一人でもあるのだ。
そんな話をしながらリューネと作業を進めていると、メールが送られてきた。送り人はキョージュであり。その内容は、数日前にペンシルゴンやオイカッツォと共に話していたある画策についてだった。
「よし、とりあえず一通りは片付いたかな。ハンゾウさんのお陰でちょっと早めに終わったね。 ――リューネ、今からキョージュさんのところまで一緒に来てくれるかな。そこでちょっとお話しながら休憩しよう」
このメールが来た、ということは恐らくサンラクは逃げ切れなかったのだろう。恐らく今回についてはサンラク側に原因があった可能性があるが、シグリンデは心の中で手を合わせた。
送られてきたメール。それは、今日の夜、複数のクランで集まっての会合を行うので、リューネを連れて一緒に参加して欲しい。という内容のもので。そして、【旅狼】と【ライブラリ】で画策した、クラン同士の連合を促すためのものだった。
■ハンゾウ
スカウト系プレイヤーのトップランカー。シャンフロ内部で忍者系唯一無二の『天地忍』という職業を持つ。ジークヴルムが要約すると『ウェザエモンかもしくはそれ以上にヤバイかもしれん』と言うほどのプレイヤー。最初打算ありきでリューネに近づいたつもりがアンブッシュされて魅了された。今では彼女の周辺警護やお手伝いをしながら【ライブラリ】からの依頼も遂行している【図書館御庭番衆】の頭目。ペンシルゴン曰く、目をつけられたら逃げられないとのこと。
着物のような忍者衣装を着ており寡黙な印象を抱かせる。ビルドは忍術主体の近接型。忍術は魔法にも分類されるものもあるため、複合型とも呼べる。多才な忍術で距離を選ばず、トリッキーな戦い方をする。イクサの前にはアイサツを忘れず、必ずプレイヤーと戦う場合はオジギを行う。リアル関係でゲーム関係の教え子が居る。
■サンラク
逃げ切れなかった