ゼロの伝説LOM(ルイズが異世界から帰還後)   作:hobby32

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第2話

「サイト、おっきろ~!!」

ルイズが、寝ているサイトの毛布を引っぺがえして、まだ冷たい空気に強引に触れさせる。

 

「ん………寒い! って、ここは……? ああ、えっと、ルイズ?」

サイトは、寝ぼけながら、目の前のニコニコ笑っている、ネグリジェ姿の少女を見つめた。全身が発光するように煌めいていて、朝目覚めて1番に、可愛い、と思ってしまった。

 

ルイズは、楽しそうにはしゃぎながら言う。

「ほらほら、朝ごはんに行くよぅ! 早く布団を……ええと、どこに置こう……まあ、わたしのベッドでいいか。さっさと、行くわよ!」

 

才人は、大いに戸惑う。

「おまえ、どうしたんだよ? 昨日はあんなに暗い、というか、シリアスだったじゃないか。いや、別に戻らなくてもいいけどさ」

「ん~? わたしは普段こんな感じだよ? 場をわきまえているだけ。 ほら、生きるって楽しいじゃない!」

満面の笑顔を咲かせるルイズに、才人は、まるで死んだことがあるような言い方をするなあ、と思う。

 

しかし、才人が硬直していると、ルイズは容赦ない。

「ほらほら! 早く早く! でないと、くすぐりの刑にしちゃうぞ~!」

と言ってルイズは、まだ体を起こしきれていないサイトのわき腹あたりを、狙ってくすぐる。

 

「ちょ、なんだよ! わははは、る、ルイズ、ちょっとタンマ、わははは」

「えへへ。そうそう。笑顔は大事だよ」

ルイズは、本当に楽しそうに言った。

 

ルイズは、制服に着替えてから、サイトと部屋を出る。すると、近くの扉が開き、赤い髪の制服姿の少女が現れた。才人と変わらないくらいの身長である。褐色の肌で、何より胸の大きさの目立つ少女であった。

 

その少女目がけて、ルイズは走って突っ込んで行く。

「キュルケ、おはよー!」

そして、ルイズの小さな体はキュルケと呼ばれた少女の豊満な胸によって受けとめられる。それから、ルイズはキュルケの体に腕を回した。

 

キュルケは、大いに驚く。

「ルイズ、どうしたのよ、あなた?」

「これからは、こうするの!」

と、ルイズは、幼子のような声で返事をする。

キュルケは、かなり戸惑う。

「まあ、べつに構わないけど、どうしたのよ、急に。召喚した使い魔から、何か変な影響でも受けたの」

 

才人はすぐに反論する。

「俺は関係ねーよ。朝起きてたら、急にこうなってたんだよ」

ルイズも同意する。

「そうそうサイトは、関係ないもん」

ルイズは、キュルケの温もりを吸収するように、胸に埋まる顔を動かし、背中をさすった。

 

それから、すぐにキュルケの使い魔の、虎ほどの大きさの巨大なトカゲを撫で始めた。

「大きな目が可愛いね~! 尻尾まで燃えてて格好いい! キュルケ、あなたにピッタリじゃない!」

ルイズは、ニコッとした笑顔をキュルケに向ける。

 

キュルケは、ただただポカンと口を開けるばかりであった。

「本当にどうしちゃったのよ、あなた? 熱でもある?」

キュルケは、本当に心配そうに、ルイズの額にかかる髪を掻き分けて、体温を調べた。

「熱があるのはそっちの方でしょ、微熱のキュルケ」

ルイズは、笑顔を絶やさない。

 

キュルケは、ルイズの平熱を確認すると、どうにも調子を狂わされるからと、才人の方に目を向ける。

「あなたの使い魔、それ?」

「そうよ」

ルイズの笑顔が少し曇る。

 

「まったく、人間を召喚しちゃうなんて、あなたらしいわ」

「間違って召喚ゲートに入っちゃったみたいだから、早く帰さないといけないの」

キュルケは、ここでルイズが隙を見せたとばかりに反応する。

「間違って? ええ、そうね。あなたも間違えて召喚ゲートに入ったものね。そして、今度は間違えて召喚ゲートをくぐった人間を召喚したと。あははは! あなたらしいわ」

 

才人が驚いて反応する。

「ルイズが、召喚ゲートに間違えて入った?」

「そうよ。すぐに出てきたけどね。まったく、ふふふ。召喚ゲートに入るメイジも、召喚ゲートから人間を出すのも、このルイズが初めてなのよ!」

「バカにして!」

ルイズがしかめ面となり、うーうー鳴き出した。

 

しかし、キュルケとしては、ルイズの反応がムキになっているというより、楽しんで応戦しているように思われた。どうにも、いつものように、簡単にムキになるルイズとは違う。まだ勝てた気がしなかった。なので、続ける。

「まあ、いいじゃないの。ゼロのルイズなんだから、使い魔もゼロかと思って心配したわ。でも、ゼロじゃなくて、あたしも安心、安心」

 

 

「残念、残念の間違いじゃないの?」と微笑みながらルイズ。

「いえ、さすがに2年生に上がれないのはかわいそうだと思っていたわよ」

「ウソだ! 絶対一年生のままか、退学になるのを見て笑いたかったんだ。バカにして!」

ルイズは、初めて本気で頬を膨らませてむくれた。

それを見て、キュルケもようやく満足する。

「いやぁ、安心安心。良かったじゃない、平民でも使い魔を召喚できて。……じゃあねぇ」

キュルケは、手をヒラヒラさせながら、巨大な火トカゲと共に去って行った。

 

ルイズは、サイトに顔を向ける。それから、シリアスな口調であった。

「サイト!」

先ほどまでとは打って変わって、わりと鋭い口調のルイズに、才人はびっくりする。

「な、なんだよ」

「言い忘れてたけど、ここは貴族と平民の階級が厳格に区別されている社会だから気をつけて」

「あ、ああ。貴族って何がエラいんだ?」

「単純に言って、魔法を使えるのが貴族、使えないのが平民なの」

「なるほどね。そりゃ威張りたくなるもんだ」

「うん、だから、貴族相手に余計なことしちゃダメよ」

「わかったよ。こっちだって、余計なケガしたくないからな」

才人は、特に深く考えるでもなく、答えた。

 

それから、2人は大きな食堂に入る。才人が、長いテーブルに豪華な料理が並んでいるのに目を奪われていると、ルイズが「こっちこっち」と手招きする。

才人は、いそいそと付いていく。

それから、ルイズは、自分の椅子に着き、自らの隣の椅子を引いてポンポンと席を叩いた。才人も、当然のように座る。

 

しかし、少し経ってから、才人は、おい、と声をかけられる。

「お前は誰だ? そこは僕の席だぞ。早くどけ」

 

すると、ルイズが、「マリコルヌ」と声をかける。

それから、相変わらずの笑顔で言う。

「彼はわたしの使い魔よ。人なんだから、こうやって椅子に座って食事をとるのが当たり前よ。あなたは、椅子を持ってきなさい」

すると、マリコルヌは、ルイズの可愛らしい笑顔に、毒気を抜かれ、声が弱々しくなりながらも、一応叫んだ。

 

「おい、ルイズ。ゼロのルイズ。平民の使い魔を座らせて、僕が椅子を持ってくる? あり得ないだろう! ここは、貴族の食卓だぞ!」

 

ルイズは、いっさい動じることなく笑顔で言う。

「貴族である前に、人よ。それにわたしの使い魔なんだから、わたしの隣に座るのが当たり前よ」

それから、ルイズは、笑顔のまま子猫のように首を傾けて、椅子の積まれている方を指差した。

 

マリコルヌは、ルイズの顔と仕草に顔を真っ赤にしてたじろぎ、急いで椅子を取りに行く。

 

隣で一部始終を見ていた才人や、周りにいた生徒たちは、呆気にとられた。才人は、少しおずおずと訊く。

「い、いいのかよ、お前、あんなことして」

ルイズは、あっけらかんとした声で言う。

「べつに。これだけご飯があるならいいじゃない」

「いや、そういう意味じゃないんだけど……」

才人は、大いに戸惑い気味だ。ここでは、貴族と平民に厳格な身分格差があると教わったばかりなのに、その当の本人が、率先して破っている。戸惑わずにはいられなかった。

ついでに言うと、先ほどのマリコルヌという奴の追っ払い方も、才人には気に食わなかった。なんだよ、あんなのに、あの超可愛らしい笑顔を見せやがって。椅子を持ってくればいいじゃない、の一点張りで、追い払えただろうに。まだ、食べてもいないのに、少し胃がムカムカする才人であった。

 

その勢いのままルイズに訊くものだから、少し声が大きかった。

「それで、ゼロのルイズってなに?」

ルイズは、肩をピクンとさせる。周りの生徒たちも一斉に下卑た目線をルイズに向けた。

「わたしのあだ名よ。あんまり気にしないで」

「ふーん」

才人は、周囲の嫌らしい目線が気になったが、特に深入りしなかった。この分だと教えてはくれないだろうと、思えた。

 

それから、才人を除いた食堂にいる全員による祈りの声が唱和される。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

それから、食事が始まった。才人は、実家の食事よりもうまい料理に満足した。

 

その後、教室に向かった。石造りの大学の講義室のようなもので、教師が一番下の段で話して、生徒たちは、階段状の席で聞く、というものであった。笑顔のルイズと、才人 が入ってくると、振り返った生徒たちがクスクス笑い始める。しかし、ルイズは、堂々としたもので気にもとめず、サイトは、多種多様な使い魔に目を奪われたため気付かなかった。ネコやカラスだけでなく、バジリスクやバグベアーまでいるぞ。

 

それから、ルイズについていくと、一つの席に座ったため、才人もその隣に腰かける。

すると1人の男子生徒が、注意する。

 

「おい、ゼロのルイズ、使い魔を教室の席に座らせるなよ」

「あなたが床に座るなら、わたしたちも床に座るわ」

ルイズの切り返しに、男子生徒は驚き、そのまま何も言えず、席に着いた。

 

才人は、そんなルイズをじっと見つめる。何なんだろう、コイツ。普通の貴族とは、全然違うじゃねぇか。もっと嫌らしく、俺みたいな平民を蔑む方が普通じゃねぇか。それなのに、このご主人さまときたら……。

 

才人は、そういえば、昨日もよくこっちの話を聞いてくれたし、わざわざベッドを注文すると言ってくれたことを思い出す。もし、他の奴らに召喚されたら、こんな待遇はあり得なかったんじゃないか。……こう、才人は思ったが、ルイズの方を向くと、またニコッと、小首をかしげながら、天使の笑顔を見てしまい、赤面して、慌てて顔を逸らす。

 

実際のところ、ルイズはファ・ディールでの経験を通して、多少のエラいエラくないの階級差はあれど、貴族という言葉のない世界にいた影響で、純然たる人はおろか、言葉を話せるなら獣人だろうが、昆虫人だろうが、パズル人間だろうが、人は人だという思想が根付いていた。

 

彼らと何度言葉を交わして、時には冒険して、自分の命を助けてくれただろうか。もし貴族という階級差を利用して、平民を差別すれば、それは幾多の命の恩人を蔑ろにすることとなる。引いては、自らのファ・ディールでの、苦しい経験の方が多かったが、人々を救った思い出を汚すことになる。なので、才人ほど純粋な人間を差別することなど、あり得なかった。

 

モンスターでも、自分たちを攻撃することがなければ、交戦したりはしない。まあ、そうでないことの方が圧倒的に多かったから、いつだって渋々、敵を退けていったのであるが。

 

さて、扉が開き、紫色のローブを着て、帽子を被っている先生がやって来た。彼女は、笑顔で言う。

「皆さん、春の使い魔召喚の儀式はきちんと成功したようですね。この時期は様々な使い魔の姿を見られて、とても楽しいです。……あら、ミス・ヴァリエール、面白い使い魔を召喚しましたね」

ここで、シュヴルーズは、からかう口調でルイズに言ったため、教室中が笑いに包まれた。

 

ルイズは微動だにしなかったが、ゲラゲラ笑われて、才人の方がイライラして、立ち上がった。

「うるせぇよ、お前ら! 人が召喚ゲートをくぐって何が悪い!」

と、叫んで、隣にいたルイズがビックリした。

 

すると、なおのこと、笑いは大きくなった。しかし、平民たる才人に口撃の矛先は向かず、先ほどの食堂での仕返しか、マリコルヌがルイズを嘲笑う。

 

「ゼロのルイズ! おまえ、直々に召喚ゲートに入っても、使い魔を連れてこられなかったから、その辺歩いていた平民を連れてきたんだろ!」

「どのあたりを歩けば、この特殊な服を着た平民を連れてこられるのか、教えてもらえるかしら?」

ルイズは、涼しい顔で、やはり笑顔で返す。ルイズとしては、ぜひとも異世界人の才人を帰還させる方法を知りたかった。

ついで、こんなからかいなど生死の境を何度もくぐり抜けてきたルイズにとっては、もはや微風(そよかぜ)にも当たらない。

こういう口だけに留まっているうちは、もはや何とも思わないのだ。

 

マリコルヌは、また叫んだ。

「ふん。服がなんだ。『サモン・サーヴァント』ができなくて、ちょっと平民を飾ってやっただけだろう!」

隣にいた使い魔の方はルイズほどの耐性はないので、ご主人さまと自分の服を侮辱されて、マリコルヌに反撃しようとした。

「おい、ぽっちゃり。てめぇ……むぐぅ!?」

サイトは、立ち上がったルイズに口を塞がれる。

「あなたは、黙ってなさい!」

この世界に来て、初めてルイズに怒られた。それで、今までの親切でルイズに従順な才人は、大人しく座る。

それから、ルイズは、笑顔で言う。

「ミセス・シュヴルーズ、どうぞ、授業を始めてください」

 

「はい、では、ミス・ヴァリエールの言葉がありましたので、授業を開始いたします。皆さんご存知のとおり、魔法の四大系統は火、水、土、風の四つがありますが……」

それから、土が最も重要な魔法であること、それは私の担当科目だからではなく、金属の生成と加工、さらに建築や農業にも及んでいること、などを話した。これからまず基本中の基本である『錬金』の魔法を皆さんにやっていただきますなどなど。

 

そして、まずはミセス・シュヴルーズがただの小石をきれいに輝く金属に変えてみせた。生徒たちから、感嘆の声が上がる。

 

ルイズは、バドが見たら喜びそうだな、でも、自分はもっと美しくて儚い種族を知っているのだから、今さら美しさ程度では驚かないと思っていた。本当に大事な煌めきは、胸の中にあるのだから。

 

しかし、教室のクラスメートたちは、ミセス・シュヴルーズの作り出した金属に夢中であった。キュルケが、興奮して訊ねる。

「そ、それは、ゴールドですか、ミセス・シュヴルーズ!」

「違いますよ、ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの『トライアングル』に過ぎません」

しかし、ミセス・シュヴルーズは、自慢げであった。

 

ルイズは、俗人ばっかりだな、と思っていると、隣から才人が話しかけてきた。

「ルイズ」

「ん? なに、サイト?」

「スクウェアとか、トライアングルってなに?」

「系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」

ルイズは、いつかバドに説明したことを才人にもう一度した。

ルイズの説明にうんうんうなずいて、才人は納得する。

「あの土を自慢している先生は、相当強力なメイジってことか」

「ええ」

「ルイズは、どんぐらいなの?」

ルイズは、複雑な笑顔で首を振った。

 

本当は、光、闇、木、金、火、土、風、水を魔法楽器で操れるオクタゴンなのよ、と言う訳にもいかない。

それに杖で使える魔法ときたらーー

 

すると、ミセス・シュヴルーズからお咎めの声が飛ぶ。

「ミス・ヴァリエール、私語は慎みなさい」

「すみません」

「ならば、いいですね、あなたに実演していただこうかしら? この石を、あなたの望む金属に変えてください」

「いいんですか?」

ルイズは、この先生が自分を教えるのが、初めてだということを思う。ーーああ、知らないんだ、と。

 

しかし、ここでキュルケが止めに入る。

「先生、やめた方がいいですよ」

「どうして?」

「危ないので」

クラスメートのほとんどが、首を縦に振った。

 

「何が危険なのですか? 彼女は、優秀な成績を収めています。ミス・ヴァリエール、周りの声を気にせず、やってごらんなさい」

「わかりました」

ルイズは、不敵に笑う。そして、堂々とした足取りで、教室の階段を降りてゆく。

キュルケの、「ルイズ、やめて」の声も無視して。

 

シュヴルーズは、ルイズの隣に立って、言った。

「ミス・ヴァリエール、錬金したい金属を、強く心に思い浮かべなさい」

「はい……ああ、サイト!」

突然ルイズは、上の方を見て叫ぶ。サイトも大声で返す。

「なんだ?」

「机の下に隠れて」

「いや、お前の魔法を見たいんだけど」

「いいから! 怪我したくなければ、わたしの指示に従って!」

才人は、なおも逡巡したが、周りの生徒たちは、そそくさとルイズの言うとおりに従っていた。というか、ルイズが叫ぶ前から机の下に隠れる者が多数であった。才人は、ルイズの言うことなら、と仕方なく従った。

 

ミセス・シュヴルーズは、教室の様子に不安を覚える。

「な、なんですか? 何があるのですか?」

ルイズは、警告する。

「先生も机の下に隠れられた方が良いですよ」

ここでシュヴルーズは、教師魂を燃やす。

「いえ、教師たる者、生徒の実演に目を背けるわけにはいきません!」

ルイズは必死に叫ぶ。

「いえ、本当に危険なんです! せめて、教室の一番上の階までのぼってください!」

「いえ、教師たる者、逃げるわけにはまいりません」

 

「………………わかりました。では、『錬金』の魔法をかけます」

ルイズは、ひとまず全員が机の下に入ったのを確認してから、特に才人の姿が見えなくなったのを確認してから、短いルーンを唱えて、杖を振り下ろした。ティアマットの腹の中を吹き飛ばした超強力な爆発魔法、ただし失敗魔法を発動した。

 

すると、石ころは、机ごとドカーンと爆発した。凄まじい爆風で、教室中のたくさんの机を震撼させ、あちこちの窓ガラスを粉砕し、多種多様な使い魔たちを怯えさせ、暴れさせた。

 

もちろん爆心地の二人もただでは済まない。シュヴルーズ先生は、黒板に強烈に叩きつけられ、ルイズも吹き飛ばされ、髪や顔が煤(すす)だらけとなり、机と石の欠片であちこちから、あちこち傷ができていた。まあ、こんなのは、ファ・ディールで受けてきた怪我と比べれば大したことはないが。

 

「やっぱり、ね」

ルイズは、ゆっくりと立ち上がって、淡々と言う。

すると、机の下から出てきた生徒たちが、次々にルイズを口撃してくる。

「何がやっぱりだ! ゼロのルイズ!」

「だから、やめときなさいよ、って言ったのに……」

「なんで、あいつは退学になんねぇんだよ!」

「ゼロ! 成功確率ゼロのルイズ!」

同じく机の下から出てきた才人は、どうしてゼロのルイズのあだ名がついたのか、心底から理解した。

 

 

 

それから、先生が気絶したため、当然、授業は中止となり、ルイズと才人は、ルイズの破壊した教室の後片付けに追われた。 

 

 

「うぅ……ごめんね、サイト。わたしの後片付けを手伝わせちゃって」

ルイズは、心底から申し訳なさそうに言う。

「いいよ、別に。これくらい」

才人はさらりと言う。そうはいっても、彼は、新しい窓ガラスを持ってきたり、教師用の新しい机を、ルイズの代わりに重労働をこなしてきてくれたのである。ルイズには、重労働をこなせないから。

 

その間にルイズは、目に付くところの煤を雑巾であちこち走り回って掃除していた。

 

何しろ『この程度』で済むなら全然苦労はないのである。世界を征服せんとするドラゴンを倒して来たり、世界を滅ぼさんとする悪魔と戦うことと比べれば、こんなのはルイズにとって小事に過ぎない。

 

ついでに、ゼロのルイズと吹聴されているうちは、自分が多種多様な魔法楽器で、すべての生徒、教師を圧倒することができるとは思うまい。これで、あの強力魔法兵器群の存在を包み隠せると思っていた。なので、『ゼロのルイズ』の称号は、嫌ではあるが、しかし大局的に見れば、歓迎すべきことなのである。

 

ただ、それは“ルイズにとって”であり、昨日この世界に理不尽に召喚された少年からしてみれば、厄介この上ないことに違いない。突然故郷を離れさせられ、こんな面倒ごとに付き合わせているのだから、憤懣やるかたないはずである。ルイズとしては、なるべく負担をかけることなく、傷一つ負わせることなく、才人を元の世界に帰したいと思っているのだが。

 

しかし、そんな少年は、教室の中段くらいの机の煤を拭くルイズに訊ねた。

「お前は、大丈夫なのかよ?」

「なにが?」

ルイズは、振り向かずに答える。

「その……あんなに馬鹿にされて、恥かいて」

「別に、大したことじゃないわよ」

ルイズは、本当に何でもないことのように言った。

 

「ウソだろ」

「うん……?」

才人の口調が異様に鋭くなったので、ルイズは振り返った。すると、彼はやたらと真剣な眼差しを向けていた。とはいえ、ルイズが動じるほどではなかったが。

 

「あんだけバカにされて、心が傷つかないってことがあるかよ。ここじゃなくてもいい。部屋に帰ってからでもいいから、全部吐き出してみろよ」

おや、ずいぶんと自分のことを心配してくれているようである。昨日、理不尽に召喚されたばかりなのに、なんともまあ、心の広い少年である。珠魅のために泣いたら石になるタイプだわ。ファ・ディールでは、みんな自分の目的に邁進していたから、ルイズのことばかり、深掘りして気にかける存在は確かいなかったはずである。ハルケギニアでも、そう。

 

ーーそういう意味ではルイズにとって、初めてと言える存在かもしれない。

 

ルイズは、雑巾がけをやめて、才人に向き直る。笑顔なしで。

「そうね、心に多少のかすり傷はあるわ」

「かすり傷なもんかよ。ズタズタなんじゃないのか、本当は?」

「いいえ、それは違うわ。こんなことは、わたしにとって、些細なことなのよ」

 

才人は、激昂する。昨日は自分のためにだったのに、今日はルイズのために。

「ウソだろ! 俺がお前の立場だったら、耐えられないか、少なくともぶち切れてるよ!」

「そう。でも、『ゼロのルイズ』とあだ名されている内はましなのよ。ずっと、ずっと、ずっとね」

「……お前が何を言っているのか、わかんねぇよ」

「知りたい?」

「ああ、知りたいよ」

「知って、他の人に秘密にできる?」

「今のところ、お前以外、ロクに口きける相手はいねぇよ」

 

そうだった、とルイズは思う。未知の世界、地球の異世界人。ハルケギニアの常識もなければ、ファ・ディールの常識もない、恐らくこの世界でもっとも奇異な少年。

 

そうか。この少年になら、話せるわ。というより、この少年以外には話せない。いつこの少年が帰れるかは不明だが、お土産話として、地球とやらで話されても何も問題ない。ついでに、言っては悪いが、まだこの世界に全く馴染んでないからルイズの秘密を言ったところで信用されない。

 

さらに言えば、自分がいま現在、異世界にいるのだから、ルイズが異世界に行ったと言っても信じてくれるに違いない。この世界で唯一、自分の話を、世迷い言として見なすはずのない存在。

 

そう考えると、『サモン・サーヴァント』も自分にふさわしい相手を選んだものだな、と思う。話し相手として、異世界人は、異世界を冒険してきた自分にピッタリではないか。なるほど、なかなかにうまくできている。

 

ルイズは、また花咲く笑顔で言う。

「いいわ。今夜、部屋に帰ったら話してあげる。こんな教室を爆発させてバカにされることなんて、取るに足らない、些細なことだってわからせてあげる」

「ほ、本当に? そんな理由があるのか?」

才人はけっこう驚いているようだ。まあ、普通の人には想像がつくはずもないからしょうがないが。

「ええ、でも、これだけは約束して。絶対に誰にも話さないこと。わたしとサイトの2人だけの秘密にして」

 

才人は、逆に戸惑う。

「いや、もちろん、約束は守るけどさ、でも、昨日この世界に来たばっかりだぜ、俺? そんな俺に打ち明けていいのかよ」

「いいえ、むしろ、そういうあなた以外には打ち明けられないのよ」

才人は、ゴクリと唾をのむ。なんだなんだ。そんな秘密って。そんなものが存在するのか? 俺を買い被っていないか?

しかし、ルイズが話すと言った以上、ぜひとも聞き遂げたいと思えたので、今夜を楽しみにすることにした。

 

だが、そう思っていると、ルイズは、雑巾を置いて、満面の笑みで、教室の階段を駆け下りてくる。そして、才人の元まで駆け寄った。

「ほらほら、どうして、あなたまで暗い顔しているのよ。笑顔笑顔♪」

そう言って、才人の両頬をグイグイと両手で上げてゆく。

「わっ! だから、それなんなんだよ、お前!」

「えへへ~。優しい使い魔へのごほうび、ごほうび♪」

「べ、べつに優しくなんか……」

才人は、顔を真っ赤にして、ルイズにされるがまま、両頬をグイグイ引っ張られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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