ゼロの伝説LOM(ルイズが異世界から帰還後) 作:hobby32
アウストリの広場のベンチに座って、ルイズは、ぼーっと青空を見上げていた。そして、時折、自分の頭を撫でてみる。才人に触られた箇所の感触をよく覚えていた。その箇所を触っていた。
しかし、才人と同じような感触にはならない。やっぱり、才人の大きな手で優しく撫でられないと、同じ感触にならないのだ。そのうち、自分で頭を撫でると、才人によって頭を撫でられる感触を上書きしてしまうような気がして、自分の手で頭を撫でるのをやめた。
頭を撫でられる感触以上に、あの心がふわっと軽くなるような感覚をもう一度味わいたいのかもしれない。
あんな感覚は、生まれて初めてだった。ひょっとしたら、最後かもしれない。ティアマットの呪いが解けたあの瞬間だけしか味わえないのかもしれない。そう思うと、残念な気もしてくる。
改めて、平賀才人という少年を考えてみる。
異世界人とわかって、最初は大慌てであった。なるべく早く、元の世界に戻さないといけないと思ったものである。それは今も変わらないが、フーケのゴーレムを彼の世界の兵器で粉砕したり、風邪でだいぶ衰弱していたとはいえワルドを破って、少なくとも2回は魔法楽器の露見から自分を守ってくれた。アーティファクトの代わりに元の世界に戻るには、自分の魔法の研究(ちっとも進んでいないが)と、あるいはこの世界の事件に関わることで元の世界に戻る手立てを見つけられるのかもしれない。少なくとも、自分たちにできることはそれ以外なかった。
でも、才人がいてくれると有り難かった。あの素早さと剣の腕は魅力的である。ファ・ディールに彼がいてくれたら、どれほど戦闘が楽だっただろうと思わずにはいられないくらいである。もともと自分は後衛で、敵の動きを防ぐのに全く向いていない。演奏時間を確保してくれるために、彼の剣の腕があれば、どれほど冒険が楽だっただろうか。ルイズは、恨めしいくらい才人がファ・ディールに召喚できなかったことを悔やみ、そして、そんな考えになってしまう自分の思考を恥じた。
異世界人だから、ということで、右も左もわからぬころの自分を思い出して、できるかぎり優しく接したつもりであるが、それ以上のものを、あの少年はいつだって自分にもたらしてくれる。
自分が異世界を冒険していたことは、ハルケギニアの人間の誰にも話せないから、異世界人たる才人に話したのであるが、軽蔑を覚悟して世界秩序を守るドラゴン殺しの話をした時、なぜか自分の頭を撫でてくれて、ねぎらってくれた。あり得ないことだと、ルイズは思った。
そもそも、自分の魔法の失敗で、彼は誤ってこの世界に来てしまったのだから、もっと自分に怒ってもいいのに、初日の混乱時を除いて、そんな態度は全然見せない。ビックリするほど、優しかった。
だけど。だからこそ。
きちんと、この世界から、なるべくケガ無く帰って欲しいと思えるのだ。彼の優しさは、元の世界の人に向けられるべきで、決して異世界で向けられるべきではない。そう、ルイズは思っていた。
さて、一方の才人は、ルイズから「ちょっと一人にして欲しい」と言われたので、のんびりと自分のベッドで仰向けになっていた。
そして、昨日まで語られたドラゴンを巡る事件について、振り返った。
あのシリアスな時はシリアスだが、基本的に学院にいる時には明るい少女があそこまで苦しんでいたとは、全く思わなかった。とても辛そうで、あんまりにもかわいそうで思わず頭を撫でちまったけど、果たしてあれで良かったのやら。
ルイズは、あの世界で4体も巨大なドラゴンを相手にして、全部に勝ってきた、ということになる。その内の3体は良いドラゴンだったわけであるが。しかも、ティアマットに食べられても、腹を爆発させて出てくるんだから、何ともまあ、凄まじい。あり得ない。
もっともそんなことを誇ることなく、ただただ自分の罪を悔いていたが、しかし、とにもかくにも自分と釣り合うはずがもはや無くなった。
ドラゴンを苦戦しながらもやっつけるなんて信じられない。ルイズすごい。圧倒的。
それでも、その力の源たる魔法楽器は、緊急時以外使わないようにしているみたいだけど、そりゃ、巨大なドラゴンを倒せる力のある武器をおいそれと使うわけにはいかないよな、と才人は心底から納得しつつあった。
まあ、要するに、ルイズがけっこう才人のことを得がたく思っているのに、才人は自己卑下をして、勝手に距離を遠ざけているのである。
さて、そんな才人のいる部屋がノックされる。
「はい、開いてますよー」
と才人が言うと、扉が開かれて、
「シエスタ?」
メイドの少女が、お盆にクッキーを載せながらやってきた。
ちなみに、クッキーは少し冷めていた。ルイズが一人で部屋を出て行くのをシエスタは目撃してから、すぐ帰ってくるかしら、一緒にいるところを見られたら怒られる、どうしよう、ええいままよ! としばらく逡巡していたのだ。
才人も当然、むげに追い返すことはせず、シエスタを招き入れた。
それから、玄関近くのテーブルを囲んで二人して座った。
「このクッキーは?」
才人が訊くと、
「私が作りました」
シエスタは、笑顔で言う。
そして、テーブルにクッキーの載った皿を置いた。
「才人さんにぜひ食べて欲しいと思いまして」
才人は、胸がいっぱいになる。シエスタ、こんなメイドの女の子が自分なんかを。
才人にとってルイズはもはや遠い遠い存在である。あれだけ近くにいて、どれだけ大好きでも、絶対に自分なんかじゃ釣り合わないと思っていた。なので、シエスタのようなこういう身近なアプローチは、才人の心をけっこう揺さぶった。
ああ、俺なんかのために、頑張ってクッキーを焼いてくれて。才人は、クッキーを1枚頬張ると、止まらなくなった。うまいうまいを連発しながら、ムシャムシャと食べていた。そんな才人をニコニコしながら、シエスタは見つめていた。
それから、シエスタは、この間のお風呂で、才人が話してくれたお礼を言った。特に平民でも空が飛べるひこうきの話に感激していた。
それから自分の故郷タルブ村について話し始める。何もないけど、とにかくお花畑と草原が美しいの、と。それから、ヨシェナヴェっていうシチューが美味しいです。
今度、姫さまが結婚される際に、特別なお休みが出ますから、才人さんもぜひ遊びに来て下さい、と誘った。
「ど、どうしてそこまで?」
才人はしどろもどろになりながら訊ねる。
シエスタは、顔を赤らめる。
「サイトさんは、わたしの……いえ、平民みんなの希望なんです」
「希望?」
「はい。平民でも貴族に勝てるんだって。わたしたちは、貴族に怯えながら生きている。けど、そうじゃない人もいるということを思うと、何だかすごく頼もしくて。わたしだけではなく、厨房のみんなもそう言っています」
「そ、そうなの……」
才人は、恥ずかしくて頭を掻いた。たまに厨房に遊びに行くとやたらと歓迎されるのは、そういうわけか、と。
けど、実際のところ、俺なんか大したことない。ルイズの『強大な魔力』が作用して、偶然、伝説の使い魔とやらになってしまっただけである。
だから、才人は思わず言ってしまう。
「悪いけど、そういうことは、ルイズに言ってくれ。アイツの力が……」
すると、シエスタは、もの凄い声を上げる。
「ルイズ! アイツ! ああ、才人さん、本当に信じられない人の所に召喚されましたね! あんなに可愛らしくて、平民にも優しい貴族の女の子の所に! わたしはどうしたらよいのでしょう! どこに、ミス・ヴァリエールに勝てるところがあるのでしょうか?」
「な、なに、シエスタ、勝つとか何とかって」
才人は、少々引いた。
シエスタは、少々我に返って叫ぶ。少々であったが。
「すみません、サイトさん! 取り乱してしまって! ……でも、一つだけ自信がありますわ。……むむむ胸だけは、ミス・ヴァリエールに確実に勝っています」
シエスタは、後ろのリボンを外して、エプロンを落とす。
「シエスタ?」
「村を出るとき、お母さまに言われました。シエスタや、これと決めた男以外に素肌を見せてはいけないよ、と」
シエスタは、手を伸ばして才人の手を握りしめた。
才人は、心臓が高鳴る。
「見たいと仰るなら、隠さなかったのに」
「な、なにを仰ってるんで?」
「なにをって……そんな、おわかりでしょう」
「な、何のことやら、さっぱり」
シエスタは、大きくて黒い目を才人に向けた。
「わたしは、魅力ないですか?」
「い、いや、そんなことはないと思うけど」
「でも、お風呂に入ったとき、何もしてくれませんでした。どうして?」
そんなこと言われましても……。
才人は、黙ってしまう。
そうしている間に、シエスタはブラウスのボタンを一つずつ外してゆく。
才人は、慌てて叫ぶ。
「シエスタ、ダメ、ダメだって」
すでにボタンは、真ん中あたりまで外れていた。白い肌の豊満な所が目に飛び込んでくるも、
才人は、シエスタの両肩をつかんでどうにか叫んだ。
「シエスタ! ダメだって! 今は早すぎるって!」
しかし、荒い息を吐く才人の視線は、うつむいていて、シエスタの胸元から目を離せずにいた。
ここで、シエスタは、思わず笑顔を浮かべる。サイトさんを魅了できるものがわたしにだってある。なら、ここは、一時撤退して、じっくりといけば……。と希望を燃やした。
シエスタとしては、もうミス・ヴァリエールにサイトさんがメロメロになっている、と大慌てであったのだ。だから、強行策に打って出たのだが。しかし、必ずしも付け入る隙が無いわけではなさそうだと思えると、あまりにも急に行き過ぎるのは愚行だと、思い直した。
「そうですわね。すみません、サイトさん。まだ、早すぎましたわ」
シエスタは、一時撤退を決め込むと、あっという間にボタンを元に戻す。
アホな才人の、「ああ~!」という残念がる声を満足げに聞きながら、エプロンをきちんと着て、クッキーの載っていたお皿をお盆の上に載せて、ピューッと出て行った。
後に残ったのは、床で荒く息をつく才人だけである。必死に先ほどの光景を思い出そうと努めながら。