ゼロの伝説LOM(ルイズが異世界から帰還後) 作:hobby32
さて、2人してルイズの破壊した教室の後片付けが終わったのは、昼休み直前であった。
ルイズと才人は、それから昼食を取りに、食堂へと向かった。
そこでも、先ほどの教室爆破事件をルイズはさんざんからかわれ続けた。しかし、ルイズは笑顔を崩さない。本当に大して気にする素振りもない。他の奴らが、その明るい笑顔を消そうと、必死になっているのに。
逆にその使い魔の方が、イライラしっ放しであった。こんだけ可愛くて、優しいルイズが、たかだか魔法ができないだけで、なんでこんな嘲弄の嵐を受けなきゃいけないんだ。コイツら全員叩きのめしてやりたい、と心の中が沸沸としていた。
さて、そんなからかいの言葉を聞き流しながら、ルイズはスープを飲みつつ、やはり笑顔で才人に言う。
「お昼が終わったら、わたし、図書館に行くけど、あなた、さっき教科書見せたら、この世界の文字が読めなかったわよね」
「ああ、そうだな」
才人は、骨付き肉にかじりつきながらうなずく。
「それじゃあ、図書館に来ても退屈よね。あと、わたしの部屋に一人でいるのも」
「まあ、そうなるな」
才人は、隣から盛んに話しかけてくるルイズを努めて見ないようにしていた。あまりにも可愛くて、本当に吸い寄せられそうになるのである。
出会い系に登録して、こんな女の子と会ったら、宝くじ一等に匹敵する大当たりである。可愛くて、優しくて、自分にばかりに顔を向けてくれる、スキンシップを厭わない、ちょっと教室を大爆発させるくらいのドジっ子。何ともまあ、大当たり。問題は、自分が帰るアテもない異世界にいることくらいか。
ルイズは、続ける。
「じゃあ、わたしが図書館に行っている間、厨房にでも行っててくれる? そこなら、才人にも優しくしてくれる人が多いと思うから」
「ああ、わかった」
要するに、平民だらけだから、才人でも受け入れてもらえる可能性が高いという、ルイズなりの優しさであった。
才人は、感激する。ずっと、この女の子は、自分のことばかりを考えてくれている。こんなことは、日本じゃあり得ないことであった。高校生、いや小学生の時から、女の子が才人に優しく接した覚えはない。自分のことなんか、見向きもしない奴らばっかりだった。ああ、本当にこんなことがあっていいのだろうか。
とまあ、あっという間に惚れ込んでしまったわけであるが、そんな才人の感情にルイズはまったく気付かない。才人の食事が終わるや否や、才人を厨房まで案内した。
「こんにちは!」
と、ルイズが厨房の扉を開けて元気よく挨拶すると、厨房中の人間が震えた。なんだ、貴族が突然こんなとこに来て。何か今の昼食に不手際があったのだろうか? だいたい貴族が厨房にくるのは、難癖つけにくる時が相場なので、彼らはかなり警戒した。
「ど、どうしましたか? 何か今日の昼食にご不満でもありましたか?」
コック長のマルトーが代表して、太った体を揺らしながらルイズたちに近づく。
ルイズは、安心させるような笑顔で首を振る。
「いいえ、お食事は美味しかったです。いつもありがとうございます!」
ルイズは、ペコリと頭を下げた。
マルトー初め、厨房のコックやメイドは、みんな呆然としてしまった。わざわざ厨房を訪ねてきて、こんなに素直に礼を言う貴族の学生は、初めてだったからである。
ルイズは、笑顔のまま続ける。
「それで、お願いがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
マルトーは、どういう表情をすればいいのかわからない、と言った感じで訊ねる。
「わたしの使い魔のサイトの話し相手になってもらえませんか? わたし、図書館にこもるので、その間だけ」
そう言って、ルイズは脇を歩いて、サイトに手を向けた。
「あ、ああ、確か、あなた様が召喚されたという平民ですか?」
「平民ではなくて、人です」
ルイズの発言に、厨房の人たちはますます、震えた。互いに目配せしあい、こんなあり得ないことを言う貴族が今までいただろうか、という感じである。
ルイズは、続ける。
「とにかく、わたしが迎えに来るまで、才人をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい、構いませんが」
「わあ、ありがとうございます!」
ルイズは感激して、相変わらず天使のような笑顔で、お礼を言った。若いコックなんか、思わず頬を染めてしまうぐらい。
「さあ、サイト、厨房の皆さんに、挨拶して」
「あ、ああ。よ、よろしくお願いします」
才人も頭を下げた。こっちの方が緊張気味である。何しろ目の前のマルトーは、大柄で肉付きの良い男なのだから、自分より小柄なのに全く動じないルイズの方が、才人には異様に映った。
「はい、では、よろしくお願いします。サイト、夕方には迎えにくるから。じゃあ、よろしくお願いしますね」
ルイズは、もう一度頭を下げてから戻っていった。
さて、ルイズは図書館へと向かう。30メイルはある巨大な本棚がずらりと並んでいる。
ここで、ルイズはため息をつく。ハシゴとか階段がないことに。
何しろメイジのための図書館なのだから、大前提として基本的な魔法である『レビテーション』、空中浮遊の魔法が使えることを前提につくられていた。しかし、それすらルイズにはできないのだから、困ってしまったのである。
仕方なく、まずは、自分の手の届く所から探し、あとは司書に逐一頼み込む他ないな、と考えた。
ルイズが探し求めたのは、まず地理や天文学の本。それから、魔法の呪文についての本である。
むろん、才人を元の世界に戻す手がかりを求めるためである。しかし、まあ、何日、いや何ヶ月かかることやらと、途方に暮れた。
なお、ルイズという少女は、本は最初から最後まで読むものだと思っていた。さすがに、辞書までは全部読もうとは思わなかったが、しかし、普通の本は端から端まで全てのページを読むものだと思い込んでいた。途中も間断なく、遺漏なく。
なので、必要な情報を辞書のように調べる、という発想がなかった。物語のように、普通の本は最初から最後まで全部読むものと、信じていたが為に、彼女の調べものは、とてつもなく時間がかかるのである。
なお、結論から申し上げると、普通の学生が読める本の範囲の中で、ルイズの求める情報はなかった。教師だけが読むことを許される『フェニアのライブラリー』まではどうかわからなかったが。
さて、一方、厨房では、才人がいろいろ歓迎されていた。マルトーは、さっそく、腹は減ってねぇか? 人が使い魔なんて大変だろうと、ねぎらっていた。
才人は、すぐに首を振る。
「そんなことないですよ。あいつ、めちゃくちゃ親切ですよ」
ここで、才人は、場の空気に馴染まないことを言う。この厨房では、貴族嫌いが当たり前なのだ。
しかし、先ほどのルイズの礼儀正しい態度を見ていると、この少年の言うことも合っているかもしれない、と思った。とはいえ、学院の平民の張り巡らされた情報網に、ミス・ヴァリエールが良い貴族という情報はない。
極端に悪いということもないが、典型的な普通の貴族という評価で、特に目立っているわけではなかった。平民に礼儀正しい貴族がいたら、あっという間に広まるのに。それで、厨房に勤めていた人たちも、困惑していた。
幸いにして、才人は次の言葉を言えて事なきを得た。
「でも、ルイズ以外は、なんちゅうの、悪口ばっかりで、威張ってばっかりだったぜ。ムカつく奴らばっか」
すると、そうだ、そうだ、貴族なんて言うのは、魔法ができるだけでふんぞり返っている連中ばっかりだ、と一気に空気が暖められ、サイトは厨房のイスへと招かれた。
そこで、一人の黒髪のメイドが意を決して訊いてみる。
「あの、貴族の方をあいつ呼ばわりなんかして、大丈夫なんですか?」
「ん? あいつ、ルイズは全然、呼び方、怒ってるの見たことない。むしろ、ペコペコ謝ってばっかりだぜ。まったく、使い魔は使い魔でも、あいつが主人でよかったぜ」
「それはそれは……本当に幸運でしたね」
「なあ、君、えっと、名前」
「あ、私はシエスタって言います」
「なんでルイズは、あんなに他とは全然違うかわかる?」
「いいえ、私たち、貴族の方々にお仕えする平民ですが、ミス・ヴァリエールと言われると、由緒正しき公爵家の三女様、としかわかりません」
厨房のコックが口を挟む。
「ラ・ヴァリエールなんて、名門中の名門の家だぜ」
「土地とかもすっげぇ広くて、尋常じゃねぇクラスの貴族だぞ」
才人は、目を丸くする。そんなお偉いおうちの貴族の魔法で、俺は召喚されたの?
あのいつもニコニコして、くすぐってきたり、慰めたら逆にこっちの頬を楽しそうに上げてきた奴が。
貴族への疑心暗鬼の強い男がこんなことを言う。
「最初は持ち上げておいて、後は落とすっていうやつかもしれないぜ」
「そうなのかな?」
それは、ちょっと想像しづらい、というか、人間が使い魔なんて古今東西初めてとか言われて、そんな用意をしているとは思えなかった。
さて、しばらく図書館で大量の本を積み上げて、ルイズは改めてこの世界の地理について調べていたが、何やら周りの空気が騒がしいものとなる。
決闘だってよ、マジで? 見に行かなきゃ、相手は誰? 貴族と平民だってよ……。そうして、図書館にいた生徒たちがはけていった後、何だか嫌な予感がして、ルイズは立ち上がった。
そして、図書館へ続く渡り廊下の右手側の窓を見ると、広場にかなりの人だかりができていて、彼らの視線の先にはーー案の定、才人とギーシュが対峙していた。
「あの馬鹿……」
まったく、こういういざこざを起こさないために、平民の集まる所に向かわせたのに。
ルイズは、周囲を見回して、誰もいないことを確認すると、ポケットの中のふくろをまさぐった。そして、フルートを取り出す。
ギーシュが、青銅のゴーレム『ワルキューレ』を生み出した。ギーシュに向かって、走り出していて、突如止まる才人。そこにワルキューレが才人に向かって突進したところーー地面が突如として震動して、ゴーレムの動きが止まり、突如隆起した大地によって、ギーシュのゴーレムは吹き飛ばされた。ルイズのフルートが生み出した土の魔法ロックスパイクである。
よし、これで多少の時間は稼げたはず、今のうちにーールイズは、幾多ものモンスターとの戦いで鍛え上げられた見事な脚力によって、決闘が行われているヴェストリの広場まで急行する。
「誰だ! 決闘を妨害した奴は!」
ギーシュは、薔薇の花の形をした杖を持ちながら、周囲を睨みつけていた。彼の生み出したゴーレムは、バラバラに砕け散っていた。
周りも犯人捜しに勤しんでいる。誰が杖を上げた? いや、誰もいない。それに、あんな大地を隆起させるなんて、どう考えてもラインかトライアングル以上だろう。じゃあ、犯人は自ずと絞れるはず……。
しかし、いくら土系統のメイジで怪しそうな人物を探しても、犯人は見当たらなかった。
その間に、ルイズがギーシュと才人との間に駆けつけて、割って入る。
「ギーシュ、あなた何をしているの!?」
息切れひとつせず、ルイズは駆けつけてきた。
「ああ、ルイズか。君の使い魔を借りてるぞ」
こともなげにうそぶくギーシュ。
「決闘は、禁止されているでしょ!」
ルイズは、怒鳴りつける。
「貴族同士の決闘は禁止だが、貴族と平民との決闘は禁止されていない」
「貴族である前に、人よ! そこんところ考えなさいよ」
ギーシュは、一瞬言葉を詰まらせたが、しかし反論する。
「そもそも、僕に戦う意思はなかったのに、君の使い魔が挑発してきたんだ。僕を責めるのはお門違いだよ」
「……何があったっていうのよ?」
「そいつが僕を侮辱したのさ。キザ野郎だの、一生バラでもしゃぶってろだの」
ルイズは、振り向かずに問いかける。
「サイト、本当?」
「はしょってんじゃねえよ。俺が厨房の配膳の作業を手伝っているときに、アイツが女の子二人に二股かけてきたのがバレたんだ。その八つ当たりを俺にぶつけて、挑発してきたのがそもそもの始まりだろうが」
ギーシュは、反論する。
「君が僕の落とした香水のビンをテーブルに置いた時に、機転を利かせなかったのが原因だろう」
「うっせぇ。無茶苦茶言うな!」
ルイズは、ため息をつく。まったく要領を得ない喧嘩である。少なくとも、どちらも譲る気はないことがわかった。
もっとも一番の原因は、ギーシュが才人を馬鹿にしたときに「ゼロのルイズ」と発言したことが、才人がキレた原因だったのだが、それはギーシュにはわからなかったし、才人もルイズの手前で、恥ずかしくて言いたくはなかった。
ルイズは、問いかける。
「それで、あなたはどうするつもりなの、ギーシュ? あなたのゴーレムはバラバラになっちゃったようだけど」
「まだ終わっていない。君の使い魔に落とし前をつけるつもりさ」
ギーシュは、バラを振って、花びらを舞わせて6体のゴーレムを生み出した。
ルイズは、表情を変えることはなかったが、マズい、と悟る。
勝つのは簡単である。突風魔法サイクロンニードルでも激流魔法ウォータースラッシュでも使えばいい。ダークスフィアで、ゴーレムを暗黒魔球で6体丸ごと呑み込み地面に叩きつけてもいい。他にも何通りだって、勝つパターンは思いつく。
しかし、それは魔法楽器が異端視されていない世界での話である。今こんなところで演奏したら、たちまち周囲の大観衆に、魔法を使ったのがルイズだと露見してしまう。一時の勝利と名誉の回復と引き換えに、長い目で見れば、新たな厄災を招きかねない。
しかし、一方でサイトに怪我をさせず、元の世界に戻したかった。ここは、ファ・ディールではない。怪我をしたら自然に治る世界では決してないのだ。他の人が彼に水の魔法や秘薬をかけてくれるかどうかも、わからなかった。
ーー今が緊急事態なのか、非常に悩ましかった。
もう少し粘ってみるか。うまくいくかはわからないけど。
ルイズは、両腕を伸ばして、バサッと音を立ててマントを広げた。そして、ギーシュに叫ぶ。
「ギーシュ、ゴーレムで殴りたいなら、わたしを先に殴りなさい」
「なんだって……」
ルイズの言葉に、ギーシュは唖然とした。周囲の観客もどよめく。
「使い魔の責任は、主人の責任だわ! なら、わたしを先に殴りなさい」
ギーシュは、しばらく黙り込んでから、問いかける。
「君は、そこまでその平民のことが好きなのかね?」
「何言ってるのよ。出会って1日も経っていないのに、好きになるはずないでしょう」
この言葉は無意識的に、ルイズの後ろにいるサイトの心をグサリと刺した。いや、当たり前だけどさ! だけどさ……。
ギーシュは、再び問いかける。
「それともあれかね。君は、僕がレディーを殴ったら、名誉を失墜するとか、ラ・ヴァリエール家の御令嬢を殴ったら、ド・グラモン家に君の父親が怒鳴りこむことでも期待しているのかね?」
「なんにせよ、主導権はあなたにあるわ。好きにしなさい」
ギーシュは、困った表情で頭を掻く。ルイズをゴーレムで殴ろうものなら、退学、家同士の争いなどの大問題となる。そういうのは抜きにして、一人の男として、女の子を殴りたくはない。しかも、こんな公衆の面前で。名誉の失墜は当然、個人的な罪悪感も残るだろう。
かと言ってここで退いてしまったら、やはり名誉が廃る。ここまで騒ぎが大きくなった以上、何らかの示しをつけて、決着をつけなければならない。
自分としては、単にそのルイズの後ろにいる平民の使い魔に礼儀を教えたいだけである。ルイズなど関係ない。
しかし、そう思っていたのは、ギーシュだけではなかった。
ルイズに庇われる格好となっていた才人がルイズの肩を後ろからつかんだのだ。
「おい、ふざけんなよ」
「何がよ」
ルイズは振り向くことなく言う。
「なんで、コイツと俺の喧嘩にお前が首突っ込んで来るんだよ! 関係ないだろ、お前は!」
「あんたは、わたしの使い魔でしょうが! 使い魔の責任は、主人の責任!」
「それで、お前がボコボコに殴られるのを、俺に黙って見てろって言うのか? そんなの筋が通らねぇだろ!」
そして、才人は、ルイズの前に体を張って立ちはだかろうとする。しかし、今度はルイズが「どきなさい!」と言って止める。
「あのねぇ、狙われてるのはあんたなのよ。あんたが前に出ちゃ意味ないでしょうが! わたしが前に出るから、あんたは後ろで大人しくしていなさい!」
才人もキレる。
「お前がボコボコにされる方が俺は見てられねぇよ! 決闘の原因も少なくともお前よりかは、俺にあるんだから、俺が前に出るのが当然だろ!」
「ちょっと! なに相手から目をそらしているのよ! 戦っている最中は、相手から目を逸らすんじゃないわよ!」
そう言われて、ギーシュに振り返る才人だが、6体のゴーレムが襲ってくる様子はない。しかし、横目でルイズと、ゴーレムの両方が見える位置に移動する。
それから才人は怒鳴る。
「とにかくお前はひっこんでろよ! これは、俺たちの喧嘩なんだから!」
「引っ込めと言われて引っ込んだら、使い魔を大事にしない主人って言われるじゃないの!」
「知らねぇよ! とにかく、俺が何とかするから、お前は黙って見とけ!」
「何とかってどうするのよ! 何か方法でもあるの!?」
才人は、黙り込んでから言う。
「………………。あいつをぶん殴りゃ終わる」
「6体のゴーレムをどうするのよ!」
才人は、完全に言葉に詰まる。
「ほらほらほらぁ! やっぱり何も言えないじゃない! とにかく、わたしが前に出る!」
すると、才人が、ルイズの行く手をちらちらとゴーレムを見ながらも止める。
それから、
「行かせねぇ!」
「邪魔よ! どきなさい!」
と、しばらくの間、ルイズが才人の前に出ようとして、才人が食い止めるというのが繰り返された。
その光景を少し呆れながら見つめていたギーシュだが、突然、拍手をし始める。
「2人とも、ロクに戦えもしないのに、お互いがお互いを庇い合って僕のゴーレムの打擲(ちょうちゃく)を受けようとする姿、素直に称賛する。ルイズ、先ほどの失言を撤回する。君は、レディーであることを利用したり、家の権威を利用したりなどと、姑息な考えは持っていないと認めよう。純粋に使い魔の主人として、必死に使い魔を庇い立てようとする勇気に感服する。そして、使い魔の平民よ……」
ギーシュは、バラの花を振って、花びらの1枚を1本の剣に変えて、才人の近くの平原に放った。
「自らが招いた事件とはいえ、レディーたる主人を必死に庇い、守ろうとする姿に、僕は胸を打たれた。だから、その剣を取りたまえ。君に一矢報いる機会を与えよう」
ルイズは、激しく首を振って叫ぶ。
「だめよ、サイト! それを取ったら、ギーシュは本気であなたを殺しにかかる! だから、取っちゃだめ!」
「いいさ。白黒決着つけてやる。それで、終わるんなら本望さ!」
才人は、ルイズの警告を無視して、剣を取りに行った。
この時、才人の左手のルーンが光った。それから、自分の体が飛び立てそうなくらい軽い。それから、握った剣が自分の体の一部のごとく同化しているようだ。
それから、ルイズの制止を聞くまでもなく、才人の体が突風のごとく、ギーシュの6体のゴーレムに突進していた。
「速い!」
ルイズは、驚嘆し、思わずつぶやいた。あの異世界で少なくない数の戦士と出会ってきたが、あれほど素早い戦士は見たことがなかった。チョコボより足が速く、シエラやレディーパールよりも俊敏だ。
そして、6体のゴーレムが、次々とではなく、一気にまとめて切り裂かれていく。こんなことは、レディーパールだってできるかどうか。
あれ? 自分は、とんでもない人を召喚した? ファ・ディールで彼を召喚していれば、自分があれほど苦労することはなかったのに。
気がついたときには、才人に剣をのど元に突きつけられ、尻もちをついたギーシュが見えた。
怯えた声でギーシュは、言う。
「こ、降参する」
その瞬間、どよめきが起こる。平民が勝ったぞ、ギーシュの方が降参したぞ、信じられない、などなど。
ルイズは、才人の元まで駆け寄る。険しい顔つきのまま。
「勝ったぞ」とにこやかに言おうとした才人も、ルイズの冷ややかな表情には、顔が凍りついた。
そして、剣を持っていない左手をつかんで「来なさい」と、短く言って、引っ張った。周囲の歓声や拍手になんぞ気にも止めず。
それから才人は、ルイズの部屋に連行されていった。
開口一番、何を言うべきかはルイズでも悩んだ。言いたいことがあまりにも多過ぎたからだ。でも咄嗟にこう訊ねた。
「何で剣士だってことを黙ってたの?」
目の据わったルイズの問いかけに、才人は、慌てて言う。
「いや、剣なんか握ったのは今日が初めてだよ」
「初めて?」
ルイズの目が大きく見開かれる。
「ああ」
ルイズは、うなずいた才人の左手の使い魔のルーンが輝いてるのに目を留めた。思わず屈み込んでその左手をつかんだ。
ーーこれは、何だろう。今まで才人の左手が輝いてるのを見たことがない。
ルイズは、仮定する。恐らくは自分の、バドやシエラが言っていた『強大な魔力』の何かが、才人にも作用したのではないか、と。もちろん、詳しくは調べてみないことにはわからない。しかし、何かの手がかりにはなりそうだ。
だが、釘を刺しておこう。
「サイト」
「は、はい!」
怯えたように叫ぶ少年に、ルイズは言い放つ。
「過ぎたる力は、人を狂わせるわ。あなたは今回目立ちすぎた。今後、厄介なことを引き起こしかねないわ」
「厄介なこと?」
ルイズは、コクリとうなずく。
「あなたの力を巡って、敵が襲いにくるとか、拉致しにくるとか」
「そんなこと……」
「あるのよ。とにかく、力を向ける先には気をつけなさい。そうでなければ、あなた自身が悪事に荷担させられることだってあるんだから」
この時のルイズは、実に苦々しい表情であった。ティアマットに、己の魔法を利用された忌まわしき記憶が蘇ったのである。本当に、あの時、知恵のドラゴンが復活してくれたから良いものの、そうでもなければ、重たすぎる罪悪感に自分はいつまでも囚われていたであろう。
この少年に、自分と似たような過ちを犯させるわけにはいかない、とルイズは思っていた。
さて、過ぎたる力を戒められた才人は、ただただ「あ、ああ」と言うほかなかった。
ついで、決闘の時から思っていたが、どうやら今のルイズは、シリアスモードのようである。積極的にスキンシップを仕掛けてくるカワイイモードではないようで、色々と黄色い声を上げられたり、ペタペタ触られることを期待していた才人ととしては、そこそこ不満であった。「過ぎたる力うんぬん」言われてもちんぷんかんぷんだったし。
ルイズは、そのまま部屋を出て行った。去り際に、
「わたしは、また図書館に行くけど、あなたは今日は部屋にいなさい。まだ学院中が落ち着いていないから」
と告げた。
それから、当てもない本との格闘を再開するつもりのである。
しかし、図書館に向かうまでのルイズの胸中はなかなかに複雑であった。
勝った才人の手を取ったときは、決闘騒ぎを起こした時には、部屋でしこたま説教してやろうと考えていた。剣について訊いたのは前振りのつもりであった。
ところが、剣を握ったことがない、言われ、使い魔のルーンが輝いていたのに気がついて、気が変わってしまった。説教ではなく、今後の戒めとなってしまった。それはルイズ自身の苦い思い出が由来するものであるが……。
前衛が欲しい、という、ファ・ディールで戦いに明け暮れてどうにか帰還を果たしたルイズ自身に、根付いてしまった欲求を、才人は満たしてくれそうであった。このハルケギニアで、そんな頻繁に戦いが起こるとは思っていないが、才人のあのスピード、剣さばきは本当に魅力的であった。
特にこの世界では、魔法楽器をほとんど自由に使えないルイズにとって、剣で戦える才人は、暴走しない限りは頼もしい味方となってくれそうであった。もっとも、戦いが頻繁にあれば、の話になるが。
ここで、ルイズの心に、才人に帰って欲しくない、前衛役を務めて欲しいという欲求が、わずかながら生まれてしまった。同時に、なぜファ・ディールに召喚される前に、出てきてくれなかったのか、という自分でも理不尽だと思う欲求も生まれた。
あれだけのスピードと力があれば、どれだけ戦闘が楽だったことか。そう思わずにはいられなかった。
しかし、身勝手な思考をひとしきり暴れさせた後は、さて、才人をちゃんと元の世界に戻さないといけない、帰るべき場所に、元いた世界に人は帰るべきなのよ、という元の考えに切り替わった。そして、図書館へと向かう。